勇者の国
side レジナル王国近衛隊長 ジャン・ルブック
私は今、必死に自分の感情を押さえつけながら王の隣に立っている。
少しでも気を抜くと斬りかかってしまいそうになる。それほどの怒りを私は抱いている。
その原因は、目の前にいる男女。男性は、我が国の勇者ダルク。そして、女性のほうは今世界中を騒がしているテロ組織『翼人』の幹部である『四天王』の一人・・・センリチヒロとかいう女だ。
憎い。俺はこの二人が憎い。手に持つ槍に力が入る。ミシミシと軋むほどに俺は怒りを抱いていた。
隣では、王がこの度の作戦の成功を喜び、勇者に褒美を与えると言っている。・・・成功だと!?アレが成功だというのか!?何百人もの兵士を無駄死にさせておいて!?あんなに惨たらしい死に方をさせておいて、それが唯の時間稼ぎだったのだぞ!?我が近衛軍の兵士も、何十人も死んでいる。本来陛下をお守りすることが仕事の筈の我らが、何故率先して陛下の傍を離れなければならん!?
捨て駒として扱われたのだ我らは!『名前を剥奪された神』から与えられた『傀儡呪』というおぞましい物は、対象の脳みそに直接寄生し、記憶を徐々に書き換えるらしい。・・・本当に『名前を剥奪された神』とは神なのだろうか?やることなすこと残酷すぎる。悪魔か邪神と言われたほうがまだシックリくる。
記憶の書き換えには時間がかかるため、その間の時間稼ぎの為に我らは捨てられた。私は何とか生きて帰る事が出来たが、優秀な部下を何十人も失っており、近衛軍は壊滅状態だ・・・。
それなのに、死んだ部下の家族への生活保障すら行わず、我々の犠牲の上に立っている勇者には褒美を与えると言っている!
・・・・・・王よ。我が槍を捧げたのは、そんな貴方では無かった筈だ。貴方は、周りにいる腐った王侯貴族とは違った筈だ。一緒に国を変えようと誓ったあの日の貴方は、一体何処に行ってしまったのだ・・・!!
「さぁ、コチラへ来いセンリチヒロよ。余に忠誠を誓うのじゃ。」
大きな広場で行われているこの儀式には、大きな意味がある。今、この
広場には大勢の市民がいる。全員、この儀式を見ようとして集まったのだ。・・・そう、『翼人の幹部である四天王が、我々に服従する』という儀式を。
世界中の人々は恐れている。今まで自分たちが翼人に対してしてきた事をやり返されるのではないかと。『牧場』で翼人を飼育して、腕をもぎ足を削ぎ目を抉って脳を焼く。散々に痛めつけていた自分たちに同じことをやり返されることを恐れているのだ。
しかし、この儀式を世界中に中継することでその不安を払拭することが今回の目的だ。『四天王』と呼ばれる、翼人の最高戦力の一人が、我々に絶対の忠誠を誓う場面を見せることで、『翼人は人間の奴隷だ』ということを再確認させるのが目的なのだ。
『人間が翼人如きに敗北するはずがない。奴らの最高戦力でさえ、我々に頭を垂れたぞ』と見せつけることで、厭戦ムードを払拭するつもりなのだという。
「・・・そんなに上手くいくものか・・・・・・!」
私は小さく呟く。幸いにして今のセリフは誰にも聞かれなかったようだが、聞かれていたら大変な事になっていただろう。
・・・しかし、今のは私の本心だ。例え『四天王』の一人を洗脳して仲間にしたとしても、それだけで翼人に勝てるわけがないだろう。『四天王』はあと三人もいるし、そのほかにも何百人も強力な力を持つ者はいるのだ。その中のたった一人を仲間にしたから何だ!?確かに強力な戦力だが、奴らが彼女を取り戻しに来ても、我々では防ぐことも出来ないのだぞ!?
