↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
49/59

第49話 もう隠す気はない

それから数日。


一ノ瀬凌は、以前より明らかにみおへ近づくようになった。


強引にではない。


みおが本当に困るところまでは踏み込まない。


けれど。


以前のように、偶然を装うことはなくなった。


◇ ◇ ◇


月曜日。


昼休み。


一年B組。


「佐倉」


教室の入口から声がして、みおが顔を上げる。


「あ、一ノ瀬先輩」


凌だった。


最近では、凌が一年B組へ来ること自体はそれほど珍しくなくなっている。


とはいえ。


背の高い二年生の男子が一年生の教室へ来れば、やはり視線は集まる。


凌はそんな周囲を特に気にする様子もなく、みおを見る。


「今日、昼どうする?」


「今日は教室で食べます」


「じゃあ俺もここで食べていい?」


「一ノ瀬先輩が?」


「うん」


「二年生のお友達は?」


「今日はいい」


凌が、みおと一緒に昼を食べようとしていた女子たちを見る。


「邪魔?」


「全然!」


「どうぞ!」


「むしろ座ってください!」


「なんでみんなそんな歓迎するの!?」


みおが思わず突っ込む。


凌は少し笑うと、近くから空いている椅子を持ってきた。


そして。


迷うことなく。


みおの隣へ置く。


「……」


みおが見る。


「一ノ瀬先輩」


「何?」


「そこなんですね」


「空いてたから」


「向こうも空いてますよ」


凌はそちらを一度見る。


それから。


「佐倉の隣がよかった」


「……」


あまりにもさらっと言う。


一瞬。


周囲の空気まで止まった。


みおの頬がじわりと熱くなる。


「そういう言い方……」


「嫌?」


「……嫌じゃないですけど」


「じゃあ、ここ」


当然のように座る。


「またそれ……」


みおは困った顔をしながら。


結局。


追い払うことはしなかった。


◇ ◇ ◇


火曜日。


放課後。


みおが昇降口を出ると。


壁際に、凌が立っていた。


「……一ノ瀬先輩?」


「うん」


「何してるんですか?」


「待ってた」


「誰を?」


凌がみおを見る。


「佐倉」


「……」


みおの足が止まった。


「なんで?」


「一緒に帰ろうと思って」


「先輩、駅ですよね?」


「今日はこっちから帰る」


「絶対遠回りですよね」


「知ってる」


「……」


みおはじっと凌を見る。


最近。


本当に隠さなくなった。


「一ノ瀬先輩」


「何?」


「私と帰るために遠回りしてるの、もう隠さないんですね」


凌が少し笑う。


「バレてるのに隠す意味ある?」


「開き直った」


「嫌なら駅行くけど」


「……」


みおは少し考える。


別に。


嫌ではない。


それどころか。


待っていてくれたことを、少し嬉しいと思ってしまった。


「……嫌じゃないです」


「じゃあ帰ろう」


即決。


「早い」


「断られなかったから」


凌はそう言って歩き出す。


みおも、その隣へ並んだ。


◇ ◇ ◇


帰り道。


二人は小さなパン屋へ立ち寄った。


店内には焼きたてのパンの香りが広がっている。


凌が甘いパンの並んだ棚を見る。


みおが少し意外そうに言った。


「一ノ瀬先輩、甘いもの食べるんですね」


「普通に食べるよ」


「何となく、ブラックコーヒーだけで生きてそう」


「俺を何だと思ってるの」


「見た目のイメージです」


「ひどいな」


凌が笑う。


二人でショーケースの前まで来たところで。


凌の足が止まった。


小さな焼き菓子が並んでいる。


「佐倉、これ好きそう」


「え?」


「こういうの好きだろ」


みおはその焼き菓子を見る。


確かに。


好きだ。


「なんで分かるんです?」


「前に似たの見てたから」


「……覚えてたんですか?」


「うん」


凌は何でもないことのように答える。


そのまま。


焼き菓子を一つ買った。


店を出る。


そして。


「はい」


みおへ差し出した。


「え?」


「佐倉の」


「いやいや!」


みおが慌てる。


「先輩が食べたくて買ったんじゃないんですか?」


「俺はいらない」


「じゃあ何で買ったんですか」


「佐倉が好きそうだったから」


