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WORLD ELEVEN ―ピッチに立てなかった俺は、画面の中で世界を獲る―  作者: スドタケ
第4章 サッカーe日本代表、世界大会編

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27/28

第27話 決勝、世界の中心で

飛行機の窓の外に、知らない街の光が広がっていた。


リヤド。


その名前は、ニュースで聞いたことがあるくらいだった。


今、その街に向かっている。


WORLD ELEVEN世界大会決勝。


日本代表として。


風見悠として。


機内の照明は落ちていて、隣の席では水谷が目を閉じていた。


少し前の席で、獅堂が映画を見ながら寝落ちしている。


黒須は窓側で、タブレットの試合映像を見ていた。


同じ映像を何度も見ている。


レオン・ヴァイス。


白と濃紺のユニフォーム。


温度のない守備。


閉じていくピッチ。


悠は、手元のスマホを見た。


凛からのメッセージが残っている。


『行ってらっしゃい』


その下には、もう一通。


『一人で見ない』


それだけだった。


返信はしていない。


返せる言葉がなかった。


機体が少し揺れる。


獅堂が寝たまま「うわ」と言い、水谷が目を開ける。


黒須は映像から目を離さなかった。


悠は窓の外を見た。


画面の中ではない場所へ、試合をしに行く。


そのことが、まだうまく飲み込めなかった。


◇ ◇ ◇


特設アリーナは、サッカー場ではなかった。


でも、そこにはピッチがあった。


巨大なスクリーン。


国旗。


照明。


選手席。


観客席を埋める各国の声。


日本の青い旗もある。


欧州代表の白と濃紺の旗もある。


リヤドの夜は外では乾いていたが、会場の中は熱で満ちていた。


本当のワールドカップみたいだった。


いや、少なくとも悠には、そう見えた。


選手用の機材はすべて同じものだった。


同じコントローラー。


同じモニター。


同じ椅子。


同じ回線。


スタッフが一つずつ確認していく。


遅延差はない。


通信環境の言い訳はできない。


画面の外に逃げられるものは、どこにもない。


悠は席に座り、コントローラーを手に取った。


自分の部屋で使っていたものとは少し違う。


でも、重さは似ていた。


親指を置く。


緊張で手が乾く。


「風見」


隣から黒須が言った。


「はい」


「ここまで来たら、配信の人じゃない」


悠は黒須を見る。


「じゃあ、何ですか」


「代表」


短い言葉だった。


それ以上は何も言わない。


黒須らしいと思った。


水谷がヘッドセットをつけながら言う。


「悠くん、会場の音、大丈夫?」


「大丈夫です」


「顔は大丈夫じゃない」


獅堂が笑う。


「俺も最初ちょっと無理。音でかすぎ」


「獅堂さんでも?」


「俺を何だと思ってんの」


「目立つ人」


「まあ、合ってる」


少しだけ、呼吸が戻る。


反対側の選手席には、欧州代表が座っていた。


レオン・ヴァイス。


映像で見た時と同じ顔。


それ以上でも、それ以下でもない。


会場の熱の中でも、彼だけ温度が違った。


レオンがこちらを見る。


目が合った気がした。


翻訳スタッフを介して、短いコメントが表示される。


《君の視線は正しい。だから、先に壊せる》


悠は、それを読んだ。


指先が少し冷える。


黒須が小さく言う。


「見えすぎるなよ」


「はい」


「見えすぎて遅れるな」


悠は返事をしなかった。


その言葉が、もう遅れて刺さっていた。


決勝。


日本代表対欧州代表。


ホイッスルが鳴る。


世界の中心みたいな音がした。


◇ ◇ ◇


開始直後から、レオンは悠を見ていた。


黒須ではない。


水谷でもない。


獅堂でもない。


ボールを持つたびに、レオンの立ち位置が悠の視線の先をふさいでくる。


逃げ道を作る。


そこへ白と濃紺が先にいる。


黒須を走らせる。


その手前で、通路が閉じる。


獅堂を外に出す。


外の風景だけが残り、ゴール前は白と濃紺に沈む。


水谷が受ける。


背中を狙われる。


全部、半歩先に止められる。


前半十二分。


レオンが中央で受けた。


黒須が寄せる。


レオンは黒須を見ない。


悠を見る。


その一瞬で、悠は嫌な場所を見た。


止めたい。


でも、そこへ行けば背中を取られる。


迷った。


レオンのパスが出る。


白と濃紺の選手が抜ける。


シュート。


ネットが揺れた。


0対1。


会場の半分が爆発した。


日本側の青い旗が、少しだけ沈む。


悠はコントローラーを握り直した。


まだ前半。


まだ一点。


そう思おうとしても、レオンはもう次の場所に立っている。


「風見」


黒須の声。


「見えすぎて遅れてるぞ」


言葉が鋭かった。


怒っているのではない。


事実を言っている。


それがきつかった。


日本は押し返そうとする。


黒須が中央で受ける。


悠は獅堂を見る。


外に走る。


そこは閉じる。


水谷を見る。


背中を狙われる。


黒須を見る。


レオンがいる。


全部が見える。


全部が消えていく。


前半二十四分。


日本に、一度だけ光が見えた。


水谷が体を入れて奪い、黒須へ預ける。


黒須は前を向かず、すぐ獅堂へ流す。


