表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
WORLD ELEVEN ―ピッチに立てなかった俺は、画面の中で世界を獲る―  作者: スドタケ
第3章 プロチーム練習生、代表選考編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/28

第18話 選ばれるための試合

練習生同士の紅白戦は、金曜の夜に組まれた。


BLUE LYNXの非公開ロビー。


参加者は十二人。


プロ所属。


練習生。


候補生。


その中の何人かは、代表選考の推薦候補に入るかもしれない。


担当者は、最初にそう言った。


「今日の内容だけで決まるわけではありません。ただ、評価対象には入ります」


その説明は丁寧だった。


でも、丁寧なぶんだけ逃げ道がなかった。


今日、何かを見せなければいけない。


ただし、見せようとしすぎると壊れる。


悠はヘッドセットをつけたまま、スマホを見る。


凛からのメッセージ。


『今日は、選ばれるための試合』


その下に、続き。


『勝つだけじゃなくて、誰と組めるかを見られる』


悠は画面を見た。


誰と組めるか。


それは、配信の時にはあまり考えなかったことだ。


一人で操作するゲームだ。


でも、チーム戦である以上、画面の中には十一人がいる。


プロの場では、それをどう扱うかまで見られる。


ロビーに水谷の名前もあった。


昨日1対3で負けた相手。


同じチームになるのか、相手になるのかはまだ分からない。


組み分けが表示された。


悠は青チーム。


水谷も青チーム。


同じ側だった。


通話の向こうで、水谷が言う。


「今日は味方だね」


「はい」


「敬語、固いな」


「すみません」


「別にいいけど」


水谷の声は軽い。


でも、昨日の試合を思い出すと、軽く聞けない。


担当者が試合形式を説明する。


紅白戦。


前後半。


途中でポジション調整あり。


配信なし。


外部共有なし。


評価対象。


その言葉を聞くたびに、悠の肩が少し硬くなる。


試合開始。


青チームのボール。


悠は中盤の一角を担当する形だった。


普段の配信より、自由が少ない。


自分の好きな位置で全部を動かせない。


水谷が前線寄りで受ける。


悠は後ろから供給する。


最初の数分で、分かった。


水谷は、受ける前にもう次を見ている。


足元に入れてから考えているように見えて、実際には二手先の逃げ道まで作っている。


悠が少し遅れて出すと、水谷は無理に受けない。


スルーする。


その先の味方に流す。


悠のパスが、意図したものと少し違う形で使われる。


それが気持ち悪い。


でも、悪くない。


前半八分。


悠は中央で受ける。


相手が寄る。


左へ逃がせる。


右にも出せる。


前の水谷が降りてくる。


一瞬、悠は迷った。


水谷へ出すと見られている。


でも、水谷は受けに来ている。


出すべきか。


出さないべきか。


迷った分、遅れた。


相手に寄せられる。


ロスト。


カウンター。


失点まではいかなかったが、危ない形になった。


通話の向こうで、水谷が言った。


「今の、出してよかったよ」


「見られてたので」


「見られてても、俺が使う」


悠は返事に詰まった。


見られていても使う。


それがプロの感覚なのか。


自分なら、見られた瞬間に別の道を探す。


でも、水谷は見られた場所でも受けられる。


そこから使える。


別の候補生の声が入った。


「でも今の、遅れたらきついっすね」


責めているわけではない。


ただの確認みたいな声だった。


それでも悠の肩が少し固くなる。


水谷が軽く返す。


「遅れたらきつい。だから次は早めに」


「はい」


悠は短く答えた。


一人でやっていた時は、ミスは自分だけのものだった。


今は違う。


遅れた一手が、誰かの走り出しを無駄にする。


その感覚が、少し怖かった。


前半十五分。


悠がまた中央で受ける。


相手が寄る。


水谷が降りてくる。


同じ形。


今度は出した。


相手も見ている。


水谷の背中に寄る。


水谷は受ける直前に、ボールへ触らない。


またスルー。


その後ろへ、右サイドの味方が走っていた。


悠は一瞬、置いていかれた。


自分のパスなのに、先を使われた。


右サイドが前を向く。


クロス。


ファー。


味方が合わせる。


キーパーが弾く。


こぼれ球。


クリア。


得点にはならない。


でも、通った。


水谷が言う。


「今の、良かった」


