表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
WORLD ELEVEN ―ピッチに立てなかった俺は、画面の中で世界を獲る―  作者: スドタケ
第3章 プロチーム練習生、代表選考編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/28

第17話 プロの速さ

BLUE LYNXの練習ロビーは、配信画面よりずっと静かだった。


コメント欄がない。


通知もない。


誰かが「来た」と流すこともない。


画面の右側に、参加者の名前だけが並んでいる。


BLUE LYNX所属選手。


練習生。


候補生。


知らない名前の中に、YU_KAZEがひとつだけ混じっていた。


悠はヘッドセットをつけ直す。


耳に当たる部分が少しずれて、何度も触ってしまう。


通話には、チームの担当者と数人の選手が入っている。


「風見さん、聞こえていますか」


「はい」


「今日は初回なので、まずは練習試合を数本見ます。配信はなし。録画はチーム内共有のみです」


「分かりました」


「普段のプレーで大丈夫です」


普段のプレー。


それが一番難しい。


普段なら、凛からメッセージが来る。


コメント欄が騒ぐ。


視聴者が驚く。


黒須が何か言う。


今は何もない。


ただ、画面の中にプロのロビーがある。


スマホは机の端に置いてある。


凛からのメッセージは、練習開始前に一通だけ来ていた。


『今日は、すごいところを見せようとしない』


そのあとに、もう一通。


『通じるところと通じないところを分ける日』


悠はその文を見て、少しだけむっとした。


でも、たぶん正しい。


最初の練習相手は、BLUE LYNXのサブメンバーだった。


本所属のプロではない。


それでも、試合が始まった瞬間に分かった。


速い。


入力の速さではない。


切り替えが速い。


奪われた瞬間、すでに次の守備配置ができている。


悠が左で引きつけて、中央へ戻す。


いつもの形。


相手の中盤が少し前へ出る。


戻る途中。


そこへ入れる。


通る。


トップ下が前を向く。


ここまでは、できた。


だが、そこから先が違った。


相手のセンターバックが出てこない。


サイドバックも食いつかない。


代わりに、ボランチが斜め後ろから戻ってくる。


前ではなく、後ろから潰される。


ボールを失う。


カウンター。


三本のパスで、悠のゴール前まで運ばれた。


シュート。


失点。


前半九分。


0対1。


通話の向こうで、担当者が短く言った。


「今の、見えていましたか」


悠は答える。


「途中までは」


「最後の戻りは?」


「見えてません」


「はい。そこです」


責める声ではない。


ただ、確認されている。


それが配信のコメントより、ずっときつかった。


試合再開。


悠は半歩を使う。


右サイド。


相手が寄る。


半歩。


相手は足を出さない。


ここまでは、予選でもあった。


悠は戻す。


中央。


トップ下。


前を向く。


今度は、相手のセンターバックが少し出た。


打てる。


悠は一回戻そうとした。


その戻す先に、もう相手がいる。


奪われる。


またカウンター。


今度はシュートまでいかせない。


でも、完全に止めたわけではない。


「戻す先が読まれています」


担当者の声。


「はい」


「風見さんの戻しは、かなり意図が見える。相手を動かす目的がある。ただ、プロ相手だと、その目的ごと読まれます」


目的ごと読まれる。


悠は少しだけ唇を噛んだ。


予選では、それが武器だった。


戻す。


止める。


もう一度入れる。


でも、ここでは戻した瞬間に、次の狙いまで見られる。


前半二十五分。


悠は自陣で奪われた。


判断は間違っていないはずだった。


左に逃がして、戻して、中央へ入れる。


その予定だった。


でも、左に逃がす前に距離を詰められた。


戻す先は消されていた。


中央は見せかけだった。


気づいた時には、選択肢がなくなっている。


ロスト。


ショートカウンター。


二本目の失点。


0対2。


担当者は何も言わなかった。


その沈黙の方が痛かった。


前半終了。


0対2。


シュート、ゼロ。


チャンス、ほぼゼロ。


「一本目はここまでにします」


担当者が言った。


