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WORLD ELEVEN ―ピッチに立てなかった俺は、画面の中で世界を獲る―  作者: スドタケ
第2章 オンライン予選、勝利への道筋編

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第14話 予選突破ライン

予選の突破ラインが見えたのは、翌日の昼だった。


凛が屋上前の踊り場に来るなり、ノートを広げた。


「今日、勝てばかなり近い」


「かなりってどれくらい」


「ほぼ」


「ほぼって何」


「負け方によって変わる」


「嫌な言い方」


「でも本当」


凛はノートに、予選の勝敗表を書いていた。


悠の名前。


勝ち。


負け。


勝ち。


残り試合。


順位。


得失点。


細かい数字が、いつもより詰まっている。


見ているだけで、少し疲れる。


「今日の相手は?」


「守備寄り。昨日ほど煽ってこない。でも、失点が少ない」


「また地味な試合か」


「たぶん」


「派手に勝ちたいんだけど」


言ってから、自分で少し驚いた。


そんなことを言うつもりはなかった。


凛も少しだけ目を上げた。


「派手に勝ちたいの?」


「いや」


「今言った」


「言ったけど」


「悪くないと思う」


「そうなのか」


「でも、今日はたぶん派手に勝たない方がいい」


悠は弁当箱を開けた。


今日は鮭が入っている。


箸でほぐすと、少しだけ骨が出てきた。


「勝つために、つまらないことする日?」


「うん」


「またそれか」


「公式予選だから」


凛は当然みたいに言う。


悠は鮭の骨を弁当の端へ寄せた。


公式予選。


その言葉にも、少しずつ慣れてきている。


慣れてきた分、怖さも形を変えていた。


最初は、出ることが怖かった。


次に、負けることが怖かった。


今は、勝てそうな位置にいるのが怖い。


ここで落とせば、昨日までの半歩も、黙って勝った試合も、全部ただの一瞬で終わる。


そう考えると、箸が止まる。


「風見くん」


「何」


「今日、途中で勝ちが見えても、急に前へ出ないで」


「俺、そんなことする?」


「黒須戦でやった」


「……」


「勝ちたいと思った場所に、罠を置かれてた」


その言葉を聞くと、まだ少し苦い。


でも、今の凛は責めているわけではなかった。


「今日は、勝ちたいと思ったところで、一回戻して」


「そこで戻したら、チャンス消えるだろ」


「消えるチャンスなら、たぶん罠」


悠は返せなかった。


凛はノートを閉じる。


「あと、昨日の半歩」


「見せすぎ?」


「もう見られてる」


「だよな」


「でも、見られてるなら、今度は見せてから違うことをすればいい」


「簡単に言うな」


「簡単じゃないから、昼に言ってる」


凛は白米を少し残して、弁当箱のふたを閉めた。


「食べきらないのか」


「眠い」


「昨日も遅くまで見てたのか」


「うん」


「寝ろよ」


「風見くんが勝ったら寝る」


「また俺のせいにするな」


「半分くらいはそう」


会話は少しずれている。


でも、前ほど遠くは感じなかった。


予鈴が鳴る。


凛はノートを鞄に入れながら言った。


「今日勝ったら、BLUE LYNXから何か来ると思う」


「なんで分かる」


「昨日の試合後、スカウトのアカウントがずっと見てた」


「怖いな」


「怖いね」


凛は否定しなかった。


そのまま立ち上がる。


「でも、見られるところまで来た」


悠は返事をしなかった。


嬉しいと言えばいいのか、怖いと言えばいいのか、分からなかった。



◇ ◇ ◇



夜。


配信タイトルは、短くした。


《予選突破ライン》


同接は三千を超えた。


昨日の炎上配信者戦の切り抜きが回っているせいもある。


《煽り配信者を黙らせた半歩》


そんなタイトルが付いていた。


悠はあまり好きではなかった。


自分が強そうに見えすぎる。


でも、消すことはできない。


「こんばんは」


声は出た。


「今日、勝てば予選突破にかなり近づきます」


『来た』


『突破ライン』


『ここ勝とう』


『相手守備堅いぞ』


『半歩対策されるかな』


悠はマッチング画面を見る。


相手の名前。


勝率は高い。


失点が少ない。


配信者ではない。


コメント欄の調べも、だいたい同じだった。


『ロースコア型』


『一点勝負になりそう』


『無名くん、先制されたらキツい』


試合開始。


悠のボール。


相手は前から来なかった。


中盤を締める。


サイドには出させる。


でも、中央へ戻すところを待っている。


昨日の相手より、もっと我慢強い。


悠は左へ出す。


戻す。


右へ振る。


相手は崩れない。


中央へ入れる。


すぐ寄せられる。


悠は戻す。


半歩を使える場面ではない。


相手が来ない。


待っている相手に、半歩で抜いても、次がない。


前半十二分。


悠は一度、右サイドで仕掛けた。


またぐ。


半歩。


相手は足を出さない。


距離を保つ。


そのまま外へ追いやられる。


クロス。


