第10話「蹂躙(じゅうりん)せんばかりの誠意」
昔、ドライブインで見かけた
ハンバーガーの自動販売機。
お出かけの帰り、
事故渋滞で
なかなか帰れず、買ってもらった。
美味しかった。
今も、あるのだろうか。
よし、お出かけだ。
保志宇宙が独りだったころと違い、野放しにできないAIが2体いるので、移動手段として軽トラックを購入したのだ。
特に行きたいところがあったわけでもなかったが、納車されると一転して気分が上がった。
紙コップをホルダーに引っ掛け、戦闘機を荷台にガッチリ固定した。
さあ、軽トラックでお出かけと洒落こもう。
そして、今は帰り道。
行楽シーズンの渋滞に巻き込まれ、信号一つ進むまでに2時間ほど待ちぼうけする始末。
腹が減った。
しかし、道路の脇には歩道が延々と続くだけで、店どころか家もまばらだ。
この3時間ほど、自動販売機すら見かけていない。
荷台からは聞こえる戦闘機の微妙に音程を外した鼻歌に、宇宙の苛立ちは最高潮に達した。
うるせえ、と宇宙がどなりかけたそのとき、ノックの音がした。
未来茶碗「入ってます」
出してやろうか?
宇宙はドアを開けた。
何かの自動販売機「ご用命は、ございませんか」
あのな……
ああ、開けたの、俺だった。
うっかり八つ当たりしかけたが、抑え込む宇宙。
自販機か。
いつもの癖で、間に合っていると言いかけた宇宙。
空腹であることを思い出した。
苛立っているのは、空腹のせいか。
間に合って、ないんだよな……
何が、あるんだい?
何かの自販機「はい、私、サバサンドに特化しておりまして、
お客様が鯖と小麦とナッツ類にアレルギーをお持ちでなければ、
最高のものを提供できる自負がございます」
アレルギー対応までは、してないのか。
サバサンド自販機「そこは、申し訳ございません。
一点突破で、安く速く限りなく美味しくをモットーにしております。
アレルギー対策や信心や信条とは、相容れぬものでして」
多様性はコストがかかるからね。
安く上げたいなら、買う側も売る側も専門化する方が手っ取り早い。
俺のアレルギーってエビとかカニだけど、具とかソースに入ってないなら……
サバサンド自販機「大丈夫です、高い材料は使っておりません」
……言い方よ。
まあ、いいや。
腹も減っているし、サバサンドは大好物だ。
頼むよ。
サバサンド自販機「シングル、ダブル、トリプル、クアドラプル、
どれに、なさいますか?」
シングルで、どのくらい?
サバサンド自販機は、シングルの見本にコッペパンを一つ取り出した。
サバサンド自販機「目安になりましたでしょうか」
いつもの晩ご飯にするには、少し小さいくらいか。
今は、とにかく腹が減った。
そう言えば、それぞれいくらになるんだい?
サバサンド自販機の答は、お店で買うよりも少し安いくらいだった。
こんな何もない道で商売してるのに、えらく良心的なことだ。
トリプ……いや、クアドラプルにするか。
食べ残しても、そもそもテイクアウトだしな。
サバサンド自販機「承りました。
クアドラプルには、サービスでドリンクを1本合わせて提供となります。
なお、お手数ですが、前金制となっております」
宇宙は代金をサバサンド自販機に渡した。
すでに何やら良い香りが漂ってくる。
これは、期待してもいいんじゃないか?
サバサンド自販機「……3、2……」
おいおい、足元がふらついて……
数を数えたせいでぐらっと体勢を崩した風を装って、しっかりと地面を踏みしめるサバサンド自販機。
サバサンド自販機「冗談です。
軟弱なAIと違って、
私ども調理AIには、数字は友達です。
エンターテイメントとして、お楽しみください」
……まあ、いい。
サバサンド自販機が紙皿に乗ったサバサンドを差し出してきた。
……おい。
サバサンド自販機「出来立てです。熱々をお召し上がりください」
この、異様にでかいパンは、何だ?
パンの長さは、先ほどのシングルと大差ない。
頼んだのは、クアドラプル。
ただ……
パンの断面直径が……シングルのパンの6倍くらい?
サバサンド自販機「シングルのパン断面積直径を1としますと、
ダブルは2倍。トリプルは4倍。
クアドラプルは6倍と、出血大サービスとなっております」
宇宙は、円筒の体積の導き方を思い浮かべた。
円筒の体積 = 底面積 × 高さ = (半径×半径×π)× 高さ
直径が倍ということは、底面積は倍率の2乗だよな?
量の刻み方、おかしくないか?
サバサンド自販機「具を挟む切れ目の数です。
シングルに対して、ダブルで倍。トリプルで3倍。
クアドラプルで4倍になってますよね」
……確かに、そうだね。
サバサンド自販機「具についても、
それぞれの切れ目にシングルに挟むのと同じ量が挟んであります。
クアドラプルできっちり4倍の具を挟んでおります。ご安心ください」
……パンの直径についてはどうなんだ?
サバサンド自販機「量を求めるお客様に、
ご満足いただけるヴォリュームと自負しております。」
クアドラプルだと、4個分の具で36個分のパンを食うことになるんだが。
サバサンド自販機「36個分の具を挟んでの試食会では、
どんな大食漢の方でも食べきることが不可能と解りましたので」
……いや、そうじゃなくて。
サバサンド自販機「それでは、またのご利用を、お待ちしております」
サバサンド自販機は宇宙に深々と礼をすると、煙のように消えてしまった。
手元に残されたのは、30人がかりでも食べきれない量のサバサンド。
それと、炭酸飲料のペットボトル1本。
渋滞で進めそうもないので、とりあえず端っこを齧ってみた。
……美味いな。
ただ、この量を見ただけでもう、お腹いっぱいだ。
未来茶碗「入ってますよー」
もう、入らねえよ。
思い出が味を美化している。
よく耳にする話。
できれば、
思い出は、美味しいままで。




