第16話 診療所にて、目覚める
目覚めと共に飛び込んできたのは白い天井であった。
そうか、俺は目覚めたのか。
先ほどの夢は……ただの夢というわけではないだろう。
拳聖コウから幾つか重要なフレーズを聞いた。
運命を変える力、ヴァッサゴーの瞳、そしてマーナガルムを探せ。
情報量が多くて処理しきれていない。
体を起こす。ここは…病院のようなところだろうか。
「あっ、目が覚めたんですね。」
窓のそば、椅子に座っていた少女が俺に気づき立ち上がる。
確か……
「君は、アンジェラか」
「はい。アンジェラです」
そうだ。リゼットの友人だ。
一緒に仙草を取りに森に行った。
思い出す。拳聖の話が本当なら彼女はあの森で命を落としていたのだ、と。
ジャグロックが彼女を殺してしまう前に倒したので運命が変わったと言っていた。
「本当に良かった。ずっと寝ててもう目覚めないんじゃないかって不安でした」
「コンロン草はどうなった?君のお母さんは……」
「おかげで快方に向かっています。今朝なんか腕立て伏せをしてたくらいですよ」
パワフルな母親だな。
だがよかった。もしあの森で彼女が命を落としていたらどうなっていただろう。
コンロン草は手に入らず、母親も失意のまま亡くなっていたかもしれない。
「元気になってよかった。ところで、俺はどれくらい眠っていたんだ?」
「3日です。3日間まるまる眠ってました」
そんなに眠っていたのか。思ったより長かったな。
夢の中での出来事はせいぜい数分程度にしか感じていなかったからな。
ふと、病室を見渡し「彼女」を探す。
「あ、えっと、リゼットは?」
「家に帰っています。着替えたり色々して少し休んだら来るって。その間は私がついてることになったんです。母も元気になりましたし」
リゼットは今ここにいない。その事実を受け不意にさみしさが込みあげてきた。
彼女はこの世界に来て俺が最初に出会った人だ。彼女のおかげで俺は町に来ることができたしギルドに登録することもできた。それが無ければ未だ森をさまよっていたかもしれない。
「そ、そうか……」
仕方のないことだ。彼女とは別に恋人だとかそういう関係でもない。
そばにずっといる必要もない。なのに俺は彼女がいないことがさみしいと感じた。
随分と自分勝手な男だ。
「ありがとう、アンジェラ。それにしても3日も寝ていたとは驚いたな」
「本当に。死んでしまったのかって慌てましたよ」
「ここは……どこかの病院なのか?」
「町の診療所です。ガルマージさんの仲間が来てくれてあなたを運んでくれました」
ガルマージ。あの素晴らしい筋肉を持った男か。
「彼は上級の冒険者だと言っていたね。有名人なんだな」
「はい。“デストロイド・モンスター”っていう上級冒険者パーティーのメンバーです。活動している地域はもっと遠くなんですがジャグロックを追ってこの辺まで来ていたそうです。ジャグロックの持っていた魔道具は本来、彼らに渡されるものだったみたいで……」
獣化の魔道具か。
あんなものがあるとはつくづくファンタジー異世界だな。
「なぁ、アンジェラ。『マーナガルム』って知らないか?」
「マーナガルム?うーん、昔読んだ本にあったかな。確か月の力を持つ金色の狼だったと思うけど……それがどうしたんですか」
「いや何、俺の記憶を取り戻すのにまずそれを探す必要があるようなんだ」
アンジェラが目を見開く。
「記憶を?え、もしかしてナナシさんって……」
「そう言えばリゼット以外には言ってなかったか。実は記憶喪失なんだ。ナナシっていう名前もリゼットにつけてもらった」
「道理で魔法のこととか全然知らないわけだ」
いや、それに関してはこの世界の人間じゃないのが原因なんだがな。
これはリゼットにも言っていないししばらく内緒にしておこう。
「で、ナナシさんはどういうわけかマーナガルムを探している、と。でもなぁ、マーナガルムはおとぎ話の産物ですよ?」
「実のところ、そうでもありません」
じめじめとした陰鬱さを感じる声。
間違いない。この声の持ち主は……
「セドリックか……」
「はい、漆黒のセドリックです。この度はお疲れさまでした」
バケットを小脇に抱えたセドリックが病室に入って来る。
「見舞いに来てくれるとはな。」
「ふふふ、あなたとは浅からぬ縁を感じていますからね。それに、医務室へ連れて行っていただいた恩もあります。」
何かお前が言うと気持ち悪く感じるのだがな。
まあ、噂好きだし陰鬱な雰囲気とは言え基本はいい人だからな。
「ああ、そうそう。これは見舞いのクッキーです」
バケットの中には大小さまざまな形の可愛らしいクッキーが入っていた。
まさかこいつが?
