九話 ヒロインイベントを利用するしか
あれから毎日、俺は詠子を探し続けていた。
だが、教室にいれば華憐に呼び止められ、廊下へ出れば柚月の落とし物を拾い、階段ではバランスを崩した凪を受け止める。
詠子を探そうとするたび、待ち構えていたようにヒロインイベントが始まる。
このままでは、ゲームのときと同じだ。
詠子に近づけないまま、誰かのルートへと進んでいく。
今も詠子は、俺のすぐ近くにいるはずなのに。
その姿を捉えることも、声をかけることもできない。
焦りばかりが募っていく。
何か手を打たなければならない。
けれど、見つけることすらできない相手に、どうやって近づけばいいんだ……。
そう思った、その瞬間——
「ごきげんよう、優一さん!」
教室の扉が勢いよく開き、聞き覚えのある高飛車な声が響き渡った。
……また来た。
「さあ、優一さん。今日こそ生徒会室まで来ていただきますわよ」
入り口に立った蘭子が、堂々と俺を指差す。
「いや、今ちょっと忙しいんですけど……」
「問答無用ですわ」
俺の都合など聞く気はないらしい。
蘭子はまっすぐこちらまで歩いてくると、当然のように俺の腕へ自分の腕を絡めた。
華憐とはまた違う圧倒的な存在感が、腕へ押しつけられた。
……でかい。
「ちょっ……!」
「行きますわよ」
抗議する間もなく、蘭子は俺をぐいぐいと引っ張っていく。
細い腕のどこに、こんな力があるんだ。
そのまま階段を上り、教室棟の端にある生徒会室まで連行された。
蘭子は扉を開けると、俺を中へ入るよう促す。
そして、俺が室内へ足を踏み入れたのを確認してから、静かに扉を閉めた。
「……勘違いなさらないでくださいまし」
蘭子は腕を組み、ぷいと顔を背ける。
「別に、優一さんでなければ駄目だったわけではありませんの。たまたま、都合が良かっただけですわ」
そう言い切るわりに、その視線はどこか落ち着かない。
教室からここまで強引に連れてきておいて、よく言う。
「でも……その」
蘭子は一度言葉を止めると、ほんの少しだけこちらを見上げた。
「優一さんなら……少しくらい頼っても、構わないと思っただけですの」
潤んだ瞳が、こちらをそっと見つめる。
俺と目が合った瞬間、蘭子の頬が一気に赤く染まった。
整った上品な顔立ちに、意志の強さを感じさせる、きりりとした目元。
いつもは堂々としている蘭子が、今は恥ずかしそうに視線を揺らしている。
ツンデレお嬢様……なんて破壊力なんだ。
おっと……危ない。
思わず見惚れるところだった。
学園長の孫にして、名家・蝶野崎家の令嬢でもある蘭子は、幼い頃から常に模範であることを求められてきた。
だからこそ、人前では決して隙を見せず、弱音も吐かない。
そんな蘭子が、主人公にだけ見せる弱気な表情。
破壊力があるのも当然だ。
……だが、今は蘭子のギャップに心を奪われている場合じゃない。
俺が目指すのは、詠子のルートだ。
これ以上、メインヒロインたちとの余計なフラグを立てるわけにはいかない。
「すみませんけど、俺は——」
「優一さんには、文化祭の準備を手伝ってもらいますわ」
「文化祭、ですか?」
「ええ。人手が足りませんの」
悪いが、俺には蘭子を手伝っている暇なんて——。
そう考えかけて、俺ははっとした。
文化祭。
『恋スク』における文化祭準備は、ヒロインごとの好感度によってイベントが分岐し、その後のルートを大きく左右する重要な期間だ。
そして、それらのイベントの多くに、詠子はクラスメイトAとしてさりげなく映り込んでいた。
——待てよ。
そういえば、ボールから華憐を守るイベントCGには、詠子も小さく映り込んでいた。
だから、あのときも詠子は最初からイベントの中にいたんだ。
けれど、俺はゲームどおりには動かなかった。
本来とは違う行動を取ったことで、イベントの展開がずれた。
そのずれが、詠子と二人きりになる時間を生み出したのだとすれば——。
普段はどれだけ探しても見つからない詠子も、登場することが決まっているイベントの中なら、必ず姿を現すはずだ。
なら、ヒロインイベントを避ける必要なんてない。
むしろ、詠子へ近づくための足掛かりにすればいい。
イベントの中で詠子を見つけ、話しかけるんだ。
そして、今度こそ伝える。
あの日の「好き」は、詠子に向けた言葉だったと。
そのうえで、文化祭当日に一緒に回ってほしいと誘う。
『恋スク』では、文化祭当日を誰と過ごすかによって、その後のルートが決まる。
なら、俺が選ぶ相手は最初から決まっている。
絶対に、詠子と二人で文化祭を回ってみせる。




