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探偵は死体を推理しない、爆弾の場所を当てる  作者: 早野 茂


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第13話「正しい順路は、正しかった者を殺した」

相馬環の運転する覆面パトカーは、重く垂れ込めた冬の雲の下を、警察署の捜査本部に向かって疾走していた。

車内を支配しているのは、息が詰まるほどの冷たく重い沈黙だ。

フロントガラスにポツリと冷たい雨粒が当たり、ワイパーがそれを無機質に拭い去っていく。

タイヤが濡れたアスファルトを擦る音と、ヒーターの微かな風音だけが響き続けている。

助手席に座る黒瀬透は、黒いコートのポケットに両手を深く突っ込んだまま、窓の外を流れる灰色の景色をただ虚ろに見つめていた。

彼からは普段の不遜で人を小馬鹿にしたような態度は完全に消え失せ、深い内向きの凍結だけがその横顔に張り付いていた。

彼の膝の上に置かれた拳は、微かな震えを抑え込むように固く握りしめられていた。


相馬はハンドルを強く握りながら、先ほど古びたアパートを立ち去る直前に、あの青年が静かに口にした言葉を反芻していた。

『説明資料には、ルート変更の記載だけが抜け落ちていました』

青年は激しい怒りも悲しみも見せず、ただ無機質な事実だけを淡々と述べていた。

『当初の予定では、安全なルートが組まれていたはずなんです』

そして青年は、感情を排した声でこう続けた。

『妹は、答えがあるなら、ちゃんとそこに辿り着きたいとよく言っていました。ルールを破ってまで、勝手に立ち入り禁止区域に入り込むような人間じゃありません』


その短くも鋭い証言は、少女が不注意による事故で死んだという当時の警察の結論を、静かに揺らがせるものだった。

少女は決してルールを逸脱したわけではなかった。

むしろその逆だ。

彼女はイベントのルールを誰よりも尊重し、提示された謎解きの論理に忠実に従おうとした。

だからこそ、すり替えられた偽の印――本来あるべきではない場所に意図的に残された「正しい順路」の道標を信じてしまい、危険な暗闇の立て坑へと足を踏み入れてしまったのだ。

