第百二十二話 決闘
レスリーが勢いに任せてグラシアンに決闘を挑んだ日の夜。
彼女はメルセデスと同じ宿でぐーすかと眠りに就いていた。
何故彼女が吸血鬼の集落の宿にいるのかといえば、テントを燃やされて行き場のなかったレスリーをメルセデスがここまで連れてきたからだ。
鼻提灯を膨らませるレスリーを見ながら、さて面倒な事になったな、とメルセデスは思案する。
グラシアンの事は遅かれ早かれ潰すつもりだったが、決闘を明日に控えた状態では当然のように護衛に囲まれているだろうし、これでは手出しがしにくい。
決闘を前にしてまず警戒するべきは暗殺である。
決闘ならば当然、敗者が死ぬ可能性は高く、故に命を惜しんで決闘相手を暗殺しようとする者は珍しくもないはずだ。
だからグラシアンは明日まで集落から動かないだろうし、周囲は護衛で固められているだろう。
一方レスリーにもその危険はある……というより、あのグラシアンの性格からして十中八九何かしら手を打ってくるはずだ。
だからこそメルセデスは、レスリーをここに避難させたのだ。
メルセデスならばグラシアンの護衛など強引に突破して潰す事は可能だが、それをやれば後が面倒になるし、国際問題にも発展しかねない。
以前帝国に攻め込んだ時のようにダンジョンから魔物を出して襲撃させるという手もあるが、それはダンジョンの所有者がここにいると伝えるようなものだ。
そして今、この集落にはダンジョン所有者であるジークリンデがいるのだから下手をしなくても疑いがジークリンデに向かうだろう。
だからメルセデスは、一度機会を待ってみる事にした。
彼女の読みが正しければ、そろそろ来るはずだ。
「殿。エルフェの集落からこちらに向かって来る男を確認しました。
例のグラ……グラ……ええと……例の男の部下の一人です」
「手足を縛って生け捕りにして私の前まで連れてこい」
「はっ」
相変わらず記憶力に少し難ありのユリアが、エルフェの集落からこちらに向かって来る間者の存在を発見してくれた。
なので捕獲命令を出し、そのままユリアの帰還を待つ。
まずは予想通り……やはりグラシアンの馬鹿は、部下を送り込んで来た。
狙いは読めている。大方、マスケット銃の無力化だろう。
決闘になれば、魔法を使えないレスリーを相手に魔法を使えるグラシアンが絶対有利だが、唯一彼に負ける可能性があるとすれば、レスリーの持っているマスケット銃だ。
予備の弾丸はテントと一緒に燃えてしまったが、予め込められていた弾だけは残っている。
そして彼女のマスケット銃は特別製で、連射可能という代物だ。
グラシアンの魔法の腕前は知らないが、魔法を行使するまでにはどうしても『間』が生じる。
だがレスリー製のマスケット銃はすぐに発射可能で、決闘開始と同時にグラシアンの頭を撃ち抜いて絶命させる事も可能なのだ。
レスリーの性格上それはやらないだろうが、しかし狙いが逸れて頭に当たる可能性はゼロではない。
だからグラシアンは、自らの死と敗北の可能性をゼロにする為にマスケット銃を狙って来るだろう……というのは簡単に予想出来た事だった。
やがてユリアが、一人のエルフェを連れて帰還しメルセデスに跪く。
その隣には手足を縛られたエルフェがおり、グラシアンに渋々従っていた奴の一人で間違いなさそうだ。
「さて、早速だが何をしに来たか答えて貰おうか。
偽りの返答をしたら指を一本落とす。沈黙を五秒続けても指を一本落とす。
落す指が手足から全て無くなれば右目を潰す。その次は左目だ。
情報を吐くのに必要な器官以外は一つずつ潰していく。
選べ。主への義を通して取り返しのつかない姿になるか、それとも怪我をしないうちに全て吐くか。
決断が遅れれば遅れるだけ……」
「全部話します。助けて下さい」
とりあえず、情報を聞き出す為に軽く脅しをかけてみたのだが、グラシアンの部下はあっさりすぎる程にあっさりと降伏した。
グラシアンの人望のなさからいって、指を落とす寸前になれば根を上げて全部ゲロするだろうと思っていたが、どうやら予想以上にグラシアンへの忠誠心はなかったらしい。
ある意味感心してしまう程の即断即決だ。
「私はグラシアン様の命令でここに来ました。目的はレスリー様の所有しているマスケット銃の弾を空砲とすり替える事です。マスケット銃さえ無力化してしまえば負ける要素はないので後はグラシアン様が公衆の面前でレスリー様を痛めつけて恥をかかせるという算段でした。グラシアン様の得意とする魔法は風属性魔法で特に砂利などを風に乗せて相手に叩き付ける事を得意としております。ただし風に乗せる事の出来る大きさは片手で掴めるサイズの石までで、それ以上の物は浮き上がりません。ただし片手で持てる石といえど十分な加速を乗せて撃ち出されたそれは頑丈なレンガの壁にめり込むほどの威力があり、十分な攻撃力を有しております。魔法を行使するのに必要な時間は凡そ四秒。風に石を乗せるまでに二秒。その石を発射するまでに一秒。発射された石が対象に届くまで……距離にもよりますが、決闘ならば10m以上距離が空いた状態で開始される事はないと想定し、最大でも二秒。魔法発動動作から攻撃完了までにかかる時間は合計九秒であり、マスケット銃で撃てば余裕で先制攻撃が可能です。グラシアン様もそれを危惧して私を送り出しました。他に何か知りたい事はございますか?」
