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WORLD ELEVEN ―ピッチに立てなかった俺は、画面の中で世界を獲る―  作者: スドタケ
第4章 サッカーe日本代表、世界大会編

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22/28

第22話 代表候補合同練習

スマホの画面に、見慣れない文字が並んでいた。


《代表候補合同練習 参加案内》


風見悠は、廊下の端で立ち止まった。


授業前のざわめきは、いつも通りだった。


誰かが購買の話をして、誰かが眠そうにあくびをして、黒板の前では日直が日付を書き間違えている。


その中で、スマホの文字だけが別の場所から届いたものみたいだった。


代表候補。


合同練習。


参加案内。


前なら、画面の向こうにある言葉だった。


黒須玲司。


BLUE LYNX。


日本代表。


そういう名前と自分の名前が、同じ画面に並ぶこと自体、どこかの切り抜きの悪ふざけみたいだった。


「風見?」


隣の席の男子が、悠の手元を見た。


すぐに「あ」と小さく声を上げる。


「代表候補って、マジ?」


声が少し大きかった。


近くのクラスメイトが振り向く。


「え、何?」


「風見、代表候補だって」


「WORLD ELEVENの?」


「いや、すげえじゃん」


「昨日まで普通に隣にいたのに」


「サインくれよ」


笑い声が起きる。


冗談なのは分かる。


でも、冗談だけではない目も混ざっていた。


自分の机の周りに、人が集まる。


悠はスマホを伏せた。


伏せても、もう見られた文字は戻らない。


「まだ候補だから」


「候補でもすごいだろ」


「代表ってこと?」


「候補だって」


「ほぼ代表じゃん」


違う。


そう言いたかった。


候補と代表は違う。


画面の中で勝つことと、実際に選ばれることも違う。


でも、その違いを説明するには、悠自身がまだ何も分かっていなかった。


凛が少し離れた席で、ノートを閉じた。


目が合う。


何か言ってほしいような気がした。


助けてほしいわけではない。


たぶん。


凛は人の輪の外から、短く言った。


「チャイム鳴るよ」


その一言で、何人かが慌てて席に戻った。


先生が入ってくる。


いつものホームルーム。


いつもの教室。


でも、悠の机だけ、少し違う場所に置かれたみたいだった。


凛が席へ戻る途中、悠の机の横で少しだけ足を止めた。


「急にヒーロー扱いされても、風見くんは風見くんだから」


「ヒーロー扱いなんてされてない」


「されかけてる」


「……やめてほしい」


「それも風見くんっぽい」


凛はそれだけ言って、自分の席へ戻った。


悠は伏せたスマホを見た。


通知の光が、机の板を少し白くしていた。


◇ ◇ ◇


合同練習の会場は、思っていたより普通のビルの中にあった。


もっと巨大な施設を想像していた。


入口に代表チームのロゴが貼られ、受付にはスタッフが二人いる。


それだけで、足が止まりかけた。


「風見悠さんですね」


「あ、はい」


声が裏返った。


受付の女性は聞こえなかったふりをして、名札を渡してくれた。


白いプレートに、黒い文字。


風見悠。


その下に、小さくYU_KAZE。


本名と配信者名が同じ札に並んでいる。


首から下げると、軽いはずの札が少し重かった。


控室へ案内されると、すでに何人もいた。


水谷が壁際でスマホを見ている。


KIRAは少し離れた席で、ヘッドセットのコードを指でまとめていた。


悠に気づくと、KIRAが軽く頭を下げる。


「お疲れさまです」


「あ、お疲れさまです」


前に一緒に戦った相手なのに、場所が違うだけで敬語が増える。


水谷が顔を上げた。


「悠くん、来た」


「来ました」


「固いね」


「固くなります」


「だよね」


水谷は笑って、またスマホを見る。


その軽さが少し助かった。


だが、次に入ってきた人物で、控室の空気が変わった。


黒須玲司だった。


配信画面より、少し背が高く見えた。


黒いジャケット。


肩にかけたバッグ。


目だけが、画面越しの時と同じ温度だった。


悠は立ち上がるタイミングを失った。


黒須がこちらを見る。


「ああ」


それだけで、喉が詰まりそうになる。


「風見」


「は、はい」


