表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
WORLD ELEVEN ―ピッチに立てなかった俺は、画面の中で世界を獲る―  作者: スドタケ
第2章 オンライン予選、勝利への道筋編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/28

第13話 炎上配信者戦

対戦相手が決まったのは、翌日の夕方だった。


アカウント名を見た瞬間、コメント欄が先に反応した。


『うわ』


『よりによってこいつか』


『燃やし屋じゃん』


『無名くん、面倒なの引いたな』


悠はまだ配信を始めていない。


スマホで予選ページを見ていただけだった。


それなのに、SNSの通知が増えていく。


相手は配信者だった。


炎上系。


試合よりも、相手をいじる切り抜きで伸びているタイプ。


名前は知っていた。


見たことはなかった。


見ないようにしていた。


凛からメッセージが来る。


『相手、配信つけると思う』


『こっちは?』


『大会規定上は可能。でも相手の配信は見ない』


『分かってる』


『煽られても返さない』


悠はスマホを見たまま、少しだけ息を吐いた。


煽られても返さない。


簡単に言う。


でも、相手はそれが仕事みたいな人間だ。


すぐに相手の配信タイトルが流れてきた。


《見る専戦術くん、公式で化けの皮はがします》


悠はスマホを伏せた。


机の上で、画面が少し滑る。


見なければいい。


でも、タイトルだけで十分だった。


凛から、すぐに追加が来る。


『タイトル見た?』


『見た』


『見るなって言う前に見たね』


『通知で来た』


『なら仕方ない』


少し間を置いて、もう一通。


『今日は黙って勝つ試合』


悠はその文を見た。


黙って勝つ。


昨日の「勝つ試合」より、少しだけ重い。


配信前に、悠は相手のアーカイブを少しだけ開きかけた。


再生ボタンの上で指が止まる。


見た方がいい。


情報としては、見た方がいい。


相手の癖も、煽り方も、コメント欄の空気も、知っておいた方がいいのかもしれない。


でも、見たらたぶん余計な声が増える。


見なくても、もう十分うるさい。


悠はアプリを閉じた。


机の左側には、昨日のメモ。


迷う前に、一歩。


半歩で抜くんじゃない。


半歩で止める。


自分で書き足した二行目だけ、少し字が太くなっていた。



◇ ◇ ◇



夜の配信開始。


悠はタイトルを短くした。


《予選三戦目》


それだけ。


相手の名前も、炎上系という言葉も入れない。


同接は、開始直後から三千を超えた。


相手側からも人が流れてきている。


コメント欄の空気が、いつもよりざらついていた。


『見に来た』


『燃やし屋から』


『見る専くん頑張れ』


『今日は泣かされそう』


『相手配信でめっちゃ言ってるぞ』


悠はマイクに口を近づける。


「相手配信は見ません」


それだけ言った。


コメント欄が流れる。


『正解』


『逃げた』


『見ないの偉い』


『煽り耐性ある?』


悠は返さなかった。


マッチング。


相手のアカウント名。


相手側の準備完了が早い。


こちらを待っている感じがした。


試合開始前、相手から定型メッセージが飛んできた。


《よろしく! 本当に本人?》


コメント欄が反応する。


『来た』


『うざ』


『スルーでいい』


悠は無視した。


キックオフ。


相手ボール。


相手は思ったより上手かった。


炎上系だから弱い、なんてことはない。


前線で細かく動かし、わざと派手なスキルを混ぜる。


一回。


二回。


見せる。


コメント欄が騒ぐのを分かっている動きだった。


でも、派手なだけではない。


またぎながら、戻りの選手だけはちゃんと残している。


ボールを失っても、すぐ潰せる距離。


煽るくせに、保険はかけていた。


「嫌な相手だな」


声が漏れた。


『今の本音?』


『分かる』


『こいつ普通にうまいぞ』


悠は追いすぎない。


相手が右でまたぐ。


切り返す。


中央へ戻す。


シュートフェイント。


悠のボランチが少し遅れる。


相手は打たず、さらにもう一回またいだ。


その一手だけ、少し余計だった。


魅せたい。


たぶん、そこに来る。


悠は足を出した。


カット。


『お』


『取った』


『魅せプ読んだ?』


悠は前へ出す。


でも、相手の戻りも早い。


前に残していた選手が、すぐコースを塞ぐ。


カウンターにはならない。


相手は煽りながら、最低限は崩さない。


だから面倒だった。


前半十分。


相手の配信から来たコメントが混ざる。


『相手いま「地味すぎ」って言ってる』


『効いてない?』


『見る専、声小さいぞ』


悠は見ない。


左へ回す。


戻す。


中央。


相手の中盤が前へ出る。


外へ逃がす。


戻る途中を刺す。


通る。


トップ下が前を向く。


相手のセンターバックが出る。


ここで、昨日練習した形。


右へ一歩。


またぐ。


半歩前。


加速。


抜けた。


抜けた。


