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第二話 黄金のデリンジャー


(……疲れた)


 ひどく気持ちが重い。


 その重さの理由は、鞄の中にある。


 ほんの一時間ほど前、人気のない裏路地で見つけたモノだ。


 見つけた……というより、何となく気になって足を止めた先にそれはあった。


 黒い革張りのケース。


 黒いケースを見つける前、ほんの一瞬だけ、何かに呼ばれたような気がした。


 けれど今思い返せば、きっとあれは気のせいだ。


 疲れていたから、変に神経が尖っていただけだと思う。


 それより問題なのは、黒いケースを持ち帰ってしまった事だった。


 その中に収められていた黄金の銃。


 そして、その隣に並ぶように仕舞ってあった金色の弾丸の入った小箱。


 アカネは鞄を机の上へ置く。


 教科書もノートも入ったままの鞄が、妙に重たく見える。


「……どうしよう」


 誰もいない部屋でポツリと呟く。


 本来であれば、警察に届けるべきなのだろう。


 でも、そんな事したら絶対に面倒な事になる。


 裏路地で拾っただけなんて説明しても、信じてもらえる気がしない。


(わたし、何で持って帰ってきたんだろう……)


 自分でもそこが分からなかった。


 関わらない方がいいとも思った。


 それでも、あの黒いケースをその場に置いて行く気にはなれず鞄の中へ入れてしまった。


(本当に、何をやってるんだろう)


 アカネはしばらく机の前に立ち尽くしていたが、やがて恐る恐る鞄を開けた。


 中からケースを取り出し、そっと机の上へ置く。


 それだけなのに、部屋の空気が少し変わった気がする。


 そんなはずない。


 ただの思い込みだ。


 それでも、さっきまでより空気が重たくなったように感じた。


 アカネは座らないまま、机の上の黒いケースを見下ろす。


 開けたくない。


 でも、このまま放っておくほうがもっと落ち着かない。


 呼吸を整え、留め具に指をかける。


 カチャリと留め具が鳴った。


 その音に呼応したみたいに、部屋の空気が少しだけ冷えた気がした。


 アカネはゴクリと唾(つば)を飲み込むと、意を決してゆっくりと黒いケースを開く。


 中には、路地裏で見た時と変わらない黄金の銃が入ってた。


 その輝きは、綺麗(きれい)だった。


 電灯の下で見ると、黄金の色はさらに深かった。


 ただ派手なだけではない、沈んだような重たい金色。


 もっと見ていたい気持ちが少しだけ強くなる。


「……本物……なのかな?」


 銃器に詳しくないアカネであるが、それがどんな銃なのかは見て分かった。


 デリンジャー。


 スパイ映画などに出てくる小型の拳銃である。


 小さい。


 思ったよりも、ずっと小さい。


 片手に収まりそうなくらいなのに、玩具みたいな大きさなのに、ただそこにあるだけで妙に目が離せなくなる。


 その隣には、小箱に収められた金色の弾丸。


 最初からこの銃と対になるものとして収められていた事が、一目でわかった。


 銃と弾が、ひとつのケースに綺麗(きれい)に並んでいる。


 まるで最初から、誰かの手で大事に仕舞われていたみたいだった。


 アカネの興味を引いたのは、やはり黄金のデリンジャーのグリップ。


 そこには、日輪と蛇が彫られた紋章のような刻印が刻まれている。


 ただの銃じゃない。


 思い浮かんだのは、骨董品や宝石を扱うようなブローカーだ。


 そして、ヤクザやマフィアの様な、裏社会の犯罪組織。


 少なくとも、自分の様な女子高生が持っていて良いモノではない。


(本当に、何で私こんなモノ拾ってきちゃったの……)


 自分の部屋に銃がある。


 それだけで現実感が急に遠のいて行く。


 まるで映画の中の話みたいだった。


 けれど、自分の目の前にある以上、もう現実として受け止めるしかない。


 アカネは少しためらってから、黄金のデリンジャーへ手を伸ばした。


 やめた方がいい気がする。


 でも、ここまで見ておいて触らないのも逆に落ち着かなかった。


 指先が金属へ触れる。


 それだけのはずなのに、胸の奥がヒヤリとした。


 アカネはそっと、黄金のデリンジャーを持ち上げる。


 重い。


 玩具の軽さはまるでない。


 小さいくせに、意外なくらい重かった。


 その重みが、これは本物かもしれないという嫌な確信を連れてくる。


 そして不思議な事に、アカネの手には妙に馴染んだ。


 銃なんて持った事もない、初めて触るはずなのに握った感触だけは妙にしっくりくる。


 デリンジャーを握っていると、胸の奥の空っぽな所へ、何かが流れ込んでくるみたいだった。


(この力があれば……)


 ふいに、そのような考えが浮かんだ。


 この力があれば、誰かの顔色を気にしなくて済むかもしれない。


 傷つけられる前に、奪われる前に、自分の方が先に相手を黙らせられるかもしれない。


 教室で笑えない事も、何も言い返せず飲み込んできた事も、全部どうでもよくなるのかもしれない。


 そこまで考えて、アカネは自分で自分にゾッとした。


(わ……わたし……何を考えているの!?)


 そんな事、望んだ事はない。


 誰かを傷つけたいわけじゃない。


 ただ静かに暮らしたいだけだったはず。


 アカネが困惑している、その時だった。


 握っていたデリンジャーに彫られていた日輪と蛇の刻印が、一瞬だけ光った気がした。


「……えっ!?」


 アカネは思わず声を上げた。


(……今……光った……?)


 そう思った。


 でも、本当に一瞬だった。


 次の瞬間には、もう何の変化もなく、ただ電灯の下で鈍く金色の輝きを返しているだけ。


(見間違い……だよね…………うん……そうだよ、見間違いだよ)


 光るわけがない。


 電気の明かりが、角度で反射してそう見えただけ。


 今見ればその刻印は、ただの細かな細工にしか見えない。


 自分にそう言い聞かせるが急に怖くなり、アカネは慌ててデリンジャーをケースへ戻した。


 アカネはしばらくケースを見下ろしたまま動けなかった。


 時計の音がやけに大きく聞こえる。


 部屋の外では、家のテレビを見ている両親の笑い声が遠くから聞こえてくる。


 いつもと変わらない夜のはずなのに、自分の部屋だけが別の場所へ切り離されてしまったみたいだった。


 その夜、アカネはほとんど眠れなかった。


 目を閉じるたび、あの黄金の光が瞼(まぶた)の裏でちらついた。



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