聞いていない情報までペラペラと話し始めた。
これには脅した側であるメルセデスの方が渋い顔になってしまう。
とりあえずグラシアンの得意魔法は分かった。
風魔法だが、恐らく風の刃や竜巻を生み出すだけの技量もないのだろう。
砂利などを乗せて相手にぶつけるという使い方しか出来ないようだ。
とはいえエルフェ相手ならば殺傷力はそれで十分である。
台風で吹き飛んできた石や瓦礫が恐ろしいのと同じように、風に乗って加速した石や砂利はそれだけで凶器となるだろう。
だが発射までの時間が遅すぎる。これでは銃の的でしかない。
いや……そもそも普通に考えて、銃と魔法で戦えば基本的には銃が有利なのだ。
それこそベルンハルトのようにノータイムで相手の足元から槍を出すような化け物でもない限り、どうしても速度では魔法は銃に劣る。
これはメルセデス自身も例外ではない。重力魔法を前動作なく発動している彼女だが、実際に使うと決めてから効果が出るまでには多少の『溜め』が存在している。
故に、グラシアンがマスケット銃を警戒するのは当然の話であった。
メルセデスは、グラシアンの部下の頭に指を置き、わざとらしく魔力を出す。
それから少し離れた壁を同じように指差し、不可視の重力魔法によって負荷を与え、穴を開けた。
「お前の頭の中に魔法を閉じ込めた。今、壁に穴を開けたものと同じやつだ。
お前がどこにいようと、私の意思一つで頭の中を破壊し、死に至らしめる事が出来る」
無論、嘘である。
そんな器用な真似はメルセデスには出来ない。
というか重力なんかを脳の中にセットしては、その時点で脳が潰れて死んでしまうし、それ以前にまず皮膚や頭蓋骨に阻まれる。
相手に何も感じさせずに魔法を体内に仕込むなんて真似は不可能だ。
だがそんな事はこのグラシアンの部下には分かるまい。
何せ重力という概念すら知らないのだから。
さー、と顔を青くした彼にメルセデスは言葉を続ける。
「お前が私の命令に従えば、頭の中の魔法を解除してやる。
ただし裏切ればどうなるかは分かるな?」
男は無言でコクコクと、凄い勢いで首を縦に振った。
「ならば、よし。お前がこれからするべき事は……」
そしてメルセデスは、男に命令を伝えてから解放してやった。
◆
グラシアンは勝利を確信していた。
レスリーに決闘を挑まれた時こそ驚いたものの、冷静になってみれば別に慌てる必要などどこにもない。
奴は魔法を使えない出来損ないで、こちらは魔法を使える。ならば負ける要素などあるはずがないのだ。
むしろこれは、大衆の面前でレスリーに恥をかかせ、上下関係を教えてやるこの上ない好機だ。
唯一不安……いや、レスリー如きを相手に不安などあるはずもないし、あってはならないのだが……ともかく、懸念事項と言えない事もない要素が一つだけあった。
それはレスリーの持っている銃だ。
彼女は道具を弄り回して色々とガラクタを造っており、恐らくあの銃もそんなガラクタの一つだろう。普通のマスケット銃と違ってどんな性能をしているかも分からない。
勿論ガラクタなど全く恐れるに足りないし、そんなものに魔法が負けるなど万に一つもないと思っているのだが……だがもしかしたら十万に一つ、百万に一つくらいの可能性でならば『もしも』が起こるかもしれない。
たまたまレスリーが生涯最高の幸運に恵まれて、こちらが生涯最悪の不運に見舞われるくらいの奇跡的な偶然が重なったりしない限りはまずあり得ない事なのだが……もしかしたら、レスリーの放った弾丸が自分に当たって、最悪殺されてしまう可能性も……あるかもしれない。
いや、勿論繰り返すがグラシアンは全然レスリーの銃など脅威には感じていないのだ。少なくとも彼自身はそう思っている。
だが世の中には何事も予期せぬ『もしも』に備えておくことが大事なわけで……だからグラシアンはその僅かな『もしも』が起こらないように、夜中に部下をレスリーの所へ忍び込ませ、弾丸を空砲とすり替えさせた。
いや勿論全然脅威には思ってないのだが。仮に実弾だったとしても負ける気はしないのだが。
そう自分に言い訳をしつつ、グラシアンは部下を向かわせ、無事に弾をすり替えたという報告を聞いた。
これでもう、事故は起こらない。唯一の武器である銃を無力化されたレスリーが自分に勝てる可能性はゼロだ。
そう信じて、グラシアンは決闘当日に集落の広場へと意気揚々と赴いた。
「よう、出来損ない。命乞いの練習はしてきたか?」
勝利を確信した歪んだ笑みで、グラシアンはレスリーを挑発した。
周囲は大勢のエルフェが集まり、決闘の見届け人としてギルドの職員が立っている。
レスリーは緊張した面持ちで銃を持っているが、その中身が空砲だという事を知っているグラシアンにはこの上なく滑稽に見えた。
「は? す、するわけないし! アンタこそ恥かく覚悟は出来たんでしょうね!?」
「出来てるわけねえだろバーカ。だって恥かくわけねえし」
恥をかく覚悟などする必要がない。
これから火に触れるわけでもない者が火傷をする覚悟をするか?
