第百十四話 レスリーのお家事情
グラシアンとかいう水のトラブルを解決してくれそうな名前のエルフェの貴族を蹴り落としたメルセデスは、レスリーと一緒にダンジョンから脱出した。
外は早朝で、道を歩く者はあまりいない。
夕刻がエルフェと吸血鬼の活動が重なる時間帯ならば、逆に早朝はどちらもあまり活動しない時間だ。
日が昇り始める早朝は吸血鬼にとっては深夜に等しく、エルフェはまだ大半の者が夢の中だ。
閑散とした集落内を歩いてレスリーを、彼女の仮住居に送りながらメルセデスは少し気になった事を切り出した。
「あのグラシアンとかいう貴族とはどういう関係だ?」
聞かずともある程度は推測出来る。
大方、魔法を使えないレスリーをあの男が一方的に見下して、優越感に浸っているのだろう。
何処の世界でもある事だ。人は自分よりも上の者を見て、その凄さを素直に認めるのは実はなかなか出来ない。
それが明らかな雲の上だったりすると嫉妬心も湧かないのだが、下手に手が届きそうな位置だと賞賛よりも先に嫉妬心が湧き起こってしまう。
一方で人は自分より下の人間の欠点などを見付けるのは大好きで、そうした部分を見ては『自分はあいつよりマシだ』と思って己の心を満たすのだ。
決してこれは悪と言い切れるものではない。誰でも大小の差はあれど持っている性だ。
それを態度や言葉に出さない限りは無害であり……アレは、それが出来ない輩だというだけの話なのだろう。
「あいつは隣の領地の子爵家の次男坊で……全然認めてないんだけど、一応元婚約者……」
「元……ね」
貴族同士の婚姻はよくある話だ。
それが本人同士の意思とは関係なく、親同士が勝手に決めた物というのもやはりよくある話で、故に婚約者だからといって必ずしも仲がいいわけではない。
家同士の繋がりを強くするためだとか、片方が男児に恵まれなかったから跡取りとして同格の貴族の婿を欲したとか、いくらでも理由は考えられる。
むしろ恋愛結婚など極めて稀な社会だろう。
「私は……まあ、一応貴族の長女でさ。男児がいなかったから、入り婿としてパパ同士が勝手に婚約者ってことにして……」
「よくある話だ。で……元というのは?」
「……あいつが言ってたでしょ。私、エルフェなのに魔法が使えないからさ……。
それで、魔法も使えない奴の血なんか家に残せるかって……結局、跡取りになるのは妹とその旦那さんって事になって……」
「なるほど。それで子爵の跡取りになる権利を失ったあの男が逆恨みをしているわけか」
レスリーの説明は、本人があまり話したくない内容と言う事もあって要領を得ないが大体メルセデスは理解する事が出来た。
まず、レスリーの家は男児がいなくてレスリーと妹(恐らくまだ子供だろう)がいる。
当初は同格の貴族から継承権のない男児を婿として迎え入れる事で跡取りにしようとした。
その婿がグラシアンで、グラシアンの方も次男というからには上に兄がいるのだろう。ならばグラシアンの家の跡取りはその兄であってグラシアンではない。
しかしレスリーの婿として迎え入れられればグラシアンは正式にレスリーの家を継ぐ事が出来る。
だがレスリーは魔法を使う事が出来ず、レスリー父が魔法も使えない者の血を正式な跡取りの血筋に残せるかと継承権を妹の方に移行させ、その婿を跡取りにすると宣言した……というところか。
これで面白くないのは勿論グラシアンだ。
せっかくレスリーの家を継げると思っていたのに、それが白紙になったのだからいい気分はしないだろう。
そしてその恨みが、魔法を使えないレスリーに向いたわけだ。
「しかし、それならば妹の婚約者がそのグラシアンになるだけではないか?」
メルセデスが疑問に思ったのは、何故それでグラシアンが婚約者の座から外れてしまったかだ。
レスリーは魔法を使えないから跡取りの血筋に残せない。それは分かった。
妹の方に継承権が移動して、その婿を後継者にするというのも分かる。
だがそれならば、その妹の婚約者にグラシアンがシフトするだけではないだろうか。
年齢の差はあるかもしれないが貴族社会ではそんなのは別段おかしな事ではないし、ましてや長寿のエルフェだ。
それこそ十歳二十歳差は当たり前として、百歳くらい年齢に開きがあるのも不思議ではないだろう。
「本当はそうなるはずだったんだけどね……婚約解消の際にあいつ、皆の前で私の事を無能とかクズとか罵倒してさ。
それで、私が跡継ぎとして相応しくないのとは別問題であいつ自身の品格のなさとか性格の悪さを皆が知る事になって……それでパパも、こんな奴にミストラル家は任せられないって。
……あ、ミストラル家っていうのはうちの家名ね」
「それでますます逆恨みか」
「うん……」
何というか、いっそ清々しいほどに駄目な男であった。
これはどのみち、跡取りになどなれなかっただろうなとメルセデスは考える。
確かにグラシアンがミストラル家の跡取りになれなかった一因はレスリーにあるのかもしれない。
だが最終的に墓穴を掘ったのは彼自身だ。
