なみだのりゆう。
ここは聖域の炎の館、炎の守護精であるイフ・サラマンダーの執務室。
この部屋の主である炎の守護精イフと、その補佐役であるエイルは、困惑した表情で一点を見つめていました。
「イフ様・・・。」
「・・・なんだ?」
眉を下げたエイルはイフに視線を向けると、イフも眉間に皺を増やして答えます。
大の大人の男2人をこんな表情にしているのは、ここ最近聖域に迷い込み、イフが保護した小さな獣であり、幼子のユキでした。
大きなソファーにぽてりと体を預けて、ぽぉっとしているその姿は可愛らしい。
「お買い物から帰ってきてから、ずっとあんな調子ですけど・・・。何かあったんでしょうか?」
「・・・・さあな。」
「もうっ。イフ様。いつまで拗ねてるつもりですかっ!」
「なっ!?拗ねてなど、いない・・・っ。」
そんな会話を遠くに聞きながら、ユキは闇の守護精であるリュウキとのおでかけ先での会話を思い返していました。
***
『俺の覚えている1番古い記憶は、江戸という地で生まれ育ち、京という地で暮らしていたということなんやけど・・・その時になぁ。かいらしい真っ白な子猫を拾って、妙に悲しく鳴くもんでな?俺が守ったらなあかんて思うて育てとった。』
『こねこ・・・?にゃあ?』
『ああ。にゃーにゃーとかいらしい声で俺が家に帰るとおかえりぃーいうて鳴くんや。・・・もう1回でええから、会いたいなぁ。』
『あいたい、おもうにょ?』
『ああ。会いたいて思う。白いのって名前でなぁ。俺は名前のセンスまったくなかったんやけど・・・。はは・・・っ。』
リュウキさん、私が白いのだって、きっと気づいてたんだよね?
どうして聞かなかったのかな?
リュウキさんは、私の、白いのの、ご主人様だったんだ。
会いたいって、もう一度でいいから会いたいって、そう言ってた。
私も、ずっと会いたかったんだもん。
ずっとずっと、会いたかったんだもん。
なのに、どうして『お前が白いのだろう』って言わなかったのかな・・・?
ほんとうは、ご主人様に『私が白いのだよ』って言いたかったんだよ?
でも、見上げたリュウキさんの顔は、切なげで、悲しくて、でもふわりと柔らかく目を細めて笑ってくれていて、だから、私言えなかった。
何度も何度も考えて、うんとうんといっぱい悩んで、伝えようと思ったけど、リュウキさんは『帰ろうか』と言って立ち上がってしまったんだ。
それから後は何もお話できなかったな。
イフさんのお部屋に戻ってきたら、エイルさんとイフさんが待っていてくれて、おかえりって言ってくれて、だけどお胸の中がもやもやしていてうまく笑えなくて、ずっと静かに私を見守ってくれている2人はとっても心配そうに私を見てた。
悩んでも、考えても答えが出なくて、考えるのをやめて顔を上げたらイフさんの赤い瞳とぶつかった。
そしたら私の座るソファーの隣りにイフさんが座って、優しくて大きな手が私の頭にぽんっと乗る。
「・・・いふ。えと・・・。あにょね・・・。」
心配かけたくなくて、必死に何かを言おうと考えたけど、言葉がうまく出てこなくて俯いてしまう私に、イフさんは静かな声でふっと笑った。
「・・・初めての買い物は、楽しかったか?」
「にゅ・・・?う、うにゅっ。しゅごく、たにょし・・・か・・・。ふぇ・・・。」
優しく聞いてくれたイフさんの声に、一気に気持ちが緩んで涙がぽたぽたと落ちていくけど、どうやって止めるのか分からない。
ふわり。
イフさんは私を優しく抱き上げてお膝の上に乗せてくれると向かい合う形になった。
ぽんぽんと優しく背中を叩かれて、思わずほっぺから滑り落ちた涙がイフさんの服を濡らしてしまう。
慌ててくしくしと目を擦ったら、イフさんは大きな手で私の小さな頭を引き寄せて胸に押し付けた。
「い、いふ。おようふきゅ、ぬれりゅ・・・にょ・・・。ひっく。」
「濡れたら着替えればいいだろう。大人しく泣いてろ。」
「ふぇ・・・。ぅぅ~・・・。」
イフさんは、なんにも聞かないでずっとぽんぽんと背中をたたいてくれてた。
リュウキさん。
ご主人さま。
私、生まれ変わってなんかいないの。
ほんとにほんとうの、白いのなの。
会いたいって言ってもらえて、とっても嬉しかったの。
私も会いたかったって、言いたかったの。
こんな姿だけど、白いのなんだよ?
でも、今は、ユキなの。
イフさんがね、つけてくれた、新しい名前なの。
でも、ご主人さまのこと、今でもとってもだいすき。
再会は、とってもとっても長い時間が経ってしまったけど、私、一度もご主人さまのこと、忘れたことなんてなかったんだよ。
いつか、言いたいんだ。
いつか、言えるといいな。
イフさんの太陽みたいにぽかぽかの体温に包まれながら、私は泣き疲れて眠ってしまった。
***
ユキがイフに抱かれて泣きつかれて眠ってしまった数十分後、慰められているユキを心配しつつも席を外していたエイルが戻ってきました。
ガチャ・・・。
「失礼します。イフ様。ユキちゃんは・・・って。おや。」
泣き疲れて眠ってしまったユキを抱いたまま、ソファーに横になって眠ってしまってユキをお腹の上に乗せている状態のイフに、エイルはふふっと微笑ましそうに笑うと隣のイフの寝室へ足を向けました。
戻ってきたエイルは寝室から持ってきた毛布を2人の上にそっと掛けるとテーブルにある、ユキが手をつけなかったミルクの入ったカップを持ちあげて部屋を出て行こうとします。
ですが、1度足を止めると、小さな声で・・・。
「イフ様、ユキちゃん。いい夢を・・・。」
そう言い残して静かに出て行ったのでした。




