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WORLD ELEVEN ―ピッチに立てなかった俺は、画面の中で世界を獲る―  作者: スドタケ
第1章 無名配信者、世に現る編

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第6話 最初の十五分

黒須のボールで、試合が始まった。


白いユニフォームの選手が、短く横へ流す。


中央。


落とし。


縦。


もう一度、中央。


三本目のパスで、黒須は悠の中盤の前まで来ていた。


速い。


ただ速いだけじゃない。


急いでいる感じがないのに、ボールだけがこちらの嫌な場所へ滑ってくる。


悠はボランチを出した。


寄せる。


黒須の選手が、ワンタッチで背中へ流した。


「あ」


声が漏れた。


マイクに入った。


『早い』


『もう剥がされた』


『黒須、遊んでないな』


悠はコメントを見ないようにした。


白い選手がペナルティエリア手前まで進む。


センターバックを出す。


出した瞬間、裏を取られる。


戻す。


その一拍で、黒須はミドルを打った。


低い球。


キーパーが弾く。


こぼれ球に、黒須のフォワードが詰めていた。


シュート。


ネットが揺れた。


前半二分。


0対1。


あっさりだった。


ゴールパフォーマンスも短い。


黒須は煽らない。


淡々と、選手が戻っていく。


その方がきつかった。


『はい』


『二分で終わった』


『格が違う』


『これは無理』


悠はコントローラーを握り直した。


黒須側の配信は見ていない。


音も入れていない。


だから黒須が今、笑っているのか、黙っているのかも分からない。


分からない方がいい。


そう思ったのに、頭の中には勝手な声が増えた。


見る専。


素人。


上では通じない。


キックオフ。


今度は悠のボール。


前線へ急がない。


最初の十五分は、黒須がどこを奪いに来るかを見る。


凛のメモが、机の左側にある。


全部を読まない。


奪いどころを見る。


悠はセンターバックから左へ出した。


黒須の一枚目が来る。


二枚目も同時に寄る。


戻せば中央を切られる。


縦へ出せば、サイドバックの背中を狙われる。


悠はキーパーへ戻した。


『後ろかよ』


『ビビった』


『前行けないな』


キーパーから右へ。


黒須の選手が、待っていたように動く。


右サイドバックへ出した瞬間、二枚で囲まれた。


悠は縦へ逃がした。


通らない。


カット。


また黒須の攻撃。


今度はサイドからだった。


縦。


切り返し。


もう一度、縦。


悠のサイドバックが半歩遅れる。


クロス。


中央で弾く。


こぼれ球を拾われる。


シュート。


枠の外。


前半六分。


まだ0対1。


でも、相手陣内に入れていない。


支配率は黒須が七割を超えていた。


『何もできてない』


『昨日の全国12位と違いすぎる』


『でもまだ一点で済んでる』


まだ一点で済んでる。


本当にそうか。


済んでいるんじゃない。


仕留めきられていないだけかもしれない。


前半八分。


黒須のコーナー。


ショートコーナー。


戻し。


エリア外へ落とす。


ミドル。


ブロック。


跳ねたボールを、悠のボランチが拾った。


今度は右へ出さない。


中央も危ない。


左のセンターバックへ戻す。


そこにも黒須の二枚目が来る。


狙われている。


指が滑った。


パスが弱い。


白いフォワードに引っかかる。


「まずい」


シュートフェイント。


キーパーが動く。


横へ流される。


無人のゴール。


二点目。


前半九分。


0対2。


部屋で、パソコンのファンの音だけが大きくなった。


いつ息を止めていたのか分からなかった。


『終わり』


『公開処刑』


『昨日のは相手が悪かっただけ』


『でも画面は出してるからゴースティングではなさそう』


そこは認める。


そのコメントだけが、変に残った。


悠は水に手を伸ばした。


少しこぼれる。


机の上に、小さな水の輪ができた。


昨日と同じだ。


袖で拭こうとして、やめた。


試合中だった。


メモを見る。


怖くなったら、水を飲む。


凛の字。


小さくて、少し曲がっている。


悠は一口飲んだ。


ぬるい。


負けている。


かなり、負けている。


でも、まだ十分も過ぎていない。


今はまだ、試合を捨てる時間じゃない。


キックオフ。


悠は後ろへ戻した。


黒須の前線が来る。


一枚目。


二枚目。


右を切るように見せて、左の戻しを狙っている。


さっきの失点と同じ場所。


もう一度そこへ出せば取られる。


悠は中央のボランチに短く入れた。


黒須の選手が出る。


速い。


悠はワンタッチで戻す。


さらに逆へ。


左サイドバックへ。


黒須のプレスが、一拍遅れた。


ほんの一拍。


初めてだった。


左サイドバックが前を向く。


縦へ出したくなる。


我慢する。


縦は見せるだけ。


左ウイングを走らせる。


黒須の右サイドバックが付く。


そこへは出さない。


中盤へ戻す。


黒須の二枚目が食いつく。


また戻す。


前には進んでいない。


でも、取られていない。


前半十一分。


初めて、十秒以上ボールを持てた。


『お?』


『黒須のプレスずらしたな』


『でも前行けない』


悠は中央へ入れる。


黒須が来る。


ここで取られる。