さっきの候補生も言った。


「今のは走りやすかったです」


悠は小さく息を吐いた。


良かった。


それだけで、少し救われる。


でも同時に、自分一人ではそこまで見えていなかったと分かる。


前半二十七分。


相手チームが先制した。


青チームの右で詰まり、奪われる。


相手が二本で中央へ運ぶ。


悠は戻る。


コースを消す。


でも、相手のトップがワンタッチで落とす。


後ろからミドル。


ゴール。


0対1。


通話の中に、短い沈黙が落ちた。


責める声はない。


でも、プロのロビーの沈黙は重い。


配信コメントの方が、まだましだったかもしれない。


悠は水を飲みたくなった。


でも、試合はすぐ再開される。


前半三十五分。


青チームの攻撃。


悠は自陣でボールを受けた。


相手は前から来る。


前へ出せば、水谷がいる。


でも、そこは見られている。


悠は一回戻す。


センターバック。


相手の前線が出る。


さらに戻す。


キーパー。


通話の向こうで、誰かが小さく言いかけた。


「戻しすぎじゃ――」


最後までは言わなかった。


でも、悠には聞こえた。


戻しすぎ。


逃げ。


配信なら、そう流れていたかもしれない。


悠はキーパーから右へ出す。


右サイドバック。


相手が右へ寄る。


そこで、悠が中央へ顔を出す。


受ける。


すぐ前へ出さない。


水谷は降りてくる。


相手も見る。


悠は水谷へ出す。


今度は、スルーしない。


水谷が受ける。


相手を背負う。


一拍、耐える。


悠は走った。


水谷の後ろではない。


斜め前。


空いた場所。


水谷から、短いリターン。


悠が前を向く。


打てる。


相手のボランチが足を出す。


悠は打たない。


半歩。


使わない。


見せるだけ。


相手の足が止まる。


その止まった一拍で、左の味方が抜ける。


悠はそこへ出した。


左ウイング。


低いクロス。


水谷が入る。


相手センターバックも戻る。


届く。


届かない。


水谷の足先が先だった。


ボールはキーパーの横を抜ける。


ネットが揺れた。


1対1。


通話の向こうで、短い声が重なる。


「ナイス」


「今のいい」


水谷が言う。


「悠くん、今のは見えてた?」


名前で呼ばれて、少しだけ反応が遅れた。


「途中からです」


「途中からで十分」


さっき「戻しすぎ」と言いかけた候補生が、少し間を置いて言った。


「すみません、戻し、効いてました」


悠は一瞬だけ返事に詰まる。


「いや……こっちも遅かったので」


何を返しているのか、自分でも少し分からなかった。


でも、そのやり取りで、少しだけロビーの空気が変わった。


前半は1対1で終わった。



◇ ◇ ◇



ハーフタイム。


担当者が言った。


「風見さん、後半は少しポジションを下げます。組み立てと守備の切り替えを見ます」


「はい」


前で目立つ場所ではない。


得点に近い場所でもない。


でも、たぶん評価されるのはそこだ。


凛のメッセージを思い出す。


誰と組めるかを見られる。


後半開始。


悠は一列下がった。


ボールを受ける回数が増える。


同時に、奪われた時の責任も増える。


後半七分。


悠のパスが少しずれる。


相手に引っかかる。


カウンター。


まずい。


悠は追う。


水谷も戻る。


相手のトップが中央へ走る。


右に味方。


左にも味方。


悠はボールへ行きたくなる。


でも、行けば中央が空く。


一回戻る。


中央を消す。


相手は右へ出す。


水谷がそこへ戻っていた。


カット。


水谷が言う。


「今の、助かった」


悠は返事が遅れた。


助かった。


点を取った時より、その言葉の方が少し重かった。


後半十六分。


青チームが逆転のチャンスを作る。


悠が中央で受ける。


相手が寄る。


水谷が前で動く。


右も空く。


左も空く。


選択肢が多い。


多すぎる。


一瞬、迷う。


その迷いが、パスを遅らせる。


相手に寄せられる。


悠は無理に前へ出さず、戻す。


コメント欄はない。


でも、たぶん配信なら「戻すのか」と流れていた。


戻したボールが、センターバックから右へ渡る。


右サイドバック。


前へ。


水谷が引きつける。


空いた中央へ、悠がもう一度顔を出す。


受ける。


今度は迷わない。


左へ出す。


左ウイング。


クロスではなく、マイナス。


水谷。


シュート。


相手キーパーが弾く。


こぼれ球。


青の選手が詰める。


ゴール。


