「この子の彼氏になってください」突然、クラス一の美少女の母親に頼まれた。理由を聞いたら、俺は断れなくなった
「この子の彼氏になってください」突然、クラス一の美少女の母親に頼まれた。理由を聞いたら、俺は断れなくなった
「お願いがあります」
放課後、俺は知らない女性に頭を下げられていた。
「……俺に、ですか?」
「はい」
女性は俺の学校の制服を見て、確信したように頷いた。
「娘の彼氏になってください」
「…………は?」
意味が分からなかった。
そもそも、この女性が誰なのかすら知らない。
俺は高校二年生。
彼女いない歴も十七年。
女子との会話だって、必要最低限しかない。
そんな俺に、いきなり「彼氏になってください」と頼む人間が現れた。
しかも、相手は俺ではない。
「娘さんって……誰ですか?」
女性は少し困ったように笑った。
「水瀬莉奈です」
「……え?」
その名前を聞いた瞬間、俺は固まった。
水瀬莉奈。
同じクラスの女子。
学校一の美少女として有名な女の子だ。
成績は学年トップ。
運動もできる。
性格も明るく、男女問わず人気がある。
そんな彼女と俺は、ほとんど話したことがない。
「いや、無理ですよ」
「どうしても、お願いしたいんです」
「いやいや、そもそも本人が俺のことを知らないでしょう」
「知っています」
「え?」
「莉奈は、あなたのことをよく知っています」
その言葉に、俺は首を傾げた。
「……どういう意味ですか?」
女性は少しだけ黙った。
そして。
「莉奈は、今、病院にいます」
「……病院?」
「はい」
その瞬間、彼女の表情から笑顔が消えた。
「病気なんですか?」
「命に関わる病気ではありません」
女性はそう言った。
「でも……少しだけ、時間が必要なんです」
「……」
「莉奈は、自分が病気だと知ってから、学校で明るく振る舞うようになりました」
俺は何も言えなかった。
いつも笑っている彼女。
誰にでも優しくて、悩みなんてなさそうに見えた。
「だから、最後に一つだけお願いを叶えてあげたいんです」
「最後って……」
「誤解しないでください」
女性は慌てて首を振った。
「命がどうこうという話ではありません」
「……じゃあ」
「莉奈は、もうすぐ転校することになっています」
「転校?」
「海外へ行きます」
突然の話だった。
「それで……?」
「莉奈には、ずっと好きな人がいました」
「……」
嫌な予感がした。
「その人に告白する前に、転校が決まってしまったんです」
「それが……俺?」
女性は頷いた。
「はい」
俺は言葉を失った。
「でも、俺は莉奈さんとほとんど話したことが……」
「それは、莉奈があなたに嫌われるのが怖かったからです」
「……どうして?」
女性は鞄から一枚の写真を取り出した。
そこには、小学生くらいの女の子が写っていた。
隣にいるのは――。
「……俺?」
「そうです」
俺は写真を見つめた。
思い出した。
十年前。
近所の公園で、一人で泣いていた女の子。
俺はその子に、自分のお菓子を渡した。
そして。
『大丈夫。明日になれば、きっと笑えるよ』
そう言った。
「……まさか」
「その女の子が莉奈です」
俺は写真を見たまま動けなかった。
「莉奈は、あの日からずっとあなたを覚えていました」
「でも……俺は覚えてなかった」
「それでもいいんです」
女性は悲しそうに笑った。
「莉奈にとって、あなたはずっと特別な人だったんです」
翌日。
教室に入ると、水瀬莉奈がいつものように笑っていた。
「おはよう!」
「……おはよう」
俺は少しだけ彼女を意識してしまう。
彼女は不思議そうに俺を見る。
「どうしたの?」
「いや……」
言えない。
昨日、君のお母さんに会った。
君が俺を好きだと聞いた。
そんなことを本人に言えるはずがない。
「なんでもない」
「ふーん」
彼女は首を傾げた。
そして、少しだけ笑った。
「今日、放課後暇?」
「え?」
「暇なら、一緒に帰ろうよ」
「……いいけど」
「やった」
その日から、俺たちは一緒に帰るようになった。
最初はぎこちなかった。
でも、一週間もすると自然に話せるようになった。
彼女は意外とよく笑う。
そして、意外と寂しがり屋だった。