そう思った時には、もうパスボタンを押していた。


右ではなく、左のハーフスペースへ。


下げていた前線の選手が落ちてくる。


受ける。


反転はしない。


落とす。


ボランチ。


また左へ。


黒須の中盤が、初めて横に広がった。


真ん中に、細い隙間ができる。


見えた。


でも、出さない。


今出せば、黒須のセンターバックに潰される。


悠は戻した。


『そこ行けただろ』


『ビビったな』


『いや黒須のセンターバック動いてた』


本当に出せなかったのか。


怖くて出さなかっただけなのか。


区別がつかない。


ただ、黒須の選手が少し遅れて戻ったのは見えた。


あそこに何かある。


全部は読めない。


一つだけなら見られる。


黒須がどこを奪いどころにしているか。


右に追い込む。


戻しを狙う。


中央へ入れたところで、二枚目が奪う。


黒須は、こっちのミスを待っているのではない。


ミスになる場所へ誘導している。


昨日の自分と同じだ。


違うのは、昨日の自分よりずっと速く、ずっと正確なこと。


前半十三分。


悠のボール。


左で回す。


黒須のプレスが寄る。


さっきより少し遅い。


警戒している。


悠は縦を見せた。


黒須の右サイドバックが下がる。


中央へ戻す。


黒須のボランチが出てくる。


そこを待っていた。


ボランチから、右のセンターバックへ大きく戻す。


『戻した?』


『逆?』


『右空いた?』


右は危ない場所だった。


黒須が追い込みたかった場所。


でも、今だけは違う。


黒須は左側に寄っている。


右サイドバックが受ける。


前にスペース。


悠は縦へ出した。


黒須の左サイドバックが詰める。


止められる。


分かっていた。


ワンタッチで中へ戻す。


インサイドハーフ。


さらに中央。


トップ下。


相手のセンターバックが前へ出る。


昨日と同じなら取られる。


悠は一拍置いた。


トップ下がボールを持ったまま、身体を横に向ける。


黒須のセンターバックが、半歩だけ止まる。


その半歩で、左の大外へ展開した。


左ウイングは走っていない。


止まって受ける。


黒須の右サイドバックが距離を詰める。


縦へ仕掛けるふり。


切り返し。


遅い。


自分でも分かる。


黒須なら止める。


案の定、足が伸びる。


ボールに触られる。


こぼれる。


でも、こぼれた場所に、悠のボランチがいた。


さっきの一拍で、そこに入れていた。


回収。


ペナルティエリア手前。


打てる。


でも、打たない。


黒須のキーパーが、少しだけ前に出た。


悠は右へ流した。


サイドハーフが受ける。


角度は狭い。


黒須のセンターバックが戻る。


間に合う。


悠はクロスを上げた。


高くない。


速くもない。


ゴール前を、嫌な高さで横切るボール。


黒須のキーパーが一歩出る。


センターバックが足を伸ばす。


悠のフォワードも、遅れて足を出した。


足先に、かすった。


きれいな当たりじゃない。


強くもない。


浮きもしない。


ボールは勢いを殺され、ゴール前にぽとりと落ちた。


黒須のキーパーは、もう逆へ体重を乗せている。


戻れない。


白いユニフォームの足が伸びる。


届かない。


ボールが、ゆっくり転がる。


入る。


ネットが揺れた。


前半十四分。


1対2。


悠は、コントローラーを持ったまま固まった。


入った。


今、入った。


画面の中の選手が走り出す。


それを見て、ようやく得点だと分かった。


コメント欄が一瞬止まる。


それから、文字が跳ねた。


『え?』


『入った!?』


『黒須から取った?』


『今の狙い?』


『事故っぽい』


『いや回収の位置は狙ってた』


『なんでボランチそこにいた』


『昨日と同じ嫌なやつ出た』


悠は返事をしなかった。


できなかった。


手のひらが熱い。


さっきまで冷たかったのに。


画面の中で選手たちがハーフラインへ戻る。


黒須の選手は、いつも通りに見える。


でも、ほんの少しだけ間があった。


たぶん、気のせいかもしれない。


黒須側の配信は見ていない。


確かめようがない。


それでも、黒須が何かを見直している気がした。


悠は水を飲もうとして、コップの位置を間違えた。


指先が空を切る。


代わりにメモの端を掴んでしまい、紙が少し折れた。


全部を読まない。


奪いどころを見る。


取られていい場所を決める。


その下に、自分であとから書いた小さな文字がある。


勝ちたい。


何で書いたのか、覚えていない。


たぶん、配信前だ。


悠は、その文字を親指で少し隠した。


見えなくしても、もう消えない。


前半十五分。


スコアは1対2。


負けている。


黒須の方が強い。


操作も、判断も、試合の運び方も、まだ全部上だ。


でも、ゼロではなくなった。


黒須のボールで再開する。


白いユニフォームが中央へ下げる。


今度の黒須は、さっきより少しゆっくりだった。


悠は、画面の中の二十二人を見る。


逃げ道がどこにあるのか。


崩れる順番がどこから始まるのか。


全部は見えない。


でも、一つだけ見えた。


黒須はもう、こちらをただ潰す相手としては見ていない。


その変化が、次の一手を少しだけ難しくする。


悠はコントローラーを握り直した。


試合はまだ終わっていない。


でも、もう昨日とは違う試合になっていた。

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