「王が何を考えているのか、理解できない・・・。」
近くに居た私の部下の呟きが聞こえてくる。
「お偉い王侯貴族様にはわからねぇさ・・・!自分たちは安全な場所で指示だけしてればいいんだからな。俺たちみたいな平民がいくら死のうと、自分たちには全く関係ないと思ってやがる・・・・・・!アイツらと直接対峙したことが無いからあんなことが言えるんだ。四天王を一人捉えたくらいで、あんな化け物集団を倒せるものか!火に油を注ぐ行為だぞ・・・!なんで『名前を剥奪された神』はこんな儀式をやれと命じたんだ・・・?あの神は、一体何がしたいんだよ!?」
「お前たち、少し静かに話せ。今の言葉を誰かに聞かれたら大変だぞ。」
部下たちは段々とヒートアップしてきたようで、かなり声が大きくなっていた。今のは儀式を見に来ている民衆のざわめきによってかき消されていたが、これ以上大きくなったら本当に誰かに聞かれていたかもしれない。なので、小声で注意する。
今回のこの儀式は、『名前を剥奪された神』が国王に命令してやらせたものだ。王侯貴族などはあの神のことを随分と信頼しているようだが、我々平民からするとあそこまで胡散臭い存在はいないと断言出来る。私は、あの神を見るたびに思うのだ。『コレは危険だ』と。
「す、スイマセン隊長。」
「いや、いい。俺だってお前たちと同じ気持ちさ。・・・本当なら、今すぐにでもこの国を逃げ出したいくらいだ。いつ翼人が復讐しにくるか分からない。」
「じゃ、じゃぁ隊長。一緒に逃げましょう!この国にもう未来は有りません!奴らはきっとすぐにでも襲ってきますよ!こんな腐った国なんて出て、部隊の皆と何処かでノンビリと暮らしましょうよ!」
一瞬、その提案に心が揺れた。コイツらや家族と一緒にこの国を出て、小さな村を作って静かに暮らす・・・そんな光景を幻視してしまったからだ。その想像に出てくる皆は笑っている。
この未来はきっととても素晴らしいものだろう。とても心が動かされる。・・・・・・だが、それは出来ないのだ。
「・・・済まない。だが私は、王に誓ったのだ。一緒にこの国を立て直すと。今はあんな状態だが、きっと目を覚ましてくれると信じている。・・・だから、お前たちだけで逃げろ。」
「そんな!それじゃ間に合いませんよ!奥様と娘さんはどうするんですか!?」
妻と娘の顔を思い浮かべる。・・・家族サービスも十分に出来なかった駄目な父親だったが、それでも彼女たちは私を愛してくれた。だが・・・
「親友を残して自分だけ逃げる訳にもいくまいよ。・・・済まないが、妻と娘も、一緒に連れていってくれないか。」
きっと、とても危険な旅になるだろう。脱走者を国が許すとは思えないし、山賊や翼人の襲撃に合うかも知れない。・・・でも、この国にいるよりは安全だと信じたい。きっと、彼女たちは生きてくれる。
「隊長・・・・・・。」
「苦労をかける。」
私達の話を聞いていた部下たちは、若干瞳を潤ませている。どうやら、全員がこの提案に乗り、この国から脱走するようだ。
「ククッ・・・近衛軍が全員脱走とは。とうとうこの国も終わりだな。」
本来、国のトップである国王を御守りするというのが我らの使命。つまり、軍の中でもトップクラスの実力と忠誠を持ったエリートじゃないと駄目な職業なのだ。それが全員脱走するなど前代未聞。この国の崩壊は秒読み段階へと入ったわけだ。
「~であるからして、センリチヒロを『翼人討伐隊』の隊長として任命する!」
「・・・こんな話をしている場合じゃないな。誰に聞かれているかわからん。後で脱出計画を煮詰めるぞ。」
儀式も佳境に入ったので、話を中断する。ようやくこの茶番劇も終わりというわけだ。
・・・と、気を抜いたのがダメだったのだろう。私は、続く光景に対処することが出来なかった。
「・・・ゴフッ・・・・・・!」
「・・・は?」
忠誠を誓わせる為に、王はセンリチヒロを玉座の近くに呼び寄せていた。彼女は、既に記憶を操作されているために、王を絶対の存在として認識している筈だった。絶対の忠誠を誓っている筈だった。
・・・なのに、何だこれは?
「な・・・ぜ・・・・・・。」
腹部に大穴を空けられた王が崩れ落ちる。センリチヒロは、真っ赤に染まったその細腕を王の体から抜き去った。
ゴポリと、生々しい音がする。
それは、とても聞きなれた音。
それは、命が零れ落ちる音。
それが、私の親友である国王から聞こえてくる音だと気がついたとき、凍結していた私の感情爆発した。
「き・・・貴様ーーーーーーーーーー!!!」
怒りに囚われていても、体に覚え込ませた技はキチンと発動した。
魔力を両足に集中させ、踏み込みと同時に爆発させる。”縮地”と呼ばれる高等技法だ。敵との距離を零にし、最速で突きを繰り出す。
「はぁーーーーーー!」
間違いなく最高の一撃だった。これ以上無いほどの攻撃。これを防ぐことができる人間は、少なくともこの国にはいないと断言できる。・・・そんな一撃を
「はぁ・・・。やっと自由になったぜ。」
突然目の前に現れた透明な壁が弾き返した。ギン!と音を立てて弾かれた槍が手からすっぽ抜けそうになるのを必死に耐えて、私は邪魔をした人間を睨みつける。
「何を・・・何をする勇者ダルク!!!」
「おー怖い怖い。そんな睨むの止めようぜ?」
私の殺気にも全く怯まずに薄く笑っている。
「そいつは俺の女だからよ。勝手に傷をつけられたら困るんだわ。」
と勇者ダルクはセンリチヒロに近づき、唇を重ね合わせた。
「ん・・・ふぅ・・・。私はあの程度の攻撃、喰らっても何ともない。貴方なら分かっているでしょう?」
「それでもだよ。好きな女が傷つくのを、黙って見てられるわけないだろう?」
キスをされた彼女は、頬を赤らめて文句を言う。・・・何だ、何だコレは?どうなっている・・・!?
