表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
WORLD ELEVEN ―ピッチに立てなかった俺は、画面の中で世界を獲る―  作者: スドタケ
第2章 オンライン予選、勝利への道筋編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/12

第9話 ワールドカップの朝

午前四時四十七分。


目覚ましより先に、スマホが震えた。


悠は布団の中で目を開ける。


部屋はまだ暗い。


カーテンの隙間から、夜と朝の中間みたいな色が細く入っていた。


スマホの画面には、凛からのメッセージ。


『起きた?』


悠は片手で返信する。


『起きた』


本当は、起きたというより、スマホの振動で引っ張り上げられただけだった。


すぐに次が来る。


『日本代表、スタメン出てる』


悠は体を起こした。


背中が少し冷える。


机の上には、昨日のままのコントローラーと、黒須戦のメモが残っていた。


テレビをつける。


音量を下げる。


画面には、ワールドカップの中継番組が映った。


日本対オランダ。


グループステージ初戦。


キックオフは五時。


父親も母親もまだ起きていない。


家の中は妙に静かだった。


ただ、テレビの中だけが明るい。


スタジアムの照明。


観客席の旗。


選手がピッチに出てくる映像。


悠は椅子に座った。


通話の着信が来る。


凛だった。


押す。


「起きてた」


「半分」


「寝てる?」


「少し」


「無理なら切る?」


「見る」


短いやり取りのあと、二人とも黙った。


テレビの実況が、選手名を読み上げている。


凛の向こうからも、同じ中継の音が少し遅れて聞こえた。


「音、ずれてる」


悠が言う。


「こっち、配信で見てるから少し遅いかも」


「じゃあ、俺が先か」


「ネタバレしないで」


「ゴール入ったら無理だろ」


「我慢して」


少しだけ笑いが混じる。


でも、すぐにキックオフの時間が来た。


日本のボール。


短くつなぐ。


オランダは前から来る。


大きい。


速い。


距離を詰める角度がきつい。


悠はテレビの前で、少しだけ前のめりになった。


「黒須みたい」


凛が言った。


「それ、向こうに失礼じゃないか」


「どっちに?」


「どっちにも」


日本のセンターバックが、キーパーへ戻す。


オランダの前線が一気に詰める。


右へ出す。


そこも狙われる。


縦へ逃がす。


タッチライン。


スローイン。


悠の指が、机の上で少し動いた。


コントローラーは握っていない。


なのに、つい選手を動かすみたいに指が動く。


「右に追い込んでる」


悠は言った。


「うん」


「でも、中央を完全には消してない」


「わざと?」


「たぶん。入れたら、後ろから来る」


凛が少し黙る。


ノートを開く音がした。


「今、書いた?」


「書いた」


「何を」


「入れたら後ろから来る」


「そのままかよ」


「あとで分かるように」


日本は何度か前進を試す。


うまくいかない。


オランダの中盤が、一歩ずつ先に立つ。


ボールを持てそうな場所はある。


でも、持った後に逃げる場所がない。


悠はテレビの画面を見ながら、黒須戦の後半を思い出した。


持たされる時間。


空きすぎた中央。


入れたくなる場所。


そこへ入れると、狩られる。


「昨日の後半、これに近かった」


悠が言う。


「黒須の?」


「うん。俺に持たせて、中央だけ薄く空けてた」


「それ、昨日の配信で言えばよかったのに」


「今分かった」


凛は、すぐには返さなかった。


「今分かるのも、ありだと思う」


「試合中に分からないと意味ない」


「次に分かればいい」


それは少しきれいすぎる言葉に聞こえた。


でも、朝五時の薄暗い部屋で聞くと、変に刺さらなかった。


前半十八分。


日本が右で詰まる。


戻す。


中央。


オランダのボランチが前へ出る。


日本の選手はその背中へ、短く浮かせた。


一瞬、前を向ける。


観客席が大きくなる。


悠は椅子の端を掴んだ。


親指が、木の縁に当たる。


少し痛い。


「今の」


凛が言う。


「うん」


「背中、取った?」


「取った。けど、次が遅かった」


日本の攻撃はシュートまでいかなかった。


でも、悠の目には残った。


黒須戦で届かなかった場所に、少しだけ手がかかった気がした。


前から来る相手に、正面から速く返すのではなく、出てきた一枚の背中を使う。


黒須相手に、一度だけできたこと。


でも、最後までは届かなかったこと。


「これ、WEでそのままやるとたぶん通らない」


悠が言った。


「なんで?」


「ゲームだと、背中を取るパスは速すぎると相手のセンターバックに吸われる。

遅いとボランチに戻られる」


「じゃあ使えない?」


「使えると思う」


「どっち」


「場所をずらせば」


凛はまたノートに何か書いている。


「場所をずらせば」


「書くなよ、そのまま」


「書いた」


「……」


テレビでは、日本が守っている。


オランダが左から入る。


切り返す。


中央へ戻す。


逆へ振る。


クロス。


ヘディング。


キーパーが弾いた。


悠は思わず息を止めていた。


「危な」


凛の声も少し高くなる。


「今の、WEなら入ってるかも」


「現実で助かったならいいだろ」


「そうだけど」


「白瀬、意外とゲーム目線になってきたな」


「風見くんのせい」


「俺のせいか」


「うん」


前半は、オランダの圧を受けながら、日本が少しずつ逃げ方を探していった。


