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第41話 普通のお泊まり会

それから少しして。


ぴんぽーん。


再びインターホンが鳴った。


「今度は時間通りだな」


蓮司が立ち上がり、玄関へ向かう。


扉が開くと。


「お邪魔しまーす」


聞き慣れた真琴の声がした。


そのすぐ後ろから。


「お邪魔します!」


結衣も元気よく入ってくる。


「お、来た!」


すでに床へ座っていた陽翔が、嬉しそうに振り返った。


蓮司は壁の時計を見る。


「遅え」


真琴も同じように時計を見る。


「集合十分前だけど」


「天野と佐倉が早すぎんだよ」


「俺たちは楽しみだったから!」


「お前と一緒にすんな」


「みおちゃんも早かったじゃん!」


陽翔に振られ、みおもすぐ反論する。


「私は途中で買い物してたからです!」


その言葉に、結衣がみおのそばに置かれたスーパーの袋へ気づいた。


「それ、夕飯ですか?」


「はい。簡単なものだけですけど」


「わあ、楽しみ!」


結衣が嬉しそうに笑う。


真琴も袋を見て、さらりと言った。


「黒瀬の家でまともな夕飯が食べられるとは思わなかった」


「どういう意味だ」


「そのまま」


「帰れ」


「せっかく来たのに?」


「……」


蓮司が言葉に詰まる。


結衣がくすくす笑った。


「黒瀬先輩、今日は家主だから大変ですね」


「好きでやってねえ」


すると陽翔が、待ってましたとばかりに口を挟む。


「でも、みおちゃん誘ったの蓮司だろ?」


「お前が言い出したんだろ!」


「でも最後に誘ったの蓮司!」


「うるせえ!」


「……」


みおの頬が、ほんの少しだけ熱くなる。


確かに。


お泊まり会自体を言い出したのは陽翔たちらしい。


でも。


自分へ直接声をかけてくれたのは蓮司だった。


――俺ん家、泊まりに来い。


あの盛大に説明不足だった誘い方まで思い出し、さらに頬が熱くなる。


そんなみおを。


真琴は横目で見ていた。


けれど。


今は何も言わなかった。


まだ。


今日という日は始まったばかりだった。


◇ ◇ ◇


五人が揃うと。


それまででも十分狭く感じていた蓮司の部屋が、一気に賑やかになった。


「まずトランプ!」


陽翔が持ってきた鞄から、勢いよくカードを取り出す。


蓮司が嫌そうな顔をした。


「なんでお前が仕切ってんだ」


「企画者だから!」


「家主、俺だぞ」


「じゃあ蓮司、何する?」


「……」


数秒の沈黙。


陽翔が勝ち誇ったような顔をする。


「ほら!」


「うるせえ」


最初に始まったのは、結局ババ抜きだった。


小さなテーブルを五人で囲む。


蓮司。


みお。


陽翔。


真琴。


結衣。


「黒瀬先輩」


みおが蓮司の手札へ指を伸ばす。


蓮司はカードを扇状に広げたまま言った。


「それ取るの?」


「言いません」


「その右」


「言わないでください!」


「絶対右」


「心理戦やめて!」


右。


左。


また右。


みおは迷いながら、蓮司の顔を見る。


「……」


無表情。


まったく読めない。


「先輩、顔怖いから分かんない」


「関係ねえだろ」


「じゃあ、こっち!」


勢いよく一枚抜く。


カードを見る。


「……」


ジョーカー。


みおの顔が固まった。


そして。


目の前の蓮司の口元が。


ほんのわずかに上がる。


「先輩!」


「何だよ」


「絶対分かってた!」


「知らねえ」


「笑いましたよね!?」


「笑ってねえ」


「笑った!」


陽翔が腹を抱えて笑い始める。


「蓮司、悪い顔!」


「うるせえ!」


結衣まで楽しそうに笑う。


その隣で。


真琴だけが、いつもの淡々とした声で言った。


「黒瀬、好きな子いじめる小学生から成長してない」


「……!」


蓮司の動きが止まった。


みおも。


一瞬だけ固まる。


「……」


視線を上げれば。


蓮司と目が合った。


二人とも。


ほぼ同時に逸らす。


陽翔の頬が膨らんだ。


明らかに。


笑いを堪えている。


真琴はそんな三人を無視して、自分の手札を見る。