出題者が置いた道標と、それを信じて進む解答者。

その間にあるはずの道だけが、誰かの手で別の場所へ向けられていたのである。

相馬の胸の奥底で、五年前の霊安室の光景が再び鮮明に蘇る。

あの夜の遺族の沈黙が、今、目の前で再演されようとしているのだ。


黒瀬もまた、青年のその言葉を隣で聞いていた。

少女の部屋に残されていた、あの古いノート。

そこに書き込まれた無数の付箋と、出題者の意図を深く理解しようとする緻密な考察の痕跡。

自分の作った美しい論理の迷路を、少女は真っ直ぐに読み取ろうとしていた。

だが黒瀬は、現場でその美しい構造が歪められている気配に触れていた。

その先に何があったのかを、彼はまだ言葉にしようとしなかった。

その歪みの気配だけが、彼の横顔からさらに温度を奪っていた。

言い訳は出なかった。固く握られた拳だけが、膝の上で動かなかった。


捜査本部に戻ると、室内の空気はこれまで以上に張り詰めていた。

連日の捜査による疲労の臭いと、見えない敵への焦燥感が入り混じり、電話のベルや捜査員たちの怒声が飛び交っている。

ホワイトボードにはこれまでの爆破予告の現場写真が無数に貼り付けられ、赤いマーカーで幾重にも線が引かれていた。

二人が足を踏み入れた瞬間、巨大なモニターの前に陣取っていた篠宮蒼司が、血相を変えて立ち上がった。

「相馬さん、黒瀬さん。第四の犯行声明が出ました。先ほど、各報道機関と警察宛てに一斉送信されています」

周囲の捜査員たちも一斉に手を止め、張り詰めた表情でモニターを注視している。

相馬は無言のまま足早に篠宮のデスクへ向かい、画面を覗き込んだ。

黒瀬もまた、亡霊のように静かな足取りでその背後へと続く。

そこには、出題者からの新たな文字列が無機質に表示されていた。


『第四問。正しい順路は、正しかった者を殺した。制限時間は二時間』


その一文を見た瞬間、相馬の背筋に冷たい悪寒が走った。

これまでの爆破予告は、都市のインフラや立体構造をクイズに見立てた、広い範囲への攻撃に見えていた。

だが今回のメッセージは違う。

出題者の静かな意図の輪郭が、これまでよりもはっきりと浮かび上がっている。

「正しい順路は、正しかった者を殺した」

アパートの青年の言葉と、完全に符合していた。

少女は正しかった。正しかったからこそ、誤った順路を疑わなかった。

問題そのものが澪を殺したのではない。

誰かが、その問題の外側で順路を書き換えた。

黒瀬が設計した問いの外側で、答えへ向かう道だけが誰かの手によって折り曲げられていたのだ。

出題者は、五年前のイベントにおける道標のすり替えそのものを、この問題文で突きつけている。


黒瀬の視線が、モニターの文字列に完全に固定された。

彼の顔からは依然として温度が失われたままだ。

瞬きすら忘れ、微かな呼吸音すら聞こえないほどの深い内向きの凍結の中にいる。

だがその瞳の奥で、停止していた理性の歯車が再び重い軋みを上げて回り始めるのを相馬は感じ取った。

過去に踏み込むほど、彼を包む空気は硬く凍りついていく。

だが圧倒的な問いの形を前にして、黒瀬の唇はさらに固く閉ざされた。


「……五年前のイベントの導線だ」

黒瀬のひどく掠れた声が、本部の喧騒を切り裂くように静かに響いた。

相馬は彼の方を向いた。黒瀬の視線はモニターから動かない。

「あの日、現場のルートを示す印が何者かによって書き換えられていた。参加者を意図的に危険な暗闇へと誘導する、偽りの順路だ」

黒瀬は誰に言い訳をするでもなく、ただ提示された謎の構造を冷徹に解体していく。

彼の言葉は限界まで削ぎ落とされていた。

「出題者はその事実を問題文にしている。今回の標的は、当時の導線設計と現場設営を担った組織の拠点だ」


「当時の設営を担当した業者は分かるか」

相馬の硬質な指示に、篠宮が素早くキーボードを叩く。

「ええ、抽出した当時のスタッフリストと照合します……ありました。現場のルート設営を下請けしていた制作会社です。記録上は、総合プロデューサーである鷹城梓の指示系統に入っていた部隊です」

鷹城梓。

再びその名前が浮上した。

五年前のイベントの中心に、記録上何度も現れる人物。

その名前が、また画面の中に浮かび上がった。

相馬の中で、ばらばらだった記録の断片が、ようやく同じ方向を向き始めていた。


「その制作会社は今どこにある」

相馬が問うと、篠宮は画面のデータを一つずつ開きながら答えた。

「五年前に社名を変え移転しています。事故直後に不自然なほど素早く法人登記を変更していました」

相馬は短く息を吐いた。

「事故後に形を変えたというわけか。今の所在地は」

「品川にある中規模のオフィスビルです。そのビルの七階から九階までを占有しています」

篠宮がモニターを素早く切り替え、現在地の地図と、ガラス張りの近代的なビルの外観を映し出した。


「……そこの可能性が高い」

黒瀬が短く告げた。

「正しい順路が歪められた現場設営に関わった可能性のある組織の、現在の拠点。そこが第四の盤面だと考えられる」

出題者は五年前の順路について語らなかった者たちの足元に、制限時間つきの問いを突きつけていた。

制限時間は二時間。

すでにカウントダウンは始まっていた。

平日の昼下がり、高層ビルが林立する品川のオフィス街には無数の人間が日常を送っている。

もし爆発が起これば、無関係な命まで巻き込まれ、被害は計り知れない。


相馬は腰のホルスターの位置を確かめ、篠宮に向かって矢継ぎ早に命令を飛ばす。

「品川のオフィスビルだな。所轄と機動隊に緊急連絡、ビルの即時避難を開始させろ。パニックを起こさずに誘導させろ。爆発物処理班も急行だ」

「了解しました!」

篠宮がインカムを付けながら、各所への手配に走る。

本部の空気は、推理の場から避難と制圧の現場へと一気に切り替わっていた。

品川へ向かう準備が、捜査本部全体を一気に現実へ引き戻していく。

相馬は振り返り、出口へと向かって歩き出した。

「行くぞ」

短い命令形。

それは黒瀬を便利な頭脳の道具として使う言葉ではなく、共に現実の側へ戻るための合図だった。

もう、思考だけで済む段階ではなかった。

黒瀬は無言のまま、相馬の背中を追って重い足取りで歩き出した。

出題者の問いは、ついに五年前の順路を歪めた者たちの足元へ、音もなく置かれていた。

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