悠はコントローラーを握ったまま、返事が遅れた。


「はい」


「悪い内容ではありません」


そう言われた。


でも、その言葉が慰めにしか聞こえないくらい、何もできなかった。


通話に、別の声が入った。


若い男の声。


少し軽い。


「YU_KAZEくん、予選の切り抜き見たよ」


「ありがとうございます」


「半歩、面白いね」


「はい」


「でも、今のままだと上では餌になる」


悠は言葉に詰まった。


軽い声なのに、言っていることはきつい。


担当者が補足する。


「水谷選手です。今日は二本目で相手をします」


水谷。


名前だけは知っていた。


BLUE LYNXの若手候補。


配信にも時々出ている。


派手な選手ではないが、守備の切り替えが速いと言われている。


「餌って、どういう意味ですか」


悠が聞くと、水谷はすぐ答えた。


「君が半歩を見せると、こっちは“そこで止めたいんだな”って分かる。戻すと、“次にここを使いたいんだな”って分かる。分かるから、そこに入る」


「……はい」


「でも、見えてるのはいいと思う」


少しだけ間が空く。


「見えてないやつは、そもそも餌にもならないから」


褒めているのか、刺しているのか分からない。


たぶん両方だった。



◇ ◇ ◇



二本目。


相手は水谷だった。


試合開始。


水谷のボール。


派手さはない。


でも、取れない。


右へ出す。


戻す。


中央。


外。


もう一度中央。


全部が少しずつ早い。


速いというより、遅くならない。


悠が寄せようとした場所から、ボールはもう逃げている。


前半十二分。


水谷が中央で止める。


悠のボランチが前へ出る。


誘われている。


分かる。


でも、出ないと前を向かれる。


悠は少しだけ出る。


その背中へ、短いパス。


シュート。


ゴール。


0対1。


「今のは、風見さんがいつも相手にやっていることです」


担当者の声。


悠は何も言えなかった。


自分がやってきたことを、もっと速く、もっと簡単にやられた。


それが一番きつい。


前半二十四分。


悠は初めて、はっきりした形を作った。


左で引きつける。


戻す。


いつもの戻しではない。


一度、さらに後ろへ下げる。


相手の前線が一歩だけ緩む。


そこへ、右へ大きく振る。


右サイド。


半歩を見せる。


水谷のサイドバックは動かない。


悠は抜かない。


止める。


戻す。


中央。


トップ下。


水谷のボランチが後ろから戻る。


分かっていた。


そこへ出さない。


一列後ろへ落とす。


ボランチ。


シュートではない。


左へ流す。


左ウイングが受ける。


低いクロス。


フォワードが触る。


キーパーが弾く。


こぼれ球。


悠のトップ下が詰める。


打つ。


水谷のセンターバックがブロック。


コーナー。


入らない。


でも、通話の向こうで水谷が短く言った。


「今のは嫌だった」


悠の指が止まる。


嫌だった。


それだけなのに、少しだけ息が入った。


「後ろから潰しに行ったところを、見て外したでしょ」


「はい」


「それはいい」


それ以上はない。


でも、十分だった。


前半終了間際。


悠は同点のチャンスを作った。


右サイド。


半歩。


戻す。


中央。


水谷のボランチが戻る。


悠はそこを使わない。


フォワードへ縦。


フォワードが背負う。


落とす。


トップ下。


打てる。


水谷のセンターバックが出る。


悠は左へずらす。


シュート。


低い球。


キーパーが触る。


ボールはゴール前にこぼれる。


悠のフォワードが詰める。


水谷のセンターバックも戻る。


足が重なる。


ボールが跳ねる。


ラインへ向かう。


入るか。


入らない。


水谷の選手がぎりぎりでクリアした。


「あー」


声が出た。


通話に入ってしまった。


水谷が少し笑う。


「今のは声出るね」


悠は何も返せなかった。


ハーフタイム。


0対1。


一本目とは違った。


何もできないわけではない。


ただ、少し足りない。


少し、というには重すぎる差がある。


後半。


悠は失点を重ねた。


後半十一分。


ロストからカウンター。


0対2。


後半二十八分。


中央を空けられ、釣られて、背中を取られる。


0対3。


