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WORLD ELEVEN ―ピッチに立てなかった俺は、画面の中で世界を獲る―  作者: スドタケ
第3章 プロチーム練習生、代表選考編

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21/28

第21話 一人で見ない、その先へ

三本目の設定は、短かった。


五分。


0対0。


先に一点を取った方が勝ち。


青チームは悠、水谷、KIRAを中心にした小型編成。


赤チームには、別の候補生と、BLUE LYNXのサブメンバーが入る。


選考担当が言った。


「短い時間で、何を選ぶかを見ます」


何を選ぶか。


勝つのか。


守るのか。


自分で行くのか。


味方を使うのか。


悠はコントローラーを握る。


指の腹が少し痛い。


でも、嫌な痛みではなかった。


スマホは伏せてある。


凛からの最後のメッセージは、試合前に来ていた。


『見えたものより、言ったこと』


その下に、もう一通。


『でも、最後は風見くんが決めて』


矛盾している。


そう思った。


でも、たぶん矛盾していない。


五分の試合が始まる。


青ボール。


水谷が前にいる。


KIRAが右。


悠は中央。


赤は前から来る。


短時間だから、待たない。


最初から奪いに来る。


悠は中央で受ける。


相手が寄る。


戻す。


「右」


KIRAへ。


赤のサイドが詰める。


KIRAは戻す。


悠へ。


赤のボランチが出る。


水谷が降りてくる。


出せる。


でも見られている。


悠は言う。


「水谷さん、背中」


水谷は触らない。


背中へ流す。


右ウイングが走る。


通る。


クロス。


相手が弾く。


まだゼロ。


残り三分四十秒。


赤の攻撃。


中央で回される。


悠はボールへ行かない。


コースを消す。


右へ出される。


クロス。


青のセンターバックが弾く。


こぼれ球。


赤のミドル。


外れる。


残り三分。


青のゴールキック。


時間が短い。


でも急ぐと壊れる。


悠は言う。


「一回、戻します」


キーパーからセンターバック。


センターバックから悠。


赤が寄る。


戻す。


また悠。


水谷が降りる。


KIRAが右で待つ。


左も空く。


選択肢が多い。


多すぎる。


悠は一瞬だけ迷う。


その迷いを、赤は見逃さない。


ボランチが突っ込んでくる。


奪われかける。


悠は半歩を見せる。


抜かない。


止める。


相手の足が止まる。


でも、ボールは足元に残りすぎた。


もう一枚が来る。


まずい。


「戻す」


声が出た。


自分でも少し遅いと思った。


でも、KIRAがそこにいた。


右ではなく、内側に。


戻す先に、先に入っていた。


KIRAが受ける。


すぐ悠へ返さない。


前を見る。


水谷へ入れる。


水谷が背負う。


落とす。


悠。


今度は前を向けた。


残り二分二十秒。


打てる。


相手のセンターバックが出る。


水谷が左へ流れる。


KIRAは右で待つ。


悠はシュートを押しかけた。


朝のテレビが頭をよぎった。


戻す前に、味方が準備していた。


今は。


水谷は、流れている。


KIRAは、待っている。


でも、誰もまだ走っていない。


悠は言う。


「待って」


自分のシュートを止めた。


一度戻す。


青のボランチ。


赤のボランチが前へ出る。


時間が減る。


残り二分。


通話の向こうで、誰かの息が聞こえる。


悠は戻したボールをもう一度受ける。


今度は、先に言う。


「右、遅れて。水谷さん、止まって」


二つの指示。


言ってから、多いと思った。


でも、もう戻せない。


KIRAが半拍遅れて右へ開く。


水谷が降りかけて止まる。


赤のセンターバックも止まる。


その止まった場所の後ろ。


左ウイングが走る。


悠はそこを見た。


通せる。


でも、遠い。


少しでも遅れたらカットされる。


少しでも早ければ、味方が追いつかない。


今までなら、たぶん見えてから押していた。


今日は、声を出した後だ。


味方はもう走っている。


悠は押した。


低い縦パス。


左ウイングの足元へ。


通る。


ロビーの音が消えた気がした。


左ウイングがエリアへ入る。


角度は狭い。


赤のサイドバックが戻る。


キーパーが前へ出る。


ニアはない。


ファーも厳しい。


悠は言った。


「戻して!」


左ウイングがマイナスへ戻す。


そこに、水谷はいない。


水谷は止まっていた。


相手のセンターバックも止まっている。


その外側。


KIRAが遅れて入ってきた。


右。


遅れて。


さっき出した声の続きだった。


KIRAが受ける。


打つ。


相手の足が出る。


KIRAは打たない。


もう一つ、内側へずらす。


そこに悠がいた。


自分でも、そこへ走っているとは思わなかった。


いや、走っていた。


声を出したあと、足が勝手にそこへ向かっていた。


KIRAから短いパス。


