表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
WORLD ELEVEN ―ピッチに立てなかった俺は、画面の中で世界を獲る―  作者: スドタケ
第4章 サッカーe日本代表、世界大会編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/28

第25話 欧州王者候補

相手は、レオン・ヴァイス率いる欧州代表だった。


南米代表とは、まるで違った。


速さで飲み込んでくる相手ではない。


熱で押し潰してくる相手でもない。


白と濃紺のユニフォームが、画面の中で淡々と位置を取る。


ボールが動く前に、こちらの逃げ道が一つずつ消えていく。


試合前の控室で、悠はモニターに映るレオンを見ていた。


短く整えた銀色に近い髪。


表情の薄い顔。


派手なフェイントも、力任せの突破もない。


ただ、立っている場所が嫌だった。


レオンが中央に一歩立つだけで、黒須への道が細くなる。


水谷が受ける場所も、少しだけ狭くなる。


獅堂が走れそうな外側には広い芝があるように見えて、そこへボールが出る頃には白と濃紺の選手が先に体を入れていた。


「嫌ですね」


悠が小さく言った。


水谷が横でうなずく。


「嫌だね」


獅堂が椅子の背にもたれたまま、足を揺らしている。


「外、空いてるように見えて全然空いてないんすよね」


黒須はモニターを見たまま黙っていた。


いつもなら何か言い切る。


相手の欠点や、自分が潰す場所を短く言う。


でも、今は黙っている。


それが一番、レオンの厄介さを伝えていた。


高城コーチが映像を止める。


「相手は黒須を中心に消してくる」


誰も驚かなかった。


「黒須に入れても、そこを出口にするな。入口にしても閉じられる」


高城コーチはペンの先で、画面上の黒須の想定位置を指した。


「黒須を通過点にしろ」


悠はその言葉を聞いて、少しだけ指先を握った。


通過点。


言葉としては分かる。


でも、黒須をそう扱うことに、まだ体が追いつかない。


画面越しに見ていた壁。


ようやく同じチームに立てた相手。


その人を、自分が一手として使う。


理屈より先に、喉が重くなった。


スマホが震えた。


凛からだった。


『黒須さんを使うのは、黒須さんを軽く見ることじゃない』


悠は一瞬だけ、その文字を見た。


返事は打てなかった。


ただ、画面を閉じずに伏せた。


「風見」


黒須が言った。


「はい」


「俺だけ見たら負けるぞ」


悠は返事が半拍遅れた。


「……はい」


「何だよ、その間」


「言おうとしてたことを、先に言われました」


「お前が言うのが遅い」


「すみません」


「だから謝るな」


水谷が少し笑った。


獅堂が軽く手を上げる。


「俺も見てよ、風見」


「見ます」


「軽いな」


「軽くはないです」


「ならよし」


KIRAはサブメンバーとして、少し後ろの席にいた。


悠と目が合うと、小さくうなずく。


悔しさがまったくないわけではないと思う。


でも、彼は何も言わなかった。


サブでも、同じチームだ。


試合開始の通知が入る。


ホイッスルが鳴った。


◇ ◇ ◇


欧州代表は、前から激しく来なかった。


南米代表のようにリズムで揺さぶってくるわけでもない。


ただ、そこにいた。


いるべき場所に、先にいる。


黒須への道が、最初から細い。


水谷が受ける場所も、ほんの少しだけ狭い。


獅堂の外側には余白があるように見える。


だが、走り出した瞬間には閉じる。


悠はボールを持つたびに、ピッチが縮んでいく感覚を覚えた。


広いはずの芝が、画面の中で四角く折りたたまれていく。


前半七分。


黒須が中央で受けた。


レオンが近づく。


速くない。


だが、黒須が前を向く角度だけを消している。


黒須が一度、水谷へ落とす。


水谷は受けた瞬間に横へ流す。


そこにも白と濃紺の選手がいた。


獅堂が外へ走る。


「出して」


悠は一瞬、出したくなった。


空いている。


少なくとも画面上は空いていた。


けれど、パスが出る前に、レオンの視線がそこへ向いた。


まだ動いていない。


なのに、もう閉じたように見えた。


悠は出さなかった。


「今の、欲しかったんだけど」


「閉じてました」


「見た目は空いてた」


「見た目だけです」


「嫌なこと言うなあ」


獅堂は軽く返したが、声に少しだけ引っかかりがあった。


前半十三分。


欧州代表の攻撃。


レオンが中央で受ける。


黒須が寄せる。


レオンは逃げない。


黒須の足が出る前に、横へ置く。


一人が受ける。


すぐ返す。


黒須が追い直す。


その背中へ、レオンのパスが滑る。


白いユニフォームが抜け出す。


シュート。


日本のキーパーが触る。


こぼれ球を水谷が先に蹴り出した。


危ない。


だが、失点ではない。


「機械みたい」


獅堂が言った。


「褒めてる場合じゃない」


水谷が返す。


