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WORLD ELEVEN ―ピッチに立てなかった俺は、画面の中で世界を獲る―  作者: スドタケ
第4章 サッカーe日本代表、世界大会編

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24/28

第24話 世界大会、開幕

世界大会の配信ページを開いた瞬間、音が違った。


いつものWORLD ELEVENではなかった。


重い低音。


観客のざわめき。


各国の旗が画面の上を流れ、選手紹介の映像が短く差し込まれる。


青い日本代表のユニフォーム。


緑と黄色を基調にした南米代表。


実況は日本語だけではない。


海外の声が少し遅れて重なり、コメント欄には読めない言葉も流れていた。


『JAPAN?』


『KUROSU is here』


『who is KAZAMI』


『YU_KAZEきた』


『世界大会、本当に始まった』


悠はヘッドセットを直した。


耳の位置が合わない。


一度外して、つけ直す。


まだ少しずれている気がする。


「風見」


通信に黒須の声。


「聞こえてます」


「ヘッドセットいじりすぎ」


「見えてるんですか」


「音で分かる」


「すみません」


「謝るな。始まるぞ」


画面中央にカウントダウンが出る。


三。


二。


一。


世界大会グループステージ初戦。


日本代表対南米代表。


ホイッスルが鳴った。


南米代表のボールが動く。


最初のパスから、音が違う気がした。


気のせいかもしれない。


だが、ボールの持ち方がこれまでの相手と違った。


速いだけではない。


止まる。


跳ねる。


急に沈む。


リズムが一定ではない。


ドリブルが一度ゆっくりになったと思ったら、次の一歩でこちらの守備の間をすり抜ける。


画面の中で、緑のユニフォームが踊るように揺れた。


「来るぞ」


水谷の声。


黒須が寄せる。


相手は黒須を見て、少しだけボールを止めた。


止まったのに、奪えない。


次のタッチで、黒須の横を抜ける。


観客の音が大きくなる。


スタジアム演出のはずなのに、部屋の壁が少し遠くなった。


悠はボランチを動かす。


間に合う。


と思ったところで、相手はボールを足裏で転がした。


方向が変わる。


日本の守備が一歩ずれる。


中央へ。


さらに外へ。


低いクロス。


ペナルティエリアの中に、緑の選手が飛び込む。


シュート。


ゴール。


前半八分。


0対1。


あまりにも早かった。


通信が一瞬だけ詰まる。


誰も怒鳴らない。


その沈黙の方がきつい。


コメント欄が流れる。


『世界のリズムえぐい』


『今の止められん』


『黒須抜かれた?』


『南米うま』


悠は水に手を伸ばした。


ボトルを掴み損ね、机の上で倒れかける。


慌てて立て直す。


中身はこぼれなかった。


「風見」


黒須の声。


「はい」


「見えてないなら言え」


「……見えてます」


「なら早く言え」


悠は画面を見る。


緑のユニフォームが、また短いパスをつなぐ。


違う。


見えていないわけではない。


ただ、見えている形が言葉になる前に変わっていく。


「まだ、見えてる途中です」


言ってから、自分でも変な返事だと思った。


黒須が少しだけ笑った。


「途中で言えるようになれ」


怒られたのか、許されたのか分からない。


でも、通信の空気が少し戻った。


前半二十分。


日本は押し返せない。


黒須に入れば、南米の選手が二人で囲む。


水谷が間に入っても、相手の一人が背中から影のように寄る。


獅堂が外へ走る。


だが、南米代表はそこへも平気でついてくる。


走り合いを怖がらない。


獅堂が笑う声が通信に入った。


「速いな、あいつら」


「楽しそうに言うな」


水谷が返す。


「楽しくはないっす。でも、すげえ」


悠は、獅堂の走りを見る。


外へ張る。


一度止まる。


また走る。


相手のリズムに飲まれているようで、わずかにずらしている。


まだ、誰もそこを使えていない。


凛からメッセージが来た。


試合中なので、画面端に通知だけが出る。


『世界でも、最初の一手は同じ。見すぎない』


悠は、通知を一瞬だけ見て、すぐ画面に戻る。


見すぎない。


全部を拾おうとすると遅れる。


相手の全てを読むのではなく、自分たちが一番生きる場所を見る。


前半三十四分。


南米代表がまた中央でボールを持つ。


黒須が寄せる。


相手は逃げる。


その逃げ道は、さっきまでと違って少し大きかった。


水谷が低い位置で待つ。


悠は声を出した。


「水谷さん、そこ」