何だか花柄のフリフリエプロンを着たセドリックの姿が目に浮かび慌てて握りりつぶす。何だその悪夢。失礼は承知だが黒魔術のローブとか来てる方が絶対似合う。
「なあ、セドリック。頼むからこれはあんたが作ったものだとだけは言わないでくれ……」
「ふふっ、残念ながら私にそんな技能はありませんよ。これは妻が焼いたものです。あなたの事を話していたら是非差し入れしなさい、とね。目覚めてなかったらどうするつもりだったのか」
「そうか、それなら良かった……って妻ァ!? あんた結婚してたのか」
一瞬何を言っているのが分からなかった。
その言葉が意味するところを理解した後は、あまりの衝撃に腰が抜けそうになったものだ。
「おや、何か不思議なことでもありますかな。とても可憐な女性でしてな……ただ、手をつないで歩いていたら時々、衛兵に職務質問をされるのです。嫉妬とは怖いものですな」
まあ、確かにぱっと見怪しいかもしれない。
だが夫婦が仲睦まじく歩いているのに職務質問とは失礼なことだ。
「奥さん背が低いですからね。見た目なんて完全に子どもですから……」
あ、ダメだ。それは完全にアウトかもしれない。
「そうは言いますがね、妻は私より年上なのですよ。今年で30歳になります」
俺はむしろセドリックが20代だということに驚きを禁じ得ないがな。
「そうなんですよね。あたしもギルドに登録しに行った時に受付で奥さん出てきたときは何の冗談かと思いました」
「ああ、夫婦そろってギルドの職員なのか」
「何を言いますか。妻はこの町のギルドでギルド長を務めているのですよ」
何ですと。
本当にこいつは謎が多い男だ。
「まあ、妻の事はこれくらいにしましょう。先ほど、マーナガルムについて話をしていましたな」
「知っているのか?」
「マーナガルムはアンジェラ嬢が言う通りおとぎ話の生き物です。ですがその名を冠した特殊な武具について聞いたことがあります。その昔、ミアガラッハという貴族がおりましてな。その家が時の王より授けられた巨大な盾。確かそれがマーナガルムという名だったと思います」
金狼の名を冠する大楯、それが俺が探すべきもの。
何だか聞いているだけでワクワクする展開だ。
「ですが100年以上前の話です。ミアガラッハ家は滅びマーナガルムの行方も知れないとのことです」
「それでも……マーナガルムは存在はしたんだな。ならば探すこと出来るはずだ」
「ふむ……あなたは何かを大きな事を成しそうな気がしますな。いいでしょう。マーナガルムについては私の方でも調べておきましょう。さて……」
セドリックが部屋の入口へ目を向ける。
そこには目覚めてからずっと会いたかった少女、リゼットが立っていた。
「アンジェラ嬢、我々はお暇するとしましょうかな」
「え?あ、えっと?」
どこか名残惜しそうに俺とリゼットを見比べ、小さなため息をつくとセドリックに促され出て行った。
そして、病室には二人が残されることとなった。




