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探偵は死体を推理しない、爆弾の場所を当てる  作者: 早野 茂


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第12話「遺された側の声」

相馬環の運転する覆面パトカーが、都内の古びたアパートの前に静かに停車した。

冬の低い太陽が薄い雲に遮られ、街全体が灰色のフィルターをかけたように沈んで見える。

吐く息が白く染まるほど冷え込んだ午後だった。

街路樹の枯れ枝が寒々しく揺れている。

助手席に座る黒瀬透は、先ほどから窓の外の流れる景色を見つめたまま、一言も言葉を発しようとはしない。

その横顔は完全に温度が抜け落ちており、普段の彼が纏っている不遜な鎧は剥がれ落ち、深い内向きの凍結だけが宿っていた。

捜査本部に残る篠宮から送られてきたデータにより、五年前の事故の被害者の遺族の連絡先が判明したのだ。

久我家。

被害者と血の繋がった家族は、両親は既に他界しており、兄一人だけが残されているという。

彼が今も、当時のままこのアパートに住み続けている。


車を降りた二人は、冬の冷たい風に吹かれながら、金属製の錆びた階段を上って二階の角部屋へと向かう。

相馬の硬い靴音だけが、コンクリートの通路に等間隔に響いていた。

相馬が古びたインターホンを鳴らすと、しばらくして微かな足音が近づき、静かに重いドアが開かれた。

現れた青年はひどく痩せており、着古したセーターを身に纏い、感情の抜け落ちたような静けさを漂わせている。

年齢は二十代の後半だろうか。

だが、その目元には実年齢以上の深い疲労と、途方もなく長い時間を一人で耐え抜いてきた者の特有の諦念が刻み込まれていた。


相馬は警察手帳を示し、五年前の事故について少し話を聞きたいと告げた。

青年は手帳に視線を落としたが、少しの動揺も見せずに、無言のまま二人を狭い部屋の中へと招き入れる。

部屋の中は異常なほど整頓されており、無駄な家具や装飾品は一切なく、生活感がひどく薄い空間だった。

壁紙は色褪せているが、隅々まで掃除が行き届いており、埃ひとつ落ちていない。

まるで時間が五年前で止まり、そのまま現在まで凍りついているかのようである。

キッチンには洗いかけの食器一つなく、カレンダーは五年前の秋でめくられるのをやめていた。


相馬は単刀直入に連続爆破事件の概要を告げ、当時の事故との関連や、最近不審な出来事がなかったかを尋ねた。

青年は壁際にある小さなパイプ椅子に座り、淡々とした声で静かに口を開く。

「妹の死は自己責任の不運な事故だと、当時の警察がそう結論づけたはずです。今更、何を聞くことがあるんですか」

その言葉には激しい怒りも涙もなく、ただ無機質な事実の確認だけがあった。


相馬は彼のあまりにも冷たい態度に、第一の現場で感じたものと同じ、あの霊安室の重く静かな空気の輪郭が重なるのを感じた。

五年前の夜、遺体と対面した時も、彼はおそらく同じように静かに立ち尽くしていたのだ。

巨大な制度の前で絶望し、やり場のない悲しみを内側の最も深い場所へ封じ込めた人間の姿。

五年という歳月が彼から熱を奪い、ただ冷たい沈黙だけを残したのだ。

相馬は彼の内側にある深い悲しみの底を測りかねて、背後に立つ黒瀬の方を振り返った。

「こちらは黒瀬透だ。当時のイベントで問題制作に関わっていた人間だ」

相馬が彼を紹介しその名前を口にした瞬間、青年の視線がピタリと止まった。


それまで完全に無表情だった青年の瞳の奥で、長く凍りついていた何かが、わずかに動いた。

青年はゆっくりと立ち上がり、黒瀬の青ざめた顔を真っ直ぐに見据える。

二人の間には、言葉にはできないほど重く冷たい極限の緊張感が張り詰めた。

部屋の空気が一瞬にして凍りつき、息をすることすらためらわれるほどの圧力が生まれる。

「……妹のノートにあった名前です」

青年の口から漏れた言葉は短く、そして周囲の空気を凍らせるほど静かだった。

黒瀬は言い訳を一切口にせず、視線をくすんだフローリングの床に落としたまま、声を失っていた。

青年の言葉には激しい糾弾も、声を荒らげるような怒りもない。

ただ、妹のノートに何度も記されていた「出題者」という存在を、静かに見据えているだけだ。

相馬はその静かすぎる光景を見つめながら、遺された者の痛みの深さを肌で感じ取っていた。


沈黙が続く中、相馬の視線は部屋の片隅に置かれた小さな机の上で止まった。

そこにはいくつかの物品が、まるで祭壇のように大切に並べられている。

使い込まれた謎解きイベントの参加証と、テレビ番組の録画ディスクの束である。

それは五年前のあの日から、彼がずっと保管し続けてきた妹の遺品に違いなかった。

相馬が青年の許可を得て机に近づくと、一冊の古いノートが目に入った。

そのノートの小口には、無数の細かな付箋が丁寧に、そしてびっしりと貼り付けられている。付箋は色分けされており、何度も繰り返しページをめくったであろう跡が残っていた。

