第53話 女子会の夜は始まったばかり
佐倉家のリビング。
テーブルの中央には、みおが作ったティラミスが四人分、きれいに取り分けられていた。
「いただきます」
結衣がスプーンを入れる。
一口食べた瞬間。
「……おいしい!」
ぱっと顔が明るくなった。
「本当ですか?」
みおも嬉しそうに聞く。
「ほんとです。すごくおいしい」
真琴も一口。
「うん。おいしい」
「よかった」
さきも食べる。
「相変わらず上手」
「お姉ちゃんは作ってる途中で試食したでしょ」
「完成品は別」
「そういうもの?」
「そういうもの」
四人でテーブルを囲む。
女子だけ。
休日。
甘いもの。
そして今日は、このままお泊まり。
自然と会話ものんびりしたものになっていった。
◇ ◇ ◇
結衣が、向かいに座るみおをじっと見る。
「みおちゃん」
「はい?」
「前から思ってたんですけど」
「何ですか?」
結衣が少し身を乗り出した。
「ほんと可愛いですよね」
「……え?」
突然の言葉に、みおが止まる。
「肌もすごく綺麗です」
「いやいや、普通ですよ!」
「普通じゃないです」
結衣は真剣だった。
「近くで見るとほんとに綺麗。何使ってるんですか?」
「何って?」
「化粧水とか」
「ああ」
みおは少し考える。
「そんな高いものじゃないですよ」
そこから。
普段使っているスキンケア用品の話になった。
化粧水。
乳液。
乾燥する日はクリームを足すこと。
逆に肌の調子が悪いときは、あれこれ使いすぎないこと。
結衣は思った以上に真剣に聞いている。
「最近ちょっと乾燥するんですよね」
「季節の変わり目だからかもしれませんね。私も最近は保湿少し増やしてます」
「真似しようかな」
隣で聞いていた真琴が、何気なく言った。
「結衣はそのままで十分綺麗だけど」
「……」
結衣が止まる。
「真琴先輩」
「何?」
「急にそういうこと言わないでください」
「事実」
さきがにやにやする。
「いいなぁ」
「何がですか」
「そういうのさらっと言えるの」
「普通です」
「普通じゃないですよ」
結衣のほうが赤くなっている。
みおがくすくす笑った。
「結衣先輩、真琴先輩に弱いですよね」
「みおちゃんまで!」
「だって今すごく赤いですよ」
「……もう」
今度は結衣がみおの髪を見る。
「でも髪も綺麗ですよね」
「それはちゃんと手入れしてます」
「何使ってます?」
そこから。
シャンプー。
トリートメント。
ヘアオイル。
さらにメイクや服の話へ移っていく。
完全に女子会だった。
みおも最初こそ、
――絶対、恋愛の話にされる。
と警戒していたのに。
いつの間にか、そんなことも忘れて普通に楽しんでいた。
◇ ◇ ◇
ぶぶっ。
テーブルの上で、さきのスマートフォンが震えた。
「ん?」
画面を見る。
陽翔からだった。
『勉強してます』
その下には、広げた問題集とノートの写真。
「……」
さきの口元が少し緩む。
真琴が気づいた。
「天野?」
「うん」
「何て?」
「勉強してます、だって」
「ちゃんとやってるんだ」
結衣も笑った。
「報告してるんですね」
みおが首を傾げる。
「お姉ちゃんが送れって言ったの?」
「うん。勉強の報告なら送っていいよって」
「家庭教師みたい」
「私は何も教えられないけどね」
さきは何気なくテーブルを見る。
そして。
「……」
スマートフォンを構えた。
ぱしゃ。
「何してるの?」
「写真」
「それは分かるけど、なんで?」
「陽翔くんに送ろうかなって」
「……」
みおに嫌な予感が走る。
さきは、ティラミスの写真に一言添えた。
『女子会中』
送信。
少しして。
返信が届く。
『え!!!』
続けて。
『みおちゃんが作ったやつですか!?』
さきが返す。
『そう』
すると。
『ずるい!!』
『俺も食べたい!!』
さらに。
『俺も行きたかった!!!』
「ふふっ」
さきが吹き出した。
「何て?」
真琴に画面を見せる。
結衣も覗き込んだ。
「すごく羨ましがってますね」
「陽翔先輩、今日ずっとそれ考えてそう……」
みおが呆れる。
真琴がさらっと言う。
「今からでも行くって言いそう」
さきが笑う。
「聞いてみる?」
「やめて!」
全員が笑った。
◇ ◇ ◇
少しして。
真琴がティラミスを食べながら、ふとさきを見る。
「さきさん」
「ん?」
「一個聞いていいですか?」
「何?」
真琴が少し意味ありげな顔をした。
「天野のこと」
みおのスプーンが止まる。
結衣は。
やっぱり来た、という顔をしていた。
「陽翔くん?」
「はい」
真琴はかなり直球だった。
「あいつ、さきさんのこと本気で好きですよ」
「真琴先輩!」
みおが思わず声を上げる。
「そんなにはっきり言うんですか!?」
「だって分かるでしょ」
「分かるけど!」
結衣が小さく笑っている。
さきは数秒黙ったあと。
「ああ」
あっさり頷いた。
「そうだよね」
「……」
今度は真琴が止まった。
みおも。
「え?」
「知ってるよ」
「知ってるの!?」
みおの声が大きくなる。
「うん」
さきは普通にティラミスを一口食べた。
「だって、陽翔くん分かりやすすぎるから」
「いつから?」
「最初に会った日」
「黒瀬先輩の家で!?」
「うん」
「その日から!?」
「ずっと私のこと見てたじゃん」
「……」
みおはあの日の陽翔を思い出した。
確かに。
ものすごく見ていた。
