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WORLD ELEVEN ―ピッチに立てなかった俺は、画面の中で世界を獲る―  作者: スドタケ
第2章 オンライン予選、勝利への道筋編

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第10話 予選一回戦

夜の配信開始前、悠は机の上をいつもより少し片づけた。


コップは右奥。


メモは左。


コントローラーは真ん中。


昨日の代表戦で凛がまとめたメモは、スマホの画面に表示してある。


二回目が本命。


中央へ入れる。


すぐ外へ逃がす。


相手が戻ったと思ったところへ、もう一度中央。


文字にすると簡単すぎる。


でも、練習では何度も引っかかった。


一回目で取られる。


外へ逃がしたあとに詰まる。


二回目の中央が遅れて、相手に戻られる。


それでも、何度かだけ、きれいに通った。


その時の感触が、指に残っている。


スマホが震えた。


凛から。


『準備できた?』


悠は返信する。


『たぶん』


『たぶん禁止』


『できた』


『よし』


短い返事のあと、追加が来る。


『今日は勝つ試合。黒須戦の延長じゃなくて、予選一回戦』


悠はその文を見た。


勝つ試合。


簡単に言う。


でも、今日は本当に勝たないと終わる。


オンライン予選一回戦。


初戦の結果は大きい。


配信の空気も、スカウトの見方も、学校での噂も。


たぶん、全部少し変わる。


悠は配信開始を押した。


同時接続は、すぐに二千を超えた。


黒須戦の切り抜き。


今朝の代表戦。


そして、初めての公式予選。


いくつもの話題が重なって、数字だけが先に大きくなっていた。


「こんばんは」


声はまだ小さい。


でも、途切れなかった。


「オンライン予選、一回戦です」


『来た』


『初戦』


『勝てよ』


『今朝の代表戦見た?』


『二回目が本命って告知で見たやつ?』


悠は最後のコメントで手が止まった。


「告知?」


スマホを見る。


凛から、すぐにメッセージが来る。


『ごめん、短くまとめて告知に使った』


悠は画面を見た。


凛のアカウントらしき投稿が拡散されている。


《今朝の代表戦で見えた「二回目が本命」。今日、YU_KAZEがWE予選で試します》


悠は額に手を当てた。


「白瀬……」


『裏方いる?』


『告知文うまいな』


『もうマネージャーついてるの草』


『勝手にハードル上がってて草』


『失敗したらどうするんだ』


失敗したらどうするんだ。


悠もそう思った。


スマホを見ると、凛から短いメッセージが来ていた。


『名前は出してない』


悠は少しだけ画面を見た。


そういう問題か。


そう返そうとして、やめた。


でも、もう始まっている。


マッチング画面に、相手の名前が表示された。


ランキング上位ではない。


ただ、予選参加者の記録を見る限り、勝率は高い。


配信者ではないらしい。


コメント欄では、誰かがすぐに調べていた。


『相手、守備堅いやつ』


『カウンター型』


『先制されたら面倒』


『無名くん、初戦から嫌な相手引いたな』


悠は相手のフォーメーションを見る。


中盤が厚い。


前線は速い選手が二枚。


ボールを持つ気はあまりなさそうだった。


待って、奪って、走る。


分かりやすい。


分かりやすい相手は、逆に怖い。


やることがはっきりしている分、迷いが少ない。


試合開始。


悠のボール。


相手は前から来なかった。


ハーフラインより少し下で構える。


黒須とは違う。


圧で壊しに来るのではなく、こちらが入ってくるのを待っている。


悠は左へ出した。


戻す。


中央を見せる。


相手のボランチは動かない。


右へ振る。


相手のサイドハーフだけが出る。


悠は無理に縦へ出さない。


戻す。


『相手待ってるな』


『地味な試合になりそう』


『こういう相手苦手そう』


前半七分。


悠は一度、中央へ入れた。


ボランチが受ける。


相手が寄る。


すぐ外へ逃がす。


右サイドバック。


相手の中盤が戻る。


そこでもう一度中央。


遅い。


相手の足が先だった。


カット。


カウンター。


速い。


悠の陣形は開いている。


相手のフォワードが走る。


センターバックを下げる。


下げすぎるとミドル。


出ると裏。


黒須戦でやられた形が頭をよぎる。


悠は少し遅れて出た。


相手はシュートを選ぶ。


キーパーが弾く。


コーナー。


『危な』


『今の二回目失敗?』


『相手も待ってるから通らないな』


悠は唇を押さえた。


早すぎた。


二回目の中央に入れるタイミングが、半歩早い。


相手がまだ戻り切っていない時に入れたから、足が出た。


戻ったと思わせないと意味がない。


コーナーは弾いた。


こぼれ球も拾われなかった。


助かっただけだ。


前半十五分。


また悠のボール。


