第百十一話 ショートカット
メルセデスは前世を思い出す。
子供の頃にアクションゲームをやるたびに、思っていた事がある。
それは強制横スクロールは何故強制なのだろうか、という考えてみれば当たり前の事だ。
つい先程まで移動出来たはずの空間に移動出来ない。
それどころか空間に追い詰められ、酷い時には迫ってきた空間と障害物に挟まれてプレイヤーキャラクターがやられてしまう。
幼いながらに全く理不尽だと思っていたし、意味が分からないと思ったものだ。
だって画面がいくら移動しようと、それは要するにカメラが移動しているだけではないか。
ならば画面に追い詰められても、画面外に追い出される事はあっても画面に潰されるなどあり得ないし、おかしすぎる。
アレは一体どうなっているんだ? どういう原理で画面に潰されているんだ?
全くもって子供らしくない疑問だとは思うし、面白味のないつまらない奴だと思う。
そんな奴だからメルセデスは自分と前世を別人だと考え、同一人物ではないと強く意識している。
だがそれはそれとして、疑問は疑問だ。
どうして迫る画面に潰されるなどという事が起こるのか……。
その答えが、今ここにあった。
「なるほど、こうなっていたのか。
分かってみれば簡単な事だったな。画面そのものが、そのまま文字通り壁になって迫って来る、と」
「冷静に解説してる場合じゃないでしょ!?」
空を模した壁がじわじわと迫ってくるという強制横スクロールのダンジョン内を飛びながらメルセデスとレスリーは前へ前へと飛んでいた。
向かって来る空飛ぶゴブリンを蹴散らし、更にメルセデスは考える。
気になるのは、この空間は一体どうやって確保しているのだろうという事だ。
ダンジョンが常識で測れない滅茶苦茶な場所である事は知っているし、外から見た大きさと内部の広さが一致しない事も知っている。
掌に入る大きさのダンジョンキーに広大な空間を内包出来るのだから、広さについて考える事そのものが間違えているのかもしれない。
だがダンジョンの広さだって限りがあるはずだ。
例えばメルセデスの持つシュタルクダンジョンは一見広く思えるが、実際は道が迷路のように複雑に入り組んでいるから道が長くなっているだけで、実は面積そのものはそこまで広大というわけではない。
少なくともこのダンジョンのように、曲がりもせずにひたすら前進していればあっという間に端に行き着くだろう程度の面積だ。
(恐らくは空間のループ……一定の位置に行く事で別の通路に飛ばされているのではないか?
つまりこのダンジョンは真っすぐ進んでいるわけではなく実際は……)
メルセデスの考えではこうだ。
この強制横スクロール空間は実際にはいくつもの通路によって構成されていて、一定の位置まで行く事で次の通路に飛ばされているだけである。
飛んだ先の映像も前の通路から見えているので、本人達はいつ飛ばされたか気付く事はない。
例えば今、レスリーはメルセデスの前を飛んでいるが実際にはレスリーは既に別の通路にいて、メルセデスは壁に映し出された彼女の背を見ているだけかもしれないのだ。
少し分かりにくいが、図にするとこんな感じだろうか。
┏━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃←ここまで来たら次へ移動 ┃←壁が移動
┣━━━━━━━━━━━━━━━┫
┃→ ┃
┣━━━━━━━━━━━━━━━┫
┃ ←┃
┣━━━━━━━━━━━━━━━┫
┃→ ┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━┛
※突き当りの壁はテレビ画面のようなもので、次の通路を映している。
これならば限られた空間でも『前進し続ける強制横スクロール』が可能になる。
メルセデスはそこまで考え、ツヴェルフに声をかけた。
(ツヴェルフ。ダンジョンの拡張機能の中からトラップの項目を見せてくれ)
『イエス、マスター』
ダンジョンはポイント……取り込んだマナを使う事でモンスターやアイテムを量産したり、広くしたりする事が出来る。
そして面積の拡張は1Pを使う事で1マス増やす事が可能で、1マスの広さは縦横1メートルだ。
なのでダンジョンのルール的には、この拡張をやり続ける事でひたすら広いダンジョンを作る事も不可能ではない。
だがこれだけの距離を作るのは……流石に厳しい。
横幅わずか1メートル、長さ100メートルの通路を作るだけで100P、ここにもう少し横幅を持たせて3メートルくらいにすれば300P。ダンジョンを広げるのは安いように見えて実は割とお高くついてしまう。
「ゴブッ! ゴブゴブ!」
「ゴブ!」
「お、丁度いいところに来たな」
考えているとゴブリンが二匹飛んできたので、これ幸いとばかりにメルセデスは彼等の頭を掴んだ。