「ほら、次」


蓮司が低い声を出した。


「……お前」


「何?」


「あとで覚えてろ」


「怖い」


まったく怖がっていない声だった。


◇ ◇ ◇


ババ抜きが終わると。


次は陽翔が持ってきたボードゲームを始めることになった。


街を作り。


資源を集め。


道を繋ぎ。


他のプレイヤーより先に一定の点数を取る。


箱を開けただけでも、細かな駒やカードがいくつも入っている。


「説明するぞ!」


陽翔が張り切って説明書を広げた。


「これ神ゲーだから!」


真琴が箱の中身を見る。


「ルール多くない?」


「簡単!」


十五分後。


真琴は真顔になっていた。


「天野」


「何?」


「全然簡単じゃない」


「最初だけだから!」


結衣は隣で説明書を読みながら頷く。


「私はなんとなく分かりました」


「さすが結衣!」


陽翔が喜ぶ。


すると、真琴の表情が少しだけ柔らかくなった。


「結衣、分かるの?」


「はい。あとで私が教えます」


「お願い」


「ちょっと!」


陽翔が抗議する。


「俺が今教えてるんだけど!」


真琴は冷静だった。


「天野の説明、擬音が多すぎる」


みおも頷く。


「『ここでバーンって取って、ドーンって置く』じゃ分かりません」


「なんでみんな俺に厳しいの!?」


蓮司はすでに説明を聞くことを諦めていた。


「俺、もう適当にやる」


「それ一番ダメ!」


陽翔の叫び声が部屋に響いた。


◇ ◇ ◇


ところが。


実際にゲームを始めてみると。


意外な人物がどんどん先へ進んでいった。


「……え」


陽翔が盤面を見つめる。


「みおちゃん、もうそこまで行ってんの?」


「なんか繋げてたら」


「『なんか』でできるゲームじゃない!」


結衣も感心したように、みおの盤面を見る。


「みおちゃん、こういうゲーム得意なんですね」


「自分でも知りませんでした」


みおは少し考えてから笑う。


「でも、料理とちょっと似てるかも」


真琴が首を傾げた。


「どこが?」


「先に必要なもの考えて、順番を決めるところです」


「ああ」


真琴が納得する。


材料を確認する。


完成までに必要な手順を考える。


効率よく準備する。


言われてみれば。


確かに、みおが得意そうな考え方だった。


一方。


「……」


蓮司は自分の盤面を見つめていた。


明らかに。


ひどい。


「俺、終わってね?」


陽翔が覗き込む。


「終わってる」


「お前が変な説明したからだろ」


「俺のせい!?」


「黒瀬先輩」


みおも盤面を覗き込んだ。


「ここ取ったほうがいいですよ」


「どこ」


「これです」


そう言って。


みおが蓮司のすぐ横へ身体を寄せる。


盤面へ手を伸ばした。


「ここを繋げたら、次にこっちの資源が――」


「……」


蓮司は。


説明をほとんど聞いていなかった。


近い。


ただ。


それだけが気になった。


みおの髪が。


少し身体を動かせば、肩へ触れそうな距離にある。


ふわりと。


シャンプーの香りまでした。


「先輩?」


「……」


「聞いてます?」


「聞いてる」


「じゃあ、どこ取ります?」


「……そこ」


みおが指差した場所を、そのまま指す。


「今、私が言ったから!」


「聞いてたっつってんだろ」


「絶対聞いてなかった!」


その様子を。


陽翔が。


ものすごく楽しそうな顔で見ていた。


「……」


にやにや。


真琴が横から。


無言で陽翔の足を蹴った。


「痛っ!」


「静かに」


「何で俺だけ!?」


結衣は。


だいたい事情を察してしまったらしい。


口元を手で隠しながら。


小さく笑っていた。


◇ ◇ ◇


ゲームは。


結局二時間近く続いた。


結果。


一位。


みお。


二位。


結衣。


三位。


真琴。


四位。


陽翔。


そして。


最下位。


蓮司。


「……納得いかねえ」


蓮司が盤面を睨む。


陽翔は嬉しそうだった。


「才能だな」


「何の?」


「負ける才能」


「殴るぞ」


「ほら、昔の蓮司!」


「今はまだ殴ってねえ!」


