第百十三話 蹴落とし
あれから十回ほど(主にレスリーが)罠にかかりながらも、メルセデス達は無事に船のステージを進んでいた。
道中では何度か他のシーカーとも遭遇したが、大抵は勝手に潰し合って自滅してくれるので刺激してヘイトさえ買わなければ楽なものだ。
今もこの船ステージのゴールと思われるドアの前で吸血鬼シーカーが四人ほど集まり、足を引っ張り合っていた。
どうやら鍵がなければドアが開かないようなのだが、その鍵を持ったシーカーが逃げ回っているせいでいつまでもドアが開かない。
何故そうして逃げているのかといえば、他の三人が自分こそドアを通るのだと鍵を奪おうとしているからだ。
一人が鍵を持っている者を追い、一人は誰かが鍵を奪った瞬間に横取りをする事を狙い、最後の一人はドアの前に待機して通せんぼをしている。
これではいつまで経っても先になど進めないだろう。
「ま、待て! ここは一度手を組もう!」
鍵を持っている者が他の三人を説得しようとするが、三人の行動は変わらない。
むしろ油断した瞬間に鍵を奪われてしまい、そうしたら今度は先程まで鍵を持って逃げ回っていた者が追う側に回った。
「み、醜い……」
シーカー同士の馬鹿丸出しの戦いにレスリーが呆れたような声を出し、メルセデスも内心で同意をする。
とりあえずあんな連中に付き合っていてはいつまで待っても先に進めそうもないのでメルセデスはまず、ドアの前に立っているシーカーを掴むと船の壁を蹴り壊してシーカーを外に捨てた。
「ウワアアアァァァァ!」
悲鳴をあげてシーカーが落ちていき、続けて残るシーカーも掴んでは外に捨てていく。
そして最後に鍵を持っている奴だけになると、その吸血鬼は助けて貰ったと思ったのか頭を下げてきた。
「ありがとうございます」
メルセデスは無言で、男の持っていた鍵を奪ってから頭を掴んで外に捨てた。
「ウワアアアァァァァ!」
これで邪魔者はいなくなった。
あまりに塩すぎるメルセデスの行動にレスリーは若干引いているが、シーカーの世界なんてこんなものだ。
自分以外は全員敵だ。油断して頭を下げる方が悪い。
手に入れた鍵でドアを開き、先へと進む。
すると早くも次の中継ポイントがあったので、とりあえず触れておいた。
これで次からはここからスタート出来る。
しかしメルセデスはここらで一度引くかどうかを考えていた。
外界から隔離されたダンジョンの中にいると時間感覚が狂うが、そろそろここに突入して半日は経つはずだ。
腕時計どころか、そもそも機械式の時計すらない世界なので時間を正確に測る術はないが、まあ感覚的にはそのくらい経過しただろうと思っている。
シーカーがダンジョンの中で半日以上過ごす事は当たり前で、時には数日から数週間過ごす事もある。
しかしそれは、このダンジョンのようにいつでも外に戻れるわけではないからだ。
帰る事が可能で、次に来た時に同じ場所からリスタート出来るならば、わざわざ危険なダンジョン内で寝泊まりするメリットはない。
ダンジョンを進むにあたって、シーカーが最も心がけるべきは『無理をしない』事である。
余裕を持って一区切り出来るならば、それよりもいい事はない。
メルセデスはまだまだ余裕だが、レスリーは何度も罠にかかって大分消耗しているだろう。
本人の性格的にそんな事を認めはしないだろうが、ここで無理をしてレスリーを死なせるような事になってはあまりに惜しい。
「レスリー。体力と気力はどうだ?」
「え? だ、大丈夫よ! まだいける!」
はいアウト。
まだ行けるはもう危ない。
やはりそろそろ引き際のようだ。
「そろそろ一度外に出るぞ」
「ま、待ってよ。まだ大丈夫だって。無理すれば後一階層くらい行けるわよ。
時間だって……うん、まだ一日の半分くらいしか経ってないわ」
レスリーはそう言って、奇妙な物をメルセデスに見せた。
それは鎖で繋がれた円盤状の道具で、中には十の数字と一本の針がある。
これが一体何なのかを理解すると同時に、メルセデスは思わずレスリーの腕を掴んでいた。
「待て。それは何だ」
「え?」
メルセデスの真剣な表情に若干気圧されたのだろう。
何故メルセデスがこんなに食いつくのかも分からず、レスリーは視線を泳がせている。
「何って……私が造った、時間を測る道具よ。
一日を十段階に区切って、その時間が経過すると針が動く仕組みになってるの」
「それも、例の本を参考にしたのか?」
「まあね。まあ、本に書かれてたのは、意味わかんないくらい細かかったんだけどさ」
どうやらレスリーは、例の本を参考に機械時計まで造ってしまっていたらしい。