「……」


また。


さらっと言う。


みおは焼き菓子と凌を交互に見る。


「嫌?」


「その聞き方ずるいです」


「便利だから」


「自覚あるんだ……」


少し迷ったあと。


みおは受け取った。


「……ありがとうございます」


「うん」


「今度、何か返します」


「じゃあ弁当」


凌が笑った。


◇ ◇ ◇


水曜日。


昼休み。


屋上。


今日は風も弱く、二人はいつものベンチへ並んで座っていた。


みおは自分の弁当。


凌は購買で買ったパン。


「はい」


みおが小さな別容器を差し出す。


「何?」


「開けてください」


凌が蓋を開ける。


中には。


卵焼きが二切れ。


「次は三個」


凌は一つ摘まんで口へ運ぶ。


「美味しい」


「知ってます」


「自信出てきた?」


「毎回言われたら」


「じゃあ違うこと言う」


「違う感想?」


「うん」


凌が卵焼きを見て。


次にみおを見る。


「佐倉が作ったから好き」


「……」


みおの箸が止まる。


「それ、料理の感想じゃないです」


「そう?」


「そうです」


「じゃあ」


少し考える。


「佐倉の料理、もっと食べたい」


「……それなら感想です」


「今度、全部作って」


みおが目を瞬いた。


「全部?」


「弁当」


「本当に?」


「うん」


凌はごく普通の顔で言った。


「俺のために作ってほしい」


「……」


また。


そういう言い方をする。


みおは視線を逸らした。


「余裕ある日ですよ」


「いつ?」


「今決めるんですか?」


「決めたい」


「……金曜日なら」


凌はすぐに頷いた。


「じゃあ金曜」


「即決」


「楽しみだから」


「……」


胸の奥が。


少しくすぐったくなる。


自分が作る弁当を。


楽しみにしている。


そのことを。


こんなにはっきり言われると。


やっぱり。


嬉しい。


◇ ◇ ◇


木曜日。


休み時間。


みおが二年生の廊下を通ると、凌は友人たちと話していた。


邪魔をするつもりはなく。


そのまま通り過ぎようとした。


「佐倉」


けれど。


すぐに見つかった。


「こんにちは」


「どこ行く?」


「職員室です」


「俺も行く」


「用事あるんですか?」


「ない」


「ないの!?」


思わず声が大きくなる。


近くにいた凌の友人が、呆れたように笑った。


「一ノ瀬」


「何?」


「お前最近、佐倉さん見つけるとすぐ行くよな」


「……」


今度は。


みおが固まった。


けれど凌は。


否定すらしなかった。


「うん」


「認めるんだ」


「事実だし」


「……」


友人がみおを見る。


にやり。


「頑張って」


「何をですか!?」


みおの顔が一気に赤くなる。


凌は平然と。


「行こう」


と歩き出した。


「ちょっと待ってください!」


慌てて追いかける。


◇ ◇ ◇


二人で廊下を歩く。


「一ノ瀬先輩」


「うん」


「今の、否定しないんですね」


「何を?」


「私を見つけると、すぐ来るって」


「本当だから」


「……」


返しに困る。


「嫌?」


「……そればっかり」


凌が少し笑った。


「じゃあ別の聞き方にする」


「?」


「嬉しい?」


「……」


みおの足が。


ほんの少しだけ遅くなった。


それは。


今まで聞かれなかったことだった。


嫌なのか。


嫌ではないのか。


そう聞かれることはあった。


でも。


嬉しいか。


そう言われると。


答えは少し変わる。


「それは……」


「うん」


みおは前を向いたまま。


小さく答えた。


「……少し」


自分で口にしてから。


自分自身が一番驚いた。


凌も。


ほんの少し目を細める。


「そっか」


それ以上は追及しなかった。


ただ。


その横顔が。


明らかに嬉しそうだった。


◇ ◇ ◇


金曜日。


朝。


みおはキッチンに立っていた。


目の前には。


二つの弁当箱。


自分の分と。


今日、約束していた凌の分。


「……」


凌の弁当箱へ。


鶏の照り焼き。


卵焼き。


きんぴら。


ブロッコリー。


ポテトサラダ。


そしてご飯。


彩りを確認する。


「……こんな感じかな」


量も。