「ねえ」
「何?」
「私が転校するって聞いたら、どう思う?」
ある日の帰り道。
彼女が突然そんなことを聞いた。
「……寂しいと思う」
「本当に?」
「うん」
「じゃあ、泣いてくれる?」
「それは分からない」
「冷たいなぁ」
彼女は笑った。
でも、その笑顔は少しだけ寂しそうだった。
「ねえ」
「ん?」
「私、ずっと後悔してることがあるんだ」
「何?」
「もっと早く話しかければよかった」
「……」
「ずっと話したかったの」
彼女は前を向いたまま言った。
「でも、怖かった」
「俺が?」
「うん」
「どうして?」
「もし嫌われたら、今まで大切だった思い出まで壊れちゃう気がしたから」
俺は足を止めた。
「……莉奈」
「何?」
「俺は、お前のこと嫌いじゃない」
彼女も足を止める。
「むしろ……もっと早く話せばよかったと思ってる」
「……本当に?」
「うん」
彼女は俯いた。
そして、小さく笑った。
「そっか」
それから三日後。
俺は莉奈に呼び出された。
場所は、初めて出会った公園だった。
「覚えてる?」
「……なんとなく」
「私は、ずっと覚えてる」
彼女はベンチに座った。
「今日で最後なんだ」
「……え?」
「明日、海外に行くの」
俺は何も言えなかった。
「だからね」
莉奈は俺を見る。
「最後に、言っておきたいことがある」
「うん」
「私、あなたのことが好きでした」
過去形。
その言葉が胸に刺さった。
「……でした?」
「うん」
莉奈は笑った。
「今日まで」
「……え?」
「今日まで、好きだった」
俺は混乱した。
すると彼女はポケットから小さな封筒を取り出した。
「これ、お母さんから聞いたんでしょ?」
「……」
「私があなたを好きだったこと」
「……うん」
「やっぱり」
莉奈は笑った。
「お母さん、余計なことするなぁ」
「じゃあ、どうして……」
「あなたに彼氏になってほしいって頼んだのも、お母さんでしょ?」
「……そうだけど」
莉奈は首を横に振った。
「私は頼んでない」
「え?」
「私は、あなたに告白してほしかっただけ」
「…………」
「誰かに頼んで付き合うんじゃなくて」
彼女は笑った。
「あなた自身の気持ちで、私を選んでほしかった」
俺は何も言えなかった。
「だから、もういいの」
「よくない」
「え?」
俺は莉奈の前に立った。
「俺は、お前のことを好きになった」
「……」
「最初は、昔助けた女の子だって聞いて気になっただけだった」
莉奈の目が揺れる。
「でも違う」
「……」
「一緒に帰るようになって、話すようになって」
俺は彼女を見る。
「俺は、水瀬莉奈っていう女の子が好きになった」
彼女の目から涙が落ちた。
「……遅いよ」
「ごめん」
「本当に遅い」
「ごめん」
「私、明日行っちゃうんだよ?」
「分かってる」
「会えなくなるかもしれないんだよ?」
「それでもいい」
「……どうして?」
「だって」
俺は笑った。
「十年前に一度会って、十年後にもう一度会った」
そして。
「次に会うまで、あと十年かかってもいい」
莉奈が泣きながら笑った。
「……馬鹿」
「よく言われる」
「私、絶対待つから」
「うん」
「十年でも、二十年でも」
「うん」
「だから……」
彼女は涙を拭った。
「忘れないでね」
「忘れない」
その日。
俺たちは恋人になった。
遠距離恋愛だった。
毎日電話をした。
時差のせいで眠い日もあった。
喧嘩もした。
それでも、別れなかった。
そして十年後。
俺は約束の公園にいた。
「……来るかな」
時計を見る。
午後六時。
そのとき。
「遅いよ」
背後から声がした。
振り返る。
そこには、大人になった莉奈が立っていた。
「待った?」
「十年待った」
「……じゃあ、ちょっとくらい許してよ」
俺たちは笑った。
そして莉奈は、昔と同じように言った。
「ねえ」
「何?」
「今度は、もうどこにも行かないよ」
俺は彼女の手を握った。
「じゃあ、これからはずっと一緒だな」
「うん」
十年前。
公園で泣いていた少女に、俺は言った。
『明日になれば、きっと笑えるよ』
あの日の俺は知らなかった。
その言葉が。
十年後の俺自身を、幸せにすることになるなんて。




