第百十二話 第三ステージ
中継エリアを抜け、次のステージへと進んだメルセデスが見たものは、空に浮かぶ巨大な船であった。
次はあの船の中を進んでいくのだろう。何とも凝った造りというか、どこまでもアクションゲーム染みたダンジョンだ。
メルセデスはピーコに、レスリーはピジョーンに乗って船へと向かう。
どうでもいいがこのピジョーンはどこまで付いて来る気なのだろう。
船に無事乗り込み、まずは罠を警戒しつつ慎重に歩を進める。
空中ステージと違って、ここは普通に足場がある。
だからこそ、踏む事で発動する罠の存在に気を付けなければならない。
今まで不安定な空中だったのが一転して、(船の中とはいえ)地に足がついているのは気分的にも安心して警戒が緩みそうになる。だからこそ危ない。
更に警戒すべきは船の揺れ。突発的に船が大きく揺れないという保証もなく、むしろ先程までに比べて遥かに危険なエリアだとメルセデスは考えていた。
しかしどうやら、同行しているもう一人はそう思わなかったらしい。
「いやー、よかったよかった。次は船かあ。
ずっと飛んでるのって落ち着かなかったし、これで一息つけるね」
レスリーが上機嫌でノコノコと歩いていく。
すると彼女の足元の床が抜け、真っ逆さまに落下していった。
「あああああぁぁぁぁぁあぁぁぁ~…………」
レスリーの声が遠ざかって行き、やがて聞こえなくなる。
それを見届けてからメルセデスは、つい先程入ってきたばかりの船の入口を振り返った。
数秒待つと、中継ポイントからリスタートしてきたレスリーが息を切らして乗り込んでくる。
「ゆ、油断したわ……そうよね、ここもダンジョンだもの。罠くらいあるわよね」
「中継ポイントのすぐ近くでよかったな」
この船は中継ポイントからすぐ近くの位置にあるので、罠に嵌ってもすぐにリスタート出来るのは良心的と言えるだろう。
レスリーは再び、前へとズンズン歩いていく。
すると再び床が抜けるが、今度はそれを予期して跳躍。別の場所に着地した。
「ふっ。天才レスリーちゃんは同じミスは二度……」
そして床が抜けた。
「あああああぁぁぁぁぁあぁぁぁ~…………」
レスリーの声が遠ざかって行き、やがて聞こえなくなる。
それを見届けてからメルセデスは、つい先程入ってきたばかりの船の入口を振り返った。
数秒待つと、中継ポイントからリスタートしてきたレスリーが息を切らして乗り込んでくる。
「エルフェの格言にこんなものがあるわ……『ケット・シーも鼠を捕り損ねる』……どんな達人であっても時には失敗するという意味よ」
「そうか」
レスリーは腕を組んでドヤ顔をするが、それで誤魔化せているつもりなのだろうか?
……つもりなのだろう。
メルセデスは、あえて何も言わない事にした。
レスリーは何も学習していないのか、再びのしのしと前へと進んでいく。
すると三度床が抜け、これを先程と同じように跳躍して回避。
着地した先がまた抜けるも、これも落ちる前に跳躍して回避し、別の場所に着地した。
だがそこも抜け……だがレスリーも同じ手にはかからない。
華麗にステップを踏み、壁に手を置いて得意満面といった顔になる。
「ふっ。既にこの船の罠は見切っ」
今度は壁が崩れ、レスリーは船外へ放り出されてしまった。
「あああああぁぁぁぁぁあぁぁぁ~…………」
レスリーの声が遠ざかって行き、やがて聞こえなくなる。
それを見届けてからメルセデスは、つい先程入ってきたばかりの船の入口を振り返った。
数秒待つと、中継ポイントからリスタートしてきたレスリーが息を切らして乗り込んでくる。
とうとう涙目になっており、流石に懲りたようだ。
「…………ごめん。先に行ってもらっていい?」
「分かった」
先頭をレスリーとチェンジし、通路を見る。
とりあえずレスリーがいくつか罠を発動させてくれたが、基本的にはどれも船の外に追放するタイプのようだ。
加えて、踏んでもすぐに抜けるわけではなく時間があるので即座に駆け抜ければ突破は容易だろう。
しかしそう思わせる事で警戒心を削ぎ、更に強力な罠を張っている可能性も否定は出来ない。
とはいえそうして、あれも怖いこれも怖いと警戒ばかりしていては先に進む事も出来ないだろう。
結局は大胆さと慎重さに上手く折り合いをつけて進んでいくしかない。
まず、軽く床を踏んで通路を走る。
レスリーが踏んだ罠はどれも踏んでから少し経ってから発動していたので、ノンストップでいけば落ちる事はない。
次々と床が抜けるが、それよりも速くメルセデスが疾走して通路の突き当りまで到着する。
それから突き当りで一度止まり、床が抜けるかどうかを観察した。
抜けたら、その時はすぐにハルバードを天井に刺してぶら下がるつもりだ。
「…………」
どうやら、抜けないらしい。
