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十八話 完璧な作戦だ

 文化祭当日まで、あとわずか。


 俺は今日も蘭子の手伝いをするため、生徒会室に来ていた。

 

 生徒会室は、山積みになった資料と段ボールに囲まれ、普段よりも慌ただしい空気に包まれていた。


 その中心で、一枚一枚資料に目を通していたのは、生徒会長・蝶野崎蘭子だ。


 ここ最近は、隙を見ては生徒会室へ足を運び、備品の運搬や資料整理など、簡単な手伝いを続けている。


 もちろん、本当の目的は別にある。


 蘭子イベント。


 そして、そのイベントCGの端に映り込んだ詠子。


 あの瞬間こそ、詠子へ話しかける絶好の機会だ。


「こちらの資料は確認済みですわね……こちらも問題ありませんわ」


 蘭子は慣れた手つきで書類を仕分けながら、小さく息を吐いた。


 机の上にはまだ大量の資料が積まれている。


 文化祭当日が近づくにつれ、生徒会の仕事はさらに忙しさを増していた。


「……いけませんわね」


 蘭子は目頭をそっと押さえ、小さく肩を回す。


「もう、こんな時間になってしまいましたか」


 そう呟くと、椅子からゆっくりと立ち上がった。


 蘭子が両腕を上げて伸びをすると、胸がぐっと前へ突き出された。

 

 あれだけ大きければ、さぞ肩も凝るのだろう。


「……あっ」


 その時、蘭子は少しふらついた。


「会長、大丈夫ですか?」

「大丈夫ですわ。少しつまずいただけですの」


 蘭子はやはり無理をしている。

 

 生徒会の仕事だけじゃない。

 学園の勉強も、家の習い事も、一切手を抜かない。


 先の展開を知っている俺なら、ここで止めることだってできる。


 けれど、それを止めてしまえば——。


 詠子と話すチャンスまで、失ってしまう。


「優一さん。次はライブ会場ですわ」

「機材の確認……ですよね?」

「あら、知っていましたのね」


 蘭子は少し意外そうに目を瞬かせた。


「まあ、なんとなく」


 俺は曖昧に笑って誤魔化す。


 ゲームで見たから知っているなんて、言えるはずもない。


 俺たちは生徒会室を出ると、中庭の一角に設営された文化祭ライブの特設会場へ向かった。


 蘭子と並んで歩きながら、会場全体を見渡す。


 ステージはすでに完成しており、照明やスピーカー、マイクスタンドなどの機材が所狭しと並べられていた。


 文化祭当日を目前に控え、残すのは最終確認だけだ。


 蘭子は機材リストを挟んだバインダーを手に、一つひとつ数を確かめている。


 ……ここだ。


 このライブ会場で、蘭子ルート最大のイベントが始まる。


 疲労でふらついた蘭子が機材を倒し、俺が庇って下敷きになる。

 そのまま保健室へ運ばれ、蘭子ルートが大きく進展する。


 それが、『恋スク』本来の展開だ。


 だが、俺は事故が起きるタイミングも、機材が倒れる場所も知っている。


 蘭子がふらついた瞬間に引き寄せれば、それで終わりだ。


 もちろん、蘭子に怪我をさせるつもりはない。


 今回は俺が下敷きになる必要もない。


 そして、このシーンには詠子が映り込む。


 ゲームでは、倒れた俺と蘭子を心配そうに見つめる、ただのクラスメイトAとしてそこに立っていた。


 蘭子を助け、俺も怪我をしない。


 そしてここに来るはずの詠子に声をかけ、文化祭当日に一緒に回る約束を取りつける。


 完璧な作戦だ。


 俺は小さく息を吐き、その瞬間を待った。


 絶対に、失敗しない。


 蘭子はバインダーへ視線を落としたまま、機材の番号を一つずつ確認していく。


「照明設備、問題なし……スピーカーも異常ありませんわね」


 俺は少し後ろから、その様子を見守っていた。


 あと数歩。


 ゲームでは、この辺りだったはずだ。


 蘭子は次の機材へ向かおうと一歩踏み出す。


 その瞬間だった。


「……っ」


 ふらり、とその身体が揺れる。


 来た。


 俺は迷わず地面を蹴った。


「会長!」


 すぐに蘭子の細い腕を掴み、そのまま勢いよく自分の方へ引き寄せる。


「きゃっ!」


 軽い悲鳴とともに、蘭子の身体を俺の胸で受け止めた。


 ほぼ同時に、


 ガシャンッ!!


 二人のすぐ横で、大きな機材が音を立てて倒れた。


 金属同士がぶつかり合う重い音が、ライブ会場に響き渡った。


「……ふぅ」


 間に合った。


 これで蘭子も俺も無傷だ。


 俺は胸元で支えていた蘭子の肩に手を置き、ゆっくりと身体を離した。


 あとは、近くにいるはずの詠子を探して——。


 いた。


 少し離れた場所で、こちらを見つめている。


 ゲームのイベントCGと同じ、焦りを浮かべた表情で。


 もう事故は防いだんだ。そんな顔をする必要はない。


 今度こそ、詠子に声をかける。


「佐藤さ——」

「桜庭くんっ! 後ろ!」


「え……?」


 詠子の切迫した声に振り返る。


 倒れた機材が、ステージ脇に垂らされていた暗幕を巻き込んでいた。


 強く引かれた暗幕が照明スタンドに絡み、俺たちの頭上へ倒れかけている。


 嘘だろ。


 こんな展開、ゲームには——。


「避けてっ!」


 詠子の叫びが聞こえる。


 考えている暇はなかった。


 俺は咄嗟に蘭子を抱き寄せ、その身体を庇うように地面へ倒れ込む。


 直後——。


 ガシャアァンッ!


 背後で照明スタンドが地面へ激突し、ガラスのカバーが粉々に砕けた。


 鋭い破片が額をかすめる。


 さらに、蘭子を抱えたまま倒れた勢いで、頭を地面へ強く打ちつけた。


「うっ……!」

「……ゆ、優一さん?」


 蘭子が震える声で俺の名前を呼ぶ。


 額から流れた血が片目に入り、視界が赤く滲んでいく。


 それでも、腕の中にいる蘭子に怪我はなさそうだった。


「わ、わたくしのせいで……」

「よかった……会長に怪我がなくて」


 俺は安心させようと、無理やり口元を緩める。


「俺は、このくらい……平気ですから——」


 そこで、身体から力が抜けた。


 蘭子に覆い被さるように倒れ込みながら、薄れていく視界の端に、こちらへ駆け寄ってくる詠子の姿が映る。


「桜庭くん! 桜庭くん!」


 最後に聞こえたのは、何度も俺の名前を呼ぶ詠子の声だった。

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