料理を食そうとしている者がこれから飢え死にする覚悟などするか?
起こらないと分かっているものに対し、覚悟など不要だ。
だからグラシアンは余裕の態度でレスリーを嘲笑った。
「まだ実力差が分かってねえようだな。
……よし、一発だ。先に一発撃たせてやる」
どうせなら、レスリーが慌てふためき絶望する顔を見てやろう。
そう思ったグラシアンは、あえて先手をレスリーに譲ってやる事にした。
頼りにしている道具が肝心の場面で不発……なんて事になれば、奴はさぞ絶望するだろう。
その時に思い切り笑ってやろう。ほら見ろ、やっぱりガラクタだったじゃねえかと馬鹿にして無力さを悟らせてやろう。
そう決め、グラシアンは両手をわざとらしく広げる。
「おい、開始だ。合図を出せ」
「本当によろしいので?」
「いいって言ってるだろ。さっさとやれ」
「では……」
決闘の見届け人が空に手を翳し、派手な音と共に魔法を放った。
これがエルフェの決闘の開始の合図だ。
エルフェの決闘とは、『早撃ち』である。いかに素早く正確に魔法や弓を放ち、相手に当てる事が出来るかを競うものだ。
ただし相手の攻撃を魔法などで防ぎ、あるいは回避する事は許されている。
防がれる方が悪い、当てられない方が悪い……そういう事だ。
そしてもしも互いの攻撃が当たらなかった場合は仕切り直しとなり、再度見届け人が合図をして攻撃を繰り返す。
そうして先に相手に攻撃を当てた方が勝者となる。
つまり先手を譲ろうが、防ぐ事が出来るならば負けはしない。
だが言葉で言うのは楽だが、先手を譲った上で完璧に防いで勝利するにはそれなりの実力差が必要であり、分かりやすく互いの格の差を教える為の方法として一部の実力派には好まれていた。
また、決闘前に最初に使用する攻撃方法を宣言する必要がある。
例えば弓を宣言した者は、仮に魔法を使えるとしてもその決闘内で魔法を使ってはいけない。攻撃は勿論、防御や回避への使用もアウトだ。もしこれを破れば自動で負けとなる。
なのでエルフェの決闘は基本的には魔法一択である。弓や銃では相手の攻撃を防ぐ事は至難の業で、マスケット銃に至っては一発限りなのだから最初の一発を外してしまえば何も出来なくなって自動で負けが決定する。
合図と同時にレスリーが銃を構え、グラシアンは余裕で佇む。
どうせアレは空砲だ。当たるわけがない。
その上で、こう言ってやろう。
『せっかく先手を譲ってやったのに不発とは拍子抜けだ』と。決闘の場にすら立てなかった無能として笑ってやる。
約束された勝利に歪んだ笑みを浮かべるグラシアンの前でレスリーが引き金に指をかけ――。
――銃声が響き、グラシアンの足を綺麗に撃ち抜いた。
グラシアン「全っ然、銃とか怖くねーし!? 俺の魔法なら余裕だし!?
でもちょっと……いや数百万に一つくらいの奇跡的な可能性で事故があるかもしれねーし!?」
Q、こいつビビり過ぎやろ……。
A、だって銃は怖いし……。
Q、このルールだとマスケット銃最強じゃね?
A、最初の一撃に限れば最強。ただし普通は一発限りなのでもし最初の一発を外したらその時点で負け確定。尚、レスリーは8発撃ってくる。
後、マスケット銃で弾幕を展開するどこぞのホーリーな突然失礼さんは計算に入れないものとする。




