第百二十話 歪んだ執着
レスリーは上機嫌であった。
周囲を見返してやろうとダンジョン攻略に名乗りを上げた時は正直言って不安しかなかったのだが、ここ数日は自分でも驚くほどに上手く進んでいる。
理由は分かっている。あのちっこい吸血鬼……メルセデスのおかげだ。
彼女と出会えなければきっとここまでダンジョンの奥に進む事は出来なかっただろう。
このまま上手く攻略出来れば、今まで自分を馬鹿にしていた連中だってきっと見直してくれる。
だがそれ以上にレスリーが嬉しかったのは、自分を馬鹿にせずに認めてくれるメルセデスという仲間と出会えた事であった。
魔法を使えない事を教えても一切態度が変わらない彼女の在り方が何より嬉しかったのだ。
実の所、もうレスリーにとってダンジョンの攻略などどうでもよかった。
ただ、自分の事を認めてくれたメルセデスの役に立ちたい……その想いの方が強くなっていた。
「おい」
鼻歌でも歌い出しそうな軽快な足取りでテントへ向かうレスリーだったが、不意に呼び止められた事で仕方なくそちらを見た。
そこにいたのは、一番会いたくない相手……グラシアンだ。
幼い頃からの知り合いであった彼は、昔は口が悪くともレスリーの事を気にかけてくれる優しい男であった。
だがいつの頃からかどんどん刺々しくなっていき、あの婚約破棄以降はレスリーを見下す言動と暴言しか口にしない。
そういう事もありレスリーは彼の事が大嫌いであった。
「……何だ、グラシアンか。何よ」
「別に。ただ、随分と上機嫌だと思ってな」
上機嫌にしてはいけないのか、と言いそうになったが止めた。
この男の中ではいけない事なのだろう。
勿論、こんな奴の理屈に付き合ってやる義理も義務もないが。
「ダンジョンの攻略を諦めて開き直ったか? まあ魔法も使えない出来損ないのお前じゃいずれそうなるのは目に見えていたがな」
「そう思いたいなら勝手に思ってればいいじゃない。言いたい事がそれだけなら私はもう行くわよ」
グラシアンの暴言をまるで意に介した様子もなく受け流し、そのままレスリーは歩いて行った。
これにはグラシアンの方が意表を突かれ、硬直してしまう。
彼の知るレスリーには、今までこんな余裕はなかった。
こちらが馬鹿にすればむきになって反論してきたはずなのに、今回はそれがない。
小さくなっていくレスリーの背中を見ながら唖然とするグラシアンの背後で、取り巻き達がヒソヒソと話す。
(あーあ……ありゃ嫌いを通り越してとうとう無関心まで行っちまったかな)
(グラシアン様ももうちょい素直になりゃ違ったろうにな……好きな子に意地悪するなんて許されるのは子供のうちだけだってのに、変に拗らせて引っ込みつかなくなって……ありゃもう終わりだな。完全に芽がねーわ)
何故グラシアンがレスリーに暴言ばかりを吐くのか。その理由を取り巻きのエルフェ達は知っていた。
結論から先に言ってしまうならば素直になれない子供染みた、そしてこの上なく歪んで捻じれ切った好意の裏返しだ。
本当は異性として強く意識している。だが貴族としてのプライドと、相手が魔法を使えない落ちこぼれである事から、素直に気持ちを口や態度に出すのがこの上なく恥ずべき事だと彼は思っているのだ。
エルフェとして出来損ないと言われているような相手に好意を抱いているなどと周りに知られる事は面子に傷が付いてしまう。だから素直にそれを出せず、隠す為に必要以上に辛辣になってしまう。
しかし根本にあるのは好意である為、自分からレスリーに関わりに行き、そして辛辣に当たる。これの繰り返しでどんどん歯止めが利かなくなり、後にも引けなくなってしまった阿呆がグラシアンという男の正体であった。
レスリーとの婚約も本当は誰よりも喜んでいたのはグラシアンだった。
それだけに婚約が白紙になった時には怒りが爆発し、レスリーに当たり散らしてしまったのだが……結果としてそれはますます彼の立場を悪くしただけだ。
だがそんな彼の内心などレスリーは知らないし、仮に知っていたとしても暴言が許されるわけではない。
彼女の態度は完全にグラシアンの自業自得であり、当然の事でしかなかった。
「……何だよそりゃあ……何でそんな余裕なんだよ……。
お前は……お前は俺がいなきゃ何も出来ねえ出来損ないだろうが……。
そのお前が何で、そんな居場所を見付けたみたいな顔してんだよ……おかしいだろうが……」
おかしいのはアンタだよ。
取り巻き達は口に出さずに内心でそう思った。
正直なところ、この視野の狭い上に浅慮なボンボンに付き従うのはうんざりしているのだが、そこは悲しいかな縦社会。態度には出さずに沈黙を保つ事しか出来ない。
どうかこれ以上自分で自分の肩身を狭くするような真似はしないでくれと祈るものの、残念ながらその祈りは届かなかった。
「ああそうか……あの下らない発明品が心の拠り所か……」
グラシアンの言葉に取り巻き達は一斉に嫌そうな表情を浮かべた。
こんなバカが服を着て歩いているような主だが、そんな主でもかなり長い付き合いだ。
何を考えているのかが何となく分かってしまう。
心底うんざりしたような表情を浮かべる取り巻き達だったが、グラシアンが振り向いた時にはビシッと表情を引き締めていた。
◆
ドミニオンから話を聞き終えたメルセデスが外に出ると、周囲が何やら騒がしかった。
エルフェの集落の方から煙が上がっており、何かが焦げたような匂いがこちらにまで漂ってきている。
どうやら火事のようだ。誰かが間違えてテントに炎魔法でも打ち込んだのだろうか?