真琴が少し呆れたように聞く。
「じゃあ、好意に気づいた上で連絡先交換したんですか?」
「したよ」
「……強い」
結衣がくすっと笑った。
「さきさんらしいです」
「何それ」
さきも笑った。
◇ ◇ ◇
真琴がさらに聞く。
「じゃあ」
少し間。
「陽翔に可能性ってあるんですか?」
「真琴先輩!」
「みお、気になるでしょ」
「……気になるけど」
結衣も。
少し興味深そうにさきを見る。
さきは「うーん」と考えた。
「陽翔くんね」
「はい」
「可愛いとは思うよ」
真琴が反応する。
「……可愛い」
「うん。明るいし、素直だし」
「はい」
「頑張って勉強してるのも偉い」
「はい」
「ちょっとお馬鹿だけど」
結衣が吹き出した。
「そこ入るんですね」
「そこも含めて可愛い後輩って感じ」
「……」
みおはさきの言葉を待つ。
さきはあっさり続けた。
「でも、今のところ恋愛対象ではないかな」
「……そっか」
「私、もうちょっと大人っぽい人が好きだし」
真琴が一秒考える。
「事前失恋」
「真琴先輩!」
「まだ告白してないですよ」
結衣も笑う。
「そうだよ」
さき自身も笑った。
「そもそも本人から何も言われてないのに、私から『ごめん、恋愛対象じゃない』なんて言うほうがおかしいでしょ」
「それはそうですね」
真琴が頷く。
「だから今は普通に接してるだけ」
「勉強も?」
「それは普通に応援してる」
さきはスマートフォンを見る。
さっき届いた。
『俺もティラミス食べたい』
というメッセージがまだ画面に残っている。
「せっかく目標できて頑張ってるんだから、受験は受験で応援したいしね」
「恋愛とは別?」
「別」
はっきりしていた。
「でも」
さきが少し笑う。
「頑張ってるのは可愛いと思うよ」
真琴が小さく笑った。
「本人が聞いたら、その一言だけで一週間くらい頑張りそう」
「ありそう」
結衣も頷く。
みおは。
少しだけほっとしていた。
「……」
さきがすぐに気づく。
「何その顔」
「何でもない」
「安心した?」
「してない!」
即答。
真琴がみおを見る。
「した顔」
結衣も。
「ちょっとしてました」
「結衣先輩まで!」
さきが笑う。
「妹ってそういうものなのかな」
「だって……」
みおは少し困る。
「陽翔先輩がお兄ちゃんになるの、まだ全然想像できない!」
真琴が思い出したように言った。
「本人はもう『お兄ちゃんって呼んで』って言ってたね」
「言ってましたね」
結衣も覚えていた。
「絶対呼ばない!」
また笑い声が上がった。
◇ ◇ ◇
「でも」
さきが言う。
「今の話、陽翔くん本人には言わないでね」
真琴が頷く。
「もちろん」
結衣も。
「はい」
「私がどう思ってるかは、必要になったら私が本人に言うから」
「うん」
みおも頷く。
それなら納得できる。
さきは恋愛感情を持っているふりをしているわけではない。
陽翔が頑張っていることは応援する。
好意に気づいていても。
まだ本人から何も言われていない以上。
勝手に答えを出して突きつけるつもりもない。
ただそれだけだった。
「特にみお」
さきが指を差す。
「なんで私だけ!」
「顔に出るから」
「出ない!」
真琴が即答する。
「出る」
結衣も。
「出ますね」
「二対一!」
「三対一」
さきが加わる。
「お姉ちゃんは最初から敵!」
また。
四人の笑い声がリビングへ広がった。
◇ ◇ ◇
それからも。
話はなかなか止まらなかった。
また、さきのスマートフォンが震える。
『ここ分からない』
問題の写真まで送られてきていた。
さきが画面を見ながら首を傾げる。
「私に聞かれても分かんない」
真琴が横から覗く。
「あ、これ?」
「分かるの?」
「分かる」
さきが文字を打つ。
『真琴ちゃんいるから聞いてみたら?』
すぐ返事。
『真琴怖い』
「……」
真琴の目が細くなる。
さきは無言でその画面を見せた。
「ふふっ」
結衣が吹き出す。
みおも困ったように笑う。
「陽翔先輩……」
真琴だけは。
「今度覚えてろよ」
低い声で呟いた。
さきが今度は。
『結衣ちゃんに聞きな』
と返す。
少しして。
『結衣ちゃん神』
「……こいつ」
「私は大丈夫ですよ」
結衣が笑う。
「結衣、甘やかさなくていい」
「でも、勉強ですから」
「ほら、甘い」
「真琴先輩が厳しすぎるんです」
「普通」
「普通じゃないです」
そこからまた。
笑いが起きる。
美容。
学校。
友達。
恋愛。
何でもない話。
少しだけ恥ずかしい話。
誰かの失敗談。
また恋愛の話。
話題は何度も変わりながら。
途切れることがなかった。
みおは。
最初こそ警戒していたけれど。
いつの間にか。
完全に女子会を楽しんでいた。
「……」
さきは、そんな妹を見る。
昨夜まで。
自分の気持ちが分からないと悩んでいた。
たぶん。
今日も。
夜が深くなれば。
またその話になるのだろう。
でも。
今は。
普通に笑っている。
それでいい。
「みお」
「何?」
「ティラミス、もう一個食べていい?」
「ダメ」
「即答!?」
「明日の分」
「写真送ったら余計食べたくなった」
「自業自得!」
真琴が笑う。
「陽翔にも残すんじゃないんですか?」
さきは即答した。
「やだ」
「ひどい」
結衣が笑う。
みおも。
声を上げて笑った。
佐倉家の女子会は。
まだ。
始まったばかりだった。