みおが笑いながら言う。


「次やったら、黒瀬先輩もうちょっと上手くなりますよ」


「もう一回やる」


「え?」


陽翔が時計を見る。


「あ、無理! もう五時!」


「……」


全員が止まった。


結衣が窓を見る。


外は。


すでに夕方の色へ変わり始めている。


「本当だ。暗くなってきてますね」


真琴が両腕を上へ伸ばした。


「ゲームって時間溶けるね」


「二時間もやってたんですね……」


みおも時計を確認し。


立ち上がる。


「じゃあ」


全員が見る。


「夕飯作ります」


陽翔が勢いよく立ち上がった。


「待ってました!」


「まだ早いです!」


「腹減った!」


「お菓子ずっと食べてたじゃないですか!」


「お菓子はご飯じゃない!」


「それはそうですけど!」


笑いながら。


みおはスーパーの袋を持ち、キッチンへ向かった。


◇ ◇ ◇


蓮司の部屋のキッチンは。


やはり一人暮らし用で、決して広くはなかった。


みおはまず収納を確認する。


フライパン。


鍋。


包丁。


まな板。


最低限。


必要なものは一応揃っている。


「……よかった」


背後から。


蓮司の声。


「何が」


みおが振り返る。


「何もないと思ってたので」


「俺を何だと思ってんだ」


「カップ麺製造機」


「おい」


みおが笑う。


「冗談です」


「半分本気だろ」


「七割くらい」


「増えてんじゃねえか」


そこへ。


「みおちゃん」


結衣がエプロンをつけながらやってきた。


「私も手伝います」


「本当ですか?」


「はい」


「助かります」


みおが笑う。


「今日は焼きそばと、サラダと、スープにしようと思ってます」


「じゃあ私、野菜切ります」


「お願いします」


二人が調理台の前へ並んだところで。


「私も手伝う」


今度は真琴がやってきた。


「……」


結衣の手が。


ぴたりと止まった。


真琴も止まる。


「何?」


結衣は。


ゆっくり首を横へ振った。


「真琴先輩は」


「うん」


「座っててください」


「……何で」


「危ないので」


「何が」


「料理が」


「……」


真琴の眉が少し寄った。


「私だって料理くらいできる」


結衣は。


静かに。


真琴を見る。


「……」


「何、その目」


「覚えてないんですか?」


「何を?」


結衣は。


みおへ顔を向けた。


「みおちゃん」


「はい?」


「前に真琴先輩が」


少し遠い目になる。


「『結衣に美味しい卵焼き作ってあげる』って言ってくれたことがあるんです」


みおの顔が明るくなる。


「いいですね」


「私もそう思いました」


真琴が口を開く。


「あれは――」


けれど。


結衣は続けた。


「私の家で、一緒に作ったんです」


「はい」


「卵を割って」


「はい」


「混ぜて」


「はい」


「フライパンに入れて」


「はい」


そこで。


少し間があった。


結衣が静かに言う。


「完成したのが」


全員が待つ。


「黒い何かでした」


「……」


みおが止まる。


蓮司も。


そして。


リビングにいたはずの陽翔まで。


いつの間にか聞いていた。


「……黒い何か?」


みおが恐る恐る聞く。


結衣は頷いた。


「卵焼きではありませんでした」


「卵ではあった」


真琴が小さく反論する。


結衣も即座に返した。


「最初は」


「食べられたでしょ」


「食べました」


「ほら」


結衣が微笑む。


「愛で」


「……」


真琴が黙った。


陽翔が。


とうとう耐えられなくなった。


「何それ!」


腹を抱えて笑い始める。


真琴が睨む。


「天野」


「卵が黒くなるまで何したの!?」


「……ちょっと火加減間違えただけ」


結衣が訂正する。


「強火で放置しました」


「放置してない」


「私と話してました」


「……」


「その間ずっと」


「……」


「強火で」


「……」


真琴は。


静かに目を逸らした。


みおも笑いを堪えきれなくなってきた。


「真琴先輩」


「何」