前に凌が昼食を食べていた様子から考えれば、これくらいでちょうどよさそうだった。


そのとき。


背後から。


「誰の?」


「ひゃっ!」


振り返る。


さき。


「朝から驚きすぎ」


「急に覗かないでよ!」


さきは弁当を見る。


「一ノ瀬君?」


「……うん」


眉が上がった。


「ついにフル弁当」


「頼まれたの!」


「へえ」


「その顔やめて」


「どの顔?」


「楽しんでる顔」


「楽しんでるよ?」


「否定して!」


さきが笑う。


「でも、結構ちゃんと作ってるね」


「作るならちゃんと作るよ」


「喜びそう」


「……」


みおは弁当を見る。


「そうかな」


「そこは自信持てば?」


「料理のことじゃなくて」


「分かってる」


さきの即答。


みおが睨む。


「お姉ちゃん嫌い」


「はいはい」


さきは楽しそうにキッチンを出ていった。


みおは。


もう一度、完成した弁当を見る。


「……」


喜んでくれるかな。


そう考えた自分に。


少しだけ照れた。


◇ ◇ ◇


昼休み。


二年生の教室。


みおが入口へ姿を見せる。


以前ほど騒がれることはなくなった。


一ノ瀬凌と佐倉みおが仲がいいことは、二年生の間でもすでに知られている。


「あ、一ノ瀬――」


誰かが呼ぶより先に。


凌自身がみおを見つけた。


すぐに席を立つ。


「佐倉」


「約束」


みおが弁当袋を差し出す。


凌が。


ほんの少し目を見開いた。


「本当に全部」


「頼んだでしょ」


「嬉しい」


「……」


本当に。


この人は素直だ。


凌は大事そうに袋を受け取る。


「一緒に食べる?」


「屋上?」


「うん」


「行きます」


二人で教室を出る。


その背中を見ながら。


何人かの生徒が小声で話していた。


「一ノ瀬、分かりやすくなったよな」


「ね」


「佐倉さんも前より距離近くない?」


けれど。


その声が二人に届くことはなかった。


◇ ◇ ◇


屋上。


いつものベンチ。


凌が弁当箱を開ける。


「……」


数秒。


黙った。


みおが不安になる。


「何です?」


「ちゃんとしてる」


「失礼ですね」


「違う」


凌が少し笑う。


「思ってたより嬉しい」


「……」


胸が。


小さく跳ねた。


「早く食べてください」


「うん」


一口。


「美味しい」


「よかった」


二口。


三口。


みおが思っていた以上に。


よく食べる。


「一ノ瀬先輩」


「何?」


「結構食べますね」


「大きいから」


「なるほど」


「その納得の仕方何?」


「身長あるから、その分必要なのかなって」


「たぶん」


凌は笑いながら、次々と弁当を食べていく。


やがて。


ほとんどなくなった頃。


卵焼きだけが一切れ残っていた。


みおが気づく。


「卵焼き、最後なんですね」


「好きなの最後に食べる」


「へえ」


「覚えた?」


「覚えました」


「じゃあ次も最後まで残す」


「好きにしてください」


凌は最後の卵焼きを口へ運ぶ。


少しだけ。


満足そうな顔。


「ごちそうさま」


「お粗末さまでした」


「また作って」


「早いです」


「美味しかったから」


「毎日は無理ですよ」


「分かってる」


「ならいいです」


みおが自分の弁当を片付ける。


そのとき。


凌が言った。


「佐倉」


「はい?」


「最近さ」


「?」


「俺、結構分かりやすい?」


みおは少し考える。


「……何がですか?」


「佐倉に近づいてること」


「……」


みおの手が止まる。


「分かりやすいです」


「やっぱり?」


「教室来るし」


「うん」


「待ってるし」


「うん」


「わざわざ遠回りするし」


「うん」


「お菓子くれるし」


「うん」


全部。


認める。


「最近、結構押してきますよね」


凌は少し考えたあと。


「うん」


あっさり頷いた。


「認めるんだ」


「隠す必要ないから」


その声が。


少しだけ真面目になる。


「あのさ」


「はい」


「この前、保健室連れてってくれただろ」


「はい」


「あのとき」


凌は、まっすぐみおを見た。


「やっぱり俺、佐倉のこと好きになってきてるなって思った」


「……」