エルフェ側のトラブルなので放っておいてもよかったのだが、レスリーが巻き込まれていると困るのでとりあえず現場に向かってみる事にした。
万一の時は護衛に付けているユリアが何とかすると思うが…………いや、やはり不安だ。見に行こう。
「殿」
そう思っていると、後ろから声を掛けられたので振り向く。
するとそこには、レスリーを抱えたユリアの姿があった。
レスリーは何事か分からずに慌てふためいている。
ユリアが連れてきたという事はレスリーの身に何か危険が迫ったという事か。
どうやら無事にユリアは命令を遂行してくれたようだ。
「な、何!? 何なの!? ちょっと離してよ!
私行かないと! 私の発明が! 発明そのものがー!」
「……どういう状況だ?」
「エルフェの集落でグラ……何とかって奴がテントに火を付けた。
で、このお嬢さんが燃えるテントに突っ込もうとしたからアンタの命令通りに連れてきた」
メルセデスは一度煙の方を向き、それから状況を整理する。
テントに火を付けたのは恐らくグラシアンだろう。もしかしたらグラで始まる名前のエルフェが他にいるのかもしれないが、とりあえず暫定でグラシアンが放火したとしておく。
そしてレスリーの慌てぶりを見るに燃えたのはレスリーのテントで、発明品を救出するべく燃えるテントに突撃しようとして、そこをユリアがメルセデスの命令通りに連れ去った、というところか。
「メルセデス!? ちょ、誰よこの人! 何なの何なの!?」
「落ち着けレスリー、そいつは味方だ」
慌てるレスリーを宥めつつ、ユリアを見る。
ドヤ顔をしているが、実際今回はお手柄だ。それに、命令の出し方さえ間違えなければしっかり機能する事も確認出来た。
まあ、メルセデスとしては欲を言えばそもそも火を放つのを止めて欲しかったが……確かに『誰かがテントに放火しようとしたら止めろ』とは命じていない。
だからユリアは馬鹿正直に、グラシアンが放火するのをじっと眺めていたのだろう。
とはいえ、そこを責める気はメルセデスにはなかった。
今はとりあえず、レスリーを回収して来ただけで十分役目を果たしている。
「よくやったユリア」
労いの言葉をかけ、それからレスリーを降ろさせる。
レスリーはまだ混乱から立ち直れていないようだが、少しは落ち着いたようで騒ぐのを止めていた。
そんな彼女へメルセデスは、なるべく刺激しないように言葉を選んで話す。
「悪かったな。万一の事を考えてお前に護衛を付けていたんだ。
あのグラシアンという輩からは簡単に一線を超えてしまいそうな危うさを感じたものでな」
話しながらダンジョンの力で例の本を複製して、懐から取り出した振りをしてレスリーに見せた。
あの火の勢いでは他の発明品はほぼ全滅だろうが、この本とレスリーさえいればやり直しは利く。
レスリーが炎に突っ込もうとしたのも、この本を救出しようとしての事だろう。
案の定、本を目にしたレスリーはひったくるようにメルセデスから本を取った。
「え? これって……え? 何でメルセデスが持ってるの? ていうか火を付けたのってグラシアンなの!?」
「何故持っているかと問われれば、テントが燃える前に念のために回収しておいたからだ。
火を放ったのは確証はないが、グラシアンで間違いないと考えている」
「燃える前にって……そっか、このユリアさんって人が……」
レスリーはどうやら、ユリアがテントから本をサルベージしてくれたと勘違いしたらしい。
まあ、まさかずっと前にメルセデスがコピーしていたなんて想像出来るはずもないだろう。
ユリアは「何の事?」という顔をしているが、余計な事を言わないように無言を貫いていた。
以前に比べればかなり知能が上がっているようだ。この調子ならばこれからも使い物になるだろう。
「けど、グラシアンがそんな……確かに嫌な奴だけど、そこまでやるほどとは……」
「あの手の輩はやるぞ」
レスリーとしては、顔見知りという事もあって少しはグラシアンを信じたい気持ちがあるのだろう。
しかしメルセデスはほぼグラシアンの仕業と断定していた。
人というのは簡単に一線を超えてしまえる生き物だ。
人は人自身が思うよりも遥かに自制心がない。
ファルシュもそう人間と大差がないと考えれば、その自制心に過度な期待を持つのは禁物とメルセデスは考えている。
特にグラシアンは……どう考えても強く自制心を働かせるタイプではない。
とりあえずまずは、この放火が本当にグラシアンの仕業か確かめよう。誤解と決め付けで殴るのはよくない。
そしてもし奴の仕業ならば……その時はもう遠慮は要らないだろう。
害虫は処分する。それだけの話だ。
メルセデス「でもよく考えたら、レスリーの発明が全滅した事で武器もなくなったから自然に試練の外に追いやれるな! 結果オーライ!」
ドミニオン(あれ……? もしかしてこの主、かなりナチュラルに外道……!?)
ベンケイ「せやで」
クロ「せやで」