獅堂が外で受け、相手を引きつける。


そこから内側へ、水谷が遅れて入る。


これまで何度も通してきた形だった。


南米戦で生きた形。


欧州戦で一度返した形。


決勝トーナメントを勝ち抜いてきた形。


悠は声を出そうとした。


水谷さん。


その前に、レオンが動いた。


速くはない。


だが、声より先に、出口を消していた。


獅堂から水谷への道が閉じる。


水谷が止まる。


黒須がもう一度動く。


そこも白と濃紺が塞ぐ。


最後に残った外側へ、獅堂が逃げる。


ライン際。


追い込まれる。


ボールは奪われた。


会場の音が、少しだけ欧州側へ傾く。


悠の口の中が乾いた。


今のは通るはずだった。


通ってきた形だった。


それすら、折られた。


前半三十一分。


日本はまた失点した。


レオン自身のゴールではなかった。


けれど、レオンがすべてを動かした。


中央で受け、黒須を止め、水谷を動かし、獅堂の外を閉じ、日本の守備が一歩下がった場所へ、白と濃紺が飛び込んだ。


シュート。


0対2。


会場の音が遠くなる。


ヘッドセット越しの声も、少し遅れて聞こえた。


「まだだ」


黒須が言った。


水谷も何か言った。


獅堂の声もあった。


でも、悠にはうまく届かなかった。


画面の中のピッチが狭い。


現実の会場はこんなに広いのに、画面の中では何も残っていない。


前半終了。


0対2。


日本代表の席に、重い沈黙が落ちた。


◇ ◇ ◇


ハーフタイム。


高城コーチは、すぐには話さなかった。


水谷がボトルの水を飲む。


獅堂がタオルで顔を覆う。


黒須は画面を見ている。


悠は、自分の手を見ていた。


震えている。


自分では止められないくらい小さく、ずっと震えている。


スマホを確認できる時間は短い。


スタッフの許可が出たあと、悠は画面を開いた。


凛から、写真が来ていた。


ノートのページ。


そこには、一行だけ書かれている。


一人で見ない。


文字は、いつもより少し荒かった。


急いで書いたのかもしれない。


あるいは、凛も手が震えていたのかもしれない。


悠は、その写真を見ていた。


一人で見ない。


分かっていたはずだった。


でも、決勝の舞台に立った途端、また一人で見ようとしていた。


レオンの視線。


黒須の動き。


獅堂の外。


水谷の支え。


全部を自分で抱えて、自分だけで正解を探そうとしていた。


正解が見えるほど、遅れていた。


「風見」


水谷が言った。


「俺、そこまで全部分かんないよ」


悠は顔を上げる。


水谷は少しだけ笑った。


「だから、言って。分かる分だけ動くから」


獅堂がタオルを外す。


「俺も。外か中か、早めに言って。文句は言うけど走る」


黒須が最後に言った。


「俺を見るな」


悠は黒須を見る。


「え」


「俺だけ見るな」


黒須は、画面から目を離さない。


「俺を使え。でも、俺で終わらせるな。前半、お前は俺を見すぎた」


悠は何も言えなかった。


黒須は続ける。


「決勝だぞ。お前も前に出ろ」


高城コーチが短く言う。


「後半、最初の一点を取りに行く」


会場の音が戻ってくる。


悠はスマホを伏せた。


凛のノート写真は、まだ画面に残っている。


一人で見ない。


悠は、コントローラーを持ち直した。


震えは完全には止まっていない。


でも、指は動いた。


◇ ◇ ◇


後半。


日本は、前半とは違う形で入った。


黒須だけに集めない。


獅堂だけを外に走らせない。


水谷だけに支えさせない。


声が増えた。


黒須の短い声。


水谷の低い声。


獅堂の少し荒い声。


悠はそれを聞きながら、画面を見た。


全部を見るのではない。


全員が動ける場所を見る。


後半十七分。


水谷が低い位置でボールを奪った。


黒須が中央へ走る。


レオンがそこを消す。


獅堂が外へ開く。


白と濃紺が追う。


悠は、そのどちらにもすぐ出さなかった。


「水谷さん、もう一回」


水谷が受け直す。


相手が一拍止まる。


黒須が前で体を張る。


獅堂が外から中へ入る。


レオンは黒須を見る。


その視線の背中で、水谷がもう一度前へ出た。


「水谷さん」


悠が声を出す。


水谷は迷わなかった。


シュート。


強くはない。


でも、コースは鋭かった。


キーパーが飛ぶ。


触る。


ボールは浮き、クロスバーの下へ当たる。


落ちる。


ゴールラインを越えた。


1対2。


日本が一点を返した。


会場の青い一角が、爆発した。


獅堂が叫ぶ。


水谷は、少し遅れて拳を握った。


黒須が短く言う。


「もう一点」


悠は頷いた。


声は出なかった。


時計は進んでいる。


レオンは表情を変えない。


でも、ピッチの狭さが、ほんの少しだけ緩んだように見えた。


後半残りわずか。


日本はまだ負けている。


1対2。


最後の攻撃へ向かう直前、黒須が言った。


「風見、見えてるか」


悠は画面を見た。


レオン。


黒須。


水谷。


獅堂。


会場の音。


凛のノート。


全部が、一つの場所に重なる。


「まだ、見えてます」


そう言った。


でも、届くとはまだ言えなかった。


会場の音が、一段大きくなった。

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