「今日は……」


少し申し訳なさそうに言う。


「見守ってもらっていいですか?」


「みおまで」


結衣が真琴の肩をそっと押した。


「はい、リビングへ」


「結衣」


「危ないです」


「包丁くらい使える」


「知ってます」


「じゃあ――」


「でも今日は、私がみおちゃんと作ります」


「……」


真琴が止まった。


そして。


さっきまでの不満そうな表情が。


ほんの少しだけ。


柔らかくなる。


「……そっか」


「はい」


「じゃあ仕方ない」


あっさり。


引き下がった。


陽翔がすぐに突っ込む。


「結衣に言われたら一瞬じゃん!」


真琴は。


無言で陽翔の肩を掴んだ。


「痛い痛い痛い!」


「黒い卵焼き食べる?」


「ごめんなさい!」


蓮司が。


思わず。


声を出して笑った。


「……っはは」


「黒瀬!」


「いや」


蓮司は笑いを堪えながら顔を逸らす。


「黒い何かって」


「笑うな」


その光景を見て。


みおも笑った。


「真琴先輩、本当に黒かったんですか?」


「みお」


「はい」


「その話もう終わり」


結衣が隣から優しく言う。


「写真ありますよ」


「結衣!?」


みおの目が輝く。


「見たいです!」


「みおまで!」


陽翔も手を上げる。


「俺も!」


「お前には絶対見せない!」


また。


部屋中に笑い声が響いた。


◇ ◇ ◇


少しして。


キッチンには。


みおと結衣の二人が並んでいた。


「結衣先輩、そっちのキャベツお願いします」


「はい」


包丁の音が。


一定のリズムで響く。


みおが横を見る。


「結衣先輩、上手ですね」


「普通ですよ」


「切るの速いです」


「みおちゃんのほうが全然速いですよ」


「私は毎日やってますから」


結衣が笑う。


「でも」


「?」


「こういうの、楽しいですね」


「……はい」


みおも。


自然に笑った。


リビングからは。


またボードゲームを始めたらしい三人の声が聞こえてくる。


「蓮司! もう一回やろう!」


陽翔。


「嫌だ」


蓮司。


「リベンジ!」


「お前、俺より順位上だっただろ」


そこへ。


真琴。


「黒瀬、最下位のままでいいの?」


数秒。


「……やる」


「単純」


「うるせえ!」


みおは。


野菜を切りながら。


その声を聞いていた。


そして。


ふっと笑う。


「なんか」


結衣がこちらを見る。


「はい?」


「楽しいですね」


結衣も笑った。


「ですね」


みおはフライパンを取り出す。


友達と集まって。


ゲームをして。


騒いで。


一緒に夕飯を作る。


その中には。


黒瀬蓮司もいる。


自分が。


好きなのかもしれない人。


少し前までは。


こんなふうに誰かの家へ集まり。


友達とくだらないことで笑って。


夜まで一緒に過ごす自分を。


ほとんど想像していなかった。


「……」


普通の。


高校生のお泊まり会。


ただ。


それだけ。


けれど。


みおには。


その「ただそれだけ」が。


少し嬉しかった。


結衣が。


そんなみおの横顔を見る。


「みおちゃん」


「はい?」


「今日、楽しそう」


みおは迷うことなく答えた。


「楽しいです」


「よかった」


結衣も嬉しそうに笑う。


それから。


ほんの一瞬だけ。


リビングへ視線を向けた。


そこでは蓮司が。


陽翔に文句を言いながら。


またゲームの駒を並べている。


結衣は。


蓮司を見る。


次に。


みおを見る。


「……」


何か言いたそうな顔。


みおが気づく。


「どうしました?」


「……いえ」


結衣は小さく笑った。


「何でもないです」


「?」


みおは少し不思議そうにしたものの。


すぐに料理へ意識を戻した。


結衣も。


今はまだ。


何も言わなかった。


今日は。


これから夕飯を食べて。


まだ夜がある。


お泊まり会は。


始まったばかりだった。


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