コメント欄はない。


誰も「きつい」と流さない。


でも、通話の沈黙が、それを伝えてくる。


このまま終わるのか。


そう思った。


後半三十六分。


悠は自陣深くでボールを奪った。


普通なら、前へ出す。


でも、水谷はその前を切っている。


悠は戻した。


キーパーまで戻す。


危ない。


でも、戻す。


水谷の前線が少しだけ前へ出る。


そこを、右へ出す。


右サイドバック。


すぐ中央。


ボランチ。


水谷のボランチが寄る。


悠は半歩を使わない。


使うふりだけする。


相手が止まる。


その止まった一拍で、フォワードが落ちる。


短く入れる。


フォワード。


落とす。


トップ下。


前を向く。


水谷のセンターバックが出る。


悠は、打たない。


右へ出す。


右サイド。


低いクロス。


ニアに一人。


ファーに一人。


水谷はニアを切る。


悠は、マイナスへ戻した。


そこへ、ボランチが走り込む。


シュート。


強くない。


低い。


水谷のキーパーが沈む。


手が届く。


届いた。


でも、弾いた先に、悠のフォワードがいた。


足先。


当たる。


ボールが浮く。


一瞬、誰も動けなかった。


ふわりとした球が、キーパーの頭上を越える。


ラインの内側へ落ちる。


ネットが揺れた。


1対3。


負けている。


まだ負けている。


でも、入った。


プロ候補相手に、一本取った。


悠は声を出さなかった。


出す余裕がなかった。


ただ、コントローラーを握る指が熱い。


通話の向こうで、水谷が言った。


「それは通されたくなかった」


さっきの「嫌だった」より、少しだけ具体的だった。


担当者が続ける。


「いい形です。特に、半歩を使わなかったところ」


半歩を使わない。


それが効いた。


悠は画面を見たまま、小さくうなずいた。


試合はそのまま終わった。


1対3。


完敗だった。


でも、何も残らない負けではない。


試合後、担当者が言った。


「今日の内容はチーム内で共有します。次回は、練習生同士の紅白戦に入ってもらいます」


「はい」


「代表選考の候補枠に関しても、引き続き確認します」


代表選考。


その言葉が出ても、昨日ほど浮かなかった。


今は、それより水谷の1対3が重い。



◇ ◇ ◇



練習が終わると、すぐに凛からメッセージが来た。


『どうだった?』


悠は少し迷って、正直に打った。


『負けた。1-3』


『内容は?』


『一本取った』


少しして、返事。


『それは見たい』


『非公開』


『じゃあ話して』


悠は椅子にもたれた。


話せるだろうか。


あの戻し。


半歩を使わなかった半歩。


キーパーが弾いた先。


ふわっと浮いたボール。


水谷の「通されたくなかった」。


全部を言葉にするのは難しい。


でも、悠は通話ボタンを押した。


凛はすぐ出た。


「おつかれ」


「負けた」


「知ってる。メッセージで見た」


「かなり負けた」


「一本取ったんでしょ」


「取ったけど」


「取ったんでしょ」


凛は同じことを繰り返した。


悠は少しだけ黙る。


「うん」


「じゃあ、そこから聞く」


悠は、画面の中の一点を話した。


何度も詰まりながら。


順番を間違えながら。


途中で「たぶん」を何度も挟みながら。


凛はそれを止めずに聞いた。


聞き終えると、少しだけ黙った。


いつもならすぐに言葉にするのに、今日はしなかった。


「白瀬?」


「まだ分からない」


「何が」


「その半歩を使わないやつ。たぶん大事だけど、まだ言葉にすると変になる」


悠は少しだけ意外だった。


凛が分からないと言う。


それだけで、今日の一点が少しだけ生々しく残った。


「じゃあ、メモは?」


「風見くんが書けば」


「俺が?」


「うん。今日はたぶん、風見くんの方が先に分かってる」


悠は机の上のメモを見た。


半歩。


戻す。


勝ちたいと思ったところで、一回戻す。


その下に、新しく書き足す。


半歩を、使わない。


書いてみると、少し変だった。


でも、今日の一点はそこから生まれた。


凛は通話の向こうで、何も言わなかった。


ペンの音もない。


その沈黙が、少しだけありがたかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