第一話 黄金を拾った夜
女子高生の草壁茜は、人気のない裏路地を歩いていた。
普段は、このような場所をひとりで歩くような子ではない。
だが、その日の放課後は、何故かまっすぐ家に帰る気が起きなかった。
目的もなく街を彷徨い歩いているうちに、気がつけば繁華街の裏路地に迷い込んでいた。
日も暮れてくる時刻になり、流石にそろそろ帰らなければと思ったその時。
「えっ?」
ほんの一瞬、何かに呼ばれた気がしてアカネは足を止め振り返った。
誰もいない。
アカネは小さく眉をひそめる。
声が聞こえたわけではない。
名前を呼ばれたわけでもない。
ただ意識の端を見えない指先で軽く引かれたような、そんな曖昧な違和感だった。
(……気のせいか……)
疲れているだけ。
こんな時間まで歩き回っていれば、変な気分にもなる。
そう自分に言い聞かせながら視線を前に向けようとした時、視界の端にそれを見つけた。
ビルとビルの隙間。
通りからはまず見えない、人目につかない死角。
積まれた木箱の陰に、小さな黒いケースが落ちていた。
アカネは足を止めたまま、その黒いケースを見つめる。
(……あれ、何だろう?)
誰かが隠したようにも見えるし、逆に誰かがわざと見つけさせるために置いたようにも見える。
ろくなものじゃない。
そう思う。
けれど同時に、妙に興味を引かれた。
アカネは、辺りを見回す。
人の気配はない。
閉まった店の裏口。
汚れた壁。
古びた看板。
見える範囲には誰もおらず、日の暮れた路地はひどく静かだった。
少し迷ってから、アカネはその黒いケースへ近づく。
大きさはクッキー缶くらい。
黒い革張りのケースは、見た目は古いが傷んではいない。
雑に捨てられた感じではなく、そこへ静かに置かれていたという印象の方が強い。
(……何が入ってるんだろう?)
しゃがみ込み、そっと手を伸ばす。
留め具に指をかけると鍵はかかっておらず、カチャッと小さな音が鳴る。
その音が、アカネには妙に大きく聞こえた。
アカネは、慎重にゆっくりと黒いケースの蓋を開く。
「……ッ!?」
中に収められていた物を見て、アカネは思わず息を呑む。
ケースの中に入っていたのは、金色に輝く小ぶりな銃。
黄金の銃だった。
アカネの瞳は、自然と黄金の銃へと吸い寄せられる。
(綺麗……)
そう思ってしまってから、ゾッとする。
銃を見て最初にそんな感想が浮かぶこと自体が、ひどく間違っている気がした。
手の平に収まりそうなほど小さいのに、異様な存在感がある。
アカネの視線が、銃のグリップへ向いた。
そこには、奇妙な刻印が彫られている。
日輪に蛇。
太陽みたいな輪に、一匹の蛇が絡みついている。
不気味なほど静かな威圧感があった。
銃の隣には、小箱が置かれている。
アカネは隣の小箱に指先を伸ばすと、そっと蓋をずらす。
中には、金色の弾丸が整然と並んでいた。
整然と収まったそれらは、どれも銃と同じ金色をしている。
暗い中で見ているのに、表面の鈍い輝きだけはやけにはっきりしていた。
一本一本が不自然なくらい美しい。
本物かどうかなんて、アカネにはわからない。
けれど少なくとも、安っぽい偽物ではないと直感する。
その整い方も、その鈍い光り方も、夜の裏路地には似合わなかった。
ただ目の前にあるのが危険なモノだと、本能だけは先に理解していた。
「……なに……これ?」
アカネの声は、思った以上にかすれていた。
誰かに見られたらマズい、閉じた方がいい。
そのままケースの蓋を閉じようとして、手が止まる。
この黒いケースを、このまま置いていくべきか?
それとも持っていくべきか?
(警察に……)
届けるという考えが一瞬浮かんだ。
少なくとも、自分の部屋へ持ち帰るようなものでは絶対にない。
それなのに。
誰かに見られていないか、アカネはもう一度辺りを見回した。
路地裏は静まり返り、人の気配はない。
アカネはケースの中を見下ろす。
黄金の銃は、静かにそこに収まっている。
胸の奥の暗い場所に、何かが落ちていく感覚があった。
アカネは唇をキュッと結びケースを閉じると、それを自分の鞄に入れた。
(重い……)
鞄の重さが少し変わっただけなのに、肩へ食い込む感覚はそれ以上に強い。
布越しでもわかるほど、存在感が濃かった。
ケースひとつ分の重さなのに、もっと別のモノまで一緒に抱えこんでしまった気がする。
立ち上がると、急に背中が落ち着かなくなった。
歩き出すと誰かに見られているような気がして、アカネは思わず振り返る。
だが、そこには誰もいない。
暗い路地と、夜の沈んだ空気だけだ。
アカネは鞄を抱え直し、足早にその場を離れた。
夜の街はさっきまでと変わらないはずなのに、少しだけ違って見えた。
風の冷たさも、足音の響き方も、妙に神経に触る。
ただひとつ確かなのは、自分がとんでもないモノを拾ってしまったと言う事だけだった。
家へ着くまでのあいだ、アカネは一度も鞄を開けなかった。
開けて中を確かめてしまったら、もう本当に引き返せなくなる気がしたからだ。
家に付くと、玄関の灯りはついていた。
靴を脱ぎ、廊下を静かに歩き、家族に見つからないように自分の部屋へ入る。
どれも普段と同じ動きのはずなのに、鞄の中身が違うだけで、すべてがひどく後ろめたく思えた。
部屋のドアを閉めた瞬間、アカネはようやく小さく息を吐き出した。
お読み頂き、ありがとうございます。
この作品を「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたなら
ブックマーク登録と下にある★★★★★をポチッと押していただけるとありがたいです。
感想やレビューも是非お寄せください! 皆様からの応援をお願いします!
別の作品も投稿しているので、そちらも読んでいただけると嬉しいです。