今度は右から入る。


中央。


外。


もう一度中央。


今度は遅い。


相手は完全に戻っていた。


受けた瞬間に囲まれる。


奪われる。


またカウンター。


今度はファウルで止めた。


『遅い』


『二回目難しいな』


『代表戦みたいにはいかない』


『そりゃそう』


代表戦みたいにはいかない。


その通りだった。


現実の試合を見たから、急に強くなるわけではない。


分かっている。


でも、コメントで見せられると少しきつい。


悠は水を飲んだ。


ぬるい。


スマホが震える。


凛からだった。


『一回目のあと、相手が戻るのを待ちすぎてる。戻った後じゃなくて、戻る途中』


配信中にスマホを見るのは少し怖い。


でも、助かった。


戻った後じゃない。


戻る途中。


前半二十三分。


左で回す。


中央へ入れる。


相手が寄る。


すぐ外へ逃がす。


左サイド。


相手の中盤が戻り始める。


戻り切る前。


でも、戻ると決めた後。


そこへ、もう一度中央。


通った。


トップ下が前を向く。


一瞬、相手のセンターバックが止まる。


悠はシュートを打たない。


右へ流す。


右サイドハーフ。


クロス。


低い。


フォワードが足を出す。


相手キーパーが触る。


枠の外。


コーナー。


『おお』


『今の通った』


『さっきより早く入れた?』


『戻り切る前に刺したのか』


『今のはちょっと分かりやすかった』


悠は少しだけ息を吐いた。


入ってはいない。


でも、初めて形になった。


前半は0対0のまま進む。


相手は焦らない。


悠も無理に前へ出ない。


互いに失点したくない時間が続く。


黒須戦とは違う疲れ方だった。


派手な圧はない。


でも、ずっと足元を見られている感じがする。


前半終了間際。


相手が一度だけ大きなチャンスを作った。


悠が中央へ入れようとしたパスを読まれた。


カウンター。


二対二。


右へ出される。


悠はキーパーを少しだけ動かす。


相手はニアを狙う。


セーブ。


こぼれ球。


センターバックが先に触る。


クリア。


前半終了。


0対0。


コメント欄は、黒須戦ほど荒れていない。


でも、少し冷たい。


『地味』


『初戦らしい緊張感』


『相手うまいな』


『無名くん、読めてるけど決めきれない』


決めきれない。


それが一番近かった。



◇ ◇ ◇



後半。


悠は選手交代をしなかった。


凛からは何も来ない。


たぶん、見ている。


何かを書いている。


でも、今は自分で見る時間だった。


後半八分。


相手が先に動いた。


前線を一枚入れ替える。


速い選手。


カウンター狙いをさらに強めてきた。


悠は怖くなって、パスが一つ後ろに逃げた。


その瞬間、相手の中盤が前へ出る。


取られかける。


ぎりぎり戻す。


「危な」


声が出た。


『声出た』


『今の怖かったな』


『相手、焦らせに来てる』


悠は手のひらをズボンで拭いた。


怖い。


本当に怖い。


黒須戦より楽なはずなのに、違う怖さがある。


負けたら終わるかもしれない試合。


初戦。


勝つと言った後の試合。


後半十五分。


悠はもう一度、二回目の中央を試した。


一回目。


外。


戻る途中。


二回目。


通る。


今度はトップ下が前を向いた。


相手のセンターバックが出る。


悠は左へ流す。


左ウイング。


縦へ行くふり。


戻す。


ボランチ。


シュートはない。


相手の足が出る。


悠はその足の前で止めた。


一拍。


黒須戦で覚えた一拍。


相手が止まる。


その後ろへ、短く出す。


フォワード。


振り向けない。


落とす。


トップ下。


シュート。


相手のディフェンダーに当たる。


跳ねる。


まだ生きている。


右サイドハーフが拾う。


角度は狭い。


クロス。


ニアに一人。


ファーに一人。


悠はファーを見た。


相手も見た。


だから、ニアへ出した。


フォワードが足を出す。


当たる。


キーパーが反応する。


触る。


でも、止まらない。


ボールはキーパーの手を抜けて、ゴールラインへ向かう。


相手のセンターバックが戻る。


悠の選手も詰める。


先に触ったのは、相手だった。


クリア。


そこで終わらない。


クリアボールは、中央へこぼれた。


そこに、悠のボランチ。


さっきと同じ場所ではない。


少し後ろ。


シュートには遠い。


悠は打つのをやめた。


右へ出す。


相手のブロックが右へ寄る。


もう一度中央。


二回目じゃない。


三回目。


トップ下が受ける。


今度は、前を向けた。


シュート。


低い球。


左隅。


キーパーが飛ぶ。


指先が届かない。


ネットが揺れた。


後半十八分。


1対0。


悠は声を出さなかった。


出せなかった。


今度は分かった。


入った瞬間、分かった。