ブロック。


コーナー。


『半歩、待たれてる』


『対策早い』


『相手落ち着いてる』


悠は舌で唇を湿らせた。


見られている。


昨日の武器が、今日はもう警戒されている。


凛の言った通りだった。


見せてから違うことをする。


でも、その違うことがまだ見えない。


前半二十一分。


相手のカウンター。


悠が中央へ入れたところを引っかけられた。


相手は左へ流す。


速くはない。


でも、無駄がない。


クロス。


中央。


ヘディング。


キーパー正面。


助かった。


『危ない』


『相手、地味にうまい』


『これ一点勝負だな』


一点勝負。


その言葉が画面の端に残る。


悠は水を飲みたいと思ったが、試合は続いていた。


前半三十三分。


右で半歩を見せる。


相手は足を出さない。


距離を取る。


そこで止まる。


戻す。


インサイドハーフ。


中央へ。


相手のボランチが前へ出る。


いつもなら、そこを逃がす。


でも、今日は戻した。


一回戻す。


凛の言葉。


勝ちたいと思ったところで、一回戻して。


センターバックまで下げる。


コメント欄が荒れる。


『戻すのか』


『攻めきれよ』


『チャンス消えた』


悠も、そう思った。


でも、相手のボランチは前へ出たままだった。


戻りが少し遅い。


そこへ、もう一度中央。


今度は、トップ下ではない。


一列後ろのボランチ。


前を向く。


相手のセンターバックが出るか迷う。


出ない。


悠は左へ流す。


左ウイング。


クロスではなく、マイナス。


トップ下。


シュート。


相手ディフェンダーが足を出す。


当たる。


枠の外。


コーナー。


『今の戻したから空いた?』


『一回下げたの効いたな』


『惜しい』


得点にはならない。


でも、少しだけ相手が動いた。


前半は0対0で終わった。


相手の守備は堅い。


悠の形も、いくつか潰された。


ただ、何もできないわけではない。


後半に入る前、スマホが震えた。


凛からだった。


『半歩を抜くために使わない。足を出させないために使う』


悠は画面を見た。


半歩を、抜くために使わない。


また分かりにくいことを言う。


でも、少しだけ分かる。


相手は足を出さない。


なら、足を出さない相手を、その場に固定する。


抜くのではなく、止める。



◇ ◇ ◇



後半。


相手は少しだけ前に出てきた。


0対0のままでは進めないと思ったのかもしれない。


悠は右でボールを持つ。


相手のサイドバックが距離を取る。


悠は半歩を見せる。


相手は下がる。


抜けない。


でも、相手はそこに固定された。


戻す。


インサイドハーフ。


中央。


ボランチ。


また右。


相手のサイドバックは、まだ悠の右サイドハーフを見ている。


その背中側に、トップ下が降りてくる。


悠はそこへ入れた。


通る。


トップ下が前を向く。


相手のセンターバックが出る。


悠は打たない。


左へ流す。


左ウイング。


低いクロス。


フォワードが合わせる。


キーパーが触る。


こぼれ球。


相手がクリア。


惜しい。


でも、近い。


コメント欄が少し熱くなる。


『今の半歩、抜くためじゃなかった?』


『止めたのか』


『じわじわ来てる』


後半十八分。


相手が先に交代した。


前線を一枚増やす。


守るだけではなく、点を取りに来た。


空く。


でも、危ない。


悠は急に前へ行きたくなった。


勝ちたい。


ここで刺せば、突破ラインに近づく。


その気持ちが、指を前へ押す。


中央へ入れかけた。


やめた。


戻す。


一回戻す。


センターバック。


コメント欄が少し騒ぐ。


『また戻した』


『今の行けただろ』


『いや罠っぽかった』


相手のボランチが、前に出たまま止まっている。


やっぱり。


悠は、そこを見た。


戻したボールを、すぐ右へ出す。


相手が右へ寄る。


今度は中央。


トップ下。


前を向く。


相手のセンターバックが出る。


悠は右へ一歩。


またぐ。


半歩。


抜かない。


止まる。


相手のセンターバックも止まる。


その後ろ。


フォワードが、斜めに落ちてくる。


短く出す。


フォワード。


ワンタッチで落とす。


ボランチ。


シュートコース。


相手の足が出る。


悠は打たない。


左へ流す。


左ウイング。


角度は狭い。


キーパーが前へ出る。


クロスに見せる。


マイナスへ戻す。


トップ下。


もう一度、半歩。


相手が止まる。


今度は打つ。


ボールは低く出た。


強いシュートじゃない。


派手な弾道でもない。


でも、相手の足が閉じるより、ほんの少しだけ早かった。


股の間を抜ける。


キーパーが沈む。


手が伸びる。


届く。


そう見えた。


けれど、届かない。


ボールはその手の下をすり抜けて、ゴールの内側へ転がった。


一拍遅れて、ネットが揺れた。


後半二十一分。


1対0。


悠は、声を出せなかった。


指だけが、コントローラーに食い込んでいる。