黒須は黙っていた。


前半二十一分。


日本は初めて、少しだけ形を作った。


水谷が低い位置で受ける。


黒須へ入れる。


黒須は前を向かない。


向けないのではなく、向かない。


レオンがそこを消しに来る前に、短く悠へ戻す。


悠はすぐ獅堂を見る。


外はまた閉じかけている。


でも、今度は獅堂が走っていなかった。


外へ立ったまま、相手のサイドバックを止めている。


その内側を、水谷が遅れて上がる。


「水谷さん」


悠が出す。


水谷が受ける。


相手の中盤が寄る。


黒須が、その背中へ入る。


レオンも動く。


日本の選手が一瞬、前を向いた。


悠はシュートではなく、さらに横へ流した。


獅堂。


外ではなく、少し内側。


獅堂が足を振る。


シュート。


白と濃紺のディフェンダーが体を投げ出す。


ボールは大きく跳ねて、ゴール裏へ逸れた。


コーナー。


決定機ではない。


でも、日本が初めて、欧州代表の守備を少しだけ動かした。


全部が閉じているわけではない。


閉じる瞬間がある。


そこを少しだけ遅らせれば、入れる場所ができる。


前半は0対0で終わった。


シュート数は欧州が多い。


日本は押されていた。


だが、崩され切ってはいない。


ハーフタイム。


通信に高城コーチの声が入る。


「黒須を入口にするな。出口にもするな。通過点にしろ」


黒須が鼻で笑った。


「ひどい扱いですね」


「勝つためだ」


「分かってます」


悠は、試合前に届いた凛のメッセージを思い出していた。


黒須さんを使うのは、黒須さんを軽く見ることじゃない。


後半が始まる。


日本は少し形を変えた。


黒須が前に張らず、少し下がる。


レオンの視線が黒須を追う。


当然だ。


黒須は危険な選手だ。


世界中が知っている。


だから、そこへ目が集まる。


黒須が下がることで、欧州の守備が一歩前へ出る。


水谷がその間に入る。


獅堂は外に張ったまま。


走らない。


まだ走らない。


後半八分。


黒須が受ける。


レオンが寄る。


もう一人も来る。


黒須の進路が消える。


通信で黒須が言った。


「風見」


悠は一拍だけ迷った。


そして言った。


「黒須さん、囮で」


通信が止まったように感じた。


黒須が短く笑う。


「言うようになったな」


「……すみません」


「謝るなって何回言わせる」


黒須はボールを持ったまま、あえて前を向いた。


欧州の二人が食いつく。


レオンも半歩寄る。


その重みで、逆側がわずかに空いた。


水谷が下がって受ける。


そこから、獅堂。


外ではない。


外へ行くと見せて、遅れて内側へ入る。


獅堂が受ける。


レオンが振り向く。


初めて、少し遅れた。


獅堂はシュートを打たない。


水谷へ落とす。


水谷がさらに横へ。


日本の別の選手が走り込む。


シュート。


出るはずだった。


その前に、レオンが戻っていた。


速いわけではない。


だが、そこにいた。


白と濃紺の足が、ボールの軌道を消す。


カット。


一瞬で、欧州のカウンターに変わる。


「戻れ!」


黒須の声。


獅堂が戻る。


水谷も下がる。


悠は、背中に冷たいものが落ちたような感覚になった。


読まれた。


囮にすることまで、読まれていた。


レオンが中央で受ける。


悠の操作する中盤が寄る。


行けば使われる。


行かなければ前を向かれる。


一瞬遅れた。


レオンのパスが、遅れた場所を通る。


シュート。


キーパーが触る。


ポスト。


外へ跳ねる。


助かっただけだった。


獅堂が息を吐く。


「今の、読まれた?」


水谷が答える。


「読まれたね」


黒須が短く言う。


「なら、もう一回やれ」


同じことをやれば、また止められる。


でも、同じに見せて違うことなら。


後半二十二分。


欧州代表が先に点を取った。


レオンが中央で受けた。


黒須を一歩引きつけ、水谷を動かし、悠が見ていた逃げ道を逆に使った。


こちらが空けたつもりの場所に、白と濃紺のユニフォームが先にいた。


パス。


シュート。


ゴール。


0対1。


コメント欄が荒れる。


『レオンうますぎ』


『読まれた』


『風見の読みを逆手に取られた?』


悠は唇を噛んだ。


見えていた場所を使われた。


自分が見ようとした道に、先に罠を置かれていた。


レオンの声が翻訳表示で流れる。


《KUROSUだけのチームではないなら、証明してみせろ》


黒須が通信で低く言った。


「だそうだ」


獅堂が笑う。


「言われてますよ、風見」


「なんで俺に」


「見てる人だから」


悠は返せなかった。


キックオフ。


時間は残り少ない。


日本は前へ出る。


だが、焦れば欧州の網にかかる。


黒須へ入れれば閉じる。


獅堂へ出せば外で止まる。


水谷へ戻せば背中を狙われる。


悠は画面全体を見る。


見すぎない。


でも、見ないと分からない。