悠はテレビの左下に映る中継図を見ながら、WEの画面を重ねていた。


現実とゲームは違う。


分かっている。


違うからこそ、同じ部分が妙に見える。


人が嫌がる場所。


逃げたくなる場所。


そこに置かれた罠。


ハーフタイム。


テレビではスタジオ解説が始まる。


凛が通話の向こうで大きく息を吐いた。


「眠い」


「今さら?」


「眠いけど、面白い」


「寝れば」


「後半見る」


「起きてられるのか」


「風見くんが寝なければ」


「俺のせいにするな」


悠は台所へ行き、冷蔵庫から麦茶を出した。


家の中はまだ暗い。


コップに注ぐ音が、やけに大きい。


戻る途中で、階段の上から父親の声がした。


「悠? 起きてるのか」


「あ、うん」


「代表戦か」


「うん」


父親は寝ぼけた声で、「そうか」とだけ言った。


怒られなかった。


勉強はどうした、とも言われなかった。


それだけなのに、少し変な感じがした。


部屋に戻ると、凛が言った。


「今、誰かいた?」


「父親」


「怒られた?」


「いや」


「よかった」


「別に、代表戦見てるだけだし」


「うん」


そのあとに続く言葉はなかった。


ゲームなら怒られたかもしれない。


配信なら、どう説明すればいいか分からない。


でも、サッカーの代表戦なら、家の中で少しだけ普通に扱われる。


悠は、その差をうまく飲み込めなかった。


後半が始まる。


日本は少し配置を変えていた。


前半より、中央へ入れるタイミングが早い。


ただし、入れっぱなしにしない。


すぐに外へ逃がす。


オランダのボランチが一歩出る。


その背中へ、もう一度入れる。


悠はテレビの画面に手を伸ばしかけて、途中で止めた。


触っても、何も動かない。


コントローラーは机の上にある。


でも今は、自分が動かす試合じゃない。


「これ」


悠は言った。


「何?」


「一回中央に入れて、すぐ逃がす。相手が戻ったと思ったところに、もう一回入れる」


「二回目?」


「うん。一回目は餌」


「WEで使える?」


悠は少し考えた。


テレビの中では、日本が右サイドで前を向く。


クロスまではいけない。


でも、前半より明らかに押し返している。


「使えるかもしれない」


「今日の予選?」


「まだ試合じゃない。練習で試す」


「じゃあ、メモする」


「今度は変に書くなよ」


「二回目が本命」


「それは合ってる」


「よかった」


凛の声が少し眠そうだった。


それでも、ペンの音は止まらない。


試合は、どちらかに傾きそうで傾ききらないまま、終盤へ入っていく。


結果がどうなるか分からない。


でも、悠の中では別のものが動いていた。


代表戦を見ている。


現実のサッカーを見ている。


けれど、ただ眺めているだけではない。


何かが、画面の中のピッチへ落ちていく。


終盤、日本が一度、大きく前へ出た。


中央へ入れる。


すぐ外。


また中央。


オランダの中盤が遅れる。


日本の選手が前を向く。


シュート。


枠の外。


悠は机を叩きかけて、途中で止めた。


家族が寝ている。


凛が通話の向こうで小さく「あー」と言った。


「今の、入ってほしかった」


「うん」


「でも、形は見えた」


悠はテレビを見たまま言った。


「一回目で動かして、戻る途中を刺す」


凛が先に言う。


「ちょっと違う」


「違う?」


「いや、たぶん合ってる」


「どっち」


「眠いから、あとで考える」


「無責任」


「でもメモした」


テレビでは、選手たちが顔を上げて戻っていく。


まだ終わっていない。


画面の中の選手たちは、何かを掴みかけた顔で戻っていく。


自分の思い込みかもしれない。


それでも、そう見えた。


試合終了の笛を聞いたあと、通話の向こうで凛が大きく欠伸をした。


「眠い」


「寝ろよ」


「風見くんは?」


「少し寝る」


「今日、配信は?」


「夜、少し」


「二回目が本命?」


「それ、使えるか分からないって」


「でも試すんでしょ」


「試す」


言ってから、悠はテレビを消した。


部屋が急に暗くなる。


窓の外は、もう朝だった。


青白い光が、机の上のコントローラーにかかっている。


「白瀬」


「何」


「現実の試合、やっぱり違うな」


「うん」


「でも、見方は増えたかもしれない」


少し遅れて、凛が返す。


「それ、今日の配信で言って」


「言わない」


「なんで」


「うまく言えない」


「今言えた」


「白瀬相手だからだろ」


通話の向こうが少し黙った。


言ってから、悠は少しだけまずいと思った。


何がまずいのかは分からない。


凛は、何事もなかったみたいに言った。


「じゃあ、あとで文章にする」


「勝手に?」


「確認はする」


「ならいい」


「たぶん」


「たぶんって」


凛が小さく笑った。


通話を切ったあと、悠はベッドに戻らなかった。


机の前に座る。


WORLD ELEVENを起動する。


まだ眠い。


指も重い。


でも、忘れる前に一度だけ試したかった。


中央へ入れる。


すぐ外へ逃がす。


相手が戻ったところへ、もう一度中央。


二回目が本命。


画面の中の選手が動く。


まだうまくいかない。


パスがずれる。


相手に取られる。


三回目で、少しだけ形になった。


悠はもう一度、同じ操作をした。


窓の外は明るくなっていく。


学校へ行くまで、あと少ししかない。


それでも、指は止まらなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