入った。


今のは、偶然じゃない。


半歩で抜いたんじゃない。


半歩で止めて、戻して、待って、もう一度ずらした。


その全部が、最後の低い一球につながった。


画面の中で、トップ下の選手が小さく腕を広げる。


コメント欄が、遅れて弾けた。


『きたあああ』


『今のはうまい』


『半歩で止めた!?』


『抜いてないのに効いてる』


『これは読んだ』


突破ライン。


その文字が流れた瞬間、悠の喉が急に乾いた。


まだ早い。


まだ終わっていない。


でも今だけは、画面から目を離せなかった。


相手のキックオフ。


ここから相手は前に来る。


後半二十七分。


左から崩される。


中央へ戻される。


ミドル。


キーパーが弾く。


こぼれ球。


悠のセンターバックが触る。


クリア。


後半三十四分。


コーナー。


ニア。


弾く。


もう一度クロス。


ファー。


ヘディング。


外れる。


後半四十分。


相手はさらに前を増やした。


悠は完全に押し込まれる。


でも、前に出たくなる場所で出ない。


取れると思ったところで、一拍待つ。


勝ちたいと思ったところで、一回戻す。


凛の声は聞こえない。


でも、昼の言葉がメモみたいに残っている。


後半アディショナルタイム。


表示は三分。


相手の最後の攻撃。


右サイド。


縦。


クロス。


悠はセンターバックで競る。


勝つ。


でも、クリアが小さい。


相手のボランチが拾う。


シュート体勢。


悠はボランチを戻す。


間に合わない。


コースだけ消す。


相手は打たない。


左へ流す。


左が空いている。


まずい。


サイドバックへカーソル。


一歩遅い。


シュート。


低い。


キーパーが触る。


こぼれる。


ゴール前。


相手フォワード。


悠のセンターバック。


どちらが先か分からない。


クリア。


当たった。


上へ飛ぶ。


まだ外へ出ない。


落ちる。


もう一度、相手の足。


悠はボランチを滑らせた。


ボールだけに触る。


ラインを割る。


コーナー。


ラストプレー。


相手のキーパーも上がる。


人が多い。


悠はファーを厚くした。


ニアが少し薄い。


相手はニアへ蹴った。


読まれた。


逸らされる。


ボールがゴール前を横切る。


ファー。


ヘディング。


悠はキーパーを動かした。


早い。


でも、動かさなければ届かない。


手が伸びる。


触った。


バー。


跳ねる。


ゴールラインの上。


落ちる。


悠はクリアボタンを押した。


今度は、空振りしなかった。


ボールが大きく外へ出る。


笛。


試合終了。


1対0。


勝利。


悠はコントローラーを膝に置いた。


昨日は2対0だった。


今日は1対0。


数字だけ見れば、昨日より小さい勝ち方だ。


でも、今日の方がずっと長く感じた。


一点を取ってから、ずっと追われていた。


守って、戻して、我慢して、最後の最後まで奪われそうだった。


勝った。


たった一点を、最後まで離さなかった。


コメント欄が流れる。


『勝ったあああ』


『突破ライン来た?』


『最後怖すぎ』


『半歩、進化してる』


『勝つ試合できてる』


悠は水を飲んだ。


ぬるい。


手が少し震えている。


配信画面の端に、大会ページの通知が出た。


順位更新。


悠の名前が、突破圏内に入っている。


まだ確定ではない。


でも、かなり近い。


「勝ちました」


声が少し掠れた。


コメント欄がまた流れる。


『知ってる』


『見てた』


『おめ』


『次で決めよう』


その時、別の通知が来た。


青い盾のアイコン。


《BLUE LYNX scouting》


『予選終了後、一度お話しできればと思います。正式にご連絡します』


コメント欄が止まった。


一瞬だけ。


それから爆発した。


『正式連絡!?』


『来た』


『スカウトきたあああ』


『無名配信者、ここまで来たか』


悠は画面を見たまま動けなかった。


正式に。


その言葉だけが、やけに大きく見える。


スマホが震える。


凛からだった。


『スクショした』


少し置いて、もう一通。


『まだ終わってないけど』


悠は返信欄を開いた。


何を書けばいいか迷った。


嬉しい。


怖い。


まだ早い。


どれも合っている。


どれも少し違う。


結局、短く打った。


『知ってる』


送信。


すぐに既読がつく。


『ならいい』


悠は配信画面に戻る。


大会ページには、突破圏内の表示。


コメント欄には、青い盾の話題。


机の上には、折れたメモ。


半歩。


戻す。


勝ちたいと思ったところで、一回戻す。


全部、まだ途中だった。


でも、途中のまま、次の扉だけが少し開いた。


悠は配信終了ボタンにカーソルを合わせる。


少しだけ迷う。


今日も、すぐには押せなかった。


画面に残っている青い盾が、まだ現実のものに見えなかった。

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