第百二十一話 決闘騒ぎ
それはレスリーのテントが燃える五分ほど前の事。
グラシアンは、レスリーのテントの中に侵入していた。
彼は歪んだ感情の赴くままにこれからテントを燃やすが、しかし気掛かりなのはテントの中に貴重品……例えば一般には滅多に出回らない魔石や、ミストラル子爵家の家宝などが万一紛れていたら厄介だ。
特に家宝は燃やすのは不味い。魔石ならば勿体ないで済むが、家宝など燃やした日にはミストラル家が激怒し、必ず犯人を探し出そうと躍起になるだろう。
グラシアンは考えの足りない男だが、しかし己の保身を考える程度の知能はあった。
だから本当に燃やしてはいけないものがないかを確認する為に、ここに侵入したのだ。
また、万一にも近くに誰かがいて巻き添えで焼死などしては洒落にならない。
グラシアンはあくまでレスリーの心の拠り所を壊したいだけで、そこまで大事にするような度胸はないのだ。
「しかし……わけのわからんゴミだらけだな。これなんか何に使うんだ?」
足の踏み場にも困るくらいに転がっているガラクタを蹴り、一冊の本を踏みつけた。
何かと思って持ち上げ、そこでグラシアンはこの本は確かレスリーが大事にしていたものだったなと思い出す。
一体何が書かれているのかは分からないが、レスリーはこれをよく読んでいた。
「……ふん」
本を見て少し考え、グラシアンはその本を懐に仕舞いこんだ。
あれほどレスリーが執心しているのだから、何か歴史的に価値のある資料なのかもしれない。
そんな考えから、彼はその本だけは残す事を選んだ。
◆
メルセデスがレスリーを伴ってエルフェの集落へ行くと、既に火は消火された後であった。
流石は魔法に長けたエルフェといったところか。水の魔法や氷の魔法で見事に鎮火に成功している。
煙一つ残っていない焼け跡には、レスリーの造った道具の成れの果てが、焦げた鉄屑として転がっていた。
レスリーは流石にショックを受けているようだが、一番大事な本は無事だったので(正確には無事ではなかったのだが)一応僅かなりとも心の余裕はあるようだ。
とはいえショックはショックで、乾いた笑いを浮かべている。
「あはは……どうしよ……全部燃えちゃった」
「残っているものはないのか?」
「一応、ダンジョン攻略用に持ち歩いてたマスケット銃と、ウォータージェットは無事だけど、後は全滅……あ、でも、弾丸と水の魔石はテントの中だったからマスケット銃とウォータージェットも使えないや……一応、今充填してる分の魔石と弾丸だけはあるけど……」
「かろうじて実用的な二つが残ったのは不幸中の幸いか」
レスリーの発明はほぼ燃えてしまったが、彼女が普段から身に付けているものだけは不幸を免れたようだ。
だが、他の道具も決して悪かったわけではない。
今の世の中では評価されにくいだろうし、的を外していたがどれも間違いなく価値のある道具だったのだ。
少なくとも、火を点けた阿呆よりは間違いなく価値があったとメルセデスは断じる事が出来る。
「おやおやあ? これは何の集まりだ?」
おっと、火を点けた阿呆(仮)のご登場だ。
グラシアンはニヤニヤと笑いながら、毎度の如く取り巻きを引き連れてやってきた。
その後ろにいる取り巻きは、気のせいか疲れたような顔をしている。
間抜けな主を持つと苦労するという事か。メルセデスは少しだけ彼等に同情した。
「ユリア、あいつか?」
「はっ。間違い………………間違いございません」
メルセデスが名前を呼ぶと、影のようにユリアがメルセデスの背後に立ち、主の問いに肯定を返した。
しかし返事をするまでにかなり間があったので、思い出すのに苦心したのだろう。
まあ思い出せただけユリアにしては上出来と思うしかない。
そして答えた後は霞のように消え去り、痕跡も残さない。
本当に腕だけは申し分ない……腕だけは……。
ともかく、これで犯人確定だ。
しかし証拠がないのでは、ここで追求しても意味がない。
確たる証拠か証言が必要だ。
ユリアならば証拠くらい簡単に入手出来ただろうが、残念ながら証拠の入手までは命じていないのでこれも期待は出来ない。
というより、ユリアにあまり複数の命令を出してしまうと、どれかを忘れてしまう可能性が高いし、何が証拠になるかの判別も出来なさそうだ。
まあ、犯人で確定したならば証拠の有無などは別にいい。何も司法の場に出して正式に裁いてもらおうというのではないのだ。
ただの害虫処分に万人が認める証拠も証言も必要あるまい。
「ほう、レスリーのテントが燃えたのか。ははっ、丁度よかったじゃないか。
ゴミを処分する手間が省けたじゃねえか」
「ゴミですって!?」
「おお、ゴミだろうよ。何に使うのかも分からん鉄屑ばっか造りやがって。燃えちまった方が世の中の為だ」
グラシアンはレスリーを嘲るように言い、彼女の怒りを煽る。
だがメルセデスは彼を無視して焼け跡に行き、まだ使える物が残っていないかを確認する事にした。
アレは後で処分するが、今は人の目があるから放置しておいた方がいい。