悠のトップ下。


ゴール正面。


相手のボランチが戻る。


足が出る。


キーパーも動く。


打つなら今。


でも、真正面。


止められる。


悠は、半歩を使った。


抜くためではない。


止めるためでもない。


置くために。


ボールを、ほんの少しだけ右へ置く。


相手の足が、左へ流れる。


キーパーの重心も、半分だけ動く。


その隙間。


小さすぎる隙間。


悠はシュートを押した。


低い球。


強くない。


でも、逃げない。


相手の足の横を抜ける。


キーパーの手が伸びる。


届く。


届きそうになる。


指先がかすった。


ボールの軌道が少し変わる。


ポスト。


当たった。


跳ね返る。


ゴールラインの上ではない。


外へ戻る。


終わった。


そう思いかけた。


水谷がいた。


止まっていた水谷が、最後だけ動いていた。


こぼれ球へ足を出す。


赤のセンターバックも戻る。


二人の足が重なる。


ボールが前へ転がる。


今度は、ゴールの内側へ。


ネットが揺れた。


1対0。


残り一分二十秒。


通話の中で、誰かが叫んだ。


「入った!」


「ナイス!」


「今の、やばい」


悠は何も言えなかった。


自分のゴールではない。


水谷のゴールでもある。


KIRAの遅れた入りでもある。


左の戻しでもある。


でも、声を出したのは自分だった。


待って。


右、遅れて。


止まって。


戻して。


その全部が、今の一点に入っていた。


水谷が笑いながら言った。


「悠くん、最後パスになったね」


「シュートでした」


「知ってる」


少しだけ笑いが混じる。


でも、試合は終わっていない。


残り一分。


赤は前へ来る。


ロングボール。


競る。


落ちる。


赤が拾う。


右へ。


クロス。


青が弾く。


こぼれ球。


赤のミドル。


悠はボランチを戻す。


間に合わない。


でも、コースだけ消す。


シュート。


足に当たる。


ボールが高く上がる。


ペナルティエリアの中に落ちる。


赤のフォワード。


青のセンターバック。


水谷も戻る。


悠はボールへ行きたくなる。


でも、行けば中央が空く。


行かない。


中央を消す。


赤は落としを選ぶ。


そこに、KIRAがいた。


カット。


大きくクリア。


笛。


試合終了。


1対0。


青チーム勝利。


三本目、勝利。


悠はコントローラーを置けなかった。


指がまだ、さっきの半歩の形で固まっている。


通話の向こうで、担当者が言った。


「お疲れさまでした」


短い沈黙。


それが長かった。


選考担当の一人が口を開く。


「風見さん」


「はい」


声が少し裏返った。


「代表選考の若手候補枠として、正式に次の段階へ進んでいただきます」


悠は画面を見た。


言葉の意味が、すぐには入ってこない。


次の段階。


若手候補枠。


正式に。


選考担当は続ける。


「世界大会本戦メンバー確定ではありません。ただ、強化候補として登録します。BLUE LYNXの練習参加も継続。来月の代表候補合同練習に参加してください」


世界大会本戦メンバーではない。


でも、候補として登録。


合同練習。


次の段階。


悠は、ようやく返事をした。


「はい」


それしか出なかった。


水谷が通話の向こうで軽く言う。


「おめでとう」


KIRAも言った。


「最後の声、助かりました」


悠は返事をしようとして、少し遅れた。


「はい。ありがとうございます」


試合中の短い声とは違って、少し硬い返事になった。


でも、今はそれでよかった。



◇ ◇ ◇



通話が終わったあと、部屋は急に狭くなった。


さっきまで画面の中にあったロビー。


選考担当。


水谷。


KIRA。


青チーム。


赤チーム。


全部が消えて、机と椅子と水のコップだけが残る。


悠はスマホを見た。


凛に何と送ればいいのか、分からなかった。


選ばれた。


いや、まだ選ばれていない。


候補になった。


次の段階に進んだ。


世界大会本戦メンバーではない。


でも、世界大会へ続く場所に、名前が置かれた。


全部が正しくて、全部足りない。


指が動く。


『次の段階に進んだ』


送信。


既読はすぐについた。


返事は、なかなか来なかった。


一分。


二分。


悠はスマホを見たまま待った。


ようやく、短いメッセージ。


『おめでとう』


その次。


『ごめん、今ちょっと変な顔してる』


悠は少しだけ笑った。


『どんな顔』


『見せない』


『なんで』


『負けた気がするから』


前にも言っていた。


悠は返信欄を開く。


ありがとう。


白瀬のおかげ。


まだ終わってない。


色々浮かんだ。


でも、どれも少し違う。


『明日、ノート見せろよ』


送信。


既読。


『いいよ』


少し間が空いて、もう一通。


『でも、今日は寝て』


悠はスマホを伏せた。


寝られる気はしなかった。


リビングへ降りると、母親がまだ起きていた。


テレビは消えている。


テーブルの上には、冷めた麦茶のグラスが一つ。


「終わった?」


