十一話 ……絶対に成功させる
学園から歩いて十分ほど。
住宅街を抜けた先にあるスーパーへ入ると、凪は迷うことなく野菜売り場へ向かった。
「まずは、にんじん」
買い物メモを確認しながら、小さく呟く。
俺は買い物カゴを持ち、その後ろをついていった。
凪は売り場に並んだにんじんを一本ずつ手に取り、形や色をじっくり見比べている。
「どれも同じじゃないのか?」
「違う」
即答だった。
「こっちのほうが色が濃い。ケーキには甘いにんじんのほうがいい」
「見ただけで分かるのか?」
「……なんとなく」
そう言いながら、凪は選んだにんじんをいくつかカゴへ入れた。
「家庭科室には、牛乳、小麦粉、卵、砂糖、バターはあるって先生が言ってたぞ」
「なら、買うのはスパイスとクリームチーズ。それから、くるみ」
「スパイスなんて使うのか?」
「使う」
凪は当たり前のように答えたあと、不思議そうに俺を見上げた。
「……優一、キャロットケーキ食べたことないの?」
「いや、その……スパイスだよな。忘れてた、忘れてた」
まさか、ゲームで凪が作っていたから選んだだけで、実際には食べたことがないなんて言えない。
「あはは。それより、凪は買い物に慣れてるんだな」
「話を逸らした」
「気のせいだ」
「……怪しい」
凪はじっと俺を見つめていたが、やがて買い物メモへ視線を戻した。
「普段から、私が買い物してるから」
その一言で済ませてしまうあたりが、凪らしかった。
学園に通いながら、毎日のように買い物も料理もこなしている。
ゲームでは知っていたことだ。
けれど、実際にその姿を目の当たりにすると、画面越しでは分からなかった凪の苦労が伝わってくる。
……凪は本当に頑張り屋なんだな。
その後も凪の指示に従い、必要な材料をカゴへ入れていった。
最後に製菓用品の棚から紙の焼き型を選び、俺たちはレジへと向かう。
会計は、先生から預かっていたお金で済ませた。
「こちら、キャンペーンシール一枚になります」
店員から差し出されたシールを見て、凪がうさぎのポーチへ手を伸ばす。
けれど、何かを取り出しかけたところで、ちらりと俺を見て手を止めた。
「どうしたんだ?」
「……私の買い物じゃないのに、シールをもらっていいのかなって」
たかがシール一枚なのに、もらうのをためらう。
こういうところは、凪らしいというか……妙に真面目なんだよな。
「そのくらい、別にいいんじゃないか?」
「……ほんと?」
「ああ。気になるなら、先生には一応俺から伝えとくよ」
凪は少しためらいながらも、ポーチからカードを取り出した。
店員にシールを貼ってもらうと、カードを両手で持ってじっと見つめる。
「あと五枚」
「何かもらえるのか?」
「今月は、うさぎ柄のお皿」
凪はカードの隅に印刷された景品の写真を指さした。
白い皿の中央には、にんじんを抱えたうさぎが描かれている。
「へえ。かわいいな」
「うん……絶対に欲しい」
いつもと変わらない淡々とした声だった。
けれど、その目は、買い物中のどの瞬間よりも真剣だった。
「今月中に集まりそうなのか?」
「……たぶん無理」
凪は少しだけ残念そうに、カードへ視線を落とした。
「でもさ……今日の試作がうまくいけば、本番用の材料も必要になるだろ?」
「……うん」
「そのときは、また二人で買い出しに来よう。そうすれば、シールも貯まるんじゃないか?」
「……でも、またもらっていいのかな」
「凪が文化祭のためにケーキを作るんだ。そのくらいなら、先生も許してくれるさ」
凪はカードを見つめたまま、しばらく黙っていた。
やがて、ゆっくりと顔を上げる。
「次も、優一が一緒に……来てね」
そして、俺の制服の裾をきゅっと摘んだ。
「……約束」
「お、おう……」
思いがけず可愛らしい仕草を向けられ、少しだけ動揺してしまう。
凪は大事そうにカードを胸元へ抱えると、小さく頷いた。
「……絶対、成功させる」
淡々とした声の奥には、いつになく強い決意がこもっていた。
「そうと決まれば、早く戻ってケーキ作ろうぜ」
凪はもう一度頷くと、カードをそっと、うさぎのポーチへしまった。
買った材料を袋へ詰め終えると、俺は二つの袋をまとめて持ち上げる。
「やっぱ……片方、持つ」
凪が心配そうに手を伸ばしてくる。
俺はそれを避けるように、両手の袋を軽く持ち上げてみせた。
「凪にケーキを作ってもらう代わりに、荷物持ちは俺がするって約束しただろ」
「……そうだけど」
「これくらい任せろ」
凪はしばらく俺と買い物袋を見比べていたが、やがて伸ばしていた手を引っ込めた。
「重くなったら、すぐ言って」
「ああ」
「無理しないで」
「分かったって」
スーパーを出たあとも、凪は何度も俺の持つ袋へ視線を向けていた。
家庭科室へ戻ると、俺たちはさっそくケーキ作りに取りかかる。
「何か手伝うことはあるか?」
「ここからは私の仕事。優一は、そこで待ってて」
「あいよ」
凪は鞄から、丁寧に畳まれたエプロンを取り出した。
広げられたエプロンには、何匹ものうさぎが描かれている。
いつも持ち歩いてるのか?
背中のひもをしっかりと結ぶと、調理台の下から小さな踏み台を取り出し、その上に立った。
そして、真剣な表情で材料を並べ始める。
……なんて可愛い生き物なんだ。
凪はにんじんの皮を手早くむくと、おろし金を使って一定の速さですりおろしていく。
その手つきには迷いがなく、料理に慣れていることが一目で分かった。
それなのに、うさぎ柄のエプロンをつけ、踏み台の上で一生懸命に作業する姿は、どうしても小動物のように見えてしまう。
「……優一」
「お! 何か手伝ってほしいのか?」
「違う」
凪は手を止めると、少しだけ目を細めてこちらを見る。
「じろじろ見すぎ……落ち着かない」
その頬は、ほんのりと赤くなっていた。