ほんの少しだけ、相手の足が遅れた。


悠のトップ下がエリア手前へ入る。


シュート。


相手キーパーが弾く。


こぼれ球。


クリア。


得点にはならない。


でも、コメント欄が一気に変わった。


『今の昨日のやつ?』


『初期ムーブ刺さった』


『相手、反応遅れたな』


『地味だけど効いた』


悠は水を飲みたいのを我慢した。


まだ早い。


前半十八分。


相手は左から来た。


今度は派手に抜きに来ない。


短くつなぐ。


中央。


裏。


悠のセンターバックの背中。


危ない。


悠はキーパーを少し出した。


相手のフォワードが先に触る。


ループ気味のシュート。


バー。


跳ね返り。


悠のボランチが拾う。


すぐ前へ。


相手はまだ前に残っている。


今度こそカウンター。


右サイド。


中央。


左へ。


相手のディフェンスが戻る。


悠は急がない。


急げば取られる。


左ウイングが受ける。


縦へ行くふり。


戻す。


トップ下。


相手のセンターバックが出る。


右へ一歩。


またぐ。


今度は、相手が待っていた。


足を出してくる。


悠は半歩加速しない。


止める。


相手の足が空を切る。


その後ろへ、フォワードが落ちてきていた。


短く出す。


フォワード。


反転はしない。


落とす。


ボランチ。


シュート。


低い球。


相手の足に当たる。


コースが変わる。


ネットの横。


コーナー。


『読まれてから止めた?』


『今の駆け引きよかった』


『一個覚えただけじゃないな』


悠は小さく息を吐いた。


覚えた一個を、そのまま使うだけじゃない。


見せる。


止める。


相手の足を出させる。


昨日の練習が、少しだけ別の形に変わっている。


前半二十七分。


相手からまたメッセージ。


《声出してこ?》


悠は無視した。


でも、指に少しだけ力が入った。


声。


言い返す。


相手の配信を見る。


コメントを拾う。


たぶん相手は、それを待っている。


悠が試合以外を見た瞬間、そこを切り抜くつもりなのかもしれない。


悠は画面の中の二十二人だけを見る。


そこには、相手の声はない。


あるのは、足の向きと、逃げ道と、少しだけ余計な一手。


前半三十四分。


相手が中央へ入れる。


悠はボランチで寄せる。


相手はワンタッチで背中へ流す。


黒須にやられた形。


一瞬、身体が固まる。


でも、今度はセンターバックを出さない。


待つ。


相手のトップ下が前を向く。


シュートコース。


悠はボランチを戻す。


コースだけ消す。


相手は横へ逃げた。


そこへ、悠のもう一枚がいた。


カット。


前へ。


右サイドハーフ。


相手はまだ戻り切っていない。


悠は中央を見る。


入れたくなる。


でも、相手のボランチが待っている。


出さない。


右で止める。


相手が寄る。


戻す。


もう一度右。


相手が飛び込む。


少し雑だった。


苛立っているのか。


誘っているのか。


分からない。


悠は、右へ一歩だけ出る。


またぐ。


半歩。


来る。


今だけは、相手の声もコメントも聞こえなかった。


飛び込んだ足の横を、ボールが抜ける。


右サイド。


低いクロス。


ニアへ一人。


ファーへ一人。


相手はニアを切る。


悠はマイナスへ戻した。


トップ下。


相手のボランチが戻る。


遅い。


でも、足は出てくる。


悠は打つ前に、ほんの少しだけボールを右へ置いた。


相手の足が、空を切る。


シュート。


低い球だった。


派手な弾道じゃない。


速すぎるわけでもない。


けれど、キーパーが動くより先に、ボールはゴール左下へ滑っていた。


入る。


ネットが揺れた。


前半三十六分。


1対0。


悠は、声を出しそうになって、出せなかった。


右手だけが、コントローラーを強く握っている。


入った。


今のは、入れた。


派手な技ではない。


一個の半歩から、相手の飛び込みを外した。


ただそれだけ。


でも、公式予選で初めて、自分から相手を動かして取った一点だった。


コメント欄が跳ねる。


『きた!』


『黙って決めた』


『初期ムーブから一点』


『相手配信、今黙ったぞ』


『見る専くん、声出してこ?』


最後のコメントに、悠は少しだけ口元を動かした。


返さない。


黙って勝つ試合。


凛からメッセージが来る。


『言い返さない』


分かってる。


そう打つ暇はない。


試合は続く。


前半終了間際、相手が少し荒くなった。


早めの縦パス。


強引なシュート。


無理なスキルムーブ。


得点にはならない。


でも、相手のコメント欄から来たらしい視聴者が騒ぐ。


『相手キレてる』


『いやまだ一点差』


『油断したら燃えるぞ』


燃える。


その言葉が見えた。


勝っていても、負けても、たぶん燃やされる。


だったら、せめて試合の中で終わらせるしかない。



◇ ◇ ◇



後半。


相手は明らかに前へ来た。


前半のように魅せる余裕がない。


ただ、焦って雑になるだけの相手でもなかった。


