十四話 この時間を終わらせない
凪とのケーキ作りイベントは、無事に終わった。
狙いどおり、詠子と話すこともできた。
とはいえ、詠子ルートにはまだ遠い。
もっと接点を増やして、少しずつ距離を縮めていかなければ。
次に詠子が登場するのは、放課後に発生する柚月の文化祭準備イベントだ。
準備中、柚月はゴミ捨てを口実に教室を抜け出す。
そして、柚月を追う主人公に行き先を教える人物。
それこそが、詠子なのだ。
そして迎えた放課後。
教室では、クラスメイトたちがそれぞれの作業に取りかかり、文化祭の準備を進めていた。
「白姫さん、ここの飾り付け、赤と青ならどっちがいいかな?」
女子生徒が二種類のリボンを手に、柚月へ声をかける。
柚月はわずかに首を傾げ、二つを見比べると、柔らかく微笑んだ。
「赤の方が、教室全体の雰囲気には合いそうね。でも、青も綺麗だから、テーブルの装飾に使ってみるのはどうかしら?」
「わあ、なるほど!」
女子生徒は嬉しそうに頷き、自分の持ち場へ戻っていった。
すると、入れ替わるように男子生徒たちが近づいてくる。
「白姫さん、黒板のレイアウト、一緒に考えてくれない?」
「もちろん」
柚月は嫌な顔ひとつせずに頷き、黒板の前へ向かった。
だが、男子たちの目的はレイアウトだけではないらしい。
「白姫さんもメイド服を着るんでしょ? 早く見たいな」
「分かる。準備中も白姫さんだけ着てくれたら、みんなの士気が上がるんじゃない?」
「それいいな! 試しに今、着てみない?」
黒板そっちのけで、男子たちは鼻の下を伸ばしている。
「ふふ、ありがとう。でも、メイド服は当日までのお楽しみにしておく、というのはどうかしら?」
柚月は困った表情をひとつも見せず、天使のように優しく微笑んだ。
「白姫さん! 俺、当日まで待つよ!」
「そうだよな。楽しみは取っておかないとな!」
その微笑みを向けられた男子生徒たちは、すっかり骨抜きにされていた。
その様子を見ていた女子の一人が、小さく眉をひそめる。
「白姫さん、男子のほうばっかり手伝ってない?」
「こっちも忙しいんだけど」
女子たちの間に、わずかに刺々しい空気が流れた。
柚月は一瞬だけそちらへ視線を向けると、何事もなかったような笑顔で歩み寄る。
「鈴木さんの飾り付け、とても綺麗ね。何か経験があるのかしら?」
「……私、アクセサリー作りが趣味で、細かい飾りを作るのが好きなの」
「素敵ね。機会があれば、今度作品を見せてもらえる?」
「も、もちろん!」
さっきまで不満そうだった女子たちも、気づけば柚月と一緒に楽しそうに飾り付けを始めていた。
さすがだ。
あれだけ刺々しかった空気を、ほんの数言で消してしまった。
誰に対しても分け隔てなく接し、周囲が求める完璧美少女であり続ける。
それが、白姫柚月なのだ。
しばらくすると、教室の隅から声が飛んだ。
「このゴミ、誰か捨ててきてもらえる?」
「私が行くわ」
柚月がすぐに名乗り出た。
「ゴミ捨てなら俺が行くよ!」
「そうよ。そういうのは男子にやらせればいいじゃない」
「白姫さんにゴミ捨てなんて似合わないって」
男子たちが慌てて立ち上がる。
「ありがとう。でも、大丈夫よ。みんなもやることがあるでしょ?」
柚月はいつもどおりの笑顔を浮かべたまま、大きなゴミ袋を抱えて教室を出ていった。
教室に残った男子たちは、
「ゴミ捨てまで率先してやるなんて、さすが白姫さんだよな」
「白姫さんって、ほんと完璧だよなぁ」
などと感心している。
だが、俺は知っている。
あれは、ただゴミを捨てるために教室を出たわけではない。
一人になる時間が欲しかったのだ。
それからしばらく経っても柚月は戻ってこなかった。
「白姫さん、少し遅くない?」
「転校してきたばかりだし、ゴミ捨て場が分からなかったのかも」
クラスメイトたちの声を聞き、俺は顔を上げた。
——来た。
この場面だ。
ゲームではここで、『少し様子を見てくる』という選択肢を選ぶと、柚月のイベントへ進む。
そして教室を出た直後、廊下にいる詠子から、柚月が向かった方向を教えてもらうのだ。
「俺、ちょっと様子を見てくる」
ゲームのシナリオどおりにそう告げ、俺は教室を出た。
すると、すぐ近くの廊下に詠子が立っていた。
いた。
シナリオどおりとはいえ、実際にその姿を見つけると、思わず頬が緩みそうになる。
「桜庭くん……?」
「あの、白姫さんを見なかった?」
俺が声をかけると、詠子は少し考えるように首を傾げた。
「白姫さんなら、あちらへ歩いていきました」
そう言って、詠子は廊下の奥を指さした。
本来なら、ここで詠子の出番は終わりだ。
だが、俺はこの短い時間を終わらせるつもりはない。