『きたあああ』


『二回目じゃなくて三回目!?』


『粘った』


『今の崩しよかった』


『初戦先制』


『代表戦のやつ、形になった?』


悠はコントローラーを握ったまま、画面を見た。


二回目が本命。


そう思っていた。


でも、実際に入ったのは三回目だった。


一回目で寄せる。


二回目で戻らせる。


三回目で、遅れを刺す。


予定通りではない。


でも、見ていたから変えられた。


凛からメッセージが来た。


『三回目だった』


悠は小さく笑いそうになった。


分かってる。


そう返したかったが、配信中だった。


試合はまだ終わっていない。


相手のキックオフ。


ここから相手は前に来る。


待つ試合は終わった。


後半二十二分。


相手が前線へ早く入れる。


悠は一度クリアする。


後半二十六分。


またカウンター。


今度は左へ流される。


クロス。


中央で競る。


外れる。


後半三十一分。


相手がさらに前を増やす。


悠は守るだけになりかけた。


『押されてる』


『ここ耐えろ』


『初戦、こういうの怖い』


後半三十六分。


相手のミドル。


キーパーが弾く。


こぼれ球。


相手のフォワード。


悠はセンターバックを滑らせた。


ボールに触る。


コーナー。


心臓がうるさい。


ゲームなのに、体が前のめりになる。


相手のコーナー。


ニア。


弾く。


もう一度クロス。


ファー。


ヘディング。


バー。


跳ね返ったボールを、悠のボランチが拾った。


前に出す。


出したい。


でも、無理に出せば取られる。


悠は一度、後ろへ戻した。


『落ち着け』


『戻したの偉い』


『いや怖すぎ』


後半四十二分。


相手はもう守備を捨てていた。


中央が空く。


誘いではない。


本当に空いている。


悠は入れた。


トップ下。


前を向く。


右に味方。


左にも味方。


シュートもある。


でも、悠は打たなかった。


左へ流す。


左ウイングが受ける。


相手のセンターバックが出る。


悠はクロスを上げない。


コーナーフラッグ近くへ運ぶ。


時間を使う。


『逃げた』


『いやこれでいい』


『勝つ試合だぞ』


勝つ試合。


凛が送ってきた言葉を思い出す。


きれいに勝つ試合ではない。


勝つ試合。


後半アディショナルタイム。


表示は二分。


相手の最後の攻撃。


ロングボール。


悠のセンターバックが競る。


負ける。


こぼれ球。


相手のトップ下。


シュート体勢。


悠はボランチを戻した。


間に合わない。


でも、コースだけ消す。


シュート。


ボールは悠のボランチの足に当たり、横へそれた。


枠の外。


コーナー。


ラストプレー。


相手のキーパーまで上がってくる。


画面の中に、人が多い。


悠はニアを閉じる。


中央にも一人置く。


ファーは少し薄い。


相手はファーへ蹴った。


読まれた。


ファーに相手の選手。


ヘディング。


折り返し。


中央。


混戦。


誰かの足に当たる。


ボールがゴール前に落ちる。


悠はクリアボタンを押した。


少し早い。


空振り。


心臓が、落ちた。


もう一度。


今度は当たった。


ボールが高く上がる。


ペナルティエリアの外へ出る。


笛。


試合終了。


1対0。


予選一回戦、勝利。


悠は、コントローラーを膝に置いた。


黒須に認められた時より、地味な勝利だった。


派手な逆転でもない。


切り抜き映えするゴールでも、たぶんない。


でも、公式予選の初戦だった。


勝った。


今度は、勝った。


じわっと、遅れてくる。


指の力が抜ける。


喉が乾く。


さっき飲んだはずなのに。


コメント欄が流れる。


『初戦突破』


『地味だけど良い勝ち』


『最後怖すぎ』


『三回目が本命だったな』


『勝つ試合、できたじゃん』


スマホが震えた。


凛から。


『おめでとう』


少し遅れて、もう一通。


『三回目が本命、に直す?』


悠は、画面を見て少しだけ眉を寄せた。


そこじゃない。


そう打とうとして、やめた。


かわりに、短く返した。


『保留』


すぐに既読がつく。


『了解』


悠は配信画面に戻った。


「勝ちました」


自分で言うと、少し変な感じがした。


コメント欄がまた流れる。


『知ってる』


『見てた』


『おめ』


『次も勝て』


悠は水を飲んだ。


ぬるい。


でも、今日は嫌ではなかった。


大会画面には、次戦の案内が表示されている。


対戦相手はまだ未定。


勝ったことで、次が来る。


当たり前のことなのに、少しだけ怖かった。


悠はその画面を見たまま、配信終了ボタンにカーソルを合わせた。


今日は、すぐには押さなかった。


もう少しだけ、この勝利を画面に残しておきたかった。

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