水谷が動く。


相手のパスが少しだけ弱くなる。


奪いきれない。


でも、ボールの勢いが死んだ。


黒須がそこへ足を入れる。


こぼれたボールを、悠が拾う。


日本の前に、初めて広い芝が見えた。


「黒須さん」


「分かってる」


黒須はもう走っていた。


南米の守備は戻りが速い。


普通なら間に合わない。


だが、黒須はまっすぐ行かなかった。


一度、相手の視線を中央に集める。


獅堂が外に広がる。


水谷が遅れて中央に入る。


悠は黒須の走り出しを見た。


さっきまでなら、黒須が一番速く生きる道を探した。


今は違う。


黒須がどこへ走れば、獅堂が外で勝てるか。


水谷がどこにいれば、もう一度つながるか。


そこまで見ないと足りない。


「逆です」


黒須が一拍だけ遅れて、進路を変えた。


信じた、というより、賭けた。


南米のセンターバックが黒須の最初の走りへ引っ張られる。


空いた外側へ、獅堂が飛び出す。


「来い!」


獅堂の声。


ボールが芝の上を走る。


獅堂が受ける。


南米のサイドバックが追う。


獅堂は抜き切らない。


外で一度止め、相手を止める。


そこへ、水谷が遅れて入った。


低いパス。


水谷が触る。


さらに中央。


黒須。


シュート。


キーパーが飛ぶ。


指先が触れる。


ボールは少し浮き、ゴール前へ落ちた。


黒須がもう一歩詰める。


相手のディフェンダーも滑り込む。


画面の中で、青と緑が絡まる。


ボールが先にネットを揺らした。


1対1。


実況が一気に高くなる。


日本語の叫び。


海外の声。


コメント欄の文字。


全部が画面の下で爆ぜた。


『決まったあああ』


『黒須!』


『獅堂の外やばい』


『風見、今の見えてた?』


『日本、追いついた!』


悠は何も言えなかった。


手が少しだけ震えている。


通信の向こうで、黒須が短く言った。


「遅い」


「すみません」


「でも通った」


その一言だけで、次を見られた。


前半は1対1で終わる。


ハーフタイム。


誰も長く喋らない。


高城コーチの声が入る。


「相手のリズムに付き合いすぎるな。風見、全部を読むな」


「はい」


「獅堂、外で勝て。中に入りたくなるな」


「はい」


「黒須」


「はい」


「風見の声を一回だけ待て」


黒須が少し黙る。


「一回だけですね」


「一回でいい」


悠はそのやり取りを聞きながら、ボトルのふたを開けた。


今度は手が滑らなかった。


◇ ◇ ◇


後半、南米代表はさらに速くなった。


リズムのズレに、力が加わる。


中央で揺らし、外で加速し、戻ったと思えば逆へ切る。


日本の守備は何度も裂かれた。


水谷が戻る。


黒須が前から追う。


獅堂が外の守備まで下がる。


外で勝つために走っていた獅堂が、自陣深くまで戻り、息を詰めるようにサイドを閉じている。


「俺、守備で目立つタイプじゃないんだけど」


「今は目立ってる」


水谷が返す。


「嬉しくないっす」


それでも、獅堂は戻った。


黒須も後ろ向きに走る場面が増える。


前へ刺すための選手が、自分のゴールへ向かって走る。


その重さが、画面越しにも見えた。


後半二十六分。


南米の決定機。


エリア内で三人が絡む。


シュート。


日本のキーパーが弾く。


こぼれ球を水谷が拾った。


もう蹴り出すだけでいい場面。


だが、水谷は蹴り出さなかった。


ボールを抱えるように一度止め、すぐ悠へ預ける。


「行ける?」


通信越しに水谷の声。


悠は画面を見る。


黒須は中央で二人を背負っている。


獅堂は外にいる。


でも、獅堂の外側は閉じられていた。


南米はもうそこを警戒している。


その警戒の分だけ、獅堂の後ろに遅れて入れる空間がある。


元々KIRAが練習で見せたような、遅れた入り方。


今日は獅堂がそこにいる。


派手に外を裂く選手が、誰よりも遅れて中へ入ってくる。


「獅堂さん、待って」


「待つの苦手なんだけど」


「今だけ」


「今だけな」


黒須が中央で受ける。


南米の二人が寄る。


黒須は前を向かない。


向いたら潰される。


悠は黒須を使って、相手の目を止める。


水谷が下で支える。


獅堂はまだ走らない。


外の相手が、一瞬だけ黒須を見る。


そこだった。


「獅堂さん」


「はいよ!」


獅堂が外から中へ切り込む。


赤いクラブのロゴを背負っていた選手が、今は青い代表ユニフォームで、南米の守備の背中を裂いた。


パスが出る。


獅堂が受ける。


キーパーが前に出る。


黒須が中央へ走る。


水谷も遅れて入る。


誰に出すか。


獅堂は笑った。


たぶん、画面の向こうで。


クロスではなく、低いシュート。


