第157話 先生へのお礼とララミィの適性検査
自分は丸五日間も寝込んでいたようだ。
その間、世話の大半はマシェリさんとティオンさん、そしてリリスミンさんがやってくれていた。
自分が倒れて直ぐに解毒処理を施し、そのまま担いでモグラへと戻った後、雄姿を募って俺の腕輪を外し、キュルルを奪還しに行ってくれたのがドラグたち。
何から何まで世話になりっぱなしだったのが申し訳なく思う。
いつか必ず恩返しをしなければならない。
そして、話を聞く限りでも、この世界の毒物の恐ろしさを知った。
自分はこれから竜の医者になるため、多くのことを学ばねばならない。
その中には当然、即効性のある毒物や、竜にとって害となるものまでも調べる必要がある。
しかし、どうしても図書館に縁が無い。
「ファウ。起きてる?」
と、寝ている俺を訪れたのはティオンさん。
ティオンさんも火傷を負い、怪我をしている。
だが、ネビウス先生ほどではないという。
ネビウス先生は別の荷車で共に南下している最中だ。
現在どのあたりまで来ているのかは分からないけど、もう起き上がれそうだ。
「まだ無理しなくていいよ。本当に死んじゃうところだったんだから」
「ずっと寝てたら逆に死んじゃいそうですよ。キュルルの餌やりだけは僕がやらないと……痛つつ。しかし本当に痛みますね」
「そういう種類の毒だからね。盗賊が好んで使うのは、苦痛を与えて情報を聞き出す類の毒。楽にしてやるから話せ……ってね。おー怖い怖い」
「全くです。ほんの少しかすっただけなのに」
「投てき物って大半がそうなの。風術が強ければ風で防げるから相性はいいんだけど。炎は逆にダメね。火の勢いが強くなるばかりだから相性が悪い」
「そっか、風で……僕にはまだ無理かなぁ」
「それはそうよ。これでも私、元宮廷風術師なのよ? でも、あなたならきっと違う方法で強くなれる。ファウ、本当、立派になったね。筏で流されてた頃が懐かしい。でも、まだ可愛いファウでいてね?」
「可愛いは止めて下さい。僕はもう、十歳の男の子ですよ?」
「ふふふ、そうだった。今荷車を止めて休憩に入ったところだけど、ネビウスさんが話をしたいみたい。連れて来てもいいかな? しばらくしたらララミィちゃんも。二人とも、すっかり恋人みたいね?」
「もう! からかわないで下さい!」
「うふふ。それじゃちょっと待っててね」
絶対楽しんで言ってる。恥ずかしい……。
ララミィは王女様なのに。
そう、ララミィは唯一の……生き残りの王女様だ。
本当は自分なんかが気安く話していい相手じゃないんだよね。
そして、しばらくしてネビウス先生が入って来た。
「ふう。やれやれなのだよ。ファウ、お互い大変であったな」
「ネビウス先……まだ足が」
「うむ。この通り歩くのは難しい。そこでな。私はラールフット族の集落で研究所を設けて、日々氷のラギ・アルデを研究するつもりだ。旅はそこまでとなってしまう。大人としての責務が果たせぬこと、どうか許して欲しい」
「先生……いえ、生きていてくれてよかったです。有難うございます」
「うむ。さてファウよ。私はそのような身の振り方を話しに来たわけではない。ファウが持つ氷の竜角のこと、それからキュルルのことについてまとめた資料を渡しに来たのだ。ここまでの旅の間に綴ったものだ。時間があるときにゆっくりと読んでくれたまえよ」
「いいんですか? 紙は貴重なのに」
「構わん。ファウの力になれることがもう、これくらいしか残ってないのだ。私の代わりになるかは分からないが、きっとマールがファウを助けてくれるだろう」
「はい……ネビウス先生。大変お世話になりました。僕、帰郷して落ち着いたら必ず、先生の下へ!」
「はっはっは。子供がそのようなことを気にする必要はないが、またいつかファウに会うこともある。そう願っている。ただし無茶はし過ぎぬよう。君のことを深く知る者は少ない。今後もアレのことは注意して話すように。いいね」
「はい」
そうだった。自分が転生者であること。
それを知っている唯一の人がこの人だ。
この世界に生まれて、初めて心の底から信用した大人。
理知的で落ち着いていて、優しい先生だった。
先生の足は……もう治らないんじゃないだろうか。
それに先生は、一緒に逃げるために大切な人を……。
「ファウ。暗い顔をするな。私はファウの元気な顔が好きであったのだよ。旅先までまだ時間はある。その間は出来るだけ、元気な顔を見せてくれないか」
「はい……はい。先生、そうします。僕、頑張ってちゃんと、故郷に帰りますから」
「ああ、約束だ。さて本日はもう一つ、スーララ姫の適性検査であったな。道具を用意してきた。どうだ、懐かしいだろう?」
「これは膠ですね。本当に懐かしいです」
「どうだね、作り方は覚えているか?」
「はい。膠を水に数日浸して加熱。それから冷却し完成した固形物を粉末に。適量を皿に乗せ術を唱える、ですね?」
「その通り。さすがはファウ。物覚えが非常に良い。当然今回も完成品があるのだよ」
「さすがはネビウス先生です。用意が良すぎますよ」
「はっはっは。私は研究者だからね。この手のものは欠かさずもっておるのだよ。すまないが粉末状にしてもらえるかね?」
と、渡された膠は少し大きめだった。
前はこれほど使わなかった気がするけど、違うことにも使うのかな?
