四話 彼氏……いますか?
ホームルームが終わった途端、柚月の席はクラスメイトたちに取り囲まれた。
「白姫さん、前の学校はどこ?」
「好きな食べ物は?」
「部活とか決めてるの?」
次から次へと質問が飛び交う。
柚月は困ったように微笑みながらも、一人ひとりに丁寧に答えていた。
さすが柚月。
完璧美少女は、転校初日から人気者だ。
だが、俺にとっては好都合だった。
柚月がクラスメイトたちに囲まれている今なら、席から離れても呼び止められることはないだろう。
しかし、詠子の席にその姿はなかった。
「……どこだ?」
だが、すぐに見つかった。
柚月の席を囲む人だかり。
その端に、茶髪のポニーテールが見えた。
友達の隣で、目を輝かせて柚月の話を楽しそうに聞いている。
「なんで、そこに……」
思わず肩を落としかけて、俺は気づいた。
そうだ。
詠子は、こういう場面にこそよく映り込んでいた。
転校生に目を輝かせ、友達と一緒にはしゃぐ。
クラスメイトAとして。
画面越しに何度も見てきた光景だ。
そして今も、詠子は白姫柚月を囲む群衆の中に、当たり前のように組み込まれていた。
「あの……白姫さんって、彼氏がいたりするんですか?」
詠子は恥ずかしそうに頬を染めながら、周囲の女子たちと一緒になってキャッキャと笑った。
恋愛話に目を輝かせている。
ゲームでは、モブである詠子にボイスなんてなかった。
想像していたよりもずっと控えめで優しい声。
ああ……詠子は声も可愛いんだな。
俺は自分の席から、その姿をじっと眺めていた。
「ふふ。それは、ご想像にお任せするわ」
柚月が上品に微笑む。
「わあ……本当にお姫様みたい」
詠子は頬を緩ませ、うっとりと柚月を見つめていた。
そんな詠子の反応を楽しむように、柚月は少し首を傾げる。
「あなたはどうなの? 彼氏はいるのかしら」
おお!
ナイス質問返しだ、柚月。
詠子に彼氏がいるという描写は、ゲームの中にはなかった。
だが、描写されていないだけで、実はいたとしたら……。
俺は、もう立ち直れないかもしれない。
「わわわわわわ、私なんかにはいませんよ!」
詠子は顔を真っ赤にしながら、ぶんぶんと両手を振った。
——よし!
俺は小さくガッツポーズを決める。
「ゆうちゃん……何してんの? すっごくにやにやしてる」
「こっちの話だ」
「ああそう! よかったね! 白姫さん、すごく可愛いもんね。隣の席になれて嬉しいんでしょ?」
「お、おい! 違うって!」
思わず大きな声が出た。
柚月を囲んでいたクラスメイトたちが、一斉にこちらを振り返る。
当然、その中にいる詠子も。
「いや、違う! 白姫さんが可愛くないとかじゃなくて、今のはそういう意味じゃ——」
何を言っているんだ、俺は。
これでは余計に怪しい。
詠子は俺と柚月を交互に見たあと、納得したように小さく頷いた。
違う。
絶対に違う解釈をしている。
「もう……ゆうちゃん、分かりやすすぎ」
華憐は少しだけ頬を膨らませた。
キーンコーンカーンコーン——。
休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
「ほらほら、席につけー」
教室へ戻ってきた担任の声に、柚月を囲んでいたクラスメイトたちは、名残惜しそうに自分の席へ戻っていく。
詠子も友達と笑い合いながら、自分の席へ戻っていった。
……結局、また話しかけられなかった。
それどころか、俺が柚月に好意を持っていると誤解されたかもしれない。
これ以上、詠子の前で柚月との距離を縮めるわけにはいかない。
担任は教科書を開きかけ、柚月へ目を向けた。
「ああ、そうだった。白姫はまだ教科書が届いてないんだったな」
そして、そのまま俺を指差す。
「桜庭」
「……はい」
「今日のところは、お前が教科書を見せてやれ」
やっぱり来た。
ゲームでもあったイベントだ。
主人公と柚月が、一冊の教科書を一緒に見る。
それだけのイベント。
「よろしくね、桜庭くん」
柚月は柔らかく微笑んだ。
机を寄せると、柚月は教科書の端をそっと押さえる。
ページをめくる細く綺麗な指先。
少し身を寄せれば触れてしまいそうな肩。
視界の端で揺れる、真っ白な髪。
画面越しなら、ただの攻略対象で済んでいた。
けれど、こんな完璧美少女が生身ですぐ隣にいたら、意識するなという方が無理だ。
大丈夫だ……落ち着け。
俺が好きなのは詠子だ。
これは別に、柚月に見惚れているわけじゃない。
誰だってこの距離に可愛い女の子がいたら、多少は緊張する。
そうだ。これは仕方がないことなんだ。
そんな言い訳を何度も自分に言い聞かせながら、どうにか授業をやり過ごした。
そして、待ちに待った昼休み。
今度こそ、詠子に話しかける。
俺はすぐに席を立ち、詠子のもとへ向かった。
詠子は友達と楽しそうに笑いながら、お弁当を広げている。
さすがに話しかけにくい。
いや、ここで遠慮しては詠子ルートなんて夢のまた夢だ。
俺は意を決して話しかける。
「あ、あのさ——」
俺が声をかけると、詠子はゆっくりと振り返った。
「……え? わ、私ですか?」
ついに。
ついに、詠子と話せる。
そう思った、その時だった。
「桜庭」
背後から担任の声が飛んできた。
嫌な予感がする。
「白姫はまだ校内に慣れてない。売店の場所も分からないだろうから、案内してやれ」
なぜ俺なんだ。
振り返ると、柚月が申し訳なさそうに頭を下げていた。
「ごめんなさい、桜庭くん。
忙しいなら、場所だけ教えてもらえれば大丈夫よ」
『恋スク』の売店は、渡り廊下を越えた別校舎にある。
場所だけ聞いても、転校初日の柚月が一人で辿り着くのは難しいだろう。
「……案内するよ」
小さく答えてから、もう一度詠子のほうに目を向ける。
しかし、柚月とのイベントが始まったせいか、詠子の輪郭はすでに教室の背景へ溶け始めていた。
まただ。
売店まで柚月を案内しなければ、このイベントは終わらない。
待っていてくれ、詠子。
すぐに終わらせて戻ってくるからな。




