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WORLD ELEVEN ―ピッチに立てなかった俺は、画面の中で世界を獲る―  作者: スドタケ
第4章 サッカーe日本代表、世界大会編

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28/28

第28話 画面の中で世界を獲る

後半アディショナルタイム。


スコアは1対2。


日本は負けている。


画面の上に表示された残り時間は、もうほとんどなかった。


リヤドの特設アリーナは、音で揺れていた。


欧州代表の白と濃紺の旗。


日本代表の青い旗。


読めない言葉の叫び。


日本語の声援。


実況の声。


椅子の軋む音。


ヘッドセット越しの呼吸。


全部が重なって、悠の耳に届く。


オンラインではない。


自分の部屋でも、国内スタジオでもない。


同じ会場。


同じ機材。


同じ回線。


遅延の言い訳はできない。


この場所で、勝つか負けるかが決まる。


欧州代表は、すぐに時間を使いに来た。


レオンは急がない。


焦らない。


白と濃紺のユニフォームが、ピッチをゆっくり閉じていく。


前半と同じだ。


いや、前半より冷たい。


日本が前へ出たいことを、全員が知っている。


黒須が奪いに行く。


レオンは逃げない。


逃げたように見せて、黒須の背中へボールを置く。


そこへ白い選手が走る。


水谷が体を入れた。


こぼれ球。


獅堂が拾う。


「風見!」


叫びではなく、呼ばれた。


悠は画面を見た。


獅堂の外側は閉じている。


中へ入れば、レオンが待っている。


黒須へ出せば、二人が潰す。


水谷へ戻せば、時間が消える。


全部、見えている。


でも、もう一人で正解を選ばない。


「獅堂さん、持ってください」


「時間ないんだけど」


「持ってください」


「はいよ!」


獅堂が外でボールを持つ。


観客席が揺れる。


欧州のサイドバックが寄る。


もう一人が近づく。


獅堂は抜かない。


抜けないのではなく、抜かない。


その数秒で、水谷が低い位置から上がる。


黒須が中央で止まる。


レオンが黒須を見る。


当然だ。


最後は黒須。


誰もがそう思う。


レオンも、たぶんそう思っている。


悠は、そこを使わなかった。


「水谷さん」


水谷が受ける。


欧州の中盤が寄る。


水谷はシュートを打てない。


でも、打たなくていい。


水谷が触っただけで、白と濃紺の守備が中央へ沈む。


獅堂が外から内へ走る。


黒須はまだ動かない。


動かない黒須を、レオンが見ている。


その視線を、悠は見た。


今。


「獅堂さん」


獅堂が遅れて入る。


元々外で勝つ選手だった。


誰よりも派手にピッチを裂く選手だった。


その獅堂が、今は誰よりも遅れて、誰にも見られていない場所へ入ってきた。


パスが通る。


獅堂が受ける。


キーパーが前に出る。


シュートコースは狭い。


獅堂は打たない。


「水谷さん!」


水谷が戻っていた。


さっき上がったはずの水谷が、もう一度、ゴール前に入っている。


獅堂から水谷。


水谷が足を振る。


レオンが滑り込む。


ボールはその足をかすめ、少し浮いた。


キーパーが逆を取られる。


ネットの上ではなく、内側へ落ちる。


ゴール。


2対2。


同点。


会場の青い一角が壊れたみたいに叫んだ。


獅堂が両手を上げる。


水谷はその場にしゃがみ込みかけ、すぐ立ち上がる。


黒須が叫ぶ。


「戻れ!」


まだ終わっていない。


時間は、ほとんどない。


でも、勝負は戻った。


欧州代表のキックオフ。


レオンは、初めて少しだけ表情を変えた。


笑ったのではない。


怒ったのでもない。


ただ、目の温度が変わった。


白と濃紺が前へ来る。


時間を使うのではなく、決めに来た。


レオンが中央で受ける。


黒須が寄る。


水谷が支える。


獅堂が外を消す。


悠は行かなかった。


行けば、背中を使われる。


レオンは一瞬、悠の選手を見た。


来ないのか。


そんなふうに見えた。


