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第九話 黄金の組織


 夕闇の迫る路地で、アカネはひとり立ち尽くしていた。


(どうしよう……)


 またその言葉が頭をよぎった、その時だった。


 路地の方から、低く滑るような音が近づいてくる。


 振り返る間もなく、黒塗りの車がアカネの立っている路地の入口を塞ぐようにして静かに止まった。


(え……何……?)


 ただの車かもしれない。


 そう思いたいのに、そうは思えない。


 胸の奥に、さっきとは違う冷たさが落ちてくる。


 車のドアが開くと、降りてきたのは黒いスーツ姿の男だった。


 黒いネクタイに、夕暮れなのにサングラスを掛けている。


 しかもひとりじゃない。


 反対側からも、運転席からも、同じような男たちが姿を見せる。


 全部で四人。


 アカネは息を詰まらせる。


(ヤバい……)


 見た瞬間にそう思った。


 理由なんて考えるまでもない。


 どう見ても、まともじゃない。


 少なくとも、こんな人気のない路地に自然に現れる人たちには見えなかった。


 黒服の男たちは車のそばで立ち止まり、周囲を静かに見回す。


 無駄のない動きだった。


 慌てる様子もなく、まるで最初からここへ来るつもりだったみたいな動き。


 さっきまで広く感じていたはずの路地が、急に狭くなった気がした。


 男のひとりが、こちらへ顔を向ける。


 サングラス越しなのに、見られたとわかった。


 その瞬間、アカネの背中に冷たいものが走る。


(わたし……終わったかも……)


 まだ何もされていない。


 声もかけられていない。


 なのに、そう思ってしまうくらい、その男たちの存在には妙な圧があった。


 昨日からずっと変な事ばかり起きている。


 でも、この男たちはその中でも明らかに違う。


 偶然そこにいただけの不良とは違う。


 通りすがりの大人とも違う。


 もっとはっきりとした、目的を持ってここへ来た感じ。


 アカネは鞄を抱く腕に力をこめた。


 その時、頭の奥で何かがつながる。


(まさか……!)


 鞄の中の黒いケース。


 黄金のデリンジャー。


 ついさっきの、空気ごと変わってしまったみたいな異変。


 そして今、目の前にいる黒服の男たち。


 関係ないはずだ。


 そんなの、漫画や小説じゃあるまいし。


 でも今の自分には、現実離れした事しか起きていない。


 だったら、これも。


 これも、あれのせいなんじゃないか。


 そう思った瞬間、鞄の重みが急にはっきりした。


 ただ重いだけじゃない。


 中にあるものが、自分の知らない何かと繋がっている。


 そんな、最悪な想像が頭をよぎる。


 拾わなきゃよかった。


 でも今さら遅い。


 黒服の中で一番背の高い、黒服の男が一歩前へ出た。


 アカネは反射的に一歩下がる。


 逃げなきゃと思う。


 でも走った瞬間に終わる気がした。


 立っていても終わる気がする。


 どっちにしてもだめだ。


 男はしばらくアカネを見ていた。


 まるで何かを確かめるみたいに。


 その無言が、余計に怖い。


 それがかえって不気味だった。


(やめて……見ないで……)


 そんな願いが通じるわけもなく、男はやがて低い声で口を開いた。


「……草壁(くさかべ)茜(あかね)さん……ですね」


 心臓が嫌なくらい跳ねた。


 胸の奥がドクンッと大きく鳴る。


(え……どうして……何で、わたしの名前を知っているの……!?)


 アカネの思考が、真っ白になる。


 背中に冷たい汗が伝う。


 もう、偶然じゃない。


 この人たちは、自分を知っている。


 その事実だけで、足元が崩れそうだった。


 黒塗りの車。


 黒いスーツ。


 サングラスの男たち。


 人気のない夕闇の路地に、そんなものが並んでいて、まともな状況のはずがない。


 逃げたい。


 そう思うのに、足が動かない。


 声も出ない。


 ただ鞄を抱きしめて、その場に立ち尽くすことしかできなかった。


 背の高い男が、静かに続ける。


「急にお呼び立てして申し訳ありません」


 口調だけなら丁寧(ていねい)だった。


 乱暴でもない。


 けれど、その丁寧(ていねい)さが余計に不気味だった。


「まずはご安心ください。 我々はあなたに危害を加えるために来たのではありません」


 安心してくださいと言われて、安心できる人なんているのかなと、アカネは場違いな事を思った。


 状況のほうが、全部その言葉を否定している。


「そのお手にあるモノについて、少しお話ししなければなりません」


 男の口調は穏やかなままだった。


 けれど彼が見ているのがアカネ自身ではなく、その奥に隠しているデリンジャーだという事だけはすぐにわかった。


「我々は黄金の組織、わたし達はあなたが拾ったモノを管理している者です」


 黄金。


 その単語を聞いた瞬間、鞄の中身がずしりと重さを増した気がした。


(やっぱり……あれに関係ある)


 あの黒いケース。


 中にある黄金のデリンジャー。


 昨日からずっと自分を振り回してきた、意味のわからない異物。


 全部、この男たちと繋がっている。


 何一つ理解できていない。


 でも、これから聞かされる話がろくでもない事だけは、嫌というほどわかった。


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