悠はうなずいた。


「どうだった」


「次の段階に進んだ」


母親は、すぐには意味が分からない顔をした。


悠も、うまく説明できない。


「代表候補の、若手枠みたいなやつ。まだ本決まりじゃないけど、合同練習に呼ばれる」


母親は少しだけ目を見開いた。


それから、口元に手を当てた。


「そう」


それだけだった。


でも、その「そう」は短くなかった。


父親もリビングに出てきた。


寝ていたのか、髪が少し乱れている。


「決まったのか」


「まだ。でも、進んだ」


「そうか」


父親は麦茶を一口飲んだ。


何か言おうとして、やめた。


それから、短く言った。


「よかったな」


その言葉で、悠は急に目を逸らした。


泣くほどではない。


でも、顔を見ていると変になりそうだった。


「うん」


母親が言う。


「明日、ちゃんと話して」


「うん」


「今日は寝なさい」


凛と同じことを言われた。


悠は少しだけ笑いそうになった。


「分かった」


部屋へ戻る途中、階段の途中で足が止まった。


家の中は静かだった。


自分の足音だけが、やけに大きい。


世界大会。


候補。


合同練習。


言葉はまだ遠い。


でも、もう完全に他人事ではなかった。



◇ ◇ ◇



翌日の昼。


屋上前の踊り場で、凛はノートを開いて待っていた。


悠が近づくと、凛はページをこちらへ向けた。


そこには、短い言葉がいくつも並んでいる。


半歩。


戻す。


半歩を使わない。


行かない判断。


出した声を裏切らない。


そして、最後に一行。


一人で見ない。


悠はその行を見て、少しだけ黙った。


「これ、いつ書いた」


「昨日」


「最後の前?」


「うん」


「選考戦見る前に?」


「見てないし」


「じゃあ何で」


凛はペンを持ったまま、少しだけ目を逸らした。


「たぶん、そうなると思った」


「またそういうこと言う」


「外れたら消すつもりだった」


「ずるいな」


「うん」


会話はそこで少し止まった。


校庭から、ボールを蹴る音が聞こえる。


昼休みのざわめき。


階段の下を誰かが走る音。


全部、いつも通りだった。


「世界大会、行くの?」


凛が聞いた。


悠はすぐに答えられなかった。


「まだ、行けるって決まったわけじゃない」


「うん」


「候補になっただけ」


「うん」


「でも、行きたいとは思ってる」


言ってから、少しだけ手が熱くなった。


前に配信で「勝ちたい」と言った時と似ていた。


でも、今度は誰に向けた言葉でもない。


凛は少しだけ笑った。


「そっか」


「何だよ」


「いや」


「笑うな」


「笑ってない」


「笑ってる」


「少し」


悠はノートを見る。


一人で見ない。


その言葉だけが、他の言葉より少し濃く見えた。


「白瀬」


「何」


「世界大会編みたいになったら、またノートいるぞ」


「編って何」


「いや、分からないけど」


「気が早い」


「だよな」


凛はノートを閉じた。


「いるなら書く」


悠は返事をしなかった。


言えば、何かが決まりすぎる気がした。


だから黙った。


階段の窓の外を見る。


空は少し曇っている。


遠くで、誰かのスマホから代表戦のハイライトの音が小さく漏れていた。


世界はまだ遠い。


でも、画面の向こうだけではなくなった。


昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴る。


凛が立ち上がる。


悠も立った。


階段を降りる前、スマホが震えた。


BLUE LYNXからの通知。


《代表候補合同練習 参加案内》


悠は画面を見た。


凛も横から見る。


二人とも、すぐには何も言わなかった。


参加者一覧の一部が、通知の下に表示されている。


その中に、見覚えのある名前があった。


黒須玲司。


悠の指が、画面の上で止まる。


「あ」


凛が小さく言った。


「黒須も?」


「……たぶん」


別チーム枠。


招待候補。


細かい区分までは、まだ分からない。


けれど、同じ場所に来る。


それだけは分かった。


黒須と最後に戦った時の、あの言葉が少しだけ戻る。


上では通じない。


あの時は、悔しいだけだった。


今は、その“上”の入口に、自分も立っている。


言葉にしたら、また少し現実になってしまう。


でも、もう通知は来ている。


消えない。


悠はスマホをポケットに入れた。


「行くか」


「授業に?」


「まずは」


凛は少しだけ笑った。


「まずは、ね」


二人は階段を降りた。


廊下には、午後の授業へ向かう生徒たちの声が広がっている。


その中を、悠は歩く。


昨日までと同じ廊下。


同じ制服。


同じ靴音。


でも、ポケットの中には、世界大会へ続く一通の通知が入っていた。


それは重くも軽くもない。


ただ、そこにある。


悠は歩きながら、指先でスマホの角に触れた。


まだ、何も終わっていない。


でも、同接三人の部屋から始まったものは、もう小さな画面の中だけには収まらなくなっていた。

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