「ファウ。以前やらなかった適性検査がある。君は火の適性があると判断し、適性検査を飛ばした。ここで今一度やってみてはくれないか」
「そういえばそうでした」
「スーララ姫が来る前にやってしまおう。君のを見たら気を落としてしまうかもしれんから」
「えっ? それはどういう……やってみますけど」
適性検査は道具さえあれば簡単に出来る。
皿の上に乗せた粉末に向け、詠唱をすればいい。
「ガルンヘルア」
「……やはりか」
「色が……白い?」
「ファウよ。君は炎に愛され、炎の祝福を受けている。この世界でも数人しかいない炎の使い手である。しかしこれは極めて珍しい」
「炎に、愛される……」
「炎は氷を溶かす。氷は風をせき止め、風は土を削り取る。土は水を吸収し、水は炎を消す。この純通りの仕組みこそ属性の仕組みであるのは分かるかな」
「なんとなく。雷は別なんですか?」
「うむ。雷は次元が違うものである。氷は雷を通しにくいなどの性質はあるがね」
「炎が強いと本来は氷の力が弱い……ってことですよね」
「その通り。水の力を持てば相反、氷の力を持てば傾強と呼ばれる使い手である。ファウは相反であり傾強。つまり三種両立……いや適切ではない。三種掌握……といったところであろう。このような例は私も聞いたことが無い」
「三種掌握……」
「そしてバランスのとり方が能力の強弱に現れている。弱い水の力で強すぎる火が抑えきれぬ。そのため氷の力も並び立ち強くなっていると考えるべきであろう。その影響で風の力も授かっているのだ。絵で表すとこうである」
さらさらときれいな絵をネビウスさんは書いてくれた。
そこには水で多少消えた火を、風の影響を受けて大きく固まった氷が防ぐ絵だった。
「ファウの水の力が強ければ、氷の力はここまで強く無かったのだよ。このように、ラギ・アルデの力はバランスを保っておるのだ。該当しない場合もあるのだがね」
「つまり、適性検査を全て行わなくても、ある程度判別が出来るんですね」
「そういうことである。さて、王女が来たようであるな。私は先に戻って休んでいるよ」
「先生がやるんじゃないんですか!?」
「うむ。弟子にやらせるのが師匠であろう?」
そう言って少し微笑むと、先生はティオンさんに合図して、支えられながら杖をついて戻っていった。
俺は自然にその後ろ姿へ丁寧に長く、お辞儀をしていた。
自分がこうして生きていられたのは、寝床を無償で貸してくれていた、トリシュタイン・ネビウス……その人のお陰だと、心からそう思っていた。
――ネビウス先生と入れ違いで来たララミィは、びっくりするくらい女の子っぽい恰好に変わっていた。
そういえば南下している影響か、涼しくなったような……砂漠地帯はもう抜けたのかな?
「ファウ、もう寝ていなくても平気なの?」
「うん。大分よくなったみたい。看病してくれて本当に有難う」
「ううん。意識もはっきりしてる?」
「え? うん。眠くもないし大丈夫。ララミィの適性検査をやらないとだから……え?」
ララミィは少しきょろきょろすると、近づいて……頬にキスをした。
途端顔を真っ赤にして後ろを向いてしまう。
それはこっちがやりたいんだけど。
「ララミィ……?」
「あの……エストマージでは感謝を伝えるには必ずこうするんだってマールさんがね。だから、その……」
「えーっと。そんなしきたり、多分無い……よ?」
「……ええーーーー!?」
「あはは……マールさん、どこかで見てるな。でもララミィの感謝は受け取ったから。ね? これで貸し借りなしだよ」
「あうう……は、恥ずかしい……適性検査が終わってからにすればよかった。でもでも人が来ちゃうかもって言われて、わたし、わたし……あうう……」
「おーいララミィさーん。聞いてー」
「はっ!? ご免なさい。あの、そっちを向きますから……」
自分もどこを向いたらいいのやら……こういう状況になったら絶対トーナが出てきて「あーーー!」とかいって止めに入るはずなのに。
……はは、こんな時にまでトーナたちのことを。
「ファウさん?」
「ご免、直ぐに始めよう。順番通りに話すね。それじゃ……」
こうしてララミィの適性検査を行った。
ララミィは砂漠の民らしく、少し強い火の力と、土の力、それから……「雷の力が、ある……凄い!」
「本当ですか? 私、スリリさんみたいなことが出来るの?」
「どうだろう、そこまでは分からないけど、凄く珍しいんだよ」
「そういえばお母さまにはそういった力があったって……だからかもしれません」
「そうだったんだ。雷の力は遺伝するのかな? でも、三つあってよかったね」
「はい。ファウさんはどのようなお力が?」
「あーははは……あんまり言わない方がいいって言われてるんだ。それよりもさ。早速試しに撃ってみない? ララミィ、そういうの好きでしょ?」
「はい! うふふ、ちゃんと教えて下さいね?」
と言ったところでガタゴトと物音が聞こえた。
絶対、マールさんたち見てるよなぁ。




