第百十話 第二ステージ
レスリーと知り合った次の日、再びメルセデスはグレンツェダンジョンを訪れていた。
現在の時刻は夕方で、吸血鬼とエルフェの活動が重なり始める時間帯だ。
吸血鬼は一般的には暗くなってから起床するが、人間の中にも明朝の暗い時間帯に起きて仕事をする者がいるのと同じように、朝早く――いや、夜早くに起きて活動する吸血鬼というのはそれほど珍しいわけではない。
また、レスリーは頻繁に夜更かしをする夜型らしく、むしろこうした時間帯の方がやりやすいらしい。
道理で前回も夜にダンジョンにいたわけだ。
それはともかく、メルセデスはレスリーとの約束通りに彼女を伴って中継地点へ戻っていた。
どうやら中継地点に登録した者が同伴していれば他の者を一緒に連れて行ってもいいらしい。
(これは……後半、少し厄介そうだな)
中継地点に他者を連れていけるのは便利だが、便利故の問題もある。
何人まで連れていけるのかは分からないが、誰も気付かないという事はまずあり得ないし、このシステムを使わない手はない。
この先にも中継地点があるならば、大勢の兵を連れた王家や貴族が必ず数に物を言わせた攻略を行おうとするだろう。
つまり後半にはもしかしたら、多勢を相手にしなければならないような……そんな場面が訪れるかもしれないのだ。
大勢の妨害が入るという点ではこの中継地点前の扉もそうだったが、あちらは個々がバラバラでそれぞれが敵対していた。
つまり仮に二人の邪魔者がいたとしてもそれは、一対二ではなく、三つ巴の争いになる。
十人いても、その十人がそれぞれ妨害し合うので決して多勢に無勢というわけではない。
だが貴族や王族が十人の兵士を連れて来れば、一対十を強要されてしまう。
そうなれば流石に少し面倒だ。
「その……連れてきてくれてありがと。
これであんたとは、競争相手になるわね」
「そうなるな」
レスリーが何やら少し沈んだ声で言う。
これで中継地点まで連れて行くという約束は果たしたし、メルセデスはここから再び一人で攻略を始めるつもりであった。
レスリーの持つ技術や、何よりあの本は気になるがそれは今後も交流を続けて少しずつ話を聞いていけばいいだろう。
しかしレスリーは何か言いたそうにチラチラとメルセデスを見ている。
「それで……その……あんたがどうしても一緒に行きたいっていうんなら、ここからも特別に一緒に行ってあげてもいいけど……ほら、ソロで大変そうだし……」
「え? いや、別に一人で問題ないが」
「……あ、うん。そうなんだ」
メルセデスが同行を拒否すると、レスリーは目に見えて落ち込んでしまった。
これは流石にメルセデスも、何か対応を間違えたのだろうかと少しだけ心配になる。
別にどうしても一緒に行きたいというほどではないし、そこまでして手を煩わせる気もないから拒否しただけなのだが(というより一人の方がやりやすい)……。
そこまで考え、メルセデスはようやくレスリーの本心に気付いた。
なるほど……つまり、一緒に行きたいのはレスリーの方だというわけか。
「……まあ、ソロが大変なのは事実かもな」
「!」
「お前がよければだが……一緒に来るか?」
「うん! ……あ、いや、そう? そ、そこまで言うなら仕方ないなー!