「どういうことだ。センリチヒロの記憶をどういうものにするのかは、事前に決められていた筈だ!その中に、お前の恋人になったという記憶など存在しない!何故『絶対服従』と『盲信』を掛けられたお前が、その命令を無視できる!?」
『傀儡呪』は、それを埋め込んだ人間が記憶を書き換える。つまり、自分に都合のいい記憶を植え付けることも出来る。だが、勇者は『絶対服従』・『盲信』という二つの強力な状態異常をかけられる為、王に逆らう事は出来ないハズなのだ!なら何故、王の命令を無視して自分に都合のいいように記憶を改ざん出来た!?
「あぁ・・・。俺もさ、自分が洗脳されていることなんて全く気がつかなかったよ。知らない間にお前らの操り人形になっていたなんてな。屈辱だぜ?」
屈辱だと言いながらも、彼の表情は笑っている。
「だけどさ、この作戦が始まる少し前に、『名前を剥奪された神』がやってきてな。『盲信』を破棄して、更に『絶対服従』を少しだけ治してくれたんだよ。・・・まぁ、あんな胡散臭い神が何を考えてるのか分からないけど、せっかく自由になるチャンスだし、この機会を使わせてもらうことにしたわけ。『絶対服従』を完全に解くには、国王を殺さなきゃいけなかったしな。俺は『絶対服従』のせいでコイツに危害を加える事が出来ないから、チヒロにやってもらったのさ。」
「ば、馬鹿な!『名前を剥奪された神』が我らを裏切る筈がない!そんな筈がないのだ!!」
後ろで貴族が叫んでいる。・・・だが、私は納得してしまった。
「・・・やはり、『名前を剥奪された神』は劇薬だったか。元々信用できんとは思っていたのだ・・・・・・。」
「やっぱりお前もそう思うかい?・・・まぁ、俺としては自由になれれば何でもいいんだけど。」
と言いながら、彼は服の胸ポケットから何かを取り出す。
「・・・鍵?」
それは、小さな鍵だった。周囲の光を吸い込むかのような漆黒。真ん中あたりには、禍々しい朱色をした大きな宝石が付けられている。
「全国の皆、聞こえているか?このとおり、俺は自由になった。ここで俺は、重大な発表をしようと思う。」
近くで人が死んでいるというのに、物凄く軽い雰囲気で話し始める勇者ダルク。しかし一見隙だらけに見えるが、実際は隙など全く存在しない。今攻撃したら、その瞬間私の首は飛ぶだろう・・・。
「俺は、この世界の『勇者制度』って物に異議を唱える。人の精神を破壊して、操り人形みたいにして国を守らせるこの制度。俺は絶対に認めない。・・・だから、俺は『勇者の国 ランデルディー』の建国を宣言する!」
「な・・・何だと・・・!?」
「最初に俺がすることは、まず世界中の勇者の洗脳を解くことだ!そのあとは、そいつらの好きにしていい。そのまま国を守るもよし、恨みを晴らすもよし、旅に出てもいい。・・・だが、もし共に『勇者制度』を破壊したいと考える人間がいるのなら、俺の元へ来てくれ!一緒に世界を変えようぜ!」
彼は、手にもった漆黒の鍵を天に向ける。すると・・・
ガチン
世界中に、その音は響いた。まるで、扉の鍵を開けるような音だった。その瞬間、鍵からこれまた黒い光が溢れ出して天に昇る。そしてそれは、四方八方に飛び散ったのだ。
「これで、世界中の勇者は開放された。さぁ集え!勇者たちよ!」
これにより、翼人vs勇者vs世界という、三竦みの状態が構築されたのだ。
むっちゃ遅くなった・・・。スイマセン。




