第百二十四話 太陽の鳥
フェーニクスとの戦闘が始まった。
まず先手を打ったのはフェーニクスの方だ。
外見から予測される属性そのままに、嘴を開いて炎を吐き出す。
それをメルセデス達は四方へバラける事で回避し、各々の方法で飛行した。
メルセデスは重力を操作する事で浮き、ユリアは風の魔法で足場を作る事で空を走る。
元々飛べるドミニオンとピーコは言うまでもない。
炎で攻撃をする守護者といえばヒストリエを思い出すが、同じ炎でも威力はこちらが勝る。
余裕をもって回避したはずなのにチリチリと焼け付くような痛みを肌が訴え、熱気で空が歪む。
ヒストリエはあくまで精神攻撃がメインで炎による攻撃は言ってしまえばサブウェポンのようなものだった。
だがフェーニクスは純然たる炎の使い手だ。ヒストリエと同じと思ってかかると火傷では済まない。
メルセデスは素早くフェーニクスに手を翳し、重力で動きを止めた。
それと同時にユリアが氷の短刀を投げつけ、ドミニオンが槍の先から光線を発射する。
残念ながら氷の短剣は届く前に溶けてしまったが、光線の方は有効だ。
フェーニクスの羽を貫き、ダメージを与えている。
思ったよりも脆い。
そう考えたのも束の間、貫かれた箇所が炎と共に再生してしまった。
頑丈さはないが、再生力が強いタイプのようだ。
確か二番目に戦った守護者であるパラディースも再生力の強い敵だったな、とメルセデスは思い出す。
パラディースは植物の魔物で、どこを攻撃してもすぐに再生する手強い相手だった。
最終的には根本を断ち切る事が勝利への方法と読んだメルセデスによって地面から引き抜かれ、真っ二つにされた事でようやく沈黙したが……今回の敵はパラディースのように地面に根を張っているわけではない。
そして何より厄介なのは……この鳥自体が常に燃えているせいで、その熱気に阻まれて近付く事すら出来そうにないという点か。
下手に接近戦などを試みれば、それだけで焼死させられてしまう。
「ユリア、氷は効かん! 風の魔法で攻めろ!」
「あいよ!」
ユリアが両手を薙ぐ事で風の刃が飛び、メルセデスは以前パラディースとの戦いの最中に習得した鉄属性の魔法で無数の剣を生成して、それを風の魔法で射出する。
風と鉄の刃が次々とフェーニクスに直撃するが、まるで応えた様子がない。
刺さる傍から再生してしまっている。
「無駄だ! 挑戦者よ!」
フェーニクスが吠え、そしてメルセデス目掛けて突撃した。
体当たり――最も原始的で単純な攻撃だ。
しかし常に燃えているこの鳥がそれを行うならばそれは、燃え盛る大質量の火炎が突っ込んでくるに等しい。
守護者はどれも一国の軍隊に匹敵する力を持つと言われている。
仮にこのフェーニクスをどこかの国の中心にでも居座らせれば、それだけで家屋は炎上し、その炎が広がって瞬く間に灼熱地獄が完成するだろう。
存在そのものが既に攻撃。そこにいるだけで何もかもを焼き尽くしてしまう。
それがこの守護者、フェーニクスなのだろう、とメルセデスは考えた。
そしてその炎の弾丸がメルセデスに直撃――するよりも先に、メルセデスが消えた。
「!」
フェーニクスが驚き、それと同時に背後から放たれた重力魔法に撃たれた。
ユリアが使う水魔法、『ミカガミ』は空気中の水分を操る事で鏡を作り出し、疑似的な分身を可能とする。
フェーニクスを前にしては残念ながらすぐに蒸発して消えてしまう幻だが、それでも効果が無いわけではなさそうだ。
「ほう……幻か。ならばこういうのはどうだ?」
フェーニクスが嘴の端を歪め、鳥のくせに笑う。
そして翼を広げると場の明度が上がり、辺りの温度も急上昇を始めた。
炎を操るだけではなく、自らの温度を変える事も出来るらしい。
試練の間が一瞬にして、まるで真昼の砂漠のような暑さに変わる。
汗は嫌でも流れ、肌に張り付く服が気持ち悪い。
そして厄介な事に……視界が全然効かない。
吸血鬼は夜行性の生物である。
物語の吸血鬼のように日光に当たっただけで最高に灰! になったりはしないが、それでも日光は苦手だ。
吸血鬼にとっての真昼は、他の生物によっての深夜に等しい。
ましてや他の生物ですら明るさで目が眩むこの明るさの中にあっては、完全に視界を殺されたようなものだ。
メルセデスの目には最早何も映っておらず、何もかもが白く見える。
「ピー!」
横からピーコの鳴き声が聞こえると同時に、肩を掴まれて上へ運ばれた。
下にはフェーニクスと思われる熱気が感じられる事から、恐らくはフェーニクスの突進から間一髪でピーコに救出されたのだろう。
「殿、どうした!? 棒立ちなんてらしくないじゃないか!