次のパスが、少しだけ遅れた。


水谷が触る。


ボールが跳ねる。


黒須が拾う。


最後の攻撃。


会場の音が、さらに大きくなる。


時計はもう、赤く見える。


悠は画面を見た。


黒須が前にいる。


水谷が後ろで支える。


獅堂が外へ走る。


欧州代表は、黒須を止めるために中央を閉じる。


レオンもそこにいる。


同点弾で水谷と獅堂を使った。


だから、欧州は次を警戒する。


もう一度、獅堂か。


もう一度、水谷か。


それとも、黒須か。


悠は一瞬だけ、黒須を見すぎた。


最後は黒須。


それでいい。


黒須なら決める。


そこへ、古い癖のように視線が吸い寄せられた。


レオンが動く。


中央の道が閉じる。


黒須へ出す場所が、細くなる。


時間が死にかけた。


「風見!」


獅堂の声。


「俺、まだ外にいる!」


その声で、悠の視線が戻った。


一人で見ない。


そうだ。


黒須だけではない。


水谷が後ろで支えている。


獅堂が外で待っている。


黒須は中央で、まだ走る前の場所にいる。


悠は、息を吸った。


遅れた。


でも、終わっていない。


「獅堂さん、止めてください」


「今度は止まるの!?」


「止めてください」


獅堂が外で受ける。


サイドバックが寄る。


獅堂は抜かない。


ボールを止め、相手を止める。


その止まった時間の中で、水谷が近づく。


水谷へ。


水谷が一度触る。


欧州の中盤が寄る。


今度は、水谷がすぐ返さなかった。


ほんの少しだけ持つ。


その一拍で、黒須が走り出す。


レオンが追う。


追える。


まだ間に合う。


誰もがそう思う距離だった。


悠は、黒須の足元ではなく、黒須が一番生きる少し先を見た。


そこへ出す。


ボールが芝を滑る。


速すぎない。


遅すぎない。


黒須が触る。


レオンが来る。


黒須は前を向かない。


一度、体を預ける。


レオンの重心が止まる。


その反動で、黒須が外へ抜ける。


キーパーが出る。


角度はない。


会場の音が消えたように感じた。


ボールが、黒須の足から離れる。


低いシュートではない。


強引なシュートでもない。


キーパーの指先の上。


ゴールの内側。


ネットへ向かう白い線。


一秒より短いはずなのに、悠には長く見えた。


ボールがネットに触れる。


揺れた。


3対2。


日本、逆転。


決勝点。


会場が壊れた。


青い旗が跳ねる。


実況が叫ぶ。


コメント欄は、もう文字ではなく光の塊みたいに流れる。


悠は叫ばなかった。


叫べなかった。


コントローラーを持った手が、少し遅れて震えた。


黒須の声が、ヘッドセット越しに届く。


「獲ったぞ」


その言葉で、悠の喉がやっと動いた。


でも、声にはならなかった。


まだ試合は終わっていない。


残り時間は、わずか。


欧州代表は最後に攻めてきた。


レオンが前に出る。


白と濃紺が雪崩のように押し寄せる。


水谷が中央をふさぐ。


獅堂が外で体を投げる。


黒須が戻る。


悠は、もう一人で見ていなかった。


誰がどこで苦しいか。


誰がどこで耐えているか。


誰が次に動けるか。


全部が、声と動きで届いてくる。


レオンの最後のパス。


悠は、その先へ行かなかった。


行けば、また背中を取られる。


代わりに、水谷が行く。


水谷が触る。


ボールが外へ跳ねる。


獅堂が蹴り出す。


笛。


試合終了。


日本代表、世界大会優勝。


その表示が、巨大スクリーンに出た。


JAPAN。


CHAMPION。


英語の文字。


日本語の実況。


会場の青。


白と濃紺の沈黙。


全部が混ざる。


水谷が椅子から立ち上がった。


獅堂が叫んで、ヘッドセットを外しかけてスタッフに止められている。


黒須は立ち上がり、悠の方を見た。


何か言うのかと思った。


でも、何も言わない。


ただ、拳を軽く出してきた。


悠は、少し遅れて拳を合わせた。


当たった感触が、やけに小さかった。


世界を獲った音ではない。


ただ、指の骨が少し当たる音。


でも、その音だけが、一番現実だった。