「お前、画面越しより小さいな」


「……よく言われます」


言ってから、誰に言われたんだと思った。


特に言われたことはない。


黒須は少しだけ口元を動かした。


笑ったのかもしれない。


凛と話す時には、ずっと黒須と呼んでいた。


画面の向こうの選手。


倒すべき壁。


名前だけなら呼び捨てにできた。


でも、目の前にいると無理だった。


黒須さん。


口に出す前から、呼び方が変わっていた。


「今日は逃げるなよ」


「逃げません」


「言い切ったな」


「たぶん」


「たぶんは弱い」


「……逃げません」


「よし」


黒須は奥の席へ行った。


悠は座る。


膝の上で手を組む。


ほどく。


また組む。


「黒須さん、怖い?」


水谷が小声で言った。


「怖いです」


「本人に言うと喜ぶよ」


「言いません」


「正解」


そこへ、派手な足音が近づいてきた。


ドアが開く前から、誰かが笑っている声がした。


「遅れてないっすよね?」


入ってきたのは、赤いパーカーの青年だった。


髪は少し明るく、首にはRED VORTEXのロゴ入りネックストラップ。


目立つ。


それだけでなく、目立つことに慣れている感じがした。


「獅堂カケル。RED VORTEX」


スタッフが紹介するより先に、本人が名乗った。


「よろしく。風見くんって、配信の人だよね」


「……はい」


「黒須さんに負けたけど、妙に切り抜かれてた人」


黒須が眉を動かす。


水谷が少し笑う。


悠は返す言葉を探して、見つからなかった。


「獅堂」


奥から、高城コーチの声が飛んだ。


「自己紹介は短く」


「はい」


獅堂は悪びれずに手を上げた。


その手の動きまで派手だった。


高城コーチは、部屋の前に立つ。


四十代くらいの男性で、表情はあまり動かない。


ホワイトボードの前に立っても、余計な前置きをしなかった。


「今日見るのは、個人の強さだけではありません」


ペンのキャップを外す音が、部屋に小さく響いた。


「選ぶのは強い個人ではなく、世界で勝つ組み合わせです」


悠は、部屋の中を見た。


黒須。


水谷。


KIRA。


獅堂。


他にも、知らない候補が数人いる。


それぞれ、どこかのチームで勝ってきた人間だ。


自分だけが、同接三人の部屋から迷い込んだみたいに感じた。


実際、そうだった。


「最終メンバーは今日の内容を含めて決定します。練習は三本。チームを変えます」


高城コーチは、そこで初めて悠を見た。


「風見」


「はい」


「便利な読み役で終わるなら、選びません」


言葉がまっすぐ来た。


悠は返事が少し遅れた。


「はい」


それしか言えなかった。


◇ ◇ ◇


練習室は、控室よりずっと熱かった。


冷房は効いている。


それでも、人の熱と機材の音がある。


巨大なモニターにピッチが映る。


スタジアム演出は切られているはずなのに、芝の緑だけで、場所が変わったように見えた。


一本目。


悠は黒須とは別チームだった。


開始してすぐ、候補たちの速度に飲まれた。


ボールが走る。


人が動く。


声が飛ぶ。


自分の配信画面で見ていた時より、ずっと速い。


一人が迷えば、次の一人はもう別の場所へ走っている。


悠が見た時には、局面はすでに終わっていた。


黒須が中央で受ける。


一人を引きつける。


次の選手へ預ける。


戻ってきたボールを、今度は逆へ流す。


それだけで、守備が半分剥がれた。


「風見、そこじゃない」


黒須の声が通信越しに飛ぶ。


分かっていた。


たぶん、言われる前に分かっていた。


でも、分かった時にはもうそこではなかった。


声を出そうとした時には、黒須はもう次の選手を見ている。


入るべき場所があった。


言うべき言葉もあった。


どちらも、悠の手元に届く前に消えた。


画面の中にいるはずなのに、自分だけ観客席に座っているみたいだった。


獅堂が逆サイドを駆ける。


大きく外へ膨らみ、ライン際を裂くように走る。


ボールが来る前から、歓声のない画面に歓声があるようだった。


速い。


単に操作が速いのではなく、走る場所が派手だった。


そこにボールが出ると、ピッチの幅が広がる。


悠は追いつけない。


見ているのに、試合の中に入れない。


一本目は負けた。


終わったあと、高城コーチは短く言った。


「風見、見ているだけになっている」


説明されたわけではなかった。