2対1。


逆転。


悠は声を出さなかった。


でも、通話の中で誰かが小さく「よし」と言った。


水谷がまた言う。


「今の戻し、良かった」


さっきと同じ戻し。


でも、今度は逃げではなかった。


時間を作るための戻し。


相手をもう一度動かすための戻し。


それが、次の形につながった。


後半三十六分。


相手が同点を狙って前へ出る。


青チームは押し込まれる。


悠は守備に追われる。


プロの練習生たちは、判断が速い。


一度ずれると、すぐ穴が広がる。


悠は穴を埋める。


ボールへ行けない場面が増える。


目立たない。


でも、行かないことで守れる場所がある。


後半四十二分。


相手の最後の大きなチャンス。


中央。


ワンタッチ。


右。


低いクロス。


ニアに走る。


悠はボランチを戻す。


間に合わない。


でも、コースだけ消す。


相手が打つ。


ボールは悠の選手の足に当たり、軌道が変わる。


キーパーが反応。


弾く。


こぼれ球。


水谷が戻ってクリア。


試合終了。


2対1。


青チーム勝利。


紅白戦とはいえ、勝った。


悠はコントローラーを置かなかった。


まだ次がある気がして、指を離せなかった。


担当者の声が入る。


「お疲れさまでした。風見さん、今日の後半は良かったです」


「ありがとうございます」


「特に、ボールに行かない判断。あれは評価します」


ボールに行かない判断。


それは、配信ではたぶん褒められにくい。


切り抜きにもならない。


でも、ここでは見られている。


水谷が軽く言った。


「代表選考、候補に入ってもおかしくないと思うよ」


悠はすぐ返せなかった。


冗談なのか、本気なのか分からない。


担当者は否定しなかった。


「候補として検討します。リストには入ります。ただ、ここからです」


ここから。


その言葉で、浮きかけたものが少しだけ床に戻った。


「はい」


悠はそれだけ言った。



◇ ◇ ◇



練習後。


凛に通話をかけた。


すぐに出た。


「どうだった」


「勝った」


「試合?」


「紅白戦」


「内容は?」


「一点に絡んだ。あと、守備で褒められた」


「守備」


凛の声が少しだけ上がる。


「そこ?」


「そこって何だよ」


「いや、いい。すごくいい」


「得点じゃなくて?」


「得点も大事。でも、選ばれるならたぶんそっち」


悠はベッドに座る。


ヘッドセットを外した耳が少し熱い。


「代表選考の候補として検討するって。リストには入るけど、ここからって」


通話の向こうが止まった。


凛が黙るのは珍しい。


「白瀬?」


「いる」


「何か言えよ」


「今、変な声出そうになった」


「出せばいいだろ」


「嫌」


「なんで」


「負けた気がする」


「何に」


「分からない」


少しだけ笑いが混じった。


でも、すぐに凛は真面目な声に戻る。


「怖い?」


悠は部屋を見回した。


机。


メモ。


水のコップ。


床に置いた鞄。


全部いつも通りなのに、言葉だけが大きい。


「怖い」


「うん」


「でも、今日は逃げたい感じじゃない」


「じゃあ何」


悠は少し考えた。


水谷に出したパス。


戻したボール。


行かなかった守備。


ボールに行かない判断。


それらが、頭の中に残っている。


「足りないところが、見えた感じ」


凛は少し黙ってから言った。


「それ、良い怖さかも」


「良い怖さって何だよ」


「知らない」


「またそれか」


「でも、悪い感じじゃない」


悠はスマホを持ち替えた。


机の上のメモを見る。


半歩。


戻す。


半歩を使わない。


その下に、今日の言葉を書き足す。


行かない判断。


字が少し曲がった。


でも、今の自分には必要な言葉だった。


通話の向こうで、凛が言う。


「風見くん」


「何」


「候補リストに入っても、まだ選ばれたわけじゃない」


「分かってる」


「でも」


凛はそこで少しだけ言葉を止める。


「今日は、ちょっと喜んでいいと思う」


悠はペンを置いた。


喜んでいい。


昨日も、凛は似たことを言った。


今は、少しだけ分かる。


大声を出すほどではない。


泣くほどでもない。


でも、机の上に増えた一行を見て、少しだけ息が楽になった。


まだ選ばれていない。


でも、選ばれるかもしれない場所に、名前だけは乗りかけている。


それは怖い。


怖いけれど、昨日までの怖さとは違っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