◇ ◇ ◇


表彰式の光は、眩しすぎた。


トロフィーは思っていたより重く、黒須と水谷と獅堂と一緒に持っても、腕に力が入った。


KIRAも、サブメンバーとして同じステージに上がった。


少し後ろで、遠慮するように立っていた。


獅堂がそれを見て、腕を引っ張る。


「もっと前」


「いや、俺は」


「チームだろ」


KIRAは少し困った顔をして、それでも前へ出た。


悠はその横で、会場を見ていた。


人が多い。


声が多い。


知らない国の旗がある。


その中に、日本の青がある。


自分はそこにいる。


配信画面の小さな枠ではなく、同じ会場の光の中に。


スマホが震えた。


式のあと、控室へ戻ってから見た。


凛からだった。


『見えてたね』


それだけ。


おめでとう、ではなかった。


凛らしいと思った。


悠は返信欄を開く。


ありがとう。


見えてた。


白瀬のおかげ。


どれも少し違う。


結局、短く打った。


『一人じゃなかった』


送信。


すぐに既読がつく。


返事は少し遅れて来た。


『知ってる』


悠は画面を見て、少しだけ笑った。


言いたかったことは、まだたくさんある。


でも、全部を言うには、今は遠すぎた。


リヤドと日本の距離ではない。


勝った直後の自分と、いつもの教室の自分の距離だった。


◇ ◇ ◇


帰国した翌日、学校の廊下は騒がしかった。


「風見!」


「世界王者!」


「サイン、今度こそくれ!」


「テレビ出てたぞ!」


「黒須と拳合わせてたやつ見た!」


悠は下駄箱の前で止まりかけた。


昨日までの自分なら、たぶん少し逃げていた。


今日も、逃げたい気持ちはあった。


でも、完全には逃げなかった。


「サインはない」


「じゃあ名前で」


「それ前も聞いた」


「前より価値上がったじゃん」


「やめろって」


笑い声が起きる。


廊下の向こうから、凛が歩いてきた。


手には、いつものノート。


表紙の端が少し折れている。


「おはよう」


「おはよう」


凛は周りの騒ぎを見て、少しだけ眉を上げた。


「大変そう」


「助ける気は?」


「少しだけ」


「少しだけか」


凛はノートを開いた。


そこには、前からあった一行が残っている。


一人で見ない。


その下に、新しい文字が足されていた。


画面の中だけでは、もう終わらない。


悠は、その文字を見た。


「それ、書くの早くない?」


「昨日の夜に書いた」


「寝てないだろ」


「少し寝た」


「それ、俺が言うと怒るやつ」


「私はいい」


「ずるい」


凛は少しだけ笑った。


予鈴が鳴る。


世界大会の歓声は、もうここにはない。


リヤドの照明も、巨大スクリーンも、トロフィーの重さもない。


でも、ノートの文字は残っている。


画面の中だけでは、もう終わらない。


悠は、その一行をもう一度見た。


同接三人の配信。


誰にも届いていないと思っていた画面。


ただ黙って戦術を読み、誰にも呼ばれず、誰にも期待されず、それでもピッチの外からサッカーを見ていた夜。


その画面を、一番最初に見つけたのは凛だった。


「……白瀬」


「何?」


「最初に見つけてくれたの、白瀬だったなって」


凛は少しだけ黙った。


それから、ノートを閉じた。


「うん」


短い返事だった。


でも、その一言で十分だった。


悠は少し笑おうとして、うまく笑えなかった。


喉の奥が詰まって、言葉が遅れた。


「ありがと」


凛は、すぐには返さなかった。


廊下のざわめきの中で、予鈴の余韻だけが薄く残っている。


やがて凛は、いつもの調子で言った。


「どういたしまして。世界王者」


「それ、やめて」


「たまには言わせて」


悠は困ったように息を吐いた。


でも、嫌ではなかった。


凛が隣を歩く。


後ろから、まだ誰かが悠の名前を呼んでいる。


教室の扉が近づく。


同接三人の部屋から始まったサッカーは、まだ続いていた。


もう、画面の中だけでは終わらない。


そして悠は、その続きを、一人では見ていなかった。

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