第156話 記憶に残る思いやり
……どこかから声が聞こえる。
くぐもったようなぼんやりとした声だ。
「ファウ、まだ起きないね。大丈夫かな」
「おじさんが言うには、数日は起き上がれないって……」
「……私があんな火の力なんて……」
「トーナのせいじゃないよ。ファウ、凄く嬉しそうだったもん」
エーテ……トーナ。
そうだった、あのとき酷い怪我をして何日も……。
「エー……テ」
「ファウ!? 目が覚めたみたいです!」
「落ち着いて。ララミィは休んでな」
「いやです。手を離したくない。ファウまで失ったら私、私……えっぐ」
「まだ熱は引いてないね」
ここ、は……家じゃない。エーテもトーナもいない。
幻聴だったのかな。それともララミィの声だったのかな。
それより何が起こったのか思い出せないでいる。
近くにいるの、誰だろう。
額に布が……。
「まだ起きちゃダメだよファウ。そのままにしてな」
「こ、ここは……痛っ」
「荷車の中だ。ここはもうウラドマージからかなり離れた場所だ」
「あ、れ……僕、は何をして……」
ウラドマージ? ララミィ……そうだ!
「ばか、起きちゃダメって言ってるだろ」
「わ、あ……痛っご免なさい! その、マシェリさんだったなんて知らなく……」
そのまま抱き締められ寝かされてしまった。
「むぐっ、苦ひいで……」
「大人しくする。分かった?」
「ふぁい……」
「ララミィ、連れてきてあげて」
「はい」
キュルルが! キュルルがさらわれて。
ウラドマージから離れた?
キュルルを探しに行かないといけない。
でも、体が全然動かない。
「よぉクソガキ。起きたらしいじゃねえか。産んの良いガキだぜまったく」
「その声は、ドラグ?」
「キューーー!」
「キュルル!? 無事だったんだ。よかった……でも一体どうやって?」
「そいつが助けに行ってくれたんだよ。嫌なやつだが一応礼を言っておきな」
「ドラグが、キュルルを……?」
「ふん。これで貸し借りは無しだぜ、クソガキ」
ドラグが、僕のために? あいつだって大怪我してたのに。
なんで……いや、そんなこと考えてる場合じゃない。
「有難う、ございました。本当に有難うございました!」
「けっ。俺ぁ借りを作ったままでいたくなかっただけだ」
別の荷車にいたのかドラグは直ぐに出て行った。
ドラグが助けたっていってもどうやって見つけたんだろう?
と、入れ替わりにリリスミンさんが来た。
こちらは相変わらずそっぽを向いている。
「薬、効いたけど副作用が強い。しばらくラギ・アルデは使えない」
「助けて頂いてありがとうございます。キュルルを……どうやって見つけたんですか?」
「これ。動物に使う盗難防止用の餌に、細かいラギ・アルデの力を多くふくむ食べれる金属が含まれてる。ゼフィスにもらった腕輪、見て」
「腕輪? 僕のですか?」
コクリとそっぽを向いたまま頷くリリスミンさん。
腕輪……なんともないようだけど、外せと仕草をしてるので外してみた。
裏面を見ると少し動いているように見える。
「餌に含まれる配分とキュルルが食べたラギ・アルデの配分が同じ。その腕輪がキュルルの位置を探る道具になるの」
「後はムササビちゃんも探すのを手伝ってくれたんです!」
ララミィが少し興奮気味にそう伝えてくれた。
そうだったんだ。シェルチェさんにも後でお礼を言わないと。
「あの、何から何まで有難うございました」
「……いい。キュルル好きだから」
「キュー?」
「お前は何ともなかったって顔してるね。でも僕、バファル盗賊団は許せません」
そう告げると、マシェリさんはぎゅっと力を込めて更に俺を押さえつけた。
「ダメだ。あいつらに手を出すのは危険過ぎる。ファウが大人になってまだ悪さをしてるようなら……その時は私と一網打尽にしてやろう。な?」
「僕が大人……はっ!?」
ものすごく強い力が込められたので想像するのをすぐやめることにした。
きっとマシェリさんは笑いながらすごく怖い顔になってると思う。
「リリスミン。若返りの薬とか作れないかい?」
「……一緒に探そう。世界は広い」
「そうだねぇ……ファウにおばちゃんなんて言われたら、私は耐えられそうにない」
「同感」
「そんな失礼なこと言いませんよ、ね? ララミィ」
「あら。わたくしは叔母様という呼び方は嫌いではありませんよ?」
あ、やっぱりすごく怖い顔になったけどララミィはきょとんとしてる。
この子は箱入りのお嬢様だからきっと理解していないんだ……。
「すみません違う話を……そうだ。ここはどのあたりなんですか? ウラドマージから随分と離れたようですけど」
「もぐらからかなり南下したあたりだよ。怪我は酷いが先生もいる。見送りだけどね」
「見送り……ということは僕たちはもう出発するんですね」
「そうだ。まずはラールフット族の集落へ向かっている。案内役はケルチック。ゼフィスと二人で先行し話をつけているところだよ」
「話というと?」
「ウラドマージがあんな状態じゃ、ゼフィス商会も商売が出来ないだろう? そのためしばらく拠点をラールフット族のところに持てないかって交渉らしい。私は商人のことがよく分からないが、なに、上手くやるんだろうさ。こちらはファウを乗せてるからゆっくりと別動隊で向かってるところ」
「そうだったんですか……」
「ほら、あんたの仕事は寝ることだよ。現地についたらファウじゃなく、キュルルにお願いしたいこともあるんだから。休んだ休んだ」
「はい……キュルルと一緒に寝ていてもいいですか? 離れたくなくて」
「構わないさ。必死に看病するララミィと二人きりの姿も可愛かったけどね、ファウちゃん。ララミィちゃん」
え? ずっと看病してくれてたんだ。
知らなかった……ってそんな恥ずかしいこと言ったら「マールさん!」
「あっはっはっは。それじゃごゆっくり。私は別の荷車にいるからね」
「私も戻る。薬は定期的に持って来るから……」
と、リリスミンさんは少しキュルルを名残惜しそうに見ていた。
キュルルは首を傾げて挨拶しているようだが、その仕草が可愛らしい。
「じゃ、じゃあ私もあちらに……」
「あ、待ってララミィ」
「は、はい……」
う、まずいタイミングで引き留めちゃったかな。
でもちゃんとお礼を言わないと。
「看病してくれて有難う」
「……私じゃ全然役に立てなかったんです。泣いて、心配して、頭に乗せる熱の冷やし方だって全部、全部知らなかった。こんなことまで出来ない自分が情けなくて、恥ずかしくて。今までやってた勉強だって役に立たなかった。私、何を勉強していたんだろうって」
「ララミィの声でね。昔怪我を負ったときのことを思い出してたんだ」
「昔の……こと?」
「誰かに心配されて、目を覚ますとそこに心配してくれる人がいるって、それだけで幸せなことなんだと思う。どうしたらいいか分からないとか、役に立つとかそんなことじゃないよ。誰かを心配して思いやることだけで十分、嬉しいことなんだ。だから、有難う」
「ファウ……」
「キュー、キュキュー」
「あはは、くすぐったいよキュルル。わぁ、キュルルの目がとろんとしてる。眠いみたい。僕も少し眠るから、ララミィも休んでね」
「は、はい。私も休みます! ってもう寝てる? ……思いやるだけで十分かぁ。ファウらしい、優しい言葉。私の胸に大事にしまっておくからね」




