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第百十九話 崩れていた均衡

 ドミニオンを捕獲したメルセデスは一度、ダンジョンの外へ出る事にした。

 外は丁度日が暮れる時刻のようで、空が暗くなり始めている。

 試練を前にしてドミニオンという優秀な戦力を確保したが、ぶっつけ本番で言う事を聞いてくれると考えるほどメルセデスは楽観していない。

 己を倒した相手に無条件に従うベンケイや、魔物とはいえ狼である為に元々人に慣れやすかったクロとは勝手が違うのだ。

 まずは己が主である事を認めさせて指示を聞くようにしなければならないし、無理そうならば諦めて処分する必要も出てくる。

 元々メルセデスが自分と魔物のみのパーティー編成にしているのは、同じ吸血鬼だと裏切りの可能性があるから……つまりは、信用出来ないからだ。

 故に僅かでも裏切りの可能性があるならば、それはもうパーティーメンバーとして論外という事になる。

 そしてもう一つ……やはり、レスリーを試練に連れて行きたくないからだ。

 上述の『攻略者を増やしたくない』という理由もあるが、それ以上に危険なのはレスリーが試練で死ぬ可能性があるという点である。

 はっきり言って、レスリーはそれほど強くない。加えてエルフェである為、吸血鬼ほどしぶとくもない。再生はしないし、吸血鬼ならば生き残るような傷でも致命傷となるだろう。

 ならば事前にレスリーを複製してしまえばこの問題は解決するだろうが……だが、複製したレスリーには恐らくオリジナルほどのハングリーさはないだろう。

 レスリーが貪欲に技術と知識を求めたのは、魔法を使えて当たり前のエルフェに生まれながら魔法を使えない劣等感や、周囲を見返したいという逆境の精神から来ている。

 だが複製したレスリーは『ダンジョンで生まれた、マスターの忠実な僕』だ。他のエルフェを見返したいというハングリーさは恐らく失われてしまう。

 たとえ100%同じ存在であったとしても環境や前提条件が違えば、全く別の考えに至ってしまうだろう。

 レスリーという奇跡の存在は、エルフェとしては最底辺に近い境遇や周囲の視線……そういったものがあって始めて成立するものである。

 レスリーを複製すれば、『これまでに彼女が得てきた知識と技術』はコピー出来る。

 だが『この先レスリーが思い付き、辿り着いたはずの未来』には絶対届かない。

 何故ならそこに至る為の動力がなくなってしまうのだから。

 だからメルセデスは、レスリーの複製をしようとは考えていなかった。

 レスリーは、今ここにいる彼女が唯一の存在だ。ダンジョンの力を以てしても替えは利かない。

 それを思えば、どんな守護者が待ち構えているか分からない試練の間に連れて行くのは論外とも言えた。


 その後メルセデスとレスリーは別れ、一週間後にダンジョン前で合流する約束をしてそれぞれの集落へ戻った。何故一週間なのかといえば、ドミニオンに主と認めさせるのに最低そのくらいは必要だとメルセデスが考えたからだ。連携の練習などもしなければいけないので最低一週間はないとどう考えても時間が足りない。

 欲を言えば一月は欲しかったのだがあまりのんびりしていると他の者に先にクリアされてしまう危険も高まる。

 そう簡単にダンジョンが攻略される代物ではない事は知っている。何百年もかけてほとんど攻略されなかったものが都合よく今回だけ速攻でクリアされてしまう可能性の方が低い事も分かっている。

 だが、何事にも例外があるし、何よりメルセデス自身がその例外だ。

 余談だがメルセデスはこの約束の日の前に単身でダンジョンに乗り込み、試練をクリアしてしまうつもりでいる。

 別に約束を破る気はない。ただ約束の前に一人でダンジョンに突撃しないとも言っていないだけだ。


◆


 レスリーと別れたメルセデスは、早速自分の持つダンジョンの中へと入って捕獲したばかりのドミニオンと対面した。

 ドミニオンは暴れても無駄だと理解しているのか、屋敷の床に胡坐をかいて座っている。

 その周囲をベンケイとクロが囲み、いつ暴れても取り押さえられるように待機していた。

 もっとも、ここはメルセデスの所有するダンジョンの中だ。万一暴れたところでドミニオンに打つ手などないだろう。


「まさかダンジョンの所有者だったとはな……」


 メルセデスを視界に入れると、ドミニオンは感心したような声をあげた。

 そしてどうでもいいが、よく考えたら全身鎧の巨漢という点でベンケイとキャラ被りを起こしてしまっている気がする。

 まあベンケイが黒の鎧なのに対し、こちらは白銀なので差別化は出来ていると思うしかない。

 メルセデスはドミニオンの前に立つと、彼と視線を合わせる。

 ドミニオンは3mもあるので座っていてもメルセデスが少し見上げなくてはならない。

 せめてこの身体がもう少し成長してくれれば、と改めて思わされた。


「まずは単刀直入に言おう。私に従え」


 遠回しに言っても意味がないので、まずは簡潔に用件から述べた。

 何か悪役みたいな台詞だなと自分でも思うが、力尽くで捕まえて従えようとしているのだから間違いなく悪党の行いである。なので別にいいかと思い直した。

 

