七話 とにかく出ていって!
「好きだ」
「……え?」
言ってしまった。
どれだけ探しても、彼女を攻略するためのルートなんて存在しなかった。
ゲーム画面の中心に立つこともなく、いつもその端で背景に紛れていた少女。
まともな会話シーンすらなく、どれだけ追いかけても決して手の届かなかった俺の愛してやまない子が、今はこんなにも近くにいる。
その事実に、もう気持ちを抑えられなかった。
ずっと胸の奥に抱えていた言葉を、ついに口にしてしまった。
詠子は驚いたように目を見開き、何かを言おうと口をぱくぱくと動かしている。
「桜庭くん……それって……」
詠子は俺の顔をじっと見つめた。
いきなりの告白に、詠子がなんと答えるのか。
胸が激しく高鳴る。
そして、詠子は意を決したように口を開いた。
「た、大変です……」
「え?」
「桜庭くん、頭を打った影響で、私が白姫さんに見えちゃってます!」
詠子は慌てて俺の手を振り払い、一歩後ろへ下がった。
「ち、違うぞ! 俺が好きなのは、柚月じゃなくて——」
「ゆ、柚月!?」
詠子が素っ頓狂な声を上げる。
「もう呼び捨てで呼ぶような関係だったんですか⁉︎」
「ち、違う! 今のは間違いというか——」
「わわわわ……だ、大丈夫です!」
詠子はぶんぶんと首を横に振る。
「二人のことは、誰にも言いませんから!」
「だから違うって!」
しまった。
ゲームで呼んでいた癖で、つい柚月と呼び捨てにしてしまった。
これでは詠子の中で、俺と柚月の関係がさらに勘違いされてしまう。
「と、とにかく先生に知らせないと!」
「待ってくれ、詠子!」
「え……詠子⁉︎」
またやってしまった。
今度は詠子まで、普段の癖で名前を呼んでしまった。
「えっと……私が詠子で……でも桜庭くんには白姫さんに見えていて……桜庭くんは白姫さんを柚月って呼んでいて……」
詠子は混乱したように頭を押さえる。
「なあ。落ち着こう、佐藤さん。一回深呼吸しよう」
安心させようとゆっくり近づく。
しかし、その分だけ詠子も後ずさった。
「でも、そしたら『好き』って言ったのは……」
詠子ははっと息を呑む。
「やっぱり桜庭くん、頭を打ったせいで混乱してるんです!」
「だから違うって!」
俺の声も届かず、詠子は逃げるように保健室を飛び出していく。
「大変ですーっ! 桜庭くんが頭を打って、混乱しています!」
「待ってくれ! 混乱してるのは佐藤さんの方だから!」
俺もすぐに追いかけようとしたが、ベッドから降りたところで足が止まる。
「っと……!」
慌てて床に足をついたせいで、上履きがうまくはけない。
「こんなときに……!」
ズレた上履きをしっかりと履き直し、廊下へ出る。
しかし、詠子の姿はもう廊下の先にも見えない。
急がないと。
教室へ戻られたら、きっとまた見失ってしまう。
「佐藤さん!」
教室へ向かう途中で何度か名前を呼んだが、返事はない。
ようやく教室の前までたどり着き、勢いのまま扉を開ける。
「待ってくれ。俺は——」
そこで、教室の空気が凍りついた。
室内にいた女子生徒たちが、一斉にこちらを振り返る。
そういえば、今は体育の授業を終えたばかりだった。
この学園では、男子は校庭脇の更衣室、女子は教室で着替えることになっている。
つまり、今この瞬間。
俺は絶対に入ってはいけない場所へ、全力で飛び込んでしまったのだ。
「……あ」
誰かの手から、制服のリボンがぽとりと落ちた。
「きゃあああああっ!」
次の瞬間、教室中から悲鳴が上がる。
「ご、ごめん!
違うんだ、これは」
扉のすぐ向こうには華憐と柚月がいた。
華憐らしいピンク色の下着から覗く柔肌。
脱ぎかけの体操着。
「ゆうちゃん! もう何やってるの!」
華憐の怒鳴り声が飛んできた。
一方の柚月は脱いだ体操着で身体を隠している。
その隙間から少しだけ純白の下着が視界に映った。
「……桜庭くん。
まさか女の子の着替えを覗くなんて……」
柚月の声は冷え切っていた。
「俺は佐藤さんを追いかけて——」
「いいから! とにかく出ていって!」
「分かった! 本当に悪かった!」
俺は扉を閉めようとした。
だが、その直前。
教室の奥で制服を抱えて固まっている詠子と、ほんの一瞬だけ目が合った。
「佐藤さん——」
「ひっ……!」
詠子は怯えたように肩を跳ねさせ、制服で顔を隠した。
最悪だ……。
「ちょっと! いつまで見てるのっ!」
下着姿の華憐が勢いよく扉を閉める。
「もう! ゆうちゃんのえっち!」
バタン!
この後、俺は先生に呼び出され、こってりと叱られた。
とはいえ、話は「頭を打って意識が朦朧としていたせいで、誤って女子の着替え中の教室へ入ってしまった」ということで落ち着いた。
これだけのことをして大事にならなかったのは、主人公補正のおかげなのかもしれない。
いや——もしかすると、詠子が「頭を打って混乱していた」と説明してくれたのだろうか。