そして左右それぞれにゴブリンを投げつける。
「イデェ!」
するとゴブリンは空にぶつかり、そのままズルズルと落ちて行ってしまう。
これで横幅も大体分かった。10メートルはある。
ここまでに最低でも100メートルは移動させられているので、それだけの通路を作るのに必要なポイントは1000だ。
メルセデスが最初に持っていたダンジョンポイントは600なので、全て使ってもこの通路は作れない事になる。
勿論、ポイントを沢山溜め込んで無理矢理作った可能性はゼロではないが……しかしもっと節約出来る方法があるとメルセデスは考えた。
『トラップを表示します』
ツヴェルフの声と共にメルセデスの前に、彼女にだけ見える一覧が表示された。
そこにあるのは落とし穴や硫酸、大岩、ボウガン、警報といった罠から、ビックリ箱や投石といった安い罠まで揃っている。
そしてその中にメルセデスは、これだと思うトラップを発見した。
【強制転移(レベル1)】 消費ポイント2。
特定のエリアや壁に設置出来るトラップ。
移動距離は10エリア以内。移動先にトラップやモンスターを配置する事は出来ない。
石の中やダンジョンの外、行き止まりに移動させる事も不可能。
また、このトラップで移動出来るのは出口側に向かってだけである。
強制転移。ダンジョンではお約束の罠で、*いしのなかにいる*という有名なフレーズはメルセデスも知っている。
しかしこれは、そうした即死は不可能な仕様らしく、しかも罠にかかった者を後退させる事も出来ない。
出来るのは前進のみだ。罠にかかった者をゴールに近付ける事は出来ても遠ざける事は出来ない。
その先にモンスターや罠を設置しての意地悪な二段構えも出来ないし、応用しての詰みトラップ(例えば十字路の真ん中に設置して転移場所は行き止まりにし、そちらに向かわせる。戻ってきても十字路で絶対にこれを踏むので詰む)も出来ないようだ。
つまり本当に『侵入者をゴールに近付ける』だけの、トラップというよりはむしろボーナスのようなトラップである。
要するにポイントの無駄遣いだ。
しかしそれも使い方を変えれば、こんな長い通路を作るのに役立つというわけか。
「よし、ショートカットするぞ」
「え?」
メルセデスの言葉の意味がよく分からないらしいレスリーの前で、メルセデスは飛んできたピジョーンを掴んで大きく振りかぶり……投げた。
するとピジョーンは砲弾と化して横の壁に突撃し、空を貫いた。
この横スクロールがメルセデスの考えた通りであるならば、横の壁を壊して進めば一気にゴールに近付ける。
そしてまさに今、その予想が正しかった事が証明されたわけだ。
「え!? 空に穴が!?」
「空に見立てた壁だ。こっちから行くぞ」
メルセデスはピジョーンが空けた穴に飛び込み、その後を慌ててレスリーが追う。
ピジョーンはどうやら何枚も壁を破ったらしく、穴を抜けた先ではまた空に穴が空いていた。
そこを通る事で大幅にショートカットした二人は中継ポイント前にもあった扉と同じ扉を発見する。
どうやらこれで横スクロールエリアはクリアのようだ。長く苦しい戦いだった。
投げ飛ばされたピジョーンはペタペタと扉付近を徘徊している。割とタフな魔物である。
「ええ……? こんなのアリ?」
「コケッコー……」
困惑するレスリーとピジョーンを放置し、メルセデスは扉に手を当てた。
どうやら今回は扉を開けるのにギミックは必要ないらしい。
簡単に扉が開き、そしてその先にはまた光る台座……中継ポイントが存在感を主張していた。
メルセデスは中継ポイントに触れながら、このダンジョンについて考える。
(随分凝ったダンジョンだな……。
これは……流石に、ここまで凝っていて、誰の手も加えられていないとは考えられない。
間違いなくこのダンジョンにはマスターがいる……いや、あるいは居たはずだ)
このダンジョンは誰にも攻略されていないダンジョンではないと、既にメルセデスは確信していた。
間違いなく過去に誰かが一度攻略したダンジョンだ。
そうでなければ、ここまで凝った造りをしているものか。
だが気になるのは、それが吸血鬼とエルフェの国境に何故現れたかだ。
このダンジョンのマスターが何らかの目的でここにダンジョンを出したか……それとも、死亡したのか……。
どちらにせよ、面倒事の気配しかしなかった。
「さて、中継ポイントには着いたがまだ余裕がある。
私は先に行こうと思うが、どうする?」
「勿論行くわよ!」
「コケッコー!」
メルセデスの問いにレスリーとピジョーンが元気よく返事し、そして二人と一羽は次のエリアに向けて走り出した。
メルセデス(……何かついてきてる……)
レスリー(あれ? 何か増えてない?)
ピジョーン「コケー!」