得点になりそうな場所では、急にシンプルになる。


余計なまたぎを消して、速い縦パスを入れてくる。


悠はそこが嫌だった。


煽るための技と、点を取るための技を使い分けている。


中途半端な相手ではない。


後半十二分。


相手が同点のチャンスを作った。


中央で悠のパスを引っかける。


そのまま前へ。


二対一。


悠は右を切る。


相手は左へ流す。


シュート。


キーパーが弾く。


こぼれ球。


相手フォワード。


今度こそと思った。


悠はセンターバックを滑らせた。


ボールに触る。


コーナー。


「危な」


声が出る。


『声出た』


『今の助かった』


『まだ怖い』


相手のコーナー。


ニア。


弾く。


もう一度クロス。


中央。


ヘディング。


外れる。


悠は水を飲んだ。


手が少し震えている。


後半二十一分。


相手からまたメッセージ。


《守ってばっかじゃん》


悠は無視した。


でも、コメント欄は拾う。


『守ってばっかって言ってるぞ』


『勝ってるからな』


『煽りが雑になってきた』


悠はボールを回す。


左。


戻す。


右。


中央。


相手が出てくる。


空く。


でも、無理には入れない。


勝つために、時間を使う。


きれいじゃない。


でも、相手の配信映えする攻撃には付き合わない。


後半三十三分。


相手が前線を増やした。


守備が薄くなる。


悠はそこを見た。


でも、すぐには刺さない。


相手は刺してほしがっている。


取ればカウンターになるからだ。


後半三十八分。


ようやく、相手の中盤が一歩遅れた。


悠は中央へ入れる。


トップ下。


相手が来る。


右へ一歩。


またぐ。


相手が待つ。


悠は止める。


相手の足が出ない。


なら、半歩前へ出る。


今度は抜けた。


エリア手前。


シュートコース。


相手のセンターバックが詰める。


悠は打たない。


左へ流す。


左ウイング。


低いクロス。


フォワードが足を出す。


相手のセンターバックも戻っていた。


でも、半歩だけ届かない。


ボールがキーパーの横を抜ける。


入る。


ネットが揺れた。


2対0。


悠は小さく息を吐いた。


今度は、相手も分かっていた。


分かっていて、届かなかった。


コメント欄が爆発した。


『終わった』


『また半歩』


『同じ動きから違う選択』


『煽り配信者、黙った?』


『黙って勝つ試合』


悠は、ようやく少しだけ息を吐いた。


でも、まだ終わっていない。


後半アディショナルタイム。


相手は一点を返そうと前へ来た。


悠は守る。


クリアする。


拾う。


また守る。


最後の笛。


2対0。


予選三戦目、勝利。


悠はコントローラーを置いた。


勝った。


昨日の負けを、少しだけ取り返した。


相手からメッセージが届く。


《つまんな》


それだけだった。


コメント欄がざわつく。


『負け惜しみ』


『効いてる』


『返すなよ』


悠はマイクに口を近づけた。


少しだけ迷う。


何も言わないつもりだった。


でも、言わないまま終わるのも違う気がした。


「対戦ありがとうございました」


それだけ言った。


コメント欄が一瞬止まる。


それから流れる。


『大人』


『煽らないの偉い』


『声小さいけど勝った』


『これは切り抜かれる』


悠は配信終了ボタンにカーソルを合わせた。


押す前に、コメントが一つ目に入った。


『でもさ、相手の配信見ないって、逃げじゃね?』


悠の指が止まる。


逃げ。


言い返せる言葉はいくつか浮かんだ。


でも、どれも相手の土俵に見えた。


悠はマイクに近づいたまま、少し間を置く。


「試合は見てました」


それだけ言った。


コメント欄がまた流れる。


『それでいい』


『返しうまい』


『いや今の刺さる』


『試合だけ見て勝ったってことか』


悠は、そこで配信終了を押した。


部屋に戻る。


パソコンのファン。


外の車。


机の上の水。


スマホが震える。


凛からだった。


『黙って勝てた』


少し置いて、もう一通。


『最後、ちょっと言い返したかったでしょ』


悠は画面を見た。


分かるのかよ。


そう思った。


返信欄を開く。


『少し』


送信。


既読。


『少しならいい』


もう一通。


『試合は見てました、は良かった』


悠はスマホを伏せた。


良かったのか。


自分では、少し余計だった気もする。


でも、あれ以上は言わなかった。


それだけは、たぶんよかった。


机の上のメモを見る。


半歩で抜くんじゃない。


半歩で止める。


今日は、それが点になった。


ただの基本。


ただの半歩。


でも、今日はそれが、相手を黙らせた。


完全に黙らせたわけではない。


相手はたぶん、また何か言う。


切り抜きも出る。


コメント欄も荒れる。


でも、スコアは2対0だった。


そこだけは、もう動かない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