これでは、仮にレスリーが魔法を使えたとしてもいずれは自分で全てを台無しにしていた事だろう。
全く、貴族というのはどこもかしこも面倒なものだ、とメルセデスは溜息を吐いた。
◆
しばらく歩くと、何やら騒ぎ声が聞こえてきた。
丁度吸血鬼とエルフェの集落の境目辺りに人が集まり、何やら喚いている。
いや、喚いているのは主に一人で、後は呆れているだけのようだ。
「だから俺を蹴り落とした吸血鬼を渡せって言ってるんだよ!」
それは先程メルセデスに蹴り落とされ、中継地点に触れる事が出来なかったグラシアンであった。
取り巻きを連れて、自分を蹴落とした吸血鬼……つまりはメルセデスを差し出せと要求しているようだが、対応している側の顔には呆れと嘲笑が浮かんでいる。
ダンジョンの中で吸血鬼の公爵令嬢が、先に自らのパーティーメンバーに攻撃を加えたエルフェの貴族の子を蹴り落としたとして、果たしてそれは何か問題があるのか。
結論から言えば全く問題はない。
そもそもダンジョン自体がシーカー同士が蹴落とし合う場であり、妙な話になるが無法という名の法が存在している。
ダンジョンにおいてはどんな過程を経ても、まず第一に攻略した者こそが大正義であり、故に王となる資格を得る。
無論ダンジョンの中でも上下関係がないわけではない。
貴族が私兵を連れて行く。王族が兵士に護衛されながら突入する。商人が金で雇ったシーカーを連れて行く……そうした事はいくらでもあるだろうし、そこで無法だからと雇い主や主を裏切るような馬鹿がいればそいつは二度と信用されないだろう。
貴族への攻撃にしても、いくら問題ないとはいえ恨みを買う事は確かなのだから極力やらない方がいい。
また、表面上は一応エルフェと吸血鬼は敵対関係ではないので殺しは基本的にご法度である。
しかし蹴落とす程度ならば問題などない。
そもそもこのダンジョン自体、吸血鬼とエルフェの競争のようなものなのだ。
それで相手側が貴族だからといって道を譲るような真似をするのでは本末転倒だろう。
皆、それを理解している。
グラシアンのみならず、その取り巻きも分かっているらしく顔には不満と呆れが浮かんでいた。
馬鹿な主に仕えると苦労するという事か……彼等も大変である。
「はあ。で、引き渡してどうするおつもりで?」
「決まってるだろ。貴族である俺を足蹴にしたんだぞ。
死刑は当然として、その前に拷問にかけて、貴族に歯向かう事の愚かさを教えてやる」
グラシアンの答えに、対応していた吸血鬼はわざとらしく大きな溜息を吐いた。
メルセデスが公爵令嬢だとかは関係ない。
こんな要求に応じていては、その先にあるのは戦争だけだ。
貴族の邪魔をしたからと別種族の平民を差し出すように要求して、それが通るならばいくらでもイチャモンをつけて相手側の平民やシーカーを減らしてしまえる。
ならば当然両方の陣営がそれをやってしまうだろうし、どんどん互いの駒が減るだろう。
最終的には一番偉い王族が自分の邪魔だからと相手側の貴族の首すら要求するようになる。
無論こんなのが通るわけもなく、ふざけるなと戦争になるだろう。
グラシアンがやっているのはそういう事で、だから全員から馬鹿にされているのだ。
さて、放っておいても別段何も起きやしないだろうし、グラシアンが馬鹿にされて終わるだけだがメルセデスは少し考えて姿を出しておく事にした。
レスリーの話を聞いた限りだと、割と他人に責任転嫁をするタイプのようだし、このままだとレスリーの方に飛び火する危険がある。
「レスリー、少し隠れていろ」
「ちょ、何言ってるの? まさか出ていく気? 駄目よ、あいつって後先考えないから、やるって言ったら本当にやるタイプよ!」
慌ててレスリーが引き留めようとするが、メルセデスは気にせずに歩いた。
レスリーの言う通りに、そういうタイプだという事は分かっている。
だからこそ、まずは一人で出て行って『自分とレスリーは仲間でも何でもない』という事をアピールしておいた方がいいと考えたのだ。
最初はそこまでしなくてもいいかと思ったのだが……どうも、予想以上の馬鹿のようなので、ヘイトを分かりやすく自分に集中させておくべきだ。
そうでないと最悪、報復がレスリーの方に飛ぶ。
「私を探しているのか?」
「お、お前!?」
なのでここは、自分は偶然あそこにいただけのシーカーでレスリーとは無関係であり、偶々エルフェが中継地点に触れようとしていたから妨害しただけと思わせておこう。
まあ見た感じ、筋道立てて物事を考えられないタイプのようだし、騙すのはそう難しくあるまい。
レスリーの存在はメルセデスにとって、非常に興味深いので余計な虫に彼女の邪魔をして欲しくないという思いがある。
この先彼女がどれだけのものを造れるようになるのか、どこまで行けるのかを知りたい。
なので、レスリーから目を逸らしておいた方がいいだろう。
……まあもしもそれでも無関係にレスリーに八つ当たりするような輩ならば、その時はその時だ。