さっき自分で一番感じていたことを、そのまま言われた。


返事が少し遅れた。


「はい」


声が、小さかった。


二本目。


今度は黒須と同じチームになった。


水谷もいる。


獅堂は相手側。


KIRAはサブ側に回り、ベンチ横の画面で試合を見ていた。


開始直後、黒須がボールを要求した。


「こっち」


声に迷いがない。


悠は出す。


黒須は受けた瞬間に前を向き、相手を一枚外した。


パスではない。


斬るような前進。


だが、すぐに獅堂が外から戻ってくる。


赤いユニフォームの選手が、黒須のコースへ斜めに入る。


黒須の進路が細くなる。


「風見」


水谷の声。


悠は画面を広く見ようとして、途中でやめた。


広く見すぎると遅れる。


黒須が潰される。


その前に、水谷が少し下がっている。


逆側では、獅堂が前に出た分だけ、相手の戻りが薄い。


「水谷さん」


声が出た。


水谷が受ける。


そこからボールが大きく横へ飛ぶ。


黒須ではない。


黒須に集まった目の外側。


味方のウイングが走り、ラインを押し下げる。


相手が慌てて戻る。


その戻りのさらに外を、別の味方が走った。


画面の中で、ピッチが少しだけ開いた。


「今のはいい」


水谷が言った。


黒須は何も言わなかった。


ただ、次の攻撃で悠にボールを預けた。


それが、さっきの言葉より重かった。


三本目。


チームはまた変わった。


今度は、悠、黒須、水谷、獅堂が同じ側に並ぶ。


KIRAは途中から短い時間だけ入った。


ベンチから立ち、ヘッドセットをつける時、悠に向かって小さくうなずいた。


「戻すって言ったら、信じます」


「……はい」


前に言われた言葉が、形を変えて戻ってきた。


試合は終盤まで動かなかった。


相手は黒須を封じる。


水谷への中継も狙われる。


獅堂は外へ走るたびに警戒され、最初の派手さを奪われた。


悠は見ていた。


黒須だけを見ると詰まる。


水谷だけを見ると遅れる。


獅堂だけを見ると、外へ出した瞬間に閉じられる。


KIRAが一度、短く受けて相手を止める。


その一拍で、水谷の位置が変わった。


黒須が少しだけ下がる。


獅堂が外ではなく、ほんの一歩だけ遅れて中へ入ってくる。


見えた、というより、全部が同じ場所に重なった。


「黒須さん、止めてください」


通信が、ほんの少しだけ詰まった。


黒須が止めた。


本当に止めた。


その重さで、相手の守備も止まる。


獅堂が叫ぶ。


「遅れて入る!」


水谷が低い位置で受け、相手の目を下へ引く。


黒須が中央で壁になる。


KIRAが短く触って、相手の足をさらに止める。


最後に、獅堂が赤い線みたいにゴール前へ滑り込んだ。


パスが出る。


獅堂の選手が足を伸ばす。


ゴールネットが揺れた。


練習室に、いくつかの声が重なった。


獅堂がヘッドセット越しに笑う。


「配信の人、今の見えてた?」


悠は返事を探す。


「……たぶん」


「たぶんかよ」


「まだ、全部は」


「じゃあ次は早めで」


言い方は軽い。


でも、さっきまでとは少し違った。


試合が終わる。


高城コーチがメモを置いた。


「以上。最終メンバーを発表します」


誰もすぐには喋らなかった。


機材のファンの音だけが残る。


名前が呼ばれていく。


黒須玲司。


水谷。


獅堂カケル。


数人の候補。


KIRAはサブメンバーとして呼ばれた。


少しだけ目を伏せてから、すぐ顔を上げる。


そして。


「風見悠」


悠は反応が遅れた。


自分の名前が、他人のものみたいに聞こえた。


「はい」


声が出るまで、半拍かかった。


高城コーチは続ける。


「本戦メンバーとして登録します」


部屋の空気が、少しだけ動いた。


水谷が軽く手を叩く。


KIRAがこちらを見る。


獅堂が「おー」と言う。


黒須は椅子に座ったまま、悠を見た。


「落ちると思ってた」


「……はい」


「返事するなよ」


「すみません」


黒須は少しだけ肩を揺らした。


「でも、今日の最後は嫌じゃなかった」


褒められたのかどうか分からない。


悠は、名札の紐を指でつまんだ。


代表候補ではなくなる。


代表になる。


その言葉を飲み込むには、少し時間が足りなかった。

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