いや、空に浮いているから棒立ちとは言わないのか……?
ええと、この場合は棒浮き……?」
「どっちでもいい。しかし不味いな……全然目が見えん……」
「目が? 確かに目が痛いほどに明るいが……見えないというほどじゃ……」
「吸血鬼は光に弱いんだよ。というかお前は何で平気なんだ」
「音と匂いと勘で何となく分かる!」
「……そうか」
ユリアが心配しつつ変な事を言っているが、メルセデスは今回の敵との相性の悪さに焦りを感じていた。
ヒストリエがメルセデスにとって相性最高の守護者ならば、今回は完全にその逆……相性最悪である。
メルセデスはフェーニクスの事を純然たる炎の使い手と考えていた。
だがそれは間違えていた。こいつは炎の使い手などではない。
こいつ自身が炎の化身……フェーニクスは炎を纏った鳥ではなく、鳥の形をした炎そのものだ。
まるで太陽を相手にしている気分になる。
「闇の中で生きる魔の者も、光の中では何も見えまい。
私に挑んだ不運を呪うがいい」
フェーニクスが勝ち誇りながら炎を吐き出し、それを咄嗟に前に出たドミニオンがバリアで防いだ。
ピーコはメルセデスを掴んだまま敵から距離を取り、ユリアが果敢に風の刃で攻撃を加える。
だがその中でメルセデスだけが何も出来ない。
敵の位置が分からなくては攻撃など出来るはずもないのだ。
ヒストリエの時も視界を塞がれた事はあった。
あの時は音の反響で敵の位置を割り出したが……この開けた大空というフィールドではそれも出来そうにない。
(くそ……私が足を引っ張る事になるとは……!)