それならばまだ、グラシアンの話などを聞いているよりは焼け跡からサルベージする方が時間の無駄ではないと思ったのだ。
レスリーもそれに続き、二人はグラシアンを放置したまま焼け跡を漁る。
まだ腹は立てているようだが、アレを相手にしてもストレスが溜まるだけだと学習したようだ。
「これはどうだ? 見た感じ大丈夫そうだが」
「あー、駄目ね……中がやられちゃってるわ。こっちの照明器具は……うん、駄目ね」
「お、おい……」
グラシアンの思っていた反応と違ったのだろう。
ゴソゴソと焼け跡を漁るレスリーに、困惑したような声をかける。
だが無視だ。レスリーは振り返りもせずに焼け跡を探す。
使えそうなものは……残念ながら残っていないようだ。
「おー、俺達も手伝うよ」
「何か残ってるといいねえ」
「こう言っちゃ誤解されるかもしれないけど、燃えたのが物だけでよかったよ。怪我がなくて何よりだ」
「おい……待てよ……何だよ、その反応は……」
周囲の人々も積極的に手伝いに加わり、皆で焼け跡を漁る。
もう駄目そうなものは運び出し、壊れてはいるものの溶かせばまだ鉄として使えそうなものは分けておく。
気付けばグラシアンと取り巻きだけを残して皆でワイワイと焼け跡を片付けていた。
レスリーはエルフェの中では落ちこぼれとして肩身が狭かったというが、積極的に馬鹿にしたり蔑んだりする阿呆はそう多くはないらしい。
それはそうだ。勉強が苦手な者がいたとして、それを意味もなく後ろから蹴ったり笑ったりしていいわけがない。
むしろそんな真似をすれば、その阿呆が白い目で見られるだけだ。
その白い目で見られている阿呆は、レスリーの反応が気に障ったのか更に暴言を重ねた。
「はっ! ゴミみてえな出来損ないがゴミ漁りとは惨めだな! まあ仕方ねえか、お前魔法使えねえから、それしか縋る物がねえもんなあ!」
無視である。
周囲のエルフェも呆れたような顔をして作業を続行した。
恐らく彼の横暴な態度はかなり前から悪い意味で評判だったのだろう。
普通ならば誰かが諫めるものだが、何せあの男は一応貴族だ。誰も口出し出来ない。
あるいは更に上の位の貴族から注意くらいはされた事があるかもしれないが、それもレスリーのせいにしてますます逆恨みしているのかもしれない。
どちらにせよ、相手にする価値もないというのがこの場での見解の一致であった。
しばらくグラシアンは一人で喚いていたが、やがて意味がないと悟ったのか、捨て台詞を残して背を向けた。
「ゴミはゴミ同士つるんでるのがお似合いだ。鉄臭え吸血鬼と仲良くやってろ」
種族が違うとはいえ一応メルセデスは公爵令嬢なのだが、それをゴミ呼ばわりとは随分世間知らずなものだ、とメルセデスは呆れた。
とはいえ家の力で逆襲しようなどと思わないし、そんな事をするまでもない。
どのみち処分する予定の虫だ。好きに言わせておけばいい。
そう思ってガラクタ漁りを続けるメルセデスだったが、隣にいたレスリーの気配が遠くに移動している事に遅れて気付いた。
後ろを見ればレスリーは……何と、グラシアンの背中にウォータージェットを叩き込んでいた。
「ぶはっ! て、てめ……何しやが……」
「決闘よ」
「……は?」
「グラシアン、あんたに決闘を申し込むわ。明日の正午よ。逃げないでね」
今までに聞いた事のない冷たい声でそう告げ、そしてもう興味はないとばかりに背を向けて再び焼け跡からのサルベージ作業に戻った。
それから一時間ほど作業が続き、やがて焼け跡はすっかり綺麗に片付けられた上で新しいテントが建てられた。
そのテントの中で新しい生活用品を配置するレスリーに、メルセデスは意外そうに言う。
「決闘とは思い切った事をするな。そんなにアレが耳障りだったか」
「違うわよ」
レスリーはまだ苛立ちが抜けないのか、低い声で答えた。
決闘を挑んだ理由は単純にグラシアンが鬱陶しかったからではない。
彼女にとってはもっと、怒るに値する理由があったのだ。
「あいつ……アンタの事までゴミって言った……」
レスリーが腹を立てた理由は、メルセデスを侮辱されたからであった。
これはメルセデスには分からない感情だ。
少なくともメルセデスは、他人の為に本気で怒る事など出来ない。
だが自分の為にここまで怒ってくれるというのは、それほど悪い気はしなかった。
「で、勝算は?」
「…………」
まあそうした感情や決闘に踏み切った心情はともかく、今重要なのは決闘を挑んだという事実と、それが明日に行われるという事だ。
グラシアンの実力は知らないが、少なくとも魔法を使える事は間違いない。
一方レスリーは魔法を使えずに道具でそれを補うが、その道具がほぼ壊滅状態……状況は圧倒的不利に思える。
その事を指摘するとレスリーは沈黙し、汗を流した。
「ないのか」
「……うん」
勢いに任せて決闘を挑んだはいいものの、肝心の勝算が無い。
その事に後から気付き、レスリーは顔を青くした。
「ど、どうしよ……」
メルセデス「まあ、マスケット銃があるなら開幕ヘッドショットでいけるな」
レスリー「!?」




