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第15話 ヴァッサゴーの瞳

 辺りを見渡すと一面がひび割れた大地であった。

 草木はほとんど生えておらず動物の姿も見えなかった。

 ここは、どこだろうか?


「よく来た。強き意思を持つ青年よ」


 声が響く。

 気づけば『それ』はそこにいた。

 古代ローマで着られていたという一枚布の上着、トーガに似た衣装を纏った筋骨隆々な男性であった。

 顔は見えない。だが威厳に満ちた声から中年くらいの男性ではないかと推察される。


「あんたは誰だ?ここは一体……?」


「我が名はコウ。お前はその名に聞き覚えがあるのではないか?」


 コウ?

 確か、コランチェの町で崇められている拳聖がそんな名前だった。

 町の中央広場には銅像が立っていたがなるほど、顔は不明瞭なので比べられないがそれ以外は似ていると言えるだろう。


「その通りだ。だが、それだけではないはずだ」


 これは……俺が心で思ったことは相手にダイレクトで伝わっているということか。

 伝説の拳聖が出てきたというのは驚きだが神様とやらが出てくるよりは大分現実的だ。

 まあ、何で出てきたか正直なところわからんのだが。


「あんたはそう言うが俺にはその名についてそれ以外の記憶はない。だが察するに俺とあんたは何かしら縁があるという認識でいいのか?」


「いかにも。だがどういった縁であるかはお前自身が思い出さなければいかん」


「そう言うとは思っていた……ところでこの世界に来て発揮されている規格外と言える俺の強さはあんたが由来と考えていいか?」


 はっきり言って元々いた令和の世界で俺があれほどの戦闘能力を誇っていたとは考えづらい。何かしらのカラクリがあるはずだ。

 そして目の前にいるのは拳聖と謳われた男。

 同じ徒手空拳での戦いならこの男が絡んでいる可能性は十分にある。


「肯定しよう。私がお前に力を与えた。この世界で生き抜く力をな。今、お前が持つ力ははそのほんの一欠けらでしかない」


 なるほど。

 俺はこの先、さらに強くなるぞと言いたいわけか。


「力をくれたことについては素直に礼を言おう。感謝するよ、拳聖」


「礼には及ばぬ。その言葉には『しかし』……が続くのではないか?」


「その通りだ。しかし疑問がある。何故俺が選ばれた?俺という人間にそれほどの価値があったというのか?俺は自分が誰かはわからん。だがそんな大層な人間であったとも思えない」


「選ばれた、か。それは違う。お前は『選んだ』のだ。」


 選んだだと?


「その通り。選んだのだ。私は最初はお前を笑い飛ばした。無謀な若者でしかないとな。だがお前は私の想像を超えた。それはお前の『運命を変える力』によるものだ」



 運命を変える?

 随分と大層な話になってきたな。


「お前が一緒にいたアンジェラという少女について話そう。彼女はあの場所で命を落とす運命であった」


 アンジェラ、あの子が『死ぬ運命』だった!?


「この先の歴史、彼女の存在は刻まれることは無かった。凶悪犯の手にかかった哀れな少女。それが彼女の歴史における終着点だった」


 それを俺が変えたというのか。


「信じがたいだろう。だが事実だ。お前はこの世界に新しい歴史を作り出した。『ヴァッサゴーの瞳』が視た運命を書き換えたのだ。彼女は運命から外れた」


 え、何だ?ヴァッサゴーの瞳?

 某アニメの敵役みたいな名前だな。

 何だったか。確か悪魔の名前だとかそういった感じだったと思うが。


「真面目な話だ。お前には為すべきことがある。ひとつは自分の記憶を思い出すこと。もうひとつは『呪縛』を解くことだ」


 記憶を思い出す、か。

 それに意味があるのだろうか。ここは令和の世界ではない。異世界だ。

 ならば令和時代の記憶にどれほどの価値があるだろうか。

 下手をすれば思い出さない方がいい可能性もある。


「疑問に思うだろう。だが思い出すことにも『意味』はある」


 たとえその記憶が絶望的なものであったとしても、ということか。


「まずは探すのだ。『マーナガルム』を」


 また意味の解らない単語が出てきた。

 

「近道はない。己で探すのだ。お前が己で作った縁。それが進む道となるだろう」


 うむ、何だかそれっぽいアドバイスになってるな。


「聞かせてくれ呪縛とは何だ?」


「名詞だ。まじないをかけて動けないようにすること。また、心理的に人の自由を奪うことだ。」


 おいおい、ここまで来ていきなりふざけるなよ。

 

「ふざけてなどいない。今の言葉に答えがある」


 ということは誰かがまじないをかけられて動けないと言うことか。

 例えば封印されているとか。

 もうひとつの意味から考えられるのは何かにとらわれて精神的な自由を失っているということだが……


「すぐに答えにたどり着く必要はない。だがお前がこの世界に来たことには意味がある。その意味に、お前が気づく日が来ることを祈ろう。さぁ、目覚めるがいい。そして新たな道を歩くがいい。お目だけの道をな」


 拳聖が手をかざすと俺の意識は再びすっと消えていった。




◇リゼット視点◇


 あれからお兄さんは町の診療所で眠り続けて、もう3日になる。

 あの日は驚きの連続だった。

 凶悪犯との邂逅もそうだが、一番の驚きはお兄さんが運命を変えたことだ。

 

 アンジェラはあそこで死ぬはずだった。

 ジャグロックの手にかかる。それが運命。

 今まで瞳に映った『運命』は決して変えられなかった。

 ボクはただその時を待つだけしか出来ない。

 

 だがお兄さんはそれを打ち砕いた。

 アンジェラのお母さんもコンロン草のおかげで快方に向かっているという。

 そっと、自分の眼のあたりを撫でる。

 これは『呪い』だ。何度、この眼を潰そうとしたことか。

 視たくもない未来が視えるならいっそこんな能力、無い方が良かった。

 ただ、眼を瞑っていたとしても未来は脳裏に浮かぶのだ。

 だから眼を潰すことに意味はない。

 どちらにしろ『逃げられない』。


「この先、どうなるのかわかんないよね……」 


 絶対であったはずの未来が変わった。 

 親友が生存していることは喜ぶべきことなのに当時に不安を感じている自分がいた。

 未来が変わってしまうというなら、『あの未来』も変わってしまうのだろうか?


 ボクの悲願をお兄さんが達成してくれるあの未来を。

 怖い。でも逃げるわけにはいかない。

 可能性があるなら間違いなくお兄さんだ。

 

 だからこれからも傍にいる必要がある。

 いずれお兄さんをあの場所に導くためにも。


「早く目を覚ましてくれないかな、お兄さん。」


 テーブルを軽くひっかきながら呟く。

 一緒にこの家で過ごしたのは1日だけだったがお兄さんがいないのは何か物足りない。

 我ながら最低だと思う。

 自分の目的の為にお兄さんを利用している。


「そろそろ行こうかな。お見舞い」


 それくらいはしないといけない。

 お兄さんを利用しているんだ。

 それくらいの奉仕は必要だろう。

 それがボクの使命だから……

 ボクは、最低だ……

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