相馬は手袋をした手でそっとページを開き、そこに書かれた文字を食い入るように読んだ。

几帳面で丸みを帯びた文字が、余白を埋め尽くすように書き連ねられている。

読めば読むほど、相馬の胸の奥に鋭い痛みが容赦なく突き刺さってくる。


ノートにはテレビ番組で出題された謎解きに関する、詳細な考察が書き込まれていた。

出題者がどの言葉で解答者の視線を意図的に誘導し、どの順番で誤解を解き、最後にどのような美しい反転を置くのか。

少女は、出題者の思考の骨格そのものを、解答者の側から丁寧に分解し、読み解こうとしていた。

それは単なる番組のファンが書いたような、浅い視聴記録の類ではない。

出題者がどのような意図でこの精緻な構造を作り上げたのか、どんな視点で言葉を選び、何を伝えたかったのかを、誰よりも深く理解しようとする純粋な痕跡だ。

少女が愛していたのはただのイベントの熱狂や、正解したときの優越感ではない。

黒瀬の作る美しい論理の構造そのものと、その奥にある出題者との対話だったのだ。

彼女は黒瀬の思考の軌跡を正確に辿り、その美しさに心から感動してノートに綴っていた。

相馬はノートを開いたまま、ゆっくりと後ろに立つ黒瀬の方を振り返る。


黒瀬もまた、そのページに書かれた文字を読み取っていた。

彼の視線はノートの文字に釘付けになり、微かに震える指先は開かれたページの端で止まっていた。


そこに書かれていたのは、ただの感想ではなかった。

彼が選んだ言葉の順番。

解答者の視線をずらすための配置。

最後に反転を置くための呼吸。


少女は、それを正確に読んでいた。

ただ問題を解いたのではない。

問いを作った人間の思考に、真っ直ぐ手を伸ばしていた。


黒瀬の唇が、わずかに動いた。

しかし、言葉にはならなかった。

彼はノートから目を離せないまま、ただ深く沈黙した。

その沈黙だけが、先ほどまでの黒瀬とは違っていた。


青年は、ノートを見つめて深く沈黙する黒瀬の姿を、ただ静かに見つめ続けていた。

彼の視線には激しい憎悪はなく、かつて妹が憧れた男がノートの前で言葉を失う姿を、ただ無言で受け止めているようだった。

相馬は、この静かすぎる青年が抱え込んだ五年間の孤独の重さに、言い知れぬ胸の痛みを覚えた。五年前、少女が最後に残した純粋な憧れ。

そしてその憧れを抱いたまま、帰ってこなかったという事実。

青年はたった一人で、この凍りついた部屋の中でそれらと向き合い続けてきたのだ。

これ以上、遺族の悲しみに土足で踏み込むことはできない。この場は引くしかなかった。

「貴重な時間をいただいて感謝する。また何かあれば連絡させてもらう」

相馬はノートを静かに閉じ、青年に向かって事務的な口調で短く告げた。


青年は何も答えず、ただドアを開け、二人を外へと見送った。

アパートの外に出ると、冬の冷たい風が相馬の火照った頬を容赦なく叩いた。

空は先ほどよりもさらに暗く沈み、吐く息が白く空気に溶けていく。

空気を切り裂くような冷え込みが、先ほどまで部屋の中で感じていた息苦しさをわずかに和らげてくれる。だが、胸の奥底に沈んだ鈍い痛みは消えなかった。

黒瀬は階段を下りたところで立ち止まり、焦点の定まらない瞳で虚空を見つめている。

背中はわずかに丸まり、いつものように皮肉を吐く気配はどこにもなかった。

相馬は彼の隣に立ち、冷え切った空気を胸いっぱいに深く吸い込んだ。

重く冷たい静寂だけが、二人の間に横たわっている。

黒瀬は相馬の方を振り返ることもなく、コートのポケットに両手を突っ込んだまま、ただ深い沈黙の中に立ち尽くしていた。

そのノートの前で何を思うのかは、彼自身にしか決められないことだった。

相馬は彼を急かすことなく、ただ隣でその沈黙を共有していた。

連続爆破の輪郭が、一人の少女の死という、あまりにも生々しく個人的な痛みへと変わり始めていた。

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