ひとまずはセーフのようだ。
それからスタート地点にいるレスリーを手招きする。
「な、なるほど、止まらずに行けばいいのね。よし」
メルセデスのやり方を見て学んだレスリーも同じように通路を走った。
罠を踏んでから発動するまでの猶予は一秒ほど。
それだけあれば、子供でも走り抜ける事が出来る。
レスリーとピジョーンが通路を駆け抜け、そしてメルセデスの隣に立ってドヤ顔をした。
「どんなもんよ」
三回も落ちておいてどんなものも何もないのだが、あえてメルセデスは突っ込まなかった。
何も言わない優しさというのもある。
だがお約束のようにレスリーの立っている床が抜け、咄嗟に落ちていく腕を掴んで救助してやった。
同じネタは四回もやらなくていい。
「あ、ありがと……」
腕力任せにレスリーを引っ張り上げると、レスリーは感心したようにメルセデスの腕を見る。
それから無遠慮にペタペタと触り、自分の腕に触れて比較した。
「何だ?」
「いや……やっぱ吸血鬼って力持ちなのね。
ここに来るまでもでかいハルバードぶんぶん振り回してたし……魔物を片手で掴んで投げてたし……。
腕なんて私より細いくらいなのに、どこからあんなパワーが出てるのよ」
一般的にエルフェは寿命が長く魔法に長けているが、身体能力や頑丈さはそれほどではない。
対し、吸血鬼は身体能力と生命力に優れ、更に寿命が長い上に魔法まで操るという高水準なオールラウンダーだ。
加えて大抵の不調や栄養不足は血さえ飲んでおけば治るという割とおかしな体質をしており、総合能力は文句なしにファルシュの中でトップである。
その戦闘力がレスリーには羨ましく感じるのだろう。
「そこはまあ、種族の差だな」
吸血鬼はフィジカルモンスターである。
例えばメルセデスの母であるリューディアは一切戦闘の訓練などしていないごく普通の女性だが、そんな彼女でも林檎くらいは握り潰せる。
100㎏程度の物ならば持ち上げられるし、全力疾走すれば100mを八秒と少しで走り抜ける事も可能だ。
これはリューディアが特別優れているわけではない。
むしろ吸血鬼の中では弱くて遅い方なのだ。
だがこのリューディアの身体能力ですら、エルフェの限界を上回っている。
仮に、鍛えに鍛えた筋骨隆々のエルフェとリューディアが腕相撲をするならば、間違いなくリューディアが勝つだろう。
その差は、人間がどれだけ腕力を鍛えてもゴリラに勝てないのと同じようなものだ。
「ふこーへーだぁ!」
「そう拗ねるな。エルフェには魔法があるだろう」
レスリーは拗ねたように喚くが、エルフェも決して吸血鬼に劣っているわけではない。
実際、この二つの種族の力関係は拮抗……どころか、むしろエルフェの方が勝っているくらいなのだ。
これは、エルフェが魔法の扱いという一点において吸血鬼を凌駕しているからである。
だがその事を指摘すると、レスリーは目に見えて暗くなった。
「別に……魔法なんてなくたって出来る事はあるし……」
そう呟き、視線を逸らすレスリーを見てメルセデスは何となく事情を察した。
そういえば最初に会った時から、レスリーは自分では一切魔法を使用していない。
空を飛んでいたあの道具も、恐らくは魔石を利用していただけで自身の魔力は使っていないのだろう。
最初に会った時に一応、魔法を使おうとするような素振りというか構えは見せていたが……思い出してみればあの時もやけにへっぴり腰で、自分を必死に強く見せようとしている感じだった。
もしかして、本当は魔法が苦手か……あるいは、使えなくて、あの時の構えはただのハッタリだったのかもしれない。
「そうか。まあ、確かにそれだけ色々な物を造れる頭脳と手先の器用さがあるならば魔法は要らないかもしれないな」
メルセデスは前世の世界を思い出しながら、レスリーの持つ可能性を認めた。
前の世界の人間……ホモ・サピエンスは少なくとも能力的には吸血鬼やエルフェには遥かに劣っていた。
戦闘能力は低く、本気で戦えば家猫にすら劣るとも言われ、魔法なんて物は勿論使えない。
それでも頭脳と手先の器用さを武器に繁栄し、最後には自らをも滅ぼすような爆弾まで作り上げてしまった。
その事を思い出せば、レスリーを弱いなどと思う事は出来ない。
むしろ逆だ。彼女は世界で最も強くなれる資質を持っている。
「……わ、分かってるじゃない……吸血鬼のくせに……」
レスリーは腕組みをして顔を逸らす。
しかしその口元は、にやけていた。
「よし! さっさとこの階層も突破するわよ」
メルセデスに褒められて気をよくしたのか、レスリーは張り切って前へと歩いていく。
そして床が抜け、船の外へと落ちて行った。
メルセデス(まるで成長していない……)
ピジョーン(まるで成長していない……)




