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笠木珠江物語〜へこたれてたまるか〜  作者: リンダ


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AIがウケる夜

 第6話

「AIがウケる夜」


 博多から大阪へ戻った夜。


 笠木珠江は、天下茶屋駅から家までの道を歩きながら、はなまるツインズの言葉を何度も思い返していた。


「拾った人を置いていかない」


 分かったようで、まだ分からない。


 いや、分かった気になった瞬間に逃げてしまいそうな言葉だった。


 翌日。


 大阪の劇場は、いつもより熱気があった。


 理由は一つ。


 AI作成ネタで大ブレイク中の若手芸人が出演するからだった。


 珠江は舞台袖から、その若手芸人の出番を見ていた。


 最初の一言で客席をつかむ。

 二十秒ごとに小さな笑い。

 一分ごとに大きな笑い。

 最後は見事な伏線回収。


 客席は爆笑の渦に包まれた。


 珠江は息をのむ。


「うまい。ほんまに、うまい」


 悔しいほど、完成されている。


 自分が何日もかけて拾い、悩み、削ってきたネタよりも、はるかに強く見えた。


 珠江の出番は、その直後だった。


 舞台に立つ。


「どうも、笠木珠江です」


 拍手はある。


 けれど、客席の空気はまだ前の芸人の余韻に支配されていた。


 珠江は、博多で得たヒントを思い出しながらネタを進めた。


 最終電車。

 猫の三角関係。

 弟・一郎の新人商社マン話。


 笑いは起きる。


 でも、爆発しない。


 舞台の奥の方を見ると、君原涼子がいた。


 やはり、笑っていない。


 珠江は胸の中でつぶやいた。


「これが、今のお客さんが求めてる笑いなんか」


 終演後。


 楽屋でひとり、スマホを見ていた珠江の手が止まった。


 SNSに通知が来ていた。


 差出人は――青柳光子、柳川優子。


 珠江は固まった。


「……は?」


 何度も画面を見る。


 公式マークもある。

 投稿履歴も本物。

 でも、信じられない。


「偽アカウントか? いや、偽にしては本気出しすぎやろ」


 メッセージを開くと、そこには短い文があった。


「はなまるツインズから聞きました。笠木珠江さん、猫の三角関係のネタ、面白い素材ですね」


 珠江はスマホを落としかけた。


「ほんまもんやん……」


 続けて、優子からもメッセージが届く。


「猫を“猫”のまま扱うと、ただの観察になるたい。人格を持たせたら、舞台に立つっちゃん」


 珠江は画面を見つめる。


 さらに光子から、音声メッセージが送られてきた。


 珠江は震える指で再生した。


 光子の声が流れる。


「たとえば白黒猫はな、めっちゃ自信ある男にするんよ。“俺は模様からして主役や。白も黒も持ってる。つまり人生の陰陽を知る男や”って」


 続いて優子。


「茶トラは対抗して、“いや、俺は茶色やぞ。だいたいの食べ物に近い色や。安心感では勝っとる”って言うたい」


 珠江は吹き出した。


 さらに光子。


「で、三毛猫は二匹を見て、“あんたら、うるさい。私は恋愛より屋根の上のぬくもりが欲しい”って去る」


 優子。


「残された二匹が、“ほな俺らでコンビ組むか?”ってなるたい」


 珠江は腹を抱えた。


「強すぎるやろ……」


 そこへ、弟の一郎がリビングに入ってきた。


「姉ちゃん、何ひとりで爆笑してんの」


「一郎、見てみ。M&Yから来てん」


「は?」


 一郎はスマホをのぞき込み、目を見開いた。


「うわ、ねぇちゃん、M&Yやん。ほんまもんやん」


「せやろ」


「俺にも話させてぇな」


「何をや」


「猫」


 一郎は急に白黒猫の声を作った。


「俺は白黒や。契約書で言うたら白紙と黒字、両方背負ってる男や」


 珠江は思わず笑った。


「なんで商社マン要素入れてくんねん」


 一郎は調子に乗る。


「茶トラは言うねん。“お前、白黒はっきりしすぎや。令和どころか2060年代は多様性の時代やぞ”」


「猫が時代意識高すぎるやろ」


「三毛猫は言う。“あんたらの将来性、AIに査定してもらったら両方低かったわ”」


「辛辣すぎるわ」


 二人のやりとりは、いつの間にか漫才のようになっていた。


 父・勝一が新聞を下ろす。


「なんや、家で劇場始まったんか」


 母・美沙子も台所から顔を出す。


「珠江、一郎をネタにするなら出演料取りや」


 一郎がすぐに返す。


「新人の給料から取らんといて」


 珠江は笑いながら、はっとした。


 これだ。


 猫の三角関係は、ただの出来事だった。


 でも、声を与えた瞬間、動き出した。


 人格を持たせた瞬間、舞台に立った。


 珠江は急いでネタ帳を開く。


 《猫を猫として見ない》

 《白黒猫=自信過剰》

 《茶トラ=安心感で勝負》

 《三毛猫=恋愛より屋根のぬくもり》

 《残された二匹、まさかのコンビ結成》

 《アフレコすると、出来事が人になる》


 その後、光子と優子から追加の音声が届いた。


「珠江さん、観察はできてる。あとは、その観察した相手に“声”をあげること」


「声をあげたら、ただの出来事が関係性になるたい」


 珠江は静かにスマホを握った。


 舞台で勝てなかった夜。


 AIネタに押された夜。


 でもその夜、自分の部屋で腹を抱えて笑った。


 完璧なネタではない。


 拾った猫と、家族の声と、憧れの芸人たちのヒントが混ざった、不格好な笑い。


 珠江はつぶやく。


「笑い声が大きいほど、聞こえへん声がある。でも……聞こうとしたら、まだあるんやな」


 翌日のネタ帳には、新しいタイトルが書かれていた。


 《猫の恋愛会議》


 珠江の笑いは、まだ爆発しない。


 でも、少しだけ形を変え始めていた。


 次回予告

 第7話「私の間、あなたの呼吸」


 M&Yから届いたヒントをもとに、珠江は「猫の恋愛会議」を舞台にかける。


 猫に声を与える。

 出来事を人物に変える。

 観察を関係性に変える。


 しかし、舞台の上で珠江は気づく。


 ネタを作り込むだけでは足りない。


 客席の呼吸に合わせなければ、笑いは届かない。


 一方、君原涼子はいつもの席で、静かに珠江の舞台を見つめていた。


 次回、第7話

「私の間、あなたの呼吸」


 笑いは、話す速度ではなく、届く速度で生まれる。

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