↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
17/18

十七話 もう勘弁してくれ

「……っ!」


 柚月の腕から力が抜けた瞬間、霞んでいた意識がほんの一瞬だけ戻る。


 その隙を逃さず、俺はすぐさま一歩後ろへ下がり、柚月から距離を取った。


 口にしてしまった言葉は、もう取り消せない。


 ならば、意味を変えてしまえばいい。


 俺は人生で一番爽やかな笑顔を作ると、勢いよく親指を立てた。


「華憐や凪たちと同じ——友達としてな!」


 柚月はしばらく、ぽかんとした顔で俺を見つめていた。


 やがて耐えきれなくなったように、ぷっと吹き出す。


「ぷっ……あはははっ!

 桜庭くん、今、すごくいい雰囲気だったのに」


 笑いすぎたのか、水色の瞳にはうっすら涙が浮かんでいた。


「あーあ、私がここまでしてもなびかないなんて」


 一瞬だけ視線を逸らし、小さく咳払いをする。


「……ごめんなさい、からかいすぎちゃったわ」

「なんだ……急でびっくりしたよ。

 心臓に悪いから、もう勘弁してくれ」


 柚月は俺から顔を隠すようにくるりと背を向け、軽い足取りで階段を駆け上がっていく。


「早く教室に戻りましょ。あんまり遅いと、サボったと思われてしまいそうだし」


 振り返ったその顔に浮かんでいたのは、いつもの完璧に整えられた微笑みではなかった。


 目が潰れた無邪気な笑顔だった。


「まったく……待ってくれよ」


 俺は慌てて、その背中を追う。


「少しは……本気だったんだけどな」


 柚月が小さく何かを呟いた。


「なんか言ったか?」

「なんでもないよ、優一くん」

「そっか」


 柚月は振り返らないまま、誤魔化すように笑った。


 ん? 今俺のこと優一くんって呼ばなかったか。


 俺は首を傾げながら、そのまま文化祭準備で騒がしい教室へと戻った。


 柚月は、ゴミ捨て場が分からず迷っていたところを俺に見つけてもらったのだと、いつもの完璧な笑顔で説明していた。


 その声は、これまでよりもほんの少しだけうわずって聞こえた。


「優一……柚月と何かあった?」

「げっ……凪」

「『げっ』って何? さすがに失礼」


 いつの間にか、凪がすぐ隣に立っていた。


「別に何もないさ」

「柚月……少し雰囲気が変わった気がする」

「そうか? 柚月は柚月だろ」


 凪がわずかに目を見開いた。


 すると、柚月が笑顔でこちらを振り返る。


「見つけてくれて、ありがとね。優一くん」

「気にするな、柚月」


 ……ん?


 俺も、いつから白姫さんじゃなくて柚月って呼んでたっけ?


◇◇◇◇◇


「ゆうちゃん、どうかな?

 少し胸元がきつい気がするけど」


 華憐は両手で胸元を押さえながら、その場でくるりと一回転した。


 フリフリとした可愛らしいピンク色のメイド服。

 胸元だけが妙にぱつぱつで自己主張が激しい。


 可愛らしいメイド服とのアンバランスさが、妙な背徳感を生み出していた。


「なんというか……いけないものを見ている気分になるな」

「えっ!? なにそれ!?」


 華憐が慌てて身を乗り出す。

 その拍子に、立派に育った胸元がさらに強調された。

 

 く……反則だろ。


「優一くん。私のは少し地味な色合いかしら?」


 柚月はオーソドックスな白黒のメイド服に身を包み、小さく首を傾げた。


 これぞシンプルイズベスト。

 飾り気のないデザインが、柚月という最高の素材を、これ以上ないほど引き立てていた。


「いや、柚月は存在するだけで世界に貢献してる」

「ふふっ。よく分からないけど、ありがとう」


 その微笑みだけで、メイド喫茶の売り上げは億を超えるだろう。


「優一……鼻の下、伸ばしすぎ」


 横から冷静な声が飛んできた。


 振り向くと、凪が大きなうさ耳を揺らしながら立っている。


 メイド服にうさ耳。


 さらに、いつものうさぎのポーチを抱えていた。


 うさ耳メイドが、うさぎを抱いている。


 ……尊い。


 眠たそうな目も相まって、まるで寂しがり屋の子うさぎみたいだ。


 ああ、撫でたい。


「鼻の下なんて伸びてないぞ」

「鏡見た? 地面につきそう」

「人間の構造上、それはありえない」

「優一の鼻の下は、もともとだるだる」

「どんな構造してるんだよ!」


 俺の叫びに、華憐と柚月が楽しそうに笑う。


 文化祭当日まで、あと少し。


 教室では着々と準備が進み、今日は女子たちが本番で着るメイド服を試着していた。


「ねえ、ここ緩くなっていないかしら?」

「ここって……」


 柚月はそう言うと、メイド服のスカートの裾をほんの少しだけ持ち上げた。


 黒いストッキングの上。

 ガーターベルトの留め具が、ひとつ外れている。

 そこから覗く雪のように白い太ももがまぶしい。


 俺の視線が、吸い寄せられるように柚月の太ももへ向かう。


「ちょ、ちょっと‼︎」


 甲高い声とともに、華憐が俺たちの間へ飛び込んできた。


「柚月ちゃん、何してるの⁉︎」

「あら、華憐。留め具が外れてしまったみたいだから、優一くんに見てもらおうと思って」

「だ、だだだ、駄目に決まってるよ!」


 華憐は慌てて柚月のスカートを押さえ、そのまま俺の視界を塞ぐように身体を割り込ませた。


「そういうのを、ゆうちゃんに見せちゃ駄目!

 私が直すから!」


 華憐は顔を真っ赤にしながら、柚月のスカートを必死に押さえている。


 柚月はそんな華憐を見て、くすくすと楽しそうに笑っていた。


 教室には、いつもの賑やかな空気が戻る。


 いや……おかしい。


 柚月は、こんな大胆なタイプじゃなかった。


 男と必要以上に距離を縮めない。


 誤解を生まないよう、一線を引く。


 それが、『恋スク』で柚月ルートに入る前の白姫柚月だ。


 なのに今日は、華憐や凪の目の前だというのに、スカートの裾をあげ、俺に見せてきた。


 ゲームにこんなイベントは存在しない。


 前回の外階段イベントからだ。


 あそこでイベントを無理矢理終わらせてから、柚月の距離感がおかしい。


 まるでこの世界そのものが、俺を本来進むはずだった柚月ルートへ引き戻そうとしているみたいだった。

 

 しかも、柚月との距離が縮まれば、それに対抗するように華憐まで張り合ってくる。


 この賑やかな輪の中では、詠子の姿はすっかり埋もれてしまう。


 だからこそ、次のチャンスは逃せない。


 文化祭準備で詠子が出演するイベントは、蘭子との生徒会イベントだけだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。