試合前の凛のメッセージが、遅れて効いてくる。


黒須さんを使うのは、黒須さんを軽く見ることじゃない。


後半三十四分。


黒須が中央に立つ。


レオンがそこを見る。


欧州の守備が、黒須を中心に閉じる。


悠は、黒須へ出した。


黒須が受ける。


潰される。


そこへ出したこと自体が餌だった。


黒須は倒れない。


持ちこたえる。


一秒。


二秒。


それだけで十分だった。


「水谷さん」


水谷が横に入る。


黒須から水谷。


水谷から獅堂。


さっき止められた形と同じに見える。


レオンが戻る。


白と濃紺の足が、また先に入りかける。


悠はそこで、獅堂へ行かせなかった。


「獅堂さん、外」


「え、今?」


「外」


獅堂が一度、内側へ入りかけた足を、無理やり外へ戻す。


レオンの足が、内側の空間を消す。


そこには、もう誰もいない。


水谷が受け直す。


黒須が一度下がる。


欧州の守備は、黒須と獅堂の間でほんの少しだけ割れた。


悠はそこへ、もう一枚を入れる。


水谷ではない。


黒須でもない。


獅堂が外へ引いたことで生まれた、その内側の空白。


日本の中盤が走り込む。


レオンが振り向く。


遅れた。


今度は、ほんの少し。


「黒須さん、触るだけ」


「命令多いな」


「お願いします」


黒須が触る。


ボールは止まらない。


方向だけ変わる。


その先に、水谷がいた。


水谷が足を振る。


強いシュートではない。


低く、ゴールの隅へ流す。


キーパーが飛ぶ。


ボールが指先を抜ける。


ネットが揺れた。


1対1。


後半三十六分。


スタジオの中で誰かが机を叩いた音が聞こえた。


獅堂が叫ぶ。


水谷が短く息を吐く。


黒須が「よし」と言う。


悠は、少しだけ遅れて手を離しそうになった。


まだ終わっていない。


レオンは、失点しても表情を変えなかった。


画面の中で、白と濃紺のユニフォームがすぐに並び直す。


同点になったはずなのに、ピッチの狭さは消えない。


勝ちに行けば、逆に食われる。


守り切るだけでも、たぶん持たない。


後半アディショナルタイム。


欧州代表の最後の攻撃。


白と濃紺が、また静かに広がる。


芝の緑が狭くなる。


レオンは黒須を見る。


次に、悠の操作する中盤を見る。


見られている。


画面越しに、それが分かる気がした。


レオンがパスを出す。


今度は右。


悠は遅れて反応する。


黒須が中央へ戻る。


水谷がコースを消す。


獅堂がスライディング気味に外へ体を投げる。


ボールは跳ねる。


ペナルティエリアの外。


欧州の選手が拾う。


ミドル。


日本のディフェンダーに当たる。


軌道が変わる。


キーパーが逆を取られる。


ボールはゴール左へ飛んだ。


入る。


一瞬、そう見えた。


だが、ポストの外側を叩き、跳ね返った。


笛。


試合終了。


1対1。


日本は負けなかった。


欧州王者候補にも、レオンにも。


けれど、勝てなかった。


通信の中で、すぐに歓声は上がらなかった。


水谷が大きく息を吐く。


獅堂が「マジで嫌だ、あいつ」と言う。


黒須は、しばらく黙っていた。


「次だな」


短い声。


それだけだった。


画面に、勝ち点が表示される。


日本代表のグループ突破は、まだ決まっていない。


ただ、大きく前進した。


そういう説明が、配信画面の下に流れている。


勝ち点。


得失点。


次戦。


数字は並ぶ。


でも、レオンの最後のミドルだけが、まだ目の前に残っていた。


試合後インタビューの翻訳表示が流れる。


レオンのコメント。


《日本は面白いチームだった》


少し間が空く。


《次は決勝で》


コメント欄が一気に跳ねた。


『決勝で!?』


『レオン、言った』


『再戦フラグ』


『日本、そこまで行けってことか』


黒須がそれを見て、少しだけ笑った。


「言うじゃん」


獅堂が言う。


「決勝まで行けってことっすね」


水谷が返す。


「簡単に言うね」


悠は何も言わなかった。


決勝。


まだ遠い。


遠すぎる。


次のグループ最終戦に勝つか、最低でも突破条件を満たさなければ、そこへは行けない。


この試合だって、引き分けるだけで精一杯だった。


レオンには、勝てていない。


黒須を囮にしても、読まれた。


獅堂をずらしても、ギリギリだった。


水谷が決めてくれたから、何とか追いついた。


最後の一本がポストの外に逃げてくれたから、終わらなかった。


一人では何も届いていない。


でも。


悠は机の上のボトルを手に取った。


中身は少しだけ残っていた。


ぬるい水を飲む。


飲み込むまでに、少し時間がかかった。


画面にはまだ、レオンの言葉が残っている。


《次は決勝で》


遠い。


本当に遠い。


それでも、悠は初めて、その遠い場所へ行きたいと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