みおの動きが。


完全に止まった。


風の音だけが聞こえる。


「……え」


ようやく。


それだけ声が出た。


凌は慌てることなく続ける。


「でも」


「……」


「今、付き合ってほしいって言ってるわけじゃない」


みおが凌を見る。


「返事も、今はいらない」


「……」


「困らせたいわけじゃないから」


少し間。


そして。


「ただ」


凌は静かに笑った。


「もう隠す気は、あんまりない」


「……」


みおの頬が。


ゆっくり熱くなる。


「だから……最近」


「うん」


「毎日来るのも?」


「会いたいから」


「……待ってるのも?」


「一緒に帰りたいから」


「お菓子も?」


「喜ぶかなと思ったから」


「……」


全部。


思っていた以上に。


はっきりしていた。


みおは。


顔を隠したくなる。


「……一ノ瀬先輩、ずるいです」


「何が?」


「そんな普通の顔で言うから」


「緊張はしてるよ」


「嘘」


「本当」


「全然見えません」


「見せてないから」


「……それもずるい」


凌が少し笑った。


そして。


「でも」


もう一度。


みおを見る。


「俺、佐倉といるの好きだよ」


「……」


告白して。


答えを求める。


そんな言葉ではない。


でも。


今までより。


ずっと近い。


「話すのも」


「……」


「一緒に帰るのも」


「……」


「こうやって飯食うのも」


少し笑って。


「全部」


みおは。


しばらく何も言えなかった。


目の前にいる凌は。


急かしてこない。


ただ。


自分の気持ちだけを。


まっすぐ言っている。


それが。


ものすごく。


胸に残る。


「佐倉」


「……はい」


「困った?」


みおは少し考えた。


本当に。


考えた。


そして。


ゆっくり首を横へ振る。


「困っては……ないです」


凌の目が少し柔らかくなる。


「ただ」


「うん」


みおは胸元へ手を置いた。


さっきから。


ずっと心臓が速い。


「ちょっと……」


言うのが恥ずかしい。


でも。


嘘はつきたくなかった。


「意識しちゃいます」


口にした瞬間。


さらに顔が熱くなった。


凌を。


以前より。


明らかに。


恋愛の相手として意識している。


それを。


初めて自分の口で認めた。


凌は。


勝ち誇ったり。


さらに距離を詰めたりしなかった。


ただ。


少しだけ嬉しそうに笑った。


「それで十分」


「……」


「今はね」


みおが睨む。


「最後の一言いらないです」


「本音」


「もう……」


凌が笑う。


みおも。


困りながら。


少しだけ笑った。


◇ ◇ ◇


その日の放課後。


一年棟の廊下を歩きながら。


みおは昼休みの言葉を何度も思い出していた。


――俺、佐倉のこと好きになってきてるなって思った。


「……」


思い出すだけで。


また胸が鳴る。


――俺、佐倉といるの好きだよ。


「……もう」


一人で小さく呟く。


そして。


校門の近くまで来ると。


見慣れた姿があった。


「遅え」


「あ」


蓮司だった。


いつもの場所。


いつもの声。


「何してた」


「ちょっと……」


みおは蓮司を見る。


数時間前。


凌の前で。


自分は認めた。


一ノ瀬凌を。


意識していると。


でも。


今。


蓮司の顔を見た瞬間にも。


胸の奥に。


違う温かさが生まれる。


「……何でもないです」


「何だよそれ」


蓮司が歩き出す。


「帰るぞ」


「はい」


みおは。


その隣へ並んだ。


いつもの距離。


いつもの帰り道。


それなのに。


自分の心だけは。


以前と同じではなかった。


凌への気持ちは。


もう。


ただ「話しやすい先輩」という言葉では誤魔化せない。


だからといって。


蓮司への気持ちがなくなったわけでもない。


「……」


みおは。


前を向いたまま歩く。


まだ。


答えは分からない。


でも。


自分の中で。


何かが確かに変わり始めている。


そのことだけは。


もう。


見ないふりができなくなっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。