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笠木珠江物語〜へこたれてたまるか〜  作者: リンダ


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笑いの意味が壊れる

第35話


「“笑い”の意味が壊れる」


最初に拡散されたのは、たった十五秒の動画だった。


珠江が特設ステージで話した、インコのくだり。


「ホークスが勝ったら、“自分がホームラン打った”みたいな顔して叫ぶんです」


その部分だけが切り取られていた。


前後にあった言葉はない。


「笑いたくない人は、笑わなくていいです」


「災害をネタにはしません」


「少しだけ、息がしやすくなる時間になれば」


それらは全部、消えていた。


動画の見出しには、こう書かれていた。


《被災地支援ステージで芸人が鳥ネタ披露》


コメント欄は、すぐに荒れた。


《災害をネタにしてる》

《感動を利用してるだけ》

《被災者の前で何してるの》

《笑いを届けるとか言って自己満足では?》


珠江は、スマホの画面を見つめたまま動けなくなった。


「……違う」


声が漏れた。


違う。

そうじゃない。


でも、切り取られた動画だけを見た人には、そう見えるのかもしれない。


珠江は、胸の奥が冷たくなっていくのを感じた。


自分が届けたつもりだった声が、別の形で誰かを傷つけている。


笑いの意味が、壊れていく。


北川レンから電話が来た。


「珠江さん、見ました。あれ、ひどいです」


「でも……切り取られたら、そう見えるんやろな」


「いや、全部見たら分かります」


「全部見てくれる人ばっかりやない」


珠江の声は、かすれていた。


その夜、涼子からも連絡が来た。


《私は、あの舞台を見た人たちの声を信じます》


珠江は涙が出そうになった。


だが、同時に怖かった。


信じてくれる人がいる。

でも、誤解する人もいる。


どちらも現実だった。


翌日。


被災地で珠江と握手をした女性から、長いメッセージが届いた。


《あの場にいた者です。珠江さんは災害を笑っていません。子どもたちが少し笑えるように、丁寧に言葉を選んでくれました。どうか、切り取られた言葉だけで判断しないでください》


その投稿は、少しずつ広がった。


続いて、別の人も投稿した。


《私も会場にいました。笑えない人は笑わなくていい、と最初に言ってくれました》

《久しぶりに子どもが笑いました》

《不謹慎ではなく、張り詰めた空気を少し緩めてくれた時間でした》


それでも、批判は消えない。


珠江は思う。


一度壊れた意味は、簡単には戻らない。


その日の配信で、珠江は逃げなかった。


画面の前で、深く頭を下げた。


「今回、私の舞台の一部が切り取られて広がりました」


コメント欄が止まる。


珠江は続けた。


「まず、傷ついた方がいたなら、本当に申し訳ありません」


一拍置く。


「ただ、ひとつだけ話させてください。私は、災害を笑いにしたつもりはありません。被害を茶化したつもりもありません」


声が震えそうになる。


でも、逃げない。


「でも、“つもり”だけでは足りないんやと思います。受け取る人によって、言葉は変わる。切り取られれば、もっと変わる」


珠江は、静かに言った。


「笑いは救いにもなる。でも、刃にもなる。そのことを、私はもっと強く覚えておきます」


コメント欄には、賛否が流れる。


《謝らなくていい》

《いや、配慮は必要》

《全部見たら分かる》

《切り取り怖い》

《でも言葉を扱う仕事なら責任ある》


珠江は、その全部を見た。


全部、消さなかった。


「批判の中にも、考えなければならない言葉があると思っています」


珠江は頭を下げた。


「これからも、笑いを届けることをやめません。でも、誰かの痛みを材料にしないことだけは、絶対に忘れません」


配信を終えると、珠江は長く息を吐いた。


リビングには、家族がいた。


勝一が言った。


「しんどかったな」


珠江は頷く。


「うん」


美沙子が静かに言う。


「でも、逃げんかったね」


一郎はスマホを見ながら言った。


「会場にいた人たちの投稿、かなり広がってる。ちゃんと見てる人もおる」


珠江は小さく頷いた。


でも、心はまだ痛かった。


ネタ帳を開く。


《切り取られた笑い》

《意味が壊れる》

《つもりだけでは足りない》

《笑いは救いにも刃にもなる》

《批判の中にも考えるべき言葉がある》

《逃げずに説明する》

《でも、全員には届かない》


最後に、こう書いた。


《壊れた意味を、それでも拾い直す》


珠江はペンを置いた。


笑いを届ける道は、思っていたよりずっと細く、危うい。


それでも、歩くしかない。


なぜなら、あの会場で小さく笑った子どもの顔を、珠江はもう知ってしまったから。



次回予告


第36話「AIに頼るという選択」


切り取り動画による炎上で、深く傷ついた珠江。


言葉を選び続けることの怖さ。

誤解されることの苦しさ。


そんな時、スタッフから提案される。


「こういう時こそ、AIでリスクの少ないネタを作りませんか」


珠江は初めて、本気でAIに頼ることを考える。


次回、第36話

「AIに頼るという選択」


傷つかない笑いは、本当に優しい笑いなのか。

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