(炎)鬼は外。
【リーフ視点】
ジン様とアルフ様が館へお帰りになってから、少し落ち着いた様子のユキに口直しのミルクを用意していた私はこの後のことを考えていました。
エスプレッソ用の小さなカップに温めたミルクを入れて、子供用の食器も調達しなければと思いながら・・・。
そうだ。
ユキはまだ熱が下がりきっていないではないですか、イフ様の館へ戻るにしても夜風はユキの小さな体に負担がかかってしまう。
そう思った私は、ユキにミルクの入ったカップを渡すとイフ様を扉の向こうへ呼び出しました。
「リーフ。話とはなんだ?」
「はい。ユキのことなのですが。今日はこのまま私の部屋で休ませる方がいいかと思います。」
「そんな心配は無用だ。俺の館へ連れて帰る。」
「いいですか?イフ様。ユキはまだ熱が下がっていないのです。そんな小さなユキを冷たい夜風に晒すというのですか?」
「・・・・ぐ。」
正論を突きつけられたイフ様は言葉を詰まらせました。
いえ、別にユキともう少し話をしたいとか、もう少し一緒にいたいからとか、もう少し愛でていたいとかいう個人的な思考で言っているのでは決してありませんよ?
ええ、本当ですとも。
「アルフ様の調合された薬はとても良く効くでしょうから、明日ユキが起きたら私が食事の間にお連れします。」
「・・・・仕方あるまい。」
「ああ、イフ様に限ってそんなことされるとは思いませんが念のためにお伝えいたします。くれぐれも、くれぐれも朝早い時間に訪問してユキを起こすような行為はお控えくださいね?」
「・・・・・あ、ああ。」
その反応は朝一番に乗り込んでくるつもりでしたね・・・?
渋々といった態度で帰っていくイフ様の背中を見送った後、部屋に戻るとユキは私がミルクのカップを差し出した時のまま、その位置でいい子に座ってカップに口をつけていました。
・・・ああ、やはり可愛らしい。
ユキの隣りまで行き小さな手の中にあるカップを覗くとまだそんなに減っていないことに気づいた私は、隣りの部屋に置いていた『華虫の蜜』を持ってユキの隣りに座りました。
ミルクの中に少量溶かし入れて渡すと、ユキはペロリと舌で舐めてから嬉しそうに笑ってくれます。
ユキがニコニコと笑顔で私の説明を聞いてくれている間、私はどんなに夢心地だったことでしょうっ。
珍しい蜜をユキは自分が飲んでしまってもよかったのかと心配していましたが、私は甘いものはあまり嗜まないので廃棄されずにユキの口に入る方が余程有効的でしょうね。
「んにゅ。ありあと。りぃ、ふ、しゃま?」
「っっっ!!」
う・・・あ・・・・今、ユキが可愛らしい小鳥のような声で私の名前をっっ!?
もう一度・・・もう一度呼んではくれないでしょうかっ!!
そんな期待を込めてお願いすることにしましたが、呼び捨てで構わないということを強調することを忘れなかった私はきっと勝ち組でしょう。
「りぃふ・・・?」
「っっっっ!!」
きゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅうん!!!
なななな・・・なんなのでしょう・・・
この心かき乱すなんとも例えようのない気持ちは・・・っっ。
ぎゅうぅぅぅっっ!!!
「みゃっ!?」
ユキ・・・どうして君はそんなにも可愛らしいのですかっ。
きゅうきゅうと私がユキを抱きしめている間もふぁさふぁさと動く柔らかなしっぽと私の頬をくすぐるピコピコと動く耳がなんともいえない喜びを感じてしまいます。
ああ、ですが下がってきたとはいえ、まだユキの体温は高いですね。
「ユキ。もう夜も遅いです。今日はそろそろ眠った方がいいと思うのですが・・・。」
「にゅ・・・。」
私の腕の中から顔を上げたユキは何を言われたのか分からないといった顔をしました。
少し考える素振りを見せた後、小さな声で言った言葉に私は頭を抱え込むことになるとは思いませんでした。
「りぃふ、と、ねんね?」
「えっ!?あ、ああ、そ、そうです、ね。わ・・・私とおやすみしてくださいますか?い、嫌でなければですがっ。もし嫌なのでしたら私はソファーで寝ますし、いえ、床でも構いませんっ。ああ・・・私は何を・・・言って・・・。はぁ。」
ユキがあまりにも可愛らしいことを仰るものですから動揺してしまったではありませんか。
自分の動揺っぷりに内心ため息をつきながらも、腕の中にいるユキの反応が気になって様子を窺ってみると、ユキはふるふると一生懸命首を横に振りました。
可愛い、愛しい、大切にしたい・・・。
いつも冷静で、どこか冷めていた私の心にユキは容易く入ってきました。
この子が笑ってくれるなら、きっと私はどんなことでも出来てしまいそうです。
「やじゃ、にゃい。りぃふ、と、ねんね、しゅりゅにょ。」
「ふふ。ええ、そうですね。一緒に、お休みしましょうか。」
ふにゃりと笑ったユキは、動物の姿の時のように私の胸にスリスリと擦り寄ってきました。
ああ・・・なんて愛らしいんでしょうか。
初対面の時、剣なんて向けるのではなかった。
もしもあの時から私が今の気持ちでいられたなら、イフ様ではなく私と過ごしていたのかもしれません。
あの方は、いつも私の気持ちより先におられる。
それは部下だった私にとって当たり前の関係だったというのに、今はこんなにも悔しいと思ってしまいます。
ユキが来てからは時々優しげに目を細めるようになった昔の私の上司、炎の守護精様を思い浮かべながら、私はユキをだっこしたまま寝室へ向かうために立ち上がりました。