今この場で戦力外となっているのは、メルセデス自身であった。
その事実に焦燥を感じるも、何も出来ないという事実に変わりはない。
不味い事態だ、と素直に思う。
敵の発する熱だけで刻一刻と体力と水分は削られ、視界も封じられて満足に戦えない。
おまけに熱のせいで近付く事も出来ず、攻撃を加えてもまるで無意味ときた。
炎は物質ではなく現象だ。そんなものを相手にいくら攻撃を加えても意味などない。
こんなものを相手に一体どうしろというのだ。
「カミカゼ!」
ユリアが魔法で竜巻を起こし、フェーニクスを閉じ込める。
だが炎の化身は竜巻など知らぬと突撃し、メルセデスを狙った。
その前に咄嗟にドミニオンが割って入るが、それでは被害者が変わるだけだ。
「ぐ……お……!」
ドミニオンの鎧が瞬く間に溶解し、ドロドロに溶けた飴細工のようになってしまう。
その隙にメルセデスを掴んだピーコが素早く退避するが、ドミニオンは逃げられない。
手足は勿論として全身の至る箇所が溶けて落ち、原型すら残さずにドミニオンは崩れ落ちてしまった。
断末魔すら発せずにドミニオンだった鉄の塊が落下し、メルセデスは何も出来ずに貴重な戦力を喪失してしまう。
「こりゃあやばいんじゃないかい、殿。どうする? 何かいい手はないか!?」
「……奴は恐らく炎そのものだ……だが、だとすると奴は燃え続ける事が出来る限り不滅という事になる。つまりは……酸素だ。奴を完全に閉じ込め、酸素の無い状態に持ち込めれば消えるはずだが……ユリア、酸素というものは分かるか?」
「分からん!」
「……だろうな」
メルセデスの読みが正しければ、フェーニクスを倒す方法は、完全に消火してしまう事だ。
だがここまでの戦闘を見るに、多少消したり削ったりした程度では何の意味もない。
ならば方法は一つ。燃焼そのものを出来なくしてしまう以外に手はない。
そしてそれを可能とする属性は風だ。風の魔法を上手く使って真空状態を作り、そこに閉じ込めてしまえば……いや、何も真空状態をこちらから作る必要はない。
完全に外気と遮断された場所に閉じ込めてしまえば、後は勝手に酸素を使い果たして燃え尽きるはずだ。
だがどうやってそれを作る? 鉄属性魔法でアレを閉じ込める為の容器……例えば缶詰のようなものを作って閉じ込めても、生半可な鉄など融解させて突き破って来るだろう。
風魔法で一部分に真空空間を作る? ……馬鹿な。それを可能とするにはどれだけ繊細な技量が求められるか分かったものではない。
ユリアならば出来そうな気もするが、そもそも酸素の何たるかも知らない彼女にそれを求めるのはただの無茶ぶりだ。
「作戦会議か? そんな暇はないぞ!」
フェーニクスがメルセデス達の方を向き、火炎を吐き出した。
ユリアは咄嗟に横に跳んで回避し、ピーコもメルセデスを掴んだまま上へと逃げる。
だが炎はピーコを追尾し、そして逃げ場のなくなったメルセデスに炎が迫った。
だが命中する直前に下から光線が迸り、フェーニクスの顔を撃ち抜いて攻撃を中断させる。
更に、何かが下から飛翔してメルセデスの前に浮き、彼女に手を翳して傷を癒した。
「大丈夫か、マスター!」
聞き覚えのない女の声だ。
メルセデスをマスターと呼ぶ女といえばツヴェルフが該当するが、少なくとも彼女の声でない事は確かだ。
第一管理者がこの試練に介入するなどという事は考えにくい。
相変わらずの明るさで視界が効かないメルセデスの為に何者かは前方に鉄の壁を生成して影を作り、光と熱気を遮断する。
そうする事で初めてメルセデスはその人物を見た。
……やはり知らない人物だ。
身長は160ほどだろうか。白銀の髪をポニーテールにした、美しい少女の姿をしている。
耳元からは天使の羽のような飾りが覗いており、華奢な体は白い軽鎧で包まれている。
一見した印象は戦乙女とか、姫騎士とか、そういういかにもオークに弱そうなヒロイックなもので、やはり全く見覚えがない。マジで誰だこれ。
手持ちのダンジョンの中からは、新しい美少女の登場にテンションを上げるベアトリクスの声が聞こえて来る。
こいつも試練に参加させて、敵の炎に飛び込ませるべきだったと少し後悔しないでもない。
「……いや、待て。まさかお前……ドミニオンか?」
現状、心当たりがあるのは先程やられたドミニオンくらいしかない。
メルセデスが半信半疑で名を聞くと、少女は嬉しそうに笑顔で頷いた。
ベンケイ「美少女属性追加……だと……!? 馬鹿な、これではますます出番の差が……」
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中身は筋肉モリモリの大男




