↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
6/11

第六話 トラブルとの遭遇


 駅前は、まだ人が多かった。


 学校帰りの制服姿の学生。


 買い物袋を手にする買い物帰りらしい人。


 疲れた仕事帰りの大人。


 信号待ちをする女性。


 車の音。


 店先から流れる音楽。


 明るくて、騒がしくて、いかにもいつもの街だ。


 なのに、少しも落ち着かない。


 誰も自分なんか見ていない。


 そんな事はわかっている。


 でも、人が近くを通るたびに肩が強張(こわば)る。


 ぶつかったらどうしよう。


 鞄を落としたらどうしよう。


 中身を知られたらどうしよう。


 嫌な想像ばかり浮かんで、息苦しくなった。


 人通りの多い駅前へ出れば、少しは落ち着くかもしれない。


 そう思ったのに、夕暮れの街は、学校よりもずっと息苦しかった。


(もう帰ったほうが良いのかな……)


 でも、家へ帰る勇気が出ない。


 家に帰れば、普通の顔をしなくてはいけない。


 夕飯の匂いのする家で、何もありませんでしたみたいに制服を脱いで、何も拾っていませんみたいに椅子へ座らなくてはいけない。


 そんな事が、今の自分にできる気がしなかった。


 学校へ戻るなんて、もっと無理だ。


 どこか行きたい場所があるわけでもない。


(……どうしよう)


 また、その言葉が浮かぶ。


 今日ずっと、そればかりだ。


 何一つ決められない。


 何一つうまくできない。


 アカネは、人の流れから逃げるように、大通りを一本外れた。


 それだけで、少しだけ空気が変わる。


 人通りが減って、店も古びた感じになる。


 さっきまでのざわめきが遠くなって、少しだけ息がしやすくなった。


 こっちの方が、まだマシ。


 そう思って、そのまま歩く。


 でも、歩きながらすぐに不安になる。


 人が少なすぎるのも、それはそれで怖い。


 本当に自分は面倒くさいなと、アカネはぼんやり思った。


 ひとりだと不安で。


 人が多くても落ち着かない。


 どうしろっていうんだろう。


 答えはない。


 肩へ食い込む感覚が、アカネを現実へ引き戻してくる。


 鞄の中には、黄金のデリンジャーと黄金の弾丸の箱が入った黒いケースがある。


 たったそれだけのはずなのに、そこに自分の今日一日全部が詰まっているみたいだった。


(これを捨てたら、終わるのかな……)


 ふと、そんな事を考える。


 どこかのゴミ捨て場へ投げ込んでしまえば。


 川へ沈めてしまえば。


 それで何もかも終わるなら、そうしたほうが良いのかもしれない。


 でも、すぐに別の声が胸の奥で囁く。


『本当に、捨てられるの』


 アカネは、無意識に鞄の持ち手を強く握った。


 答えを考えたくなかった。


 考えてしまえば、自分がもう手放したくないと思っている事まで認める事になる。


 古い雑居ビルの前を通り、シャッターの下りた店の横を抜け、さらに細い道へ入る。


 夕方なのに、この辺りだけ少し空気が淀(よど)んでいるみたいだった。


 道端には吸い殻が落ちていて、停まっているバイクもどこか荒っぽい印象がある。


(……来すぎたかも)


 そこでやっと、アカネは足を止めかけた。


 さすがに戻ったほうがいい。


 これ以上奥へ行くのはまずい気がする。


 そう思った、その時だった。


 少し先の細い路地の奥から、短い悲鳴が聞こえた。


 アカネの肩がビクッと跳ねる。


 続いて少し先の細い路地の奥から、笑い声が聞こえた。


 低くて、だらしない男の声。


 嫌な感じがした。


 聞かなかった事にできる。


 本能的に、関わらないほうがいいと思った。


 むしろ関わったら、面倒な事になるに決まっている。


 そう思ったのに、足はすぐには動かなかった。


 その場を離れようとして、でも気になってしまう。


 もう一度、小さく声がした。


 怯えた、掠(かす)れた声だった。


 アカネは息を呑む。


 気づけばアカネは、近くの建物の影へそっと身を寄せていた。


(何やってるの、わたし……)


 自分でもそう思う。


 今の自分に、誰かを助ける余裕なんてない。


 見ないふりをして帰ればいいのに。


 でも、耳に入った男たちの笑い声がどうしても気になった。


 アカネは物陰から、そっと路地の奥を見る。


 そこにいたのは、一人の女性だった。


 アカネより少し大人っぽい大学生風の女性。


 その女性が壁際に追い詰められ、男が三人で囲んでいた。


(うわ……最悪……)


 三人に囲まれている時点で普通じゃない。


 逃げ道を塞がれているように見えて、見ているこっちのほうがぞっとした。


「ちょっと話すだけじゃん」


「そんな警戒しなくてもよくない?」


「感じ悪いなぁ」


 男たちは、軽い調子で笑っている。


 でも、それが余計に嫌だった。


 アカネは物陰に隠れたまま、その様子を窺(うかが)う。


(どうしよう……)


 助けを呼ぶべきなんだろうか。


 でも誰を。


 警察?


 いや、そんなすぐに来てくれるわけがない。


 大声を出す?


 もっと無理だ。


 というか。


(何で私、まだここにいるの)


 逃げればいい。


 自分には関係ない。


 そう思うのに、足が動かない。


 怖くて固まっているだけなのかもしれない。


 それでも、見捨てるみたいで嫌だと思ってしまう自分もいた。


 男のひとりが、少しだけ女性との距離を詰める。


(ヤバい! 逃げて!)


 心の中でそう叫ぶ。


 でも女性は壁に追い詰められ、動けないでいる。


(どうしよう……どうしよう、どうしよう)


 頭の中は、そればかりだった。


 鞄を抱える腕に、ぎゅっと力が入る。


 中の重みが、やけにはっきり伝わってきた。


 アカネは物陰に身を潜めたまま、息を殺してその場を見つめ続ける。


お読み頂き、ありがとうございます。


この作品を「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたなら


ブックマーク登録と下にある★★★★★をポチッと押していただけるとありがたいです。


感想やレビューも是非お寄せください! 皆様からの応援をお願いします!


別の作品も投稿しているので、そちらも読んでいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。