っかー! 一緒に行ってあげるかあー! 仕方ないなー!」
一瞬、素直に返事をしたものの、すぐに体裁を取り繕おうとし始めた。
変な所でプライドが高いのか、あくまで『自分が付いて行きたい』のではなく、『頼まれたから仕方なく付いて行ってやる』という形にしたいようだ。
まあメルセデスにとってはどちらでもいい。
ここで変に不興を買って、後でへそを曲げられてあの本を読ませて貰えなくなる可能性を考慮しただけだ。
あの本は……ある意味では、ダンジョンキーよりもメルセデスにとって貴重で、そして必要なものだ。
何せ現時点で唯一見付かった、前の世界との明確な繋がりである。
日本語があるという事は、当然それを書いた者がいるという事だ。
その者はもしかしたら自分と同じく前世の記憶を持っているのかもしれないし、そうでないにしても必ず何かしらの手がかりを持っている事だろう。
「ねえ……何か、後ろから壁が迫ってきてない?」
レスリーに言われ、後ろを振り向く。
すると、確かに彼女の言う通りに空を映した壁がゆっくりとこちらに近づいて来ていた。
このダンジョンは空を模倣しているが、しかし実際に空のような広大な空間があるわけではない。
実際は広さの限界があり、下に落ち過ぎればスタート地点へ戻されるし空間内の広さも限界がある。
横もそれは同じで、見えにくい壁があるわけだが……それがゆっくりとメルセデス達へ迫ってきている。
メルセデスはダンジョンに収納しておいた小刀を懐から出したように見せつつ、壁に投げつける。
すると小刀は次の瞬間、メルセデスの足元に突き刺さった。
「不味いな……あの壁は強制的に中継地点へリスポーンをさせる物らしい」
「ちょ、やばいじゃん! 早く行こう!」
この中継地点に来る前も随分とアクションゲーム染みたダンジョンではあったが、今度はまさかの強制横スクロールらしい。
しかも足場が酷いもので、今度の足場は動き続けるリフトのようだ。
あれを飛び移りながら迫る壁から逃げ続けるというのがこの階層に求められる事なのだろう。
とはいえ、その辺は飛べる魔物を連れていれば解消される問題でしかない。
メルセデスはピーコを出し、レスリーは前回同様に水のジェット噴射で空を飛ぶ。
すると前方からピジョーンや、何故か飛んでいるゴブリンが次々と沸き出して来た。
『現地識別名、フルークゴブリン。
戦闘力は普通のゴブリンと変わりませんが、風の属性を持ち、魔法で空を飛びます』
「ゴブリン……意外と多芸だな」
ツヴェルフの説明に感心と呆れを抱きながら、メルセデスはハルバードで空飛ぶゴブリンを真っ二つにした。
普通のゴブリンにニートに指揮官に魔法使いに、今度は空飛ぶゴブリンとはバリエーション豊富で恐れ入った。
もしかしたらそのうち、水中で生存するゴブリンや地中に潜るゴブリンなんかとも会えるかもしれない。
「ところでレスラー。お前は何か攻撃手段はないのか?」
「レスリーよ! 攻撃手段は……そうね、この水の噴射を敵に向ければ……」
「おいやめろ、前回と同じ失敗をしようとするな」
天才なのか馬鹿なのかよく分からないレスリーが、何も学習せずに前回と同じ事をしようとしたので慌てて止めた。
空を飛ぶのに用いている推進力を敵に向ければ、それはさぞ強いだろう。だがそんな事をしてしまえば吹き飛んでいくのは誰でも分かる事だ。
「他にはないのか?」
「んー、一応マスケット銃なら……」
そう言い、レスリーが出したのは銃身の長い銃だ。
この世界では銃はあまり発展しておらず、単発式のマスケット銃が主流である。
また、レスリーの持っている物は先端に刃を取り付ける事で銃剣にしてあり、槍の機能も兼ね備えている。
しかしマスケット銃は近代地球の銃と比べて精度が悪く、遠距離狙撃には向いていない。
また単発式である為、遠距離戦の主役はこの世界では魔法や弓矢であった。
それ故に、魔法と弓矢の扱いに秀でているエルフェがマスケット銃を使うというのは珍しい。
「単発式の銃がダンジョンで役立つとは思えないが……」
メルセデスの言葉は、この世界におけるシーカーの共通認識である。
マスケット銃は決して弱い武器というわけではない。
使い方さえ覚えれば素人でも撃てて、威力と射程がある。
だから対人戦では十分役立つ武器だ。
たとえ一発しか撃てないとしても、その一発で敵を仕留められるならば勝てる。
また、大勢が同時に用いて掃射すればそれは弾丸の壁となり、一気に敵を蹴散らせるだろう。
だがダンジョンで役立つ武器かというと疑問が残る。
何故ならダンジョンには多くの魔物が生息し、次から次へとやって来るからだ。
ならばダンジョンで使う武器に求められるのは連戦に耐えうる持久力である。
だからシーカーは基本的にマスケット銃は使わない。
しかしレスリーもそのくらいは分かっているのか、勝ち誇った笑みを浮かべ、空飛ぶゴブリンへ照準を向けた。
そして連続で引き金を引き、ゴブリンの頭と胸を撃ち抜いて墜落させる。
「連射……か」
「そういう事、この銃は特別製でね。
私が改造して最大八発まで連射可能にしたのよ」
自慢気に語るレスリーに、メルセデスは改めて感心した。
なるほど。どうやら心配は不要らしい。
これだけの武器があれば十分にダンジョンでもやっていけるだろう。
気になるのは何故魔法を使わないかだが……まあ、あえて聞く必要はあるまい。
とりあえず足手まといになる心配はなさそうだ。
……フレンドリーファイアさえ、されなければ。
レスリー「ドヤァ」
メルセデス(こいつ……この連射式の銃を先に見せていれば天才性を仲間のエルフェに認められてたんじゃ……)