「異論はない。勝者に従おう」

「何だ、やけに聞き分けがいいな」


 少しくらいはゴネられると予想していたのだが、そのメルセデスの考えに反してドミニオンはあっさりとメルセデスの下につく事を受け入れた。

 思えばシュフも特に何もしていないのに自然とメルセデスの配下になっていたり、案外オーガ種に限らず魔物そのものが自らを倒した相手に敬意を払う本能を持っているのかもしれない。

 無論種類や個体によって差はあるだろうし、オーガ種のように『自らを倒した相手に無条件で絶対服従』というのは珍しいのは言うまでもないだろう。


「ならば聞きたい事がある。お前のいたダンジョンは、つい最近まで持ち主がいたか?」

「うむ。君の思っている通り、確かに先日まで『継承者』がいた」

「それはフォーゲラで合っているか?」

「間違いない」


 これは別に驚くべき事ではない。既に八割予想出来ていた事の答え合わせのようなものだ。

 あのダンジョンはどう見ても前の攻略者による手が加えられており、その構造は基本的には飛べる者が有利になるように出来ている。

 恐らくは最初の持ち主……攻略者が後の事を考え、万一継承者が途絶えてダンジョンが野に戻る事があってもフォーゲラの手に渡るようにフォーゲラが攻略しやすいようにしていたのだろう。

 分からないのは何故、それが野に戻ってしまったのか。

 そして元々の持ち主である『継承者』はフォーゲラの王族だったのかどうかだ。

 十中八九王族だろうとは思うが、メルセデスのようにダンジョンを所有しながらも隠している者がいる可能性もゼロではない。


「何故継承者の手を離れた?

……いや、この質問は正しくないな。継承者の手を離れたという事はイコールで血が途絶えたという事……つまりは所有権を持つ者が全員死んだという事だ。

一体フォーゲラの国で何があった? 何故継承者は死んだ?」

「すまないが、その問いに答える事は出来ない。

私も外界を見ていたわけではないのだ。時折呼び出される事はあったから多少は外界の事も知っているが、大半はダンジョンの中で待機していただけだ。

外で何があったのかは私も知らない……ただ、気付いた時は我等は持ち主を失っていた」


 ふむ、とメルセデスは腕を組む。

 確かにダンジョンの中にずっといたのでは、外の事など分かるはずもない。

 ダンジョンの持ち主はダンジョンの中にいながらにして外の情報を得る事が出来る。

 それと同じく持ち主が情報を与えようと思えば、ダンジョンの中の魔物に外の様子を見せる事は可能だ。

 しかし恐らくグレンツェダンジョンの持ち主は魔物に余計な情報を与えないようにしていたのだろう。

 あるいは、そういう機能がある事という情報そのものが失われていたか……。


「以前の持ち主は王族か?」

「王とは呼ばれていなかったが殿と呼ばれていた」


 殿……確かユリアが言うには、フォーゲラの国では王の事をそう呼ぶらしい。

 ならばやはり、前の持ち主はフォーゲラの王族で間違いないだろう。

 一体何があったのだろうか。クーデターか、それとも暗殺か。はたまた、ただの事故死か。

 子宝に恵まれずに病死や老衰で死んでしまったという事もあり得る。

 かの天下人である豊臣秀吉がなかなか子供に恵まれずに苦悩していたというのは有名な話だ。

 それと同じ事が起こって自然と継承者が途絶えてしまっても不思議はない。

 しかし、ダンジョンを失ったとなると今頃フォーゲラの国は慌てている事だろう。

 いくつダンジョンを所有していたかは知らないが、最悪一つという事も考えられる。

 そして、グレンツェダンジョンの構造は既に、エルフェと吸血鬼それぞれの上層部にも伝わっているはずだ。

 ならば少し頭の回る者がいれば、メルセデスと同じく『フォーゲラの国のダンジョンが減った』という事実に行き着くだろう。少なくともあの男は……ベルンハルトは確実にその答えに辿り着く。

 つまり……フォーゲラの国は今がまさに絶好の攻め時というわけだ。


(……種族間の大きな戦争が起こるな……それも近いうちに)


 メルセデスは溜息を噛み殺し、近いうちに必ず来るだろう未来を考えて憂鬱になった。

 この世界は既にいつ大きな戦争が起こってもおかしくない状態にあるが、それでも今まで均衡をギリギリ保てていたのはそれぞれの種族がダンジョンという強大な力を持っていて、互いを牽制していたからだ。

 だがそれが崩れてしまった。

 最早、戦争は秒読み段階に入っている……そうメルセデスは確信した。

ベンケイ「おい、いいか。全身鎧の巨漢キャラは俺が先輩だ。いい気になるなよ」

ドミニオン「お、おう……」


【悲報】ベンケイ、器が小さい

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― 新着の感想 ―
[一言] 複製、複製、お前、どこの宇宙人や考え方キモッ
2022/11/23 17:43 いちごタルト
[気になる点] 感情抜きで考えると いつ失われてもいいように、定期的にバックアップを取っとくとか考えてもいいと思うけど
[良い点] で、父ちゃんが攻めようとする間にダンジョンを攻略してしまおうとするんですねわかります。 [一言] ベンケイさん、器の小さすぎる男だからかなりしくじった著名人を知ってますが、それで大丈夫?
2020/06/30 00:05 ポストオフィバイト
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