全くとんでもない奴がいたものだ、とメルセデスは呆れと感心を抱いていた。
彼女はきっと、自分がどれだけのものを造ったのかも分かっていないのだろう。
本来時計は十二の時間と六十の分、三本の針で刻まれるが、前知識の全くないレスリーには無駄に目盛りと針が多いようにしか見えなかったのだろう。
あるいはそもそも、そこまで解読出来なかったのかもしれない。
十二ではなく十にしてしまったのも、単純に自分の指が十本で数えやすいからだと思われる。
それでも、この世界のレベルを思えば十分に革新的な道具だ。
時間について詳しく教えてやれば、地球のものとそう変わらない時計だって彼女は造り出せるだろう。
(……考えによっては、ダンジョンよりもレスリーの方が得難い存在かもしれんな)
表情は変わらないが、メルセデスの中でのレスリーの価値は現時点で既にダンジョンに比肩し得るレベルまで上昇を果たしていた。
考えによってはむしろ、ここでダンジョンを入手するよりもレスリーとの強い繋がりを作っておく方が重要かもしれない、と思うほどだ。
いっそ一度手持ちのダンジョンに放り込んで複製……いや、流石にそれをやるのはただの外道か。
恐らくそれを実行に移してしまったとしてもメルセデスの心にはさほど大きな罪悪感は生まれないだろう。
それが人道に外れた行為である事は理解しているが、理解は出来ても実感が出来ないのがメルセデスだ。
その気になれば……いや、ならなくてもメルセデスはいつでも容易く一線を踏み越えてしまえる。
そもそもメルセデスの心には一線などというもの自体が存在していないのかもしれない。
だからこそ線引きは理性でしっかりと行わなければならないのだ。
少なくともこれといった理由もなしに悪人でもない相手を捕まえて無理矢理複製するなど、メルセデスが考えるマトモな心の持ち主がやるべき行動ではなかった。
そういう外道を行うならば、極力そうしなければならない理由がある場合か、あるいは相手が悪人である場合に限った方がいい。
「おっやあ~? これはこれは、魔法を使えないお姫様じゃねえか」
そう、例えばこんな分かりやすい悪党ロールをする連中だ。
声の方向を振り向くと、メルセデスとレスリーが通過した道の方向から数人のエルフェが歩いて来るのが見えた。
先頭を歩く一人は服装が上質なものだが、後ろを歩くエルフェは全員が鎧で武装している。
私兵を抱える貴族の子息といったところだろうか。
髪の色は金髪……といえば聞こえはいいが、艶が足りないので黄土色に見える。
顔立ちは悪くないが、あまりよくもない。
エルフェは美形というイメージは、どうやら古いものらしい。
「げ……グラシアン」
どうやら顔見知りのようだ。
レスリーは露骨に嫌そうに顔をしかめている。
まあどう見ても友好的な関係には見えない。
第一声で挑発するような事を言うような輩ならば尚の事だろう。
(やはりレスリーは魔法を使えないのか)
そして既に八割方分かっていた事ではあったが、やはりレスリーは魔法を使えないようだ。
エルフェの強みは何と言っても四種族中トップと言われる魔法の技量である。
それが全く使えないというのは……なるほど、同種族から見下されるには十分すぎる要因なのだろう。
百人いて、そのうちの九十九人が同じ事が出来るのに一人だけ出来なければ、その一人の肩身が狭くなるのは明らかだ。
もっともメルセデスは、魔法を使える九十九人のエルフェよりもレスリー一人の方に価値を見出しているので、特に気にしない。
「へえ、これは驚きだな。テメェみたいな出来損ないがここまで来てるとはな」
グラシアンと呼ばれたエルフェは隠す事もなくレスリーをけなしながら歩く。
そしてレスリーを蹴って転倒させると、わざとらしく舌打ちをした。
「目障りなんだよ、バァカ。落ちこぼれが俺の前に立つんじゃねえ」
「この……!」
これはなかなか、辛辣なものだ。
魔法を誇りとするエルフェに生まれて魔法を使えないと、こうまで不当な扱いを受けてしまうのか。
加えてこの男は間違いなくエルフェの中では貴族か……そうでないにしても私兵を雇えるほどの立場にあるのは間違いない。
しかしメルセデスにとってはどちらでもいい。
ここはシーカー同士が蹴落とし合うダンジョン内で、そして一応はこちらのパーティーメンバーであるレスリーに攻撃を加えられたのだ。
ならばここは、シーカーの流儀で相手をしてやろう。
そう判断し――中継ポイントに触れようとしていた男を、無言で蹴り落とした。
もう一度前の階層からやり直して来い。
先に手ならぬ足を出したのは向こうである。