キーパーが反応する。


弾く。


こぼれたところへ、黒須が詰める。


だが、南米のディフェンダーが体を投げ出す。


ボールは横へ転がる。


水谷。


一歩遅れて入った水谷が、体勢を崩しながら押し込んだ。


ネットが揺れる。


2対1。


日本逆転。


「っしゃ!」


獅堂の声が通信を割る。


水谷は笑わない。


「今の、俺でいいの?」


「入り方は良かったです」


悠が言うと、水谷が少しだけ笑った。


「そこだけ?」


黒須の声が入る。


「集中しろ。まだ終わってない」


後半残り十五分。


南米代表は前へ来た。


リズムがさらに荒くなる。


歌うようだったボールが、今度は刃物みたいに鋭くなる。


日本は押し込まれる。


スタジオの照明が熱い。


指先が汗で滑る。


悠は何度も画面全体を見る。


全体を見ようとして遅れそうになり、そのたびに凛のメッセージを思い出す。


見すぎない。


一つ、見る。


今、一番消えそうな場所。


後半四十二分。


南米のサイドアタッカーが獅堂の外を取った。


獅堂は一度置き去りにされる。


「悪い!」


「戻れ!」


黒須の声が飛ぶ。


獅堂が戻る。


だが、足がそろわない。


青い守備が一瞬だけ乱れる。


外から低いボール。


中央で南米の選手が触る。


日本のキーパーが反応する。


弾く。


ボールはゴール前で止まる。


止まったように見えた。


そこへ緑のユニフォームがもう一枚入ってくる。


悠はカーソルを合わせる。


遅い。


水谷が先に体を入れた。


シュートは足に当たり、上へ跳ねる。


黒須が後ろ向きのまま、体を投げる。


ボールが外へ逃げた。


コーナー。


通信の中で、誰かが大きく息を吐いた。


誰かは分からなかった。


後半アディショナルタイム。


南米の最後の攻撃。


中央の選手がボールを持つ。


ドリブルで二人を引きつける。


外へ出す。


クロス。


ゴール前に緑の選手が三人。


日本の青が重なる。


ボールは高く上がり、長く落ちてこない。


やけに長く見えた。


ヘディング。


キーパーが触る。


バーに当たる。


跳ね返り。


獅堂が体を投げ出す。


水谷が蹴り出す。


笛。


試合終了。


2対1。


日本、世界大会初戦勝利。


通信の中で、いくつもの声が重なった。


獅堂が叫ぶ。


水谷が大きく息を吐く。


黒須は短く「よし」とだけ言った。


悠は、コントローラーを握ったまま、画面の中の青い選手たちを見ていた。


日本のコメント欄が速すぎて読めない。


海外の言葉も混ざる。


教室のグループチャットが鳴る。


SNSの通知が止まらない。


家の下から、父親の「入ったのか?」という声が聞こえた。


悠は返事をしようとして、声が出なかった。


代わりに、スマホが震えた。


凛から。


『初勝利』


短い。


それだけ。


悠は少し遅れて、返信した。


『勝った』


送ってから、同じことを言っているだけだと気づいた。


すぐ既読がつく。


『見てた』


悠は、そこでやっと水を飲んだ。


ボトルの中身は、ほとんどなくなっていた。


◇ ◇ ◇


試合後のインタビューやチームミーティングが終わった頃、次戦の相手映像が流れた。


欧州王者候補。


中心選手、レオン・ヴァイス。


白と濃紺のユニフォーム。


画面の中の彼は、笑わない。


ボールを受けても、体の動きに無駄がない。


相手が寄せる。


レオンは先にそこを見ている。


パスが出る前から、守備の穴が閉じられていく。


黒須が珍しく何も言わなかった。


獅堂も、さっきまでの軽口を止めている。


水谷が小さく言う。


「これ、嫌だね」


悠は画面を見ていた。


南米代表のリズムとは違う。


南米には熱があった。


飲まれても、まだこちらの体温が残っていた。


レオンの映像には、それがなかった。


温度のない手で、ピッチの端から少しずつ折りたたまれていく。


自分が見ようとする前に、見たい場所が消えていく。


レオンが画面の中でパスを出す。


そのパスで、相手の守備が動く。


次の瞬間には、もうゴール前だった。


高城コーチが映像を止めた。


「次は第2戦。相手は欧州王者候補」


誰も返事をしない。


黒須がやっと口を開いた。


「見れば分かります」


高城コーチはうなずいた。


「分かっているなら、準備しろ」


映像が消える。


画面は暗くなる。


さっきまで勝ったばかりなのに、部屋の中はもう次の試合に向かっていた。


悠は、暗くなったモニターに映る自分の顔を見た。


少しだけ笑っているようにも見えた。


自分では